以前は、4万文字以上を1話に纏めて、短編投稿しました。
今回は、8話に分割して連載投稿していこうと思います。
高評価であれば、8話以降も続ける可能性があります。
批評は募集しております。強い言葉を使わないでいただけると幸いです
prologue 手紙を読む
リュエルは自分宛の手紙を二通見つけた。一通目は父から、二通目は傭兵組合からだった。リュエルは部屋に戻って、父の手紙を塵箱に捨てた。ことんと味気ない音がした。
冬の寒さに手足が
白銀の長髪、潤む蒼玉の瞳、陶磁器のような頬の膨らみと首の曲線。少々
しかし気品さは隠しきれていない。まさに美少女。その事実にリュエルはしかめっ面をする。目を背ける。ナイフが見つかる。
手紙を開けた。内容はD級傭兵への昇級試験案内。リュエルは思わず顔を綻ばせた。試験内容はハーベラムの森奥地に自生する薬草アルニマムを一株採取すること。手紙には『同封している申請書に必要事項を記入の上、お近くの傭兵組合事務所までお越し下さい。事務所では代筆を行っておりませんのでご注意ください』と書かれていた。
机の
(……………………セフェトから、借りる……か)
顔に陰が差した。リュエルは部屋を出る。廊下も寒かった。閉める音が乾いた。
ここはエンリーリヤ王国首都ザファー。隣国メリュールとは高い山脈を背に敵対も友好もない。半島国家である。
半島にありがちな海洋国家的雰囲気は内地である王都になく、山と森と丘と野、それと畑と茶色の
比較的温暖な気候で四季があり、自然の移り変わりが目を楽しませる。しかし、冬となると茶・青・白の三色に染まる。今は平地で雪こそ降っていないが、山脈は粉砂糖を塗している。ただ寒い。リュエルがザファーで迎える初めての冬だった。
セフェトは台所にいた。
暖かい湯気と
セフェトが一人で三人分の朝食を作る。三ヶ月前から見慣れた光景。目と鼻の先なのに足が前に踏み出せない。虚しさと冷たさ。
金がない。それに尽きる。
リュエルはE級傭兵。新人であるF級より上でも中堅のDより下。稼ぎが少ない。
対するセフェトは下宿先の主人。昔の付き合いで泊めてもらっているが下宿代はここ二ヶ月ほど払えていない。最悪叩き出される。しかし代金についての話は出ない。逆に怖い。
D級に上がれば滞納金ごと纏めて不安を払える。そのための昇級試験。そのための申請書。そのための墨汁。しかしそれが難しい。
墨汁は高い。小壜ひとつでE級の平均日収相当。とてもじゃないが払えない。平民は小遣い稼ぎに墨汁を売ると言う。かなり時間がかかるらしいが良い稼ぎになるとか。作り方を知らなければ意味がない。セフェトに借りるのが一番手っ取り早い。
しかし、セフェトが貸すだろうか?
ただでさえ滞納している奴に少なくない額の墨。返せる見込みの薄いE級傭兵。リュエルは思う。自分なら貸さないし宿から追い出す、と。
昔はリュエルも裕福だった。とある事情で国を追い出され底辺職のひとつである傭兵で口糊を
当時のセフェトがリュエルに優しく振舞う理由。これは誰にでも判る。権力者に与するのは当然だ。事実優しかった。しかし、今のリュエルに優しくする動機はない。だからこそ部屋に泊めて料理も用意して、昔と変わらない姿勢は怖い。裏があり、いずれその時になれば裏切る。
ただ「墨汁を借りたい」と言うだけ。しかしその後の反応を思うと
躊躇いを永く感じ足が痛い。足場が湖畔に張った薄氷みたいだ。リュエルは冬のせいにした。台所の湯気が暖かいのが鬱陶しい。
リュエルは台所に背を向けた。やはり勇気が湧かない。セフェトがどういった態度をしてくるのか、何を思っているのか、何を言われるのか。それを知るのが辛い。思い出のままのセフェトでいて欲しい。墨は傭兵組合か雑貨屋なんかで買おう。痛い出費だが天秤は傾いている。床がギシリと鳴る。古い家。
「お嬢様?」
しわがれた声がかかる。リュエルは肩を跳ね上げた。
「やはりお嬢様でしたか。人の気配がしたので、
リュエルは痛みを伴い振り返る。そこには少年のような老人がいた。
容貌背丈は未就学男児を思わせる。が、その雰囲気は樹齢何百年の古木。声は歳月移ろう老人の
「お嬢様? どうかされましたか?」
「…………セフェト……もう
リュエルはエンリーリヤの公用語を片言喋った。セフェトは悲しそうに目を伏せて、申し訳ありません、と謝った。リュエルは渋い顔をして首を振った。
どうしてセフェトが謝るのか。昔の癖か。身分が上の者に対する恐怖か。お金が貰えない可能性か。権力と富。今のリュエルにはない。セフェトが知らないはずがない。
