リュエル   作:葉洩 陽透

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epilogue 手紙を読む

 次の日からアメリルと森を進んだ。小鬼が出ても豚鬼が出てもリュエル前衛で敵を引き付け後衛のアメリルが止めを刺す。良い組み合わせ。リュエルもアメリルと歯車が合うように戦いの相性が良かった。何より戦いやすかった。心地良かった。安心できた。

 しかし、不思議でもあった。ここまで優秀な魔術師なら国が保護するだろう。アメリルの好き嫌いでそれを辞退できるとは思えない。

 

「アメリルは……今まで実力を隠してた、とか?」

「? どういうことよ?」

「だって、魔法が使えるとは言ってたけど、ここまで優秀なら私の耳にも入ってきたはず」

 

 人と交流が少ない私でも、とリュエルは心の中で付け加えた。

 

「ああ、まぁ、ね。確かに隠している部分もあるわね。ある程度は自分ひとりで何とかなる範囲でしか動いてなかったというのもあるけど、単純に見せびらかす暇がなかったとも言う」

「なるほど……」

「あー、それと」

「?」

 

 何とも歯切れが悪い様子のアメリル。ちょっと印象と違う様子に首を傾げる。しかし、まぁいっか、と語りだす。

 

「詳しいことはまた今度ゆっくり話すけど、簡単に言えば、母国でお尋ね者にされちゃってね」

「お尋ね者……」

「そ。リュエルと同じ。冤罪ね」

 

 やはりというか、アメリルも同じ境遇だったのだ。それで同情したのだろう。リュエルはそう思った。だからといってアメリルを蔑んだり失望したりはしない。助けてもらった恩義もある。

 

「一応言っておくけど、リュエルに同情して関わろうと思ってないから」

 

 呆れたようなアメリルにリュエルは息を呑む。

 

「アメリル……どうしてわかったの?」

「いや、顔に書いているでしょ」

 

 顔を咄嗟に触る。手の平を見るが、墨のあとはない。アメリルが笑った。

 

「あははははっ!? そんなっ!? 顔に、墨で『アメリル同情してたんだ……』。みたいな文字が書いてある訳ないでしょ!? あははははっ」

 

 リュエルは憮然とした。

 

「そこまで笑わなくても……」

「いやいやいや! すました顔して、てん、天然だからあははははっ!」

 

 リュエルは最初眉根を寄せていたが、あまりにもアメリルが笑うものだから、つられて口を押さえて笑った。

 お互いにひとしきり笑った後、アメリルが落ち着いて息を整える。

 

「はぁーーっ笑った」

「で、どうしてわかったの?」

「まだそっちのネタ引っ張るの?」

「ネタじゃない。不思議なだけ」

「……こりゃ本当にわかってない顔だ」

 

 姿勢を正すアメリル。リュエルも正座で向かい合う。

 

「普通に、『顔に書いてある』って言った時、わかりやすく顔の表情が出ているってことよ」

「……いや、慣用句の意味は知っている」

「じゃあ、何よ?」

「これでも元公爵令嬢。意味は知っている。そして、『顔に書いてある』ほど私は表情に出やすい訳でもない。それでもアメリルはわかった。……もしかして心が読めるの?」

 

 アメリルの笑顔が固まった。そして、再び大笑いした。リュエルには何が何やらわからなかった。

 

「その自己評価は今は当てはまりそうにはないわね」

「? ……どうして?」

「だって、リュエル、あなたはあなたが思ってるより表に出やすいみたいよ」

 

 リュエルは首を傾げた。アメリルは、そういうとこよ、とニヤニヤしている。

 

「まぁ、話が逸れたわね。えっと、同情して接してきた訳ではないわ。そもそもその時はサイダール家のご令嬢とは知らなかったし」

「それもそっか」

 

 ホッとした。些細なことだが、アメリルには同情されたくなかった。それがどうしてそう思うのかは、いまいちわからない。おそらくアメリルのことを〈友達〉だと感じ始めたからだろう。リュエルは温かい気持ちになった。

 

 それから二日が経った。

 

 アメリルが魔法の鞄を持っていたため、殺した死体を鞄へ詰め込める。魔物を燃やす手間も省けた上にリュエルの荷物も入れてもらった。剣が抜けない心配もない。

 それでも二ヶ所、泉を探したがアルニマムは見つからなかった。全て豚鬼に食い荒らされていた。しばらくは生えてこないだろう。

 

