月見ヤチヨの少しわがままな現代録 作:BPM168はじめじめし過ぎ
「この一瞬を最高の──パーティーにしよ──」
私は一人、ライブの前に約束のメロディを口ずさむ。
祈りのように縋るように、再会を夢見て。
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彩葉と出会った夢みたいな二ヶ月、仮想空間ツクヨミでの卒業ライブから八千代、数え切れない夜を超えた先。
私はヤチヨとしての初めてのライブを行う、自らが作り上げたツクヨミのローンチに合わせた華々しいデビューライブというやつだ。
「いや〜、それにしてもヤチヨのライブとは思えないほど人が少ないね」
浮かぶ仮想ウィンドウに向かって指を指揮棒のように振りながらライブ演出の最終確認を行い、人の出入りをログで確認していく。
微かな記憶に残るヤチヨのライブはそりゃすごかった、
どこを見ても人、人、人。
360度どころか空や配信越しに幾万もの人が彼女の一挙手一投足に釘付けだったのだから。
『やちよぉ〜……』
かぐやの大切な人、酒寄彩葉もその一人だった。
見ててジェラシーを感じてしまうほどうっとりと見とれて声援を張り上げていた横顔は今も忘れない……あ、やっぱり好き。
「ヤチヨ、ぼんやりしてるけど緊張してるの?」
「おっといけない、もう少しで始まるところだった」
彩葉のことを思いながら観客ログを眺めていると、
8000年常に側にいたFUSHIに声をかけられ記憶の海から戻される。
「いやぁ、未来の歌姫ヤチヨとしてもデビューライブですから、千代に八千代にチョコレート、なんちゃって」
「誤魔化さなくていいのに、彩葉のこと探してたんでしょ?」
かぐやとして会っていた頃は憎まれ口を叩いてきたFUSHIだけど、あれが偽りである事を知ったのはのは自分がヤチヨと気がついた頃だった。
「……うん、でもログにも名前はないし。
お兄ちゃんの名前も探してみたんだけどね」
そもそも彩葉はたしかまだ中学生になったあたりのはず、
十万を超えるスマコンを買うにしても借りるにしても難しいかもしれない。
「あ〜でも、高校生の時でもそれは変わらないかぁ〜。
節約のためにあのパンケーキ食べてたんだし」
味覚を失って8000年経っても忘れられない味の一つ、くそまじぃ粉と水のパンケーキだ。
あれだけは今でも食べたいと思わない、いや、嘘、そんな味でも思い出があるから恋しい。
「また食べたいなぁ、ふわふわのパンケーキ。
彩葉と一緒に食べたいし、FUSHIにもあの幸せの味知ってほしかったなぁ」
パンケーキへの未練だけは長い旅の間でも消えなかった。
下手をするとヤチヨの事より覚えていたかもしれない、そのせいかツクヨミにも───
「ヤチヨ、ライブが終わったら少し相談したいことがあるんだけどいい?」
「うへへ……じゅるり、うん? 珍しいねFUSHIがヤッチョに相談なんて」
おっと表情のパターンが崩れてたみたい、慌ててデフォルトに戻しライブ用の顔を再度用意する。
それにしても、FUSHIが相談なんてここ何十年の間にあっただろうか?
FUSHIはかぐやであった頃に作成した犬DOGEが元となってるAI───
月でも手を加えていたため、もはや私と同じ情報生命体に近しい存在だけれど、
その思考アルゴリズムは製作者としても熟知しているし、私と同じ経験を8000年の間にしているから相談という対話プロセスが発生することは稀だった。
「よきかなよきかな〜、もう何でも乗っちゃうよ!
