俺のツノが邪魔すぎる。
私事で恐縮なのだが、そう思わざるを得ないのだ。
というのも、俺がイッカクのシリオンであることに起因することだ。
イッカクというのは海獣の一種。クジラの仲間で最大の特徴は頭部から生えるツノだ。
厳密には歯が伸びたもので骨ではないのだが、見た目にはツノに見えるのでそう呼ぶ。
そしてこのツノ、歯が発展したものだと聞けばゾウの牙のように硬い武器だと思うだろう。
だが、そうではない。
ゾウのそれとは違いエナメル質が無くセメント質。弾力のある硬い鞭に近く、多少はしなる。
そしてツノには神経網が張り巡らされており、高度な感覚器官となっているのだ。
最後にツノの長さ。これが一番の問題点だ。
シリオンとなったことである程度縮小されてはいるが、それでも長い。
長さにして45㎝はあろうかという始末で、これが額から生えるのだから始末に負えない。
ティンズコーヒーに行けば入り口でぶつけてしまうし、火鍋屋で飯を食おうとすれば蒸気が敏感なツノに当たって熱い思いをするし、友達と鍋を囲んで少しでも身を乗り出そうとすれば友達の顔面を角で刺すことになりかねない。
極め付けは就寝時。尻尾として生えてる尾ヒレもあってうつ伏せと仰向けが禁止された状態で寝る必要があるのだ!
これが辛い!下手したらツノが突っかかるし、ヒレもあってスペースを取りまくる。
横向きかヒレに身体を預けて斜めに寝るしかないのだ。
「そんなわけで俺のツノは嬢ちゃんのツノとはちょっと違うんだ」
「へぇ~!そうなんだ!よくわかんないけど蒼角のとどう違うの?」
「蒼角のが骨なら、俺のは象牙。柔らかいんだ。具体的に言うと硬いタケノコくらい」
そこまで言うと、タケノコと聞いて想像したのか何やら涎を垂らして此方を見る蒼角の姿が。いや、あくまで例えとして言っただけで本当にタケノコではないっ…!?
「待て、止まれ。さっきのは例えだ!だから齧ろうとするのはやめろ!」
「タケノコ…
「そこはデリケートなんだ!力強っ!?わかった、火鍋屋で奢ってやるから勘弁しろ!」
◇◇◇
「はふぅ~、お腹いっぱい…」
「嘘だろオイ…3万ディニー分は飛んだぞ…その腹のどこに消えたんだ一体」
目の前には満足そうに腹を摩る蒼い子供が一人。小さな体躯の何処に消えたのやら、次から次へと頼まれた具材は殆どが蒼角の胃という名のブラックホールに消えていった。食べる様は圧巻の一言で、平皿に盛られた肉やタケノコが注文した傍から鍋へ投入され、出来上がり次第泡沫のように消えていく始末だった。
俺は煮あがった具材を蒼角に渡す役をずっとやっていたからあまり食べられなかった。お陰で鍋から立ち上る水蒸気がツノに当たって水気を帯びてしまっている。
「ごちそうさま!ありがとう、シン!」
「どういたしまして。まぁこっちとしても見ごたえのある食いっぷりだった」
席を立って会計へ歩きながら蒼角の感謝を受け取る。お会計は…4万8000ディニー!?嘘やろ…
奢ると言った手前割り勘なんて今更頼めないから、大人しく払う。
…財布が軽い。どのくらい軽いかって言うと目の前でご機嫌にスキップしてる約5万ディニーの投資先の動きくらいには。
火鍋屋を出て腹ごなしに歩く蒼角になんとなしについていく。
流れてくる鼻歌をBGMに物思いにふける。
この世界に転生してから、もうじき25年になる。
寝てる間に心臓発作でも起こしたのか、目が覚めるとぼやけた視界にろくに動かない身体。さらに喉をついて出たのは甲高く痙攣に近く、言葉にもならない肉声だった。
ついで飛び込んできたのはごついスナメリのような顔面。歯の立ち並んだ凶悪な顎と顔から生えた一本のツノのようなものが同居した顔は、転生したばかりで何も把握していない俺を驚かせるには十分だった。
爆発したかのような泣き声を上げてしまった俺にオロオロとたじろぐ化け物を押しのけて腕に抱いたのは母親だった。
そこで俺は初めて転生したことを知覚した。
その後は自分がイッカクのシリオンであること、この世界にはホロウとかいうわけのわからない災害があるということを知った。それでも人類は逞しく生を謳歌していることも。
転生したからといって取り立てて何かするつもりもなかったが、イッカクのシリオンとして生まれ持った膂力とツノ由来の感知能力を活かすことを考えた時、自然と興味はホロウ調査に決まっていた。
なろう系よろしく神童だなんだと両親から持て囃されるのはかなりむず痒かったが、それを補っても余りあるほど充実した毎日だったと言える。空間に満ちるエーテルの濃度による光や空間の歪曲の調べ方。観測した地点から目標物までの見かけの距離とエーテルの干渉による実際の距離の剥離を導き出す方程式など、学ぶこと全てが新しく、それを自身の感覚器官が告げるソレと結び付ける作業は何物にも代えがたかった。
まぁそれもあの時に崩壊したのだが。
当時は酷かった。急速に拡大した巨大ホロウに全てが飲みこまれ、一瞬にして日常が壊れ去ったのだから。
俺は運よく防衛軍に救助されたが、両親とは逸れてしまい、今も見つかっていない。
零号ホロウは殆どを奪った。だが全てではない。新エリー都でホロウ調査の仕事についてからも、個人的な目的として両親の捜査は続けている。
「あっ、ナギねぇ!」
弾んだ声に思考の海から引き戻される。顔を上げると、眼鏡をかけピンク色の髪をした女性が此方に駆けてくる。利発そうな双眸を湛えた顔にはわずかに安堵の色が浮かんでいる。蒼角のことを良く知っているのだろう彼女は、後ろに立つ俺の姿を、正確には俺のツノを見ると合点がいったのだろう。此方に向かって会釈をした。
「蒼角の相手をしてくれてありがとうございます。私は月城柳、対ホロウ六課に所属しています」
「
そう自己紹介する。
俺は市角伸。
海獣イッカクのシリオンであり、気づいたらこの世界に転生していた転生者。前世でも流行った転生モノを実体験するという奇妙な体験をした存在だ。
人物の簡単な紹介
・市角伸
イッカクのシリオン。身長は192㎝の長身で45㎝弱のツノが額から生えている。このツノは少し左側に寄っており、らせん状で弾力があり折れにくい。しかし、ことあるごとに突っかかるため不便だと思っている。さらに尻尾も生えているため、寝るときは横向きか斜めにしないといけずスペースを取る。市角ホーンはタケノコホーン。
・蒼角
蒼肌の鬼ガール。見た目に似合わぬ膂力と幼い気性、そして凄まじい食欲で月城家のエンゲル係数を引き上げる。街を散歩していたところ、立派なツノを持つ男性が目にとまりすかさず話しかけたのが事の始まり。蒼角ホーンは鬼族ホーン。
・月城柳
蒼角の保護者。食欲満点の蒼角の食生活の管理や情操教育に苦労していそうなイメージがある。市角は感覚的に何か混ざっていることに気づいたがプライバシーに関わるとして胸の内にしまい込んだ。月城ホーンはノットホーン(ツノなし)。