月見ヤチヨの少しわがままな現代録   作:BPM168はじめじめし過ぎ

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秘密のプレゼント

 月見ヤチヨに出会い、彼女の歌に心を救われたあの日から、酒寄彩葉の日常に大きな変化が──訪れることは特になかった。

 

 相変わらず母とはうまくいかず、踏ん張り続けて張り詰めていくと兄がそっと手助けしてくれる、ギリギリの綱渡りのような日々のまま。

 

 変化があったのは、月見ヤチヨの楽曲を再生している四分前後の休息時間が増えたこと、今までやったこともなかったアイドルのおっかけを始めたこと、ヤチヨのいるツクヨミへ入り浸ってる兄のことが気になり始めたことだ。

 

「こうして考えると、結構あるかも」

 

 掛け布団を頭からかぶり、暗闇の中、ひとりごちる。

 この狭い空間が彩葉にとって自分を守る場所だった。

 

「ツクヨミ、か……お兄ちゃんに聞けば教えてくれるかな」

 

 兄ならばツクヨミに興味を持ったことを嬉しく思い、何も言わずとも一緒に遊んでくれるだろう。

 でも今は兄よりも先に、そして気軽に相談ができる相手がいる。

 

 スマホの画面をタップし、最近導入したアプリを起動する。

 

 画面が星の散りばめられた夜空へと変わり、中央に白銀の少女が現れる。

 

『ヤオヨロー! なんでもヤチヨに相談してね』

 

 配信と同じく決まった挨拶で現れる月見ヤチヨ、

 彼女に対して相談ができる公式のチャットアプリだ。

 

「こんばんは、ヤチヨ」

 

 画面に向かって挨拶をする、もちろん今は音声入力をしていないので伝わるわけもなく、伝わったところで挨拶に対して定型文が返ってくるだけだろう。

 

 それに応対するのはヤチヨ本人ではなく、チャットアプリ用の対話AI、つまりヤチヨの言動を模しただけのモノだ。

 

 それでもヤチヨの音声で回答を読み上げてくれるし、

 時折本人と話してるのかと錯覚するほどの精度で会話ができると評判だった。

 

 それに本人と話すだなんて想像しただけでアガって固まってしまいそうになる、間違いなく平常心は保てない自覚がある。

 

「ヤチヨ、ツクヨミってどんな所?」

 

 音声入力をオンにし、いつも通りヤチヨとおしゃべりを始める。

 布団に寝転がって暗闇の中ヤチヨだけを見る、目には悪いかもしれない最近の日課となった癒やしの時間だ。

 

『おやおや〜、ヤッチョに直接聞くとは、ツクヨミでヤチヨのライブを見に来てくれたりするのかな?』

 

「うん、ヤチヨに会ってみたい、いつも助けてくれてるお礼をステージに叫んでみたい」

 

 ライブを生でみたい気持ちもあるけど、根底にあるのは直接会ってみたいというもっと単純な理由だ。

 

 最近よく想像をする、ステージの上で舞うヤチヨ、私は見上げる位置で精一杯声を張り上げて応援する、夢のような時間になるだろうと。

 

「……ヤチヨ?」

 

 そんな妄想に浸っていて気がつくのに遅れた。

 

 いつもなら数秒で返事が来るのにやけに長い、通信が悪いのかな? なんて思っていると。

 

『ありがとう、ヤチヨも彩葉がライブに来てくれると嬉しいな。聞いてほしい曲がいっぱいいーっぱいあるからね』

 

 よかったちゃんと返答が返ってきた。

 ……それになんだか、今の声は心から嬉しそうに感じて、つられてこちらも嬉しくなる。

 

「けどスマコンは買えそうにないや、お母さん……はないけど、お兄ちゃんに頼むのも考えものだし」

 

『彩葉のお母さんは難しいよねぇ、彩葉のお兄ちゃんなら何でも買ってくれるとヤチヨは思うよ?』

 

「最終手段はそれかなぁ……うーん」

 

 以前の会話から蓄積された情報を使ったのか、ヤチヨは彩葉の家庭環境を話題に持ち出してくる。

 

 いくら甘えるとはいえ、さすがに10万を超えるおねだりはしたくない。

 兄がプロゲーマーとして有名になりつつあるのは知ってるが、それでもだ。

 

『ふっふっふ、そんな彩葉に朗報があります!』

 

 ぼんやりと考えている私に対して、画面の中のヤチヨが楽しそうに微笑む。

 

『アプリをご利用の皆様に! ツクヨミへご招待キャンペーン、抽選で5名様にスマコンとヤチヨのライブチケットをプレゼントしちゃうよ!』

 

 やたらと派手なエフェクトと共に画面におみくじのアイコンが表示され、ヤチヨがシャカシャカと振り始める。

 キャンペーンにしては押し付けがすごいな。

 

「ふふ、何それ当たるわけ無いじゃん」

 

 ツクヨミの知名度は凄まじく、敷居の低いチャットアプリを使ってる人はツクヨミユーザー数の何倍にもなるだろう。

 

