ヤンデレに監禁されて夢のヒモ生活!えっ?貯金が尽きた!?   作:エアロマグロ

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第5話:在宅ワーク

 接客業がダメ、野草もダメ。次の一手を考えなければと思いながらも、空腹で思考がまとまらない。

 俺がベッドの上でうんうんと唸っていた、そんな時だった。

 

「……ただいま」

 

 スーパーから帰ってきたすずめが、もやしの入った袋を片手にぶら下げながら、もう片方の手に一枚の紙切れを握っていた。

 

「あなた。これ、見つけた」

 

「ん? なんだそれ」

 

 すずめが差し出したのは、電柱に貼ってあったらしい手書きの求人チラシだった。

 そこにはこう書かれている。

 

『在宅ワーク募集! 未経験歓迎!』

 

 在宅ワーク。

 俺の脳内で、一瞬、華やかなイメージが駆け巡った。

 在宅、つまりリモートワークか。IT系か? プログラミング? Webデザイナー?

 いやいや、こいつの職歴を考えろ。元OLだ。データ入力とかExcel集計ならワンチャン……。

 

「お前にITスキルなんてあったか?」

 

「……大量の画像、音声データの処理とか……?」

 

「正規ルートで身につけた技術じゃなさそうだから、一旦ステイで」

 

 俺は改めてチラシの文面に目を落とした。

 

『簡単な手作業。造花の組み立て。1個1円』

 

「……って、内職じゃねえか!!」

 

 広義の在宅ワークだけども!

 ITもデザインもクソもない。

 プラスチックの花をちまちま組み立てる、昭和から続く伝統の在宅ワークだ。

 

 だが、俺は一瞬の落胆の後冷静に考え直した。

 すずめは前職はサボりで懲戒免職、バイト先では高校生にブチギレてクビ。要するに、雇われて働けるような人間ではない。

 

 その点、内職なら何の問題もない。

 対人コミュニケーションが一切発生せず、室内でできて、特殊なスキルもいらない。

 考えてみれば、こいつに最も適した仕事は、最初からこれだったのかもしれない。

 

「単価は一個一円。正直、割のいい仕事とは言えないが、今の俺たちにはこれしかない。……やれるか?」

 

「……やる」

 

 すずめは力強く頷いた。

 

「私が見つけたお仕事で……あなたに、お肉食べさせたい……」

 

 やる気があるなら結構なことだ。

 俺はすぐに業者に連絡を入れ、すずめに材料の引き取りに行かせた。

 

 ***

 

 数時間後。

 リビングの真ん中には、業者から支給された段ボール箱がデデンと鎮座していた。

 中には、大量のプラスチック製の茎、葉っぱ、そして色とりどりの花びらのパーツが、それこそ何千、何万という単位で詰め込まれている。

 

「よし、まずはマニュアル通りに一個作ってみろ」

 

「……わかった」

 

 すずめは正座のまま、パーツを手に取った。

 茎に葉っぱを通し、花びらを順番に重ね、最後に中心部分のピンをパチンと押し込んで固定する。

 工程自体は非常にシンプルだ。これならサルでもできる。

 だが。

 

「…………」

 

 すずめの動きが、異常に遅い。

 彼女は一枚の花びらを手にしては、まるで国宝の茶器でも鑑定するかのように様々な角度から眺め、そっと、慈しむように茎へと通していく。

 そして次の花びらを手に取り、また眺め、フウッと息を吹きかけてから重ねる。

 

「……できた」

 

 ポツリとつぶやいて、すずめが完成した造花をテーブルに置いた。

 ストップウォッチで計っていたわけではないが、体感で五分はかかっている。

 

「おい。一個作るのにどんだけ時間かけてんだよ」

 

 すずめはうっとりとした目で、完成したプラスチックの造花を見つめた。

 

「一つ一つのパーツに、魂を込めないといけないと思って」

 