「リュエル、これなに?」

 

 休憩時。アメリルがリュエルの荷物を収納する時に訊いた。お互いの荷物を見比べて取り出しやすい配置にするとかなんとか。魔法の鞄の内部構造を知らないリュエルはアメリルに訊かれたことに答える。

 

「それは、サーク……下宿先の同居人にもらったお香。魔物を寄せ付けない効果があるって言ってた」

「ああ、なるほど。なら今晩使おう」

「でも、効果があるかどうかはわからないよ?」

「うーん。おそらく効果はあるわ。私が見る限り、魔力と生薬の組み合わせからそれ相当の効果が保証できるわね。そのサークって人は優秀な魔剤薬師になれるよ」

 

 アメリルの言葉に疑うような目を向けるリュエル。アメリルは肩を竦めた。

 

「それに効果がなくてもいいじゃない。その時のために交代で寝起きして見張りすればいいでしょ? それで効果もあればわざわざ戦う危険が減る」

 

 それにこの生薬いい香りするんだよねぇ、とアメリル。でも、とリュエルは尻すぼみになる。アメリルは微笑む。

 

「疑うのは悪い訳ではないわ。でも、信じるのも大事な思考方法よ。まぁ、何を信じるかってのが難しいのだけれどね」

「その、私達に害のある効果だったらどうするの?」

「渡してきた相手ってそんな信用ならない奴なの?」

「そう言う訳じゃなくて、善意で渡しても、それが害になる場合もあるし」

「ま、あるわね。そう言う場合は見極められる人と知り合いになるしかないわね。私はこれが害のあるものではないと見極められる。……ま、リュエルはまだ私のこと信用できないかもしれないけど」

 

 何でもない様に言うアメリルを見て、リュエルはもやもやする。うじうじしている自分が憎らしかった。俯く。

 とりあえずこれはこっちに収納して、とアメリルが魔法の鞄に詰め込む傍らで袖を引く。

 

「え? なに?」

「……ぁ…………信じる」

「……え? なにを?」

「…………………………アメリル、を」

 

 その後アメリルにもみくちゃにされたリュエル。髪が乱れたが元から手入れもしていない。まぁいっかとリュエルは思った。

 

 

 

 四日目は途中から霧が出て視界が悪かった。アメリルが貰った地図を頼りに獣道を進む。目指すは地図で特徴的な印の描かれた泉。

 汗ばむ額を拭い木々が開けると、泉があった。どこか違和感のある泉だが、アルニマムが生えるような綺麗な透明度をしていた。

 

「リュエル! これ! アルニマム!」

 

 リュエルは頷く。確かにアルニマム。屈んで腰を入れて抜くと白い株。へら状の濃い葉。そして茎から伸びる渦を巻いた蔓。それが三株以上。

 なぜかアメリルはリュエル以上に喜んでくれる。こそばゆいものを感じる。嫌な感じはしない。

 

「よかったじゃん! リュエル! これでD級になれるよ!」

 

 リュエルは固まった。そうだった。これはDへの昇級試験。これでリュエルはD級傭兵。中堅と呼ばれる専門職の仲間入り。

 だが、何か、心から喜べなかった。

 

 リュエルの様子に気が付かないのかアメリルは服を脱ぎ出した。

 

「折角だし、身体洗ってから戻りましょ!」

「え? 嫌だ」

「いいから、リュエルも浴びましょ!」

 

 服を脱ぎ終わって下着姿のアメリルが泉の水を掬ってかけてくる。リュエルは避ける。

 

「何で避けるのよ!」

「避けないと服が濡れる。冬の外で水浴びする気が知れない」

「なるほどね……まぁまぁまぁ、とりあえず、入ってみなって」

 

 アメリルは泉の奥へ行く。どうも出て来る様子はない。迷った。身体を嗅ぐ。汗もかいている。諦めて入ることにした。根負けとも言う。

 服を脱いで下着姿。剣を持って、いざ冷たい水に備え足先を付ける。刺すような冷たさ、ではなかった。温かった。足首を入れる。

 

「温泉……?」

「そうだよ! ほら地図に特徴的な印あったでしょ? あれって温泉の印なんだって」

「でも、温泉は山にしかないはず」

「ここの温泉はね、火の魔法石が取れるのよ。えっと、これ! これでお湯が沸いてるのよ!」

 