なんせ君には多大なご迷惑をおかけしましたから、お願いの一つや二つばっちこいってなもんよ!」
この時は軽く返事をし、ライブに向けて意識を切り替えた。
今にして思えば、決められた運命の中で外れ値と言える行動を取り始めたのはここからだろうか。
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八千年ぶりのライブはそりゃもう楽しかった。
仮想とはいえ人の体で踊れることが嬉しくてたまらない。
ヤチヨの声だけれど、自分の感情を載せて意思を伝えられるのが、人と繋がれることに幸福を覚えた。
そんな中でも、楽しむ意識とは別に分割した思考が呟いていく。
ログには名前がなかった、スマコンを買えるはずない、来るとしても先にお兄ちゃんの方。
そんな正論を無視するかのように目があの子の姿を見ようと探す、耳があの子の声援を聞こうと探す。
あの初期アバターの子? 友達のアバターなのかも、じゃあ男の子かも? いやまさか人間以外だったり? 初ライブの興奮の中、私は群衆の中に彩葉を見つけようと必死になっていた。
「大切なメロディは流れてるよ」
届いてほしい、彩葉。
私はあの歌のおかげで月からまた来ようって思ったんだよ。
あの歌のおかげで8000年を耐えられたんだよ。
だからこれはお礼、私からのメッセージ。
彩葉に向けた歌を、みんなの心に響くように、人々の心を癒やすために歌う。
争いもなく、悲しむ人がいたら声をかけて上げるためのステージ。
それでも、嗚呼──。
(会いたいよ、彩葉)
私の心は、大勢の中に居ないたった一人に向いてしまう。
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「ヤチヨ、彩葉に会いに行こう」
ライブ後の処理を終え、観客とのお話を終えたあとにプライベートルームにてFUSHIはそんなことを言い出した。
「えっ? ふ、FUSHI急にどうしたの?」
突然の話に私の思考は真っ白になってしまう、彩葉に会う? 私が? ヤチヨが? ツクヨミにいないのに?
「あ〜、そうだよね、彩葉が来たときにチュートリアルとかbotじゃなくて私が───」
「そうじゃねぇ、今から彩葉のことを見に行こうって言ってる!」
頭をガツンと叩かれたような気分になった、ツクヨミには触覚はないので文字通りに気分だけ。
「FUSHI、気持ちわかるけど私はヤチヨだよ? 彩葉はヤチヨのファンになっていずれライブで会うのが運命……」
「ヤチヨが知ってるのは彩葉がヤチヨの大ファンってこと、いつからとかは細かいとこまで知らないはずだ。
聞いてたとしてもヤチヨはそこまで覚えてないでしょ?」
「それはまあ、そうだけど」
彩葉の事を忘れた事は忘れたことないけれど、
彩葉の暖かさすらもきちんと思い出せているか不安になる時間を生きている。
たとえ聞いていたとして、それが正しい記憶かの自信はとうに失せていた。
「その過程に少し違いがあっても、運命に違いは出ないはず、
それならヤチヨが我慢する理由はないんじゃないかな」
「我慢なんてヤチヨはしてないよ、それにツクヨミは始まったばかりで手のかかる子供みたいなものだよー」
いくらツクヨミが正式稼働したとはいえ課題は山積みだ、ライブ、宣伝、ユーザー対応、ワールド拡張、バグ取り、いくらかを自動化してこの天才かぐやをもってしても多忙極まりない。
「そうかもしれない、けれどツクヨミが本格的に大きくなればヤチヨのリソースはどんどん削られる。
それこそかぐやにチュートリアルのbotが行ったように」
8000年前を懐かしみながらFUSHIはだから、と続ける。
「彩葉を探して、会いに行けるのは今しかないよ。
運命を待つだけで楽しそうに笑わないヤチヨは、苦しいから」
心のなかに色がついたような気がした。
「…………スマコンがないとヤチヨのこと見えないよ」
「ヤチヨが彩葉を見れればいい」
「お話だってできないし」
「ウミウシの時より手段はあるよ」
「それにほら、私はもうおばあちゃんなんだから」
「ああもう! 言い訳ばっかり! ヤチヨは会いたくないの?」
「会いたいよ!」
叫んでしまう、会いたくないわけがない、8000年ずっと会いたかった。
「ねえヤチヨ、彩葉は今苦しんでるんでしょ?
ヤチヨの歌に救われたっていつも言ってた」
だから、FUSHIは続ける、
もしかしたらこれも運命の中で意味はないのかもしれない。
もしくはこんな事で運命は変わったりしないだけかも。
それでも。
「彩葉の事、助けに行こうよ」
好きな人が泣いてるのをただ見ているのは、嫌な気持ちになる。
そうだ、私は。
「ツクヨミは、誰も孤独にならない場所にするんでしょ?」
だからこの世界を作りたかったんだ。
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こうして私はFUSHIの後押しで動くことを決めた。
ツクヨミの歌姫として、偶像としては相応しくないかもしれない。
それでもこの自分の気持ちを優先することは……。
『かぐやらしいね』
なんて、彩葉が言ってくれる気がしたから。