「何が悲しくて一個一円の造花に職人の魂を吹き込んでんだ! 時給十二円になるぞ!」

 

 俺の悲痛なツッコミに、すずめはビクッと肩を揺らした。

 

「いいか、これは芸術活動じゃない。いかに無心で、機械のように作業できるかが勝負なんだよ!」

 

 そもそも、この女は方向性を間違えると途端にポンコツになるが、俺がやれと言ったときのやる気や根性は一級品。

 要するに、俺が方向を示してやればいいのだ。

 

「……貸せ。俺が見本を見せてやる」

 

 俺はベッドから降り、段ボールの前に身を乗り出した。

 

 カチャ、カチャ、パチン!

 カチャ、カチャ、パチン!

 

 わずか十秒で一個完成。

 社畜時代、無意味な書類のホッチキス留めや、宛名シールの貼り付け作業で培われた、完全に脳を無にして手を動かす技術。

 何のスキルも身につかない仕事だと思っていたが、意外なところで役に立つものだ。

 

「す、すごい……! さすがあなた……手が、見えなかった……!」

 

「いいか、内職ってのは流れだ。花びらをいちいち選んでる暇はない。右手に茎、左手に花びら。思考を挟まず、脊髄反射で動け」

 

「……せ、せきずいはんしゃ……」

 

「パーツを種類ごとに並べろ。左からA、B、C。AとBを同時に掴んで重ねる。Cのピンを刺す。以上。考えるな、手だけ動かせ」

 

 すずめは頷いて、見よう見まねで一個作った。

 さっきの五分に比べれば格段に速い。が、まだぎこちない。パーツを掴む間に一瞬の迷いが入る。

 

「このペースだと、八百個作るのに丸一日かかるな」

 

「……は、八百個……」

 

「そうだ。八百個で八百円。八百円あれば、半額シールの豚こま肉が買える」

 

 すずめの手が、ピタリと止まった。

 

「……お肉」

 

「ああ。もやし炒めに豚肉が入るぞ。もやし単体じゃなくて、豚肉入りのもやし炒めだ」

 

「…………」

 

 すずめの瞳の色が、変わった。

 さっきまでの「俺の仕事だから丁寧に」というおっとりした光が消え、代わりに宿ったのは、飢えた獣のような鋭い眼光だった。

 

「あなたに……お肉……食べさせる……」

 

 その声は、もはや囁きではなかった。

 腹の底から、地を這うように響く、低い低い決意の声。

 

「八百個……」

 

 すずめは無言で正座を正した。

 背筋がピンと伸び、視線がテーブル上のパーツ群に固定される。

 その表情から、一切の感情が消えた。

 

 カチャカチャパチン。

 カチャカチャパチン。

 カチャカチャパチン。

 

 速い。

 さっきまでの五分一個が嘘のように、無表情のまま、機械的な正確さで造花を量産し始めた。

 しかも、加速している。一個ごとに微妙に動作が研ぎ澄まされていき、三十分もすると、俺のデモンストレーションを軽々と上回るスピードに達していた。

 

「……おいおい」

 

 俺は、隣で呆然と口を開けた。

 完成した造花がテーブルから溢れ、床に転がり落ちていく。だがすずめはそれに一瞥もくれず、ひたすら次のパーツに手を伸ばしている。

 瞬きすら忘れ、どこか使命感に燃えた目で、狂ったように手を動かし続ける。

 その手の動きは、もはや残像しか見えない。

 

「……あなたに……お肉……あなたに……お肉……」

 

 ここまで目の前で働かれては、俺も黙ってみているだけでは居心地が悪い。

 ついには俺も参戦して、二人でただひたすらに花を作り続けた。

 

 ***

 

「……できた」

 

 夕方。

 窓の外がセピア色に染まる頃、ついに作業が終了した。

 リビングには、完成した造花がぎっしりと詰まった段ボール箱が二つ、そびえ立っていた。

 

