ウマ娘に領域展開を教えたい転生者トレーナー 作:白髪サングラス女
たくさんのお気に入りと嬉しい感想をもらいながらも、1日かそこらでかなり評価が下がっているのは期待に応えられていないのかなーと思いつつ、ストックしていた分はひとまず投稿します。
今回から新しいウマ娘が登場します。
なお、本作は年代設定が捻れたり前後したりしていますが悪しからず。
ブルボンの担当になってから数ヶ月。もうすぐトレセン学園が夏休み期間に突入するという時期となった。この時期は普通の学校と同じく期末試験がある。試験勉強でウマ娘たちはドタバタしている様子をよく見かける。
例に漏れず、ブルボンもトレーニング時間の一部を割いてトレーナー室で試験勉強をしていた。
「アグネスタキオンくーん、お届け物でーす」
そして私は相変わらず、暇な時には駿川さんの雑用をこなしていた。
今回の仕事の内容はとあるウマ娘への書類のお届け。大抵のウマ娘宛てなら教室か、その娘のトレーナー室などに届ける事になるのだが、今回のお届け先はなぜか使われていない理科室だった。
「おやおや、もうここに近付くトレーナーはいないと思っていたのだがねぇ。感謝するよ、さぁ入ってくれたまえ」
扉越しではあるが、この時点でなかなかにクセが強そうな娘だと分かった。
部屋の主? から入室許可が出たので扉を開けた。理科室というか、実験室だった。今も実験中なのかコンロの上でフラスコの中身がブクブクしている。
「火使って大丈夫なの? 監督してる教員とかいなさそうだけど」
「おっと、この事はオフレコで頼もうかねぇ。とはいえ細心の注意は払っているし、万が一の際にすぐ消火出来るようにこの部屋には消火器が2つある。ここを出てすぐの廊下にも1つ。心配はないさ」
「そうなの?」
使われていないはずの理科室にいたのは制服の上に白衣を着たウマ娘だった。
「ここへ来たのも何かの縁。たった今調合したこの特製栄養ドリンクをお裾分けしようじゃないか。さあ、ぐいっといってくれたまえ」
駿川さんからの書類を手渡すと、代わりとでも言うかのように中に液体が入った試験管を手渡された。
「栄養ドリンク……栄養ドリンク?」
その液体はドロっとした緑色で、食欲というか飲欲は全然わかない。それはまぁ良いとしても、少し見過ごせない事があった。
「え、何この呪物」
その液体には呪力がまとわりついていた。
「なっ!? 言うに事欠いて呪物だってー!? いくらなんでもひどいじゃないか!」
「いや、だって……何、この。君が作ったの? もしかしてだけど、代々呪術師的な家系だったりはしない?」
「失礼にもほどがあるだろう!? ……ああ、傷付いた。傷付いてしまったよ。まさか私が丹精込めて作った試作品をこうも貶されてしまうとは。これは一滴残らず飲み干してもらわないと、私の心の傷は癒やされないねぇ!」
そう言ってアグネスタキオンは私の口元へグイグイ試験管を近付けてくる。
「トレーナーともあろう者がウマ娘を傷付けたなんて醜聞が広まったら困るだろう? これを飲んでくれたらチャラにしようじゃないか!」
「醜聞て」
駿川さんがいつもと違って申し訳なさそうな顔をしていたような気がすると思ったら。
「そもそも何入ってるのこれ。普通の栄養ドリンクはこんな粘性のある流体にならないと思うんだけど」
「気になるかい? 良いだろう。本当なら企業秘密なんだがね、被験体になってくれるというなら是非もない」
被験体になるとは一言も言っていないが、とりあえず試験管の中の呪物の組成を聞く。いや、だって、六眼越しに見たら呪物も呪物よ、これ。
ひとまず聞いてみると、素材自体はこの用量なら危険ではないかというものしか使っていないようだった。ただし、途中で構造を変化させていなければ、だが。
「明らかに構造弄ってるよね、これ。1つ官能基変わるだけで別物になるのに、ちゃんと把握してる?」
「なに、確かに弄ってはいるが、消化管で吸収しやすくするために脂溶性を高めるのと、肝臓での初回通過効果を軽減するためにプロドラッグ化したに過ぎないよ」
「エステル化とかだけでこうなるかなぁ、とかツッコミは置いておくとして。高校化学までの知識だけだとそんな事出来ないと思うんだけど、独学?」
「学校教育だけに頼っていてはいつまで経っても実験が始められないからねぇ。受動的にいるのではなく、必要な知識は能動的に吸収する。当然だろう?」
「うーん、心掛けだけは立派……」
「だけとはなんだい! だけとは!」
真面目なのか、問題児なのか。
振る舞いを見ると普通に問題児なのだが、知識は薬学部で学ぶようなものまであるように思える。まぁ、その知識をおもちゃのように使われると困るのだけども。
「まぁ、良い。どうやら君は薬学にも明るい様子。是非とも薬学的知見からも飲んだ感想を教えてくれたまえ」
「いや、もう別に飲んでも良いけどさ……数秒で死ぬような毒なんてそうそうないし」
「さっきから失礼が過ぎるんじゃないかねぇ!?」
試験管を受け取り、一口飲んでみる。
味はネチャネチャ……ノーコメントで。
一応万が一のために飲み込んだ物質の解析と反転術式を準備していたが、ひとまず毒性が現れるような事はなかった。当然だが、呪力は無下限バリアで弾いた。
