リュエル   作:葉洩 陽透

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section_7 並んで歩く

「さて、と……落ち着いた?」

 

 アメリルのひと言にリュエルはゆっくりと頷く。アメリルは、一安心するように息を吐く。

 

「とりあえず、リュエルって流暢に喋れたのね? おっと、肉が焦げてる。食いな」

 

 アメリルがリュエルから離れる。リュエルは温もりが名残惜しくなる。肌寒い冬。

 アメリルはリュエルの隣に座って、新しく焼けた肉をリュエルに渡す。少し焦げているが良い香り。リュエルは受け取り肉を見つめて、ゆっくり口を付ける。

 

「……確認なんだけど……リュエルってメリュールのサイダール公爵令嬢?」

 

 肉が喉に引っかかる。咽る。アメリルが笑う。

 

「そこまで驚くことないでしょ? さっき色々言ってたでしょ? あれから予想したのよ。最近の話題で、婚約破棄って聞いたのは、メリュール王太子の婚約者だけだから…………えっと、敬語で話した方がいい?」

「…………いい。いまさら」

「なら普通に喋るわ」

 

 からっとした性格のアメリルにリュエルは救いのようなものを感じた。アメリルは自分も焼けた肉に齧り付く。肉汁が垂れる。

 リュエルは、それでも、訊かなければならないことがあった。

 

「アメリルは……どうして助けてくれたの? 嘘吐いて、置いて来たのに、好意を無下にしたのに」

「んー? うんぐ、そりゃ、友達だからよ」

 

 あっさりとしてそれだけ。友達。アメリルは続ける。

 

「まぁ、友達だと思っていた人達に裏切られたら疑う気持ちもわからんではない。けどさ? さっき自分で吐き出すように言ってて気が付かなかった?」

「? 何に?」

「矛盾というか、可能性の綻びね」

 

 リュエルは首を傾げる。アメリルは続ける。

 

「誰も何も助けてくれなくて、誰もがリュエルのことを犯人だと言ったって言ってたけど、友達や家族とは会ってないんでしょ? 裁判はいつのまにか終わっているとも言ってた。おそらくだけど牢屋に入れられてから誰とも会っていない。少なくとも証言した人とは。つまり、『誰もがリュエルのことを犯人だと言った』というのは又聞きだと判断できるわね。本当にリュエルの友達がリュエルを犯人だと言った証拠がない。……誰から聞いたの? 家族と友達の台詞を」

「えっと……王太子様」

 

 牢屋に入ってからのことを思い出す。牢屋で直接会ったのは王太子だけだった。アメリルが指を鳴らす。

 

「じゃあ、その王太子が嘘を吐いていた。全員が全員、リュエルを裏切ろうとした、その証拠は今の所ない」

 

 盲点だった。リュエルは世界が広がる感覚を味わった。

 

「ま、本当に全員が全員リュエルを裏切った可能性はあるけど、それだと国家反逆罪という盛大な嘘を吐いた王太子が牢屋でリュエルに伝えた時だけ本当の事を話した、ってのはなんとも違和感があるわね」

「……今更だけど、私が嘘を吐いている可能性は考えないの?」

「え? リュエル、嘘吐いたの? サイダール家の人って簡単に嘘吐くの?」

 

 むっとする。

 

「嘘じゃない。『サイダール家は何があろうとも沈黙と誠実で戦う』。それ以外は必要ない」

 

 と言ってアメリルに嘘ばかり吐いていたのを思い出し場都合が悪くなる。しかしアメリルはからりとしている。

 

「じゃあ、王太子が嘘吐いてたに決まりだね」

 

 そう言うアメリル。しかしリュエルは迷ってしまう。

 王太子が嘘でリュエルを陥れようとした。これを事実として受け入れ難い。政治的にもリュエルの心情的にも。

 

「でも、王太子様が嘘を吐いた場合は、王家とサイダール家との問題になるわ。それを王太子様が引き起こすとは思えない」

「確かに、政治的に考えると王家がサイダールという富と権力を持った貴族と敵対はしたくないわね。メリュールでは王家の次に実権があるから」

「うん。それに、王太子様は不誠実な方ではないわ」

 

 アメリルが変な顔をした。

 

「いや、さっき自分で言ってたじゃん。王太子は心変わりが激しいとか、気に入った娘を選び放題とか……矛盾してるよ?」

「いや……そうだけど……そうじゃ、なくて……」

 

 黙るリュエル。アメリルは顔を引き攣らせた。

 

「もしかしてさ……リュエルって悪い人に引っかかりやすい?」

「? それはどういう意味?」

 