「総数、八百個……」

 

 俺は疲労困憊でベッドに倒れ伏しながら、その光景を呆然と眺めた。

 一日で八百個。一つ一円だから、八百円。

 時給換算すれば絶望的な数字だが、「無職で貯金ゼロ」という底辺の極みにおいては、この八百円は命そのものだ。

 

「よくやったぞ、すずめ。お前は最高の内職マシーンだ」

 

「……へへっ……。あなたに、褒められた……」

 

 すずめは床に突っ伏したまま、だらしない笑顔を浮かべている。

 指先は赤く腫れ、髪はボサボサ。完全に精魂尽き果てているが、その瞳には達成感とが満ち溢れていた。

 

「よし、納品してこい! そして帰りにスーパーに寄るんだ。八百円あれば、今日は肉が食える!」

 

「肉……!」

 

 その単語を聞いた瞬間に段ボール箱を両手に抱えて立ち上がり、風のように玄関から飛び出していった。

 

 ***

 

 一時間後。

 キッチンから、ジュージューという肉を焼く神々しい音が響き渡っていた。

 漂ってくるのは、醤油とニンニク、そして強烈な豚の脂の匂い。

 

「……できたよ」

 

 テーブルに置かれたのは、山盛りの「豚肉入りもやし炒め」だった。

 いつもの塩コショウだけのもやし炒めではない。

 そこには確かに、焦げ目のついた豚こま肉が、黄金の輝きを放ちながら鎮座している。

 半額シールが貼られていたであろう、ペラペラの安い豚肉。

 だが、今の俺たちにとっては、最高級のA5ランク和牛に等しい。

 

「……いただきます」

 

 俺は震える手で箸を持ち、豚肉とタレの絡んだもやしをいっぺんに掴んで、口の中に放り込んだ。

 

「……ッ!!!」

 

 爆発した。

 口の中で、豚の脂とニンニク醤油の旨味が核爆発を起こした。

 安い肉特有の少し硬い食感すらも、今の俺の顎には心地よい抵抗感として感じられる。

 咀嚼するたびに、肉汁が枯渇した細胞の隅々にまで染み渡っていく。

 

「うめぇ……! なんだこれ、死ぬほどうめぇぞ……!」

 

 俺の目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。

 たかが八百円。たかが半額の豚肉。

 それなのに、高級レストランのフルコースよりも圧倒的に美味い。

 労働の後の飯が美味いとはよく言ったものだが、まさかこれほどまでとは。

 

「……あなた」

 

 向かいの席で、すずめも目を潤ませていた。

 

「美味しい……? 私が稼いだお金で買ったお肉、美味しい……?」

 

「ああ。最高だ。お前が頑張ってくれたおかげだ。ありがとうな、すずめ」

 

「……っ!」

 

 俺が素直に礼を言うと、すずめは限界を迎えたように顔を覆い、ボロボロと泣き出した。

 

「う、うわあああん……! あなたが、私にありがとうって言ってくれた……! 私、生きててよかった……!」

 

「おいおい、肉食いながら泣くなよ。旨いものは笑って食べたほうがいいだろ?」

 

「だって、だって……! ずっと、あなたに迷惑ばかりかけてたから……やっと、あなたの役に立てたから……!」

 

 泣きじゃくる彼女を見ながら、俺は苦笑した。

 こいつは本当にどうしようもないバカで、常識の欠片もない誘拐犯だ。

 だが、俺に腹一杯のご飯を食べさせるために、指をボロボロにして一日中働き続けたのも事実だ。

 この異常な関係性が、なんだか少しだけ、愛おしく思えてしまった。

 

「……まあ、明日からもまた頑張ろうな」

 

「……うんっ! 私、明日も明後日も、ずっとお花作る! あなたと一緒に、ずっと……!」

 

 俺たちは涙と鼻水を垂らしながら、豚肉入りもやし炒めを貪り食った。

 満腹感と共に、ささやかな幸せが胸を満たしていく。

 こういう底辺生活も、悪くないかもしれない。

 