 アメリルが石を拾って見せる。手を翳すと確かに熱源で熱い。

 

「でも、手順を踏まないと熱くならないはずじゃ……」

「逆よ。手順を踏まないと熱くならないように人の手が加わっているの。純粋な魔石は常時発動なのよ」

「? でも、売っている火の魔石はしばらく使うと冷えるよ? 水の魔石だって、水が出なくなる」

「魔力が尽きるからね。この場所は、所謂魔力溜まり……簡単に言うと、魔力が湧き続ける泉よ。魔力が溢れているから、魔石はそれを吸って半永久的に効果を出し続けるの」

 

 わぁ、とリュエルは博識なアメリルに尊敬の念を感じる。アメリルが少し居心地悪そうに身を捩る。

 

「……ほれ!」

「きゃっ!」

 

 顔面にお湯を浴びせられ驚く。アメリルはニヤリと笑顔。

 

「リュエルも『きゃっ』とか叫ぶんだね~。なんか新鮮」

 

 むかついたリュエルは仕返しに腕で一気に振り抜く。波がアメリルを覆う。

 

「やったな!」

 

 咳き込みから回復したアメリルがお湯をかけてくる。リュエルも応戦。その姿は一人の少女であった。

 

 

 

 アルニマムを見つけて、次の日。リュエル達はハーベラムの森を抜け出した。後は王都に戻って事務所で報告するだけ。

 しかし、リュエルは、何か忘れ物をしたような気持ちになった。

 何を忘れているのか、何を持っていたのか、それがわからない。荷物は剣以外はアメリルに渡した。最後に片付ける時一緒に確認して、忘れ物はないはず。

 

「どうしたのよ、リュエル。浮かない顔して? 念願のD級でしょ?」

 

 アメリルの言葉に曖昧に頷く。天気も心地良い晴。冬にしては比較的暖かい陽気。何も不安に思うことはないはずだ。リュエルは自分に言い聞かせた。

 

「アメリルは……D級にならなくていいの?」

 

 ぽろりとそんなことを訊いた。

 

「んー? 私? 私はもう少し経験積んでからかな?」

「でも、アメリルの魔法があればすぐにDに上がれそう。試験だって一人で熟せそうだし」

「いや、流石に一人は無理でしょ。魔法を使う時って詠唱しないといけないのよ。意味のある言葉を唱える時間が必要なの。優秀な魔法使いになると短縮出来たり省略出来たりするんだけど、私はまだその水準にない訳。つまり、リュエルみたいな前衛がいないところっと死んじゃう。だから、D級へは詠唱破棄とか覚えるか、仲間を見つけるしかない訳よね」

「…………そう、なんだ」

 

 意外すぎて黙る。並んで歩く。森から門までは人が歩いてできた道。周りは冬の草。

 

「おじょーさまー!」

 

 空から声が降ってきた。え、と二人して見上げると人型が真っ直ぐ飛んで来る。近付いてセフェトだと気が付く。飛んでいるセフェトを見るのは久しぶりだ。

 後方だいぶ離れて着地。妖精人種の羽を忙しなく動かして振り向く。

 

「お嬢様。ここにいらっしゃったのですね」

「セフェト、どうしてここに?」

 

 セフェトが呼吸を整える。しわがれた声で話し出す。

 

「ハーベラムの森に豚鬼が出るとサーク君から聞いて心配して見に来たのです。……ですが、まぁ、杞憂に終わって良かったです」

「……心配してくれてありがとう。アメリルが助けてくれたんだ」

 

 リュエルがアメリルを紹介する。アメリルは魔女帽を脱いでお辞儀する。リュエルに小声で話す。

 

「誰? この美少年? 妖精人種だから美老人? リュエルの知り合い? お嬢様って使用人?」

 

 後で説明するよ、とリュエルは苦笑い。セフェトに向き直る。

 

「セフェト、試験に必要なアルニマムは採取できた。これでD級に昇級できる。これで下宿代を払える。今まで滞納しててごめんなさい」

 

 頭を下げるリュエル。セフェトは混乱したように慌てる。

 