 アメリルが困った様に頭を掻く。

 

「えーーっと……恋愛はしたことある?」

「……貴族に産まれてから恋愛とは無縁の生活だったわ」

「初恋もまだ?」

「そもそも何が恋か愛か、まだよくわからない。家族への愛や友人への愛はわかるけど」

「わーお、本物の箱入り娘だぁ」

 

 アメリルがお茶らけて言う。リュエルは馬鹿にされたような気分だった。言い返す言葉が思い付かなかったが。

 とりあえず、とリュエルは咳払いをする。

 

「王太子様が嘘を吐く可能性は低い」

「うーーん……そりゃ王家の事情って市井には伝わらないから完全に理解はできないけど、……やっぱり私は王太子が悪い気がする。うん、そうに違いない」

「……なぜ?」

「逆に訊くけど、リュエルはさ……お父さんやお母さんに裏切られたと本気で思ってる?」

 

 アメリルの質問にリュエルは俯く。

 

「だって、王太子様がそう仰るんだから」

「違う! 私が訊きたいのは、王太子の言ってることじゃなくて、リュエルの心よ! 王太子がああのこうの言ったのは今は忘れて考えて!」

 

 王太子の言葉を忘れて考える。それはこの半年考えもしなかった発想だ。

 リュエルは考える。もし王太子が『皆がリュエルを犯人だと言っている』などと言わなかったら。

 

「王太子様が言わなかったら……私は今でもみんなを信じていた。けど、それはまやかしで、信じたら辛いだけで、期待は毒で」

「いや本当に拗らせてるね……。じゃあさ、お父さんのこと好き? 裏切られた後だけど、今でも好き? それとも嫌い?」

 

 好きか嫌いか。父の顔を思い浮かべる。柔和で、優しく、頭を撫でてくれた記憶。一緒に森に冒険に行って小鬼を倒してくれた安心感。

 裏切られた。王太子からは父が面会を断っていると聞いた。それでも嫌いにはなれなかった。

 

「……好き」

「お母さんは?」

「……好き」

「裏切った友達は?」

「……好き」

「……じゃあ、私は?」

「……好き」

 

 はっとする。アメリルを見るとによによしていた。何か顔が熱くなる。

 

「そっかそっか、リュエルは私のこと好きか、それはいいこと聞いた」

「いや、その違、あ、でも、いや、違う訳でもなく、でも」

 

 あたふたするリュエルにアメリルは笑う。

 

「ごめんごめん。でもさ、お父さんもお母さんも好きならさ、最後まで信じてあげたら?」

「……でも、今更」

「今更って何よ? 信じるのに今とか昨日とか明日とか関係ある?」

「……でも、私は疑って……信じてもいいなんて、救われる資格ない」

「何よ? 救われる資格って? 初めて聞いた。国籍は国が発行するし、傭兵証は組合が渡してくれるけど、救われる資格ってどこ行けは貰えるのよ? 等級が厳密に定義されてて小鬼一億体倒せばA級の免罪符が貰えるの? そんな訳ないでしょ。救われる資格なんてものはない。そもそも数多の多種多様にある資格は人間が勝手に作り出したものよ。自然から産み出された訳じゃない。どれももともとなかったのよ。敢えて存在する資格を挙げるとしたら、それは人を笑う資格くらいかしら?」

 

 まぁ、とアメリルは肩を竦める。

 

「信じたり期待したりした後に裏切られたら辛いのは……想像できる。難しい問題よねぇ」

「……急に他人事になったね」

「そりゃ、他人事だし」

 

 リュエルは口を開いて、閉じる。そして、意を決して訊く。

 

「アメリルは、どうして私を助けてくれたの?」

「サタールの叙事詩にあるけど、助ける理由が必要な場合は主に三つ。一つは貧しい自分が富める相手を助ける場合。二つは死に行く自分が健やかな相手を助ける場合。三つは死んだ自分が赤の他人を助ける場合。ついでに助ける理由が必要な理由は、えっと、なんだっけ?」

「————自分を見つめ直すため」

 

 そうそうそんな感じだったわ、とアメリルがひらひら手を振る。

 

「ついでに、別に必要でもないけどリュエルを助けた理由はあるわ」

 

 今の流れで、とリュエルは肩透かしを食らう。サタールを参照するくらいだから「人を助けるのに理由はない!」とでも言うのかと思った。

 

「一目惚れってやつかしら?」

「え゛」

 

 リュエルがアメリルから距離を取る。アメリルは口を開けて首を傾げる。

 