 ***

 

 翌朝。

 俺は、久しぶりに快適な目覚めを迎えた。

 瞼を開けると、朝の柔らかな光が差し込んでいる。頭はすっきりしているし、体の節々に溜まっていた疲労感も嘘のように軽い。

 こんなに深く眠れたのは、いつ依頼だろうか。

 

「……ん?」

 

 だが、違和感に気づくまで三秒もかからなかった。

 ベッドから足を下ろそうとして、何か柔らかいものを踏んだのだ。

 見下ろすと、そこには色とりどりの造花が、まるで花畑のように敷き詰められていた。

 

「なっ……!?」

 

 俺は目を見開いた。

 床だけではない。テーブルの上、ソファの隙間、本棚の前……部屋中が、赤、青、黄色、ピンクのプラスチックの花で埋め尽くされている。

 

「……あ、起きた」

 

 花の山の向こう側から、ヌッとすずめが顔を出した。

 目の下には真っ黒なクマができている。徹夜どころか、一睡もしていない顔だ。

 そして何より——彼女の指先は赤く腫れ上がり、小刻みに震えていた。

 

「お前……まさか、夜通し……」

 

「……うん。あなたが寝てる間に、もっとたくさん作ろうと思って……」

 

 すずめは震える手で完成したばかりの造花を握りしめ、へにゃりと笑った。

 

「これだけ作れば……また、お肉、買えるかなって……」

 

 俺は咄嗟に「手は大丈夫なのか」と言いかけた。

 だが、その言葉が喉まで上がったところでふと、別のことに思い至った。

 

 今朝の目覚め。

 異常なほど快適だったあの睡眠。

 ……待てよ。

 

 いつもなら深夜三時に視線で叩き起こされるのが日課だ。カメラを売って以来、すずめは毎晩至近距離で俺の寝顔をガン見するのが習慣になっている。

 あの圧倒的な監視の眼差しを浴びながら安眠できる人間など、この世に存在しない。

 

 だが、昨夜は。

 すずめが一晩中造花を作り続けていたおかげで、俺の寝顔を凝視する暇がなかったのだ。

 

(……つまり、この快眠は、こいつが徹夜で花を作ってて、俺の顔をガン見してなかったから——)

 

 俺の脳内で、天使と悪魔が激しい論争を始めた。

 

 ——このまま造花を作らせ続ければ、毎晩快眠が手に入る。

 ——いや待て、あの手を見ろ。指の皮が剥けてるぞ。

 ——でも、深夜のガン見が無くなるんだぞ? あの恐怖から解放されるんだぞ?

 ——人としてどうなんだそれは。

 ——じゃあお前、あの生活に戻りたいのか?

 

「……あなた? どうしたの、ボーッとして……」

 

 すずめが不思議そうに俺の顔を覗き込んでいる。

 俺はぐるぐると回る思考を力ずくでねじ伏せ、苦々しく口を開いた。

 

「……すずめ。手、見せろ」

 

「え?」

 

 俺はすずめの手を取った。

 指の皮がところどころ剥け、水ぶくれになりかけている箇所もある。一晩中、休みなく同じ動作を繰り返した証拠だ。

 

「……今日は休め」

 

「え……でも、お花作らないと……」

 

「壊れてからじゃ遅いんだよ」

 

 俺は舌打ちしながら、ベッドの脇に放ってあったタオルですずめの手を包んだ。

 

「お前が壊れたら、俺を養う人間がいなくなるんだぞ。……ほどほどにしろ」

 

「……っ! あなたが、私の心配してくれて……う、うう……」

 

「心配じゃねえ。合理的な判断だ」

 

 まあ、こんだけ尽くしてくれたんだ。俺の安眠ぐらい……。

 ……やっぱり、俺が寝るまでは造花を作っていてくれないか?

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