「それで…………何、か用?」
ぶっきらぼうな訊き方。片言をより一層ぶっきらぼうにした。セフェトが顔を上げた。リュエルはそれだけで肩が震えた。
「手紙置き場に二通、リュエル様宛の手紙を置いておきました。……ご覧になられましたか?」
下宿代返済、についてではなかった。しかし、リュエルは暗い顔のまま沈む。
セフェトが訊いているのは傭兵組合からの手紙ではない。父の手紙だ。読まずに捨てた手紙を読んだのか訊いているのだ。
セフェトは父の元使用人。リュエルの乳母の夫。乳母が年老いたため職を辞したが、未だに父と繋がっている。それは確信している。そうでないと手紙は来ない。リュエル宛てに手紙は届かない。
手紙。
他国に行った娘を心配する手紙。普通の親ならそうなるかもしれない。しかし父は隣国メリュールの宰相。娘の安否はどうでも良い。これ以上恥を重ねていないかの警告だ。セフェトはその監視。そう考えるとある程度判る。セフェトは敵だ。父は黒幕だ。リュエルは騙されない。
冬の手紙は配達が険しい。雪道、氷河、だけでなく魔物という危険な生き物が陰に潜む。言葉通り命がけ。料金は割高。必然。それを惜しげもなく監視結果の報告のためにやり取りするなんて、貴族は偉い。用心深い。皮肉げに心の中で嘲笑った。
リュエルは、読んだ、と言った。声が震えた。胸が痛んだ。嘘は嫌いだ。そして、吐いてしまった自分が嫌いだ。だけど、本当に悪いのは誰だ。当然、裏切った方だ。
セフェトが続けた。
「リュエル様がこちらに住まうようになってもうすぐ三ヶ月になります。その間一通もご家族の誰にも手紙を書かれていないのではありませんか? 手紙を書かれてはどうですか?」
「嫌」
セフェトの名前呼びに違和感を覚える。自分から言っておいて自分の中で悲しむ。矛盾。
返事は拒絶。手紙を読むのさえ嫌なのに書くのは論外。文章の読み書きは好きだ。
書く内容もない。お金に貧窮していることを書けば良いのか、家の恥になる行為はないと書けば良いのか、はたまた監視をするなと書けば良いのか。
何を書いても、何を送っても、何も変わらないだろう。自分に他人を動かす力はないし、他人も相手を思って動こうとは思わない。世界は変わらない。持つ者だけが支配し、持たざる者は人生の奴隷。誰もが自分のために考え、自分のために嘆き、自分のために利益を欲する。
セフェトは溜息を吐く。それだけで身体が冷えた。言うことを聞かない愚者に対する冷笑だ。気温のせいではない。そんな冷めた溜息だった。リュエルはわかっていたとはいえ、セフェトがリュエルに落胆しているのを見せつけると、やるせない気持ちになる。
「父君も母君も、妹君も心配されていると思いますよ? ご安心させるためにも手紙を書くべきです。ご家族を安心させてあげてください」
心配。リュエルは想像した。リュエルを心配する父、母、妹。昔なら何の疑問もなく受け入れられた光景。美しさの象徴。家族愛。しかし今は嘘臭い異臭が漂う。
表向きは誰だって綺麗に取り繕う。水鳥ですら足掻きは見せない。汚いものには蓋をする。裏側の真実。気づいてしまえばどれほどの装飾品も感傷的な言葉も優しい抱擁も、全ては
リュエルは鼻で笑う。下手糞な蔑み。下品で低俗で誇りを汚す態度に心が泣きたくなる。
「家族、が心配? 何もしてくれなかった……今更三人が心配、しない。態度だけ。自分達のため。……私のため? それはない。ここにいるのが、その証拠」
セフェトは首を振る。
「あれは予想外のことだったのですよ。確かに結果としてはお嬢様をお助けすることはできませんでした。しかし、決して助けようとしなかった訳ではないのです。ただ……ただ間が悪かったというか、すれ違いというか…………」
リュエルは目を険しくさせた。セフェトは父からお金を受け取っている。受け取っていなかったらあいつらのことを正当化させる言葉は使わない。セフェトがあいつらを非難した時、リュエルが手紙にそのことを書けば父によってセフェトの頸は飛ぶ。
あの優しいセフェトは、もういない。醜い遣り取りが裏にあったのだ。自然の摂理だ。だれだって、いつだって、どこでだって、自分の命は何事に対しても優先される。
リュエルは踵を返して歩き始めた。台所から離れる。
「お嬢様、
リュエルは無視した。墨汁は傭兵組合で借りよう。セフェトから借りるくらいなら痛い出費も我慢できる。
今は、ただ、致命的な確信を避けたかった。