「そんなそんな、顔を上げてくださいお嬢様。滞納と言ってもほんの二ヶ月ですし、そもそも部屋を貸すのは趣味でやっていることなので、お金はゆっくりと払っていただけたらいいのです。それよりもお嬢様がご無事でなによりです。もしお嬢様に怪我でもあれば、お預かりしたご両親に顔向けできません」

「両親……」

 

 そう家族。リュエルは暗い顔をした。セフェトは眉根を寄せて伺うように訊く。

 

「やはりまだ、ご家族に対して、その……含む所がございますか?」

「……わからない。信じたい、と、思うけど……わからない」

 

 セフェトはしばし黙って、顔を上げる。

 

「これは、秘匿にするように言われていたことですが……私は以前お父上から手紙を頂いておりました。お嬢様がザファーに来る前、お嬢様が追放された後に、です」

 

 え、とリュエルはセフェトを見る。セフェトは懐から手紙を取り出す。

 

「秘匿事項ゆえに、黙読でお願いいたします」

 

 手紙を受け取ったリュエル。封蝋はサイダール家の紋章。それも王族などに出す時でしか見たことがない頑丈な封筒。現サイダール公爵が最重要な手紙だと示す封緘(ふうかん)

 手が震える。家にいた頃でさえ、こういった手紙は見せてもらえなかった。それが今手元にある。

 何が書かれているのか。セフェトの言葉からリュエルに関するものだと判る。これが何を意味するのか。信じたい。それでもこれを読むことで決定的な拒絶を得てしまったら、と思うと手紙を取り出すことさえできない。

 

「リュエル!」

 

 アメリルの声。顔を上げる。心配そうなアメリルの顔。

 

「家族のことだから、私はこれ以上踏み込めないけど……何があっても、私はリュエルの傍にいる。信じられなくてもいいし、拒絶されても付いて行くから!」

 

 深呼吸。冷たい空気を吸い、暖かい息を吐く。

 

 リュエルは封筒に向き直る。震える手で便箋を取り出す。思ったよりも少ない紙数。二つ折り。深呼吸して、開く。

 

 

 

《拝啓 あなたが屋敷を去って五度目の秋が見える頃。音沙汰なしの無礼と続く援助要請をお許しください。この度、内憂の被害を娘リュエルが背負い国外追放となりました。陛下と私不在の時機にかつてより悪癖のあった王太子が身内裁判を行いエンリーリヤ国境付近へ放逐されたとのことです。父として娘を護れなかった不甲斐なさと隠居なさったあなたを働かせる恥を忍びつつ、どうか娘の捜索と保護をお願いできないでしょうか。返礼は惜しみません。また私は宰相として王太子の振る舞いを精査し正式な手続きの上、法的措置を取ることを画策しております。リュエルを保護した後、裁判が落ち着くまで貴族社会から彼女をそちらで秘匿していただけないでしょうか。こちらも最大限のお礼を致します。どうかリュエルの無事と安全に力添え願えないでしょうか。レヒト・サイダール セフェト翁》

 

 

 

 リュエルは空を見上げた。当たり前に青かった。それが新鮮に映った。

 貴族の手紙としては情けないくらい修飾が少なく、愚かなほど形式が混雑している。字も父の字の中で見たことないくらい汚い。走り書きに相当する汚さ。どれほど慌てていたのか。あるいは感情的にさえ見える。

 

「お嬢様がザファーに自力で来られた時は本当に驚きました。私も伝手を頼って傭兵も雇って探したのに手がかりがなく途方に暮れていた時でした。それからすぐにお父上に保護と秘匿の了解を手紙に送りました」

「………………お父様からは、なんと?」

「お礼と金品とこれからのお嬢様の生活費を頂きました。ですが、お礼の手紙以外は返しました」

「……どうして?」

「お嬢様が全てに絶望した顔で『泊めて欲しい。下宿代は払うから』と仰りました。ここで何もせずに居ていいと言うのは簡単ですが、猜疑に満ちた瞳では逃げ出す可能性もあったため、まずは言わずにいました。お金を受け取らなかった理由は、お嬢様と話す内にお嬢様がお父上を疑っているように見られたので、私とお父上の間には何もないということを示すためです。もし、お父上との遣り取りが発覚すれば、……一人でどこかへ隠れられると思ったのです」

 

 リュエルは空を見上げたまま、これからどうするか決めた。手紙を直しセフェトに返す。黙って王都へと進んだ。

 

 

 

