魔物に転生した俺は、優しい彼女と人間に戻る旅へ出る〜たとえ合成されても、心は俺のまま〜 作:犬型大
「お姉ちゃん大丈夫?」
「うん……私は大丈夫」
カリンは心配そうな顔をして部屋を覗き込んでいる。
大丈夫とは言ったけど、自分の声が重たく沈み込んでいることは自覚している。
その原因も分かっている。
私はベッド上に視線を向けた。
そこには一体のコボルトが寝ている。
片腕がなく、包帯を巻かれて、苦しそうに浅い呼吸をしている。
「私のせいだ……」
気を抜くと涙がこぼれてしまいそうになる。
コボルトさんが腕を失ったのは私のせいだという自責の念に駆られてしまう。
「あの時帰ってれば……」
中年の冒険者の忠告を大人しく聞いて帰っていればよかった。
進むと決めたのは私で、コボルトさんは私のためについてきてくれたのだ。
帰っていればこんなことにならなかった。
私を守ろうとしてコボルトさんは腕を失ってしまった。
あるいは転ばなかったら、またあるいはもっと速く走れていたらと後悔してもしきれない。
「全然大丈夫じゃないじゃん……」
少し目を離すとすぐに後悔に苛まれて暗い顔をするものだから、カリンも少し悲しそうな顔をする。
「魔獣なんてさ、死んじゃうこともあるんだよ?」
「それは……分かってるよ」
魔獣はいつまでも一緒というわけではない。
戦いにおいて命を落としてしまうこともある。
魔獣が怪我したぐらいで落ち込んでいたら冒険者としてやっていくのは難しいことも理解している。
「だけどコボルトさんは私を守ろうとしてくれた……」
私は逃げてと言った。
でもコボルトさんは命令を聞かないで、私を守って、自ら腕を差し出した。
今も怪我が原因で熱を出して苦しんでいる。
落ち込むなという方が難しい。
「うーん、じゃあさ、合成しちゃえば?」
「えっ?」
「もうちょい回復したらさ、もう一体ぐらい魔物捕まえて、合成しちゃえば腕の怪我も関係なくなるでしょ?」
腕が無くなってはこれから苦しむだろう。
これも私の一つの悩みだった。
合成してしまえば腕の怪我も関係なくなる。
確かにその通りだと思った。
「まあでもコボルトさんじゃなくなっちゃうかもしれないけどね」
「えっ!?」
「えっ、って……そりゃ当然でしょ? 違う魔物になっちゃうんだから。……何? そんなことも忘れてたの?」
カリンは驚く私の顔を見て驚いていた。
考えもしなかった衝撃に鼓動の音が大きくなる。
合成という要素はどこかで考えていた。
コボルトさんもどこかで合成して、強くなるんだと思っていた。
ただ私はずっとコボルトさんはコボルトさんなのだと思い込んでいた。
合成したら違う魔物になる。
頭を殴られたような衝撃。
「コボルトさんが……コボルトさんじゃ、なくなる?」
「そうなんじゃないの? 私、冒険者じゃないから知らないけどさ。中身も変わるんじゃないの」
私はまたコボルトさんのことを見る。
どこか人っぽくて、賢くて、優しくて、不思議な魔物。
コボルトなのに、コボルトっぽくない。
聞いていた魔物とあまりに違うけれど、違うからこそ魔物に対する怖さも感じなくてよかった。
合成したらコボルトさんが消えてしまう。
ただの魔物になってしまう。
「お姉ちゃん、大丈夫!?」
世界がグニャリと歪んだ気がした。
キュッと胸が苦しくなって膝に力が入らなくなった。
ふらついた私をカリンが慌てて支えてくれる。
少し呼吸が苦しく感じる。
どうしてこれまでこんなことを考えてこなかったのか分からない。
でも合成するとコボルトさんが消えてしまうということに私は強いショックを受けていた。
でもだからとこのままにしておいていいのかという思いもある。
やはりダンジョンを攻略するのに厳しいところがあるというのは理解してしまった。
魔獣を増やすか、合成してもっと強い魔獣を手に入れる必要がある。
「コボルトさんだって強くなるのが本望じゃないの? こんなふうに腕失ったまま生きてくのも大変だと思うよ?」
カリンの言っていることももっともなことである。
強くしてあげられるなら強くしてあげたい。
「…………どうしたらいいのか、分からないよ」
「どんなでもお姉ちゃんの選択を私は尊重するよ? コボルトさんとも相談してみたら? 言葉分かってるっぽいし」
でもコボルトさんなら私が合成したいといえば、受け入れてくれる気がする。
その先にどうなるのか、誰にも分からないのにコボルトさんは別の魔物になってしまうのだ。
その時に新しくなったコボルトさんは、果たしてコボルトさんなのか。
そしてコボルトさんが消えてしまった時に、私はそれを受け入れられるのか。
何もかもわからない。
決断もできない。
でもカリンにも時間がないし、コボルトさんだってきっと片腕のままでいるかどうか早めに判断してほしいだろう。
私はそっとベッドに腰掛ける。
血のせいで、少し汚れたピンクのバンダナ。
効果があるのか知らないが、少しでも楽になればと額に濡れたタオルを乗せている。
私は少しぬるくなったタオルを水に浸して固く絞る。
今はまだ判断ができない。
だからコボルトさんに早く起きてほしいと思った。
何かを伝えようとジッと見つめてくる優しい目が、少しだけ恋しかった。