『それでもチャンスはチャンス、ヤッチョは彩葉に会いたいな〜』

 

「はいはい分かった、応募するだけしとくね」

 

 おねだりする様に戯れてくるヤチヨに思わずぶっきらぼうな返しをする。

 このアプリのヤチヨ、たまに距離感がすごい近くなるんだよね。

 

『はぁ〜い、応募フォームのリンクを張っておくね。

 これで彩葉に会えるんだねぇ、嬉しいなぁ』

 

「なにそれ、もう当たったみたいなリアクションするじゃん」

 

 思わず笑みが溢れる、画面の中でコロコロと楽しそうにはしゃぐヤチヨも何だか親しみを感じてしまう。

 

 これで実際のヤチヨに会ったら、本物の神秘性とのギャップで私はどうにかなってしまうんじゃないか? いや、なる。

 

 そんな未来を夢想しながら、彩葉は他愛ないおしゃべりを続けながら眠りについていく。

 

『おやすみ、彩葉』

 

 眠る寸前、ヤチヨの優しい声が耳に残った気がした。

 ──────────────────────

 眠りについた彩葉の吐息を聞きながら、彩葉のスマホへのアクセスを切断する。

 

 ツクヨミを見渡せる天守閣の天辺にヤチヨはいた。

 

「今日も楽しかったよ彩葉、顔色も良くなってきて良かったぁ」

 

 ヤチヨはん〜っと背伸びをする、最近恒例となってきた彩葉とのお喋りはヤチヨにとっても幸せな時間となっている。

 

 そう、彩葉の錯覚ではなく途中から本人が直接応対を始めていたのだ。

 

 アプリを通してヤチヨは彩葉のスマホを掌握し、いつでも繋がるし、マイクやカメラを通して彩葉のことを常に見ていられるようにした、ほとんどスパイウェアでスマホバッテリーの減りが早くなってるかもしれないけど許してほしい。

 

「ヤチヨ、今のキャンペーンの話なんだけど」

 

「……ナンノコトカナー」

 

 幸せ気分に浸っているとFUSHIに突っ込まれる、なぜならば……

 

「そんな話無かったよね、告知が出されたの数秒前だし」

 

「もー仕方ないでしょ、彩葉にスマコンを渡さなきゃだし!」

 

 このツクヨミ管理人、大切な人に自らの世界に来てもらう為に急遽プレゼント企画を立ち上げたのだ。

 

 普段は抑えていた理性が彩葉からの思わぬ歩み寄りで月まで飛んでいってしまったに違いない。

 

「1人だけにプレゼントは変だからって、わざわざ5人枠まで作って」

 

「他の4人は本当に抽選で選ぶからいいんです〜!」

 

 FUSHIに背を向けていそいそと準備を始めるヤチヨ、その姿はいつかの夏の日と重なる。 

 

 彩葉にプレゼントをしよう、料理を作ろう、びっくりさせてやろうとあれこれ手を尽くしては少し怒られて、それでも楽しそうに、笑い合っていた姿がダブってFUSHIには見えていた。

 

「最近ずっとヤチヨが楽しそうで良かった」

 

 いつもは笑いの中に悲しみを隠しているヤチヨ、その顔に今だけでも本当の笑いが浮かんでることがFUSHIには嬉しくてたまらなかった。

 ──────────────────────

「ん????」

 

 後日、彩葉は目の前の光景を理解することを脳が拒んでいた。

 疲れ果てながら通学路を歩き、ヤチヨのデビュー曲を聞いてなんとか心を回復させながら家にたどり着いた。

 

 兄から荷物が届いてる、なんて言われ小さなダンボールをろくに見ずに部屋に持ち帰り手癖で開封する。

 

 

 ───そして、中に入ってる新品のスマコン、ではなくもう一つの紙片と目があった。

 

 

「ひゃぁぁぁ! 無理無理無理無理!」

 

 ツクヨミ内と連動してるライブチケットも入ってる! いいの!? こんな幸せしかない玉手箱許されていいの!? 

 

 彩葉は現実を受け入れるまで、ベッドの上を転げまわった。

 

 うるさくならないように、顔を枕に押しつけながら推しからのファンサ(と、彩葉は勝手に思っている)を消化し切るまで時間がかかるのだった。

 

「抽選当たったんやったらよかったわ。あいつ持っとるなぁ」

 

 彩葉の部屋の外で、こっそり様子を見ていた兄の酒寄朝日は顔を綻ばせた。

 

 あんなに楽しそうにはしゃぐ妹を見るのは久しぶりだが、見ているのがバレるのと後が怖いのでそっとしておくことにした。

 

 朝日が自室に戻ると、タイミングを見て渡そうとした新品のスマコンが出迎える。

 

 ───ま、これは誰かに譲ればいいか。

 

 そんなことを頭の中でボヤきながら、親しい友人の顔を思い浮かべた。




本編では一棟買ってあげようとするだだ甘お兄ちゃん好き。
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