 傭兵組合に三人は帰ってきた。リュエルは迷わずマリーの受付に並んだ。しばらくして順番になった。

 

「おかえりなさい、リュエル様。まずはご無事で良かったです」

 

 心からほっとした様子のマリー。リュエルは驚く。

 

「私のこと、覚えてくれていたの?」

「それはもちろん。小鬼を一ヶ月で千体倒したのは傭兵界隈では有名ですよ。それに五日前に試験申請に伺われた際にも私が対応しました」

 

 なんだか傭兵として認められたような感じをリュエルは恥ずかしい様な心地で快く受け入れた。五日前に失礼なことを考えていたと内省。マリーは良い受付嬢だ。

 そのまま薬草アルニマムを渡す。

 

「薬草アルニマムですね。確かに受け取りました。これで昇級試験が終了します。品質を見るため結果は後日お知らせいたしますね。他に何かご質問はありませんか?」

 

 一つだけ、とリュエル。続けて訊く。

 

「今から試験を辞退することはできますか?」

 

 マリーは目をぱちくりさせた。セフェトは首を傾げた。アメリルは愕然とした。

 

「ええっと、できます」

「なら辞退にしてください」

 

 マリーの返答にさらりとリュエルが告げる。はぁ!? とアメリルがリュエルの肩を掴む。

 

「ちょっと待って! リュエル! どういうことよ!? 折角アルニマム採って来たのに! 絶対合格よ! 薬草だっていいのを選んだし、傷が付かないように採取もしたし、新鮮のまま! なんで辞退すんのよ!?」

 

 アメリルが騒ぐ。セフェトがおろおろする。周りにいた傭兵がなんだなんだと遠目から伺う。

 リュエルは首を振る。

 

「自分が力不足ということに気が付いたの。先輩の話は聞かないし、傭兵として準備を怠るし、心配してくれる人に冷たい態度も取った。傭兵失格だよ」

「それでも! D級に上がってやり直せばいいでしょ!? 辞退する理由にならない! Dに上がれば給料も上がるし、できる経験も増えるし、自ずと視野が広がる! 今からでも遅くない! 辞退を取り消して!」

 

 アメリルが食い下がる。リュエルは恥ずかしそうに頬を掻く。

 

「D級に上がると、アメリルとは一緒に依頼を熟せなくなるから」

 

 え、と言葉が消えるアメリル。リュエルが続ける。

 

「思ったの。試験中、アメリルが助けてくれなかったら私は死んでいた。アメリルと話さなかったら私は自分の力不足に気が付かなかった。アメリルが誘ってくれなかったら泉の温かさを知らずに私はいた。これからも私一人だと気付かずに何かを見過ごしていくかもしれない。……けれど、アメリルがいてくれたら、私が気づけなかったかもしれないものに、気づけるかもしれない」

 

 だから、とアメリルと向き合う。

 

「一緒に、依頼を熟す、パーティー、になってくれませんか?」

 

 リュエルはアメリルの顔を見る。呆気に取られたアメリルの表情。リュエルは熱くなる頬と不安な思考とが綯い交ぜにしながら待つ。

 アメリルはようやく意味が浸透したのか、半開きの口のまま頷く。もう一度頷く。さらに頷く。頷き続ける。どんどん喜びの顔になる。最後にリュエルに抱き着いた。

 

「こちらこそ! 一緒にパーティー組みましょ! リュエル!」

 

 リュエルは照れ臭く思いながらも、涙を浮かべた。

 

 

 

 下宿先に戻る。試験の疲れを癒すため早々に部屋に上がる。

 ふと塵箱を覗くとまだ手紙が入っていた。手紙を取り出す。今思うと封筒が厚い。ペーパーナイフを取り出して封を開ける。紙が六枚。三枚が父の、二枚が母の、一枚が妹のだった。

 寝台に座りじっくりと読む。試験の疲れはどこへやら。愛情が癒してくれる。目が潤む。

 

 読み終えたリュエルは手紙を机の上に置いた。抽斗から筆と紙と墨壺を取り出す。手紙を書くのだ。しかし、墨壺は空であった。

 

 リュエルは呆れて溜息。手紙を持って一階へ下りる。セフェトに墨汁を借りに行くのだ。今度は言い出せそうだ。

 扉が閉まった。乾いた音が心地よかった。

 

 

 




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