「どうしたのよ? そんな変な顔して」

「……アメリルって、そっちの趣味の人?」

「何よそっちの趣味って。メリュールではどうか知らないけど、内陸国には女性同士の恋愛が公的に認められている所もあるのよ? その態度は差別よ差別。そもそも私のは恋愛じゃないし」

「……じゃあ何よ」

 

 リュエルが申し訳なさそうに居住まいを正す。アメリルがにへらと笑う。

 

「『あ、こいつとは仲良くなれそう』……って思ったのよ」

 

 リュエルはアメリルの笑顔にどこか暖かいものを感じた。直感だけどね、とアメリルが補足。リュエルは俯いて目を逸らす。そういえば、と話を変える。

 

「なんでアメリルは傭兵になったの? かなり高度な魔法が使えるみたいだけど、他の就職先とか選ばなかったの? こんな過酷な仕事にして」

「まぁ、仕方ない理由があったのは事実だけど、憧れでもあったしね」

 

 憧れ? とリュエルが訊く。アメリルは頷く。

 

「私、孤児院出身でね。院長が元傭兵だったの。そこでね色々な武勇伝とか聞いてね、一攫千金に……じゃなくて傭兵に憧れたのよ」

 

 一瞬本音が見え隠れしたが嘘ではないのだろう。事実、その瞳はお金だけでは説明できないように、きらきらしている。

 リュエルも他に選択肢がなかったとはいえ即決できたのはやはり傭兵に憧れていた部分があったからだ。なってみて過酷だと認識したが。

 アメリルが続ける。

 

「院長には学校に通わせてもらった恩義がある。傭兵になる申し訳なさもあった。でも、院長が『なれるのならなっとけばいい』って後押ししてくれてね。傭兵になったの」

 

 魔法は学校で習ったのよ、とアメリル。

 

「リュエルを助けたのだって、一目惚れ以外にも院長から聞いた人助けに憧れてた面もあるわ。もちろんリュエルが友達っていうのもあるけど」

 

 友達、とリュエルは呟く。

 

「そう、友達よ。三ヶ月しか経ってないけど、私とリュエルは友達」

 

 リュエルは視線を落とす。アメリルは息を吐く。白い吐息。

 

「ま、さっきまで友達に裏切られたって思ってたんなら友達認定するのは難しいかもね。私も信じて欲しくて友達だって言ってる訳じゃないから気にしなくていいよ」

 

 もちろん友達認定は嬉しいけどね、とアメリルは肉に齧り付く。リュエルは申し訳なさと自分を理解してくれる態度に胸がきゅっとなる。

 

 そういえば、とアメリルが顔を上げる。

 

「豚鬼の弱点、良く分かったわね。どこで知ったの?」

「……トタールさんに聞いた。勝手に言ってたわ」

「トタールさん、後輩には甘いからね」

「……トタールさんって、年下好き?」

「いんや、年上好きって聞いたわ。今でも好きな人がいるらしい。その人も私達と同じ傭兵だったって。先輩って聞いたわ」

 

 リュエルはトタールの話を思い出す。もしかしたら亡くなった先輩と言うのは女性だったのかもしれない。おそらく訊いても言わないだろうから答え合わせはできない。

 雑談が続く。

 

「アルニマムを採りに行くんでしょ? 生えてる場所とか分かるの?」

「水が綺麗な場所」

「具体的には?」

「……泉が湧く場所を虱潰しに探す」

「あーあ、そうだろうと思ったよ! 門兵のお兄さんが新しい森の地図配ってるのに受け取らなかったって聞いたから、追い付くまでもう心配がどんどん増えて。新しい地図にはアルニマムが生えるような綺麗な泉が別けて描かれてるのよ」

「お金がなかったから……」

「いや、無料だったよ」

「え」

「傭兵の死傷者を減らすために傭兵組合が編集して門兵に配るようにお願いしたとか? 詳しい話は急いでたから分からないけど」

「……知らなかった」

 

 アメリルが呆れた顔をした。リュエルは仕方ないと思った。地図を作るのに情報と絵描きと紙の値段がかかる。無料で配るのは難しい。

 

「リュエルってさ、綺麗な顔で頭良さそうにしてるけど、脳筋よね」

「む。……前までは有料だったから勘違いしただけ」

「前のも後払いできたでしょ? 地図はね人死にが出ないようにするために国と組合が主導してるのよ。前までだって利益のためというより次の地図作成の費用に充てていたらしいし……。確かに世の中はお金と権力の奪い合いが主かもしれないけど、それ以外の、たとえば、優しさ、もあるのよ?」

 

 リュエルは黙った。何を言ってもアメリルに諭される気がした。ただ、不快ではなかった。

 

 

 

 

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