ちなみに私が少しばかりの薬学・毒性学知識を持っているのは万が一の際に反転術式で解毒出来るように勉強したからである。
「後味最悪過ぎて何か効果があっても全然分からんね」
「おかしいねぇ……これを飲んだら全身が緑色に発光するはず」
「おかしいのは君の頭だねぇ……」
「もはや失礼どころかただの罵倒だねぇ!?」
おっと。いけない、いけない。
しかし、全身が発光とな。明らかに普通じゃないし、やっぱり呪力の効果だろうか。
最悪反転術式で中和すれば良いし、一度弾かずに飲んで見ようかな。
「ホントに光ったよ……」
「そうそう、それだよ」
呪力ごと飲み込んだら全身が緑色に発光した。いや、どういう仕組みよ。
飲み込んだ呪力を反転術式で中和する。発光が収まった。
「えー!? ウマ娘でも1時間は光り続けるのに、どういう事だい!?」
「どういう事もなにも……やっぱり込めてるでしょ、こう、エネルギー的な」
「代謝能力に個人差があるとはいえ、流石に早すぎるだろう!? ウマ娘以上に効きづらいのか、いや、あるいは手技のミスか……」
アグネスタキオンがもう1本の試験管に入っていた同じく緑色のドロドロを飲むと、その身体は発光した。
「ふぅむ、薬側に問題があったならそろそろ収まるはずだが……」
結局アグネスタキオンは数時間光り続けたらしい。駿川さんが言ってた。私は途中で帰ったので。
◆
今日も今日とてブルボンのトレーニングをこなし、既に日が落ちてブルボンも寮に帰った頃。トレーナー室の戸締まりをしようとしていたら、ブルボンの忘れ物を見つけた。
水筒。教科書とか文房具なら明日の朝取りに来れば良いが、もう暑くなってきているし、一晩放置しておくのは気が引ける。とんぼ返りさせるようで申し訳ないが、ブルボンには取りに来てもらおう。
そうしてスマホを取り出して気付いた。
私、ブルボンの連絡先知らない。
生徒の寮にトレーナーが出向くのは褒められた行為ではないが、寮長に渡すぐらいなら良いだろう。特別に私が持って行ってあげる事にした。
トレーナー室の戸締まりをし、正門へ向かう。その途中でグラウンドの近くを通り掛かれば、青鹿毛の長い髪を揺らしながら、1人のウマ娘がコースを走っていた。
別に夜練習するのは珍しい事ではない。もちろん昼の方が多いが、夜の方が涼しいし、今までもチラホラ見掛ける事はあった。
ただ、目を惹かれたのは、そのウマ娘の前方。ウマ娘の幽霊が走っていた。
呪霊と幽霊は似たようなものなのか、六眼に映る。そんなに高頻度で見掛ける訳ではないが、たまに見る事はある。
気になるのは、あの娘が幽霊ウマ娘とまるでレースしているように走っている事。もしかして視えているのだろうか。
あ、止まった。というかあの娘、幽霊と喋ってない?
「おや、また会ったね、トレーナーくん。夜にサングラスなんてして見えづらくはないのかい?」
「ああ、この前の。今日は光ってないんだ?」
どこからかアグネスタキオンが現れた。
「光っている事を私のアイデンティティだと思われるのは心外だねぇ。まぁ、ともかく。君から見て、彼女はどう映る?」
「才能はあると思うし、良い走りをするとは思うけど……」
「けど?」
「あの娘、大丈夫? 良くないものに取り憑かれてたりとか、聞かない?」
アグネスタキオンの目が細められた。
「ふぅン? どうしてそう思ったのか聞いても良いかな」
「私が霊的なもの視えるから、って言ったら信じる?」
「ほう? ほうほうほう。なるほど、なるほど……カ〜フェ〜! このトレーナーくんが君の『お友だち』に興味があるようだよ!」
「お友だち……? 幽霊をお友だちにするのは辞めた方が良いと思うんだけど……いや、というか別に呼ばなくて良いから」
「残念ながら、もう呼んでしまったよ」
幽霊と喋っていたように見える、アグネスタキオンにカフェと呼ばれた娘がこちらに近付いてきた。すぐ横に姿がそっくりな幽霊を引き連れて。
「こんばんは……」
「ああ、うん。こんばんは」
「あなたは……」
「この暗くなった夜にサングラスを掛けている一見不審者である彼女は五条美咲。今年からトレーナーになった新人さ。私を見ても逃げないし、モルモットとして優良物件かと思ったのだが、既に担当がいるようでね」
「なんで知ってるの? ……え、モルモットって言った?」
「調べたからに決まっているだろう? 情報収集は基本中の基本だよ」
「モルモットって言った?」
色々と言いたい事はあるが、一旦アグネスタキオンの事は置いておく。
「カフェくん、で良いのかな?」
「マンハッタンカフェ、です」
「単刀直入なんだけど、霊感強い方だったりするよね?」
「確かに……強い方だと思います」
「一応先達として、あんまり関わり過ぎない方が良いんじゃないかなって思ったんだけど……もしかしてご先祖様とかそういう感じかな?」
近くで見るとマンハッタンカフェと幽霊ウマ娘は本当によく似ていた。悪霊という感じでもない。
幽霊ウマ娘のアホ毛を手のひらでドリブルする。ぴよんぴよん。
あ、払いのけられた。
視線をマンハッタンカフェに戻すと、ガン開きになった両目が私の方を向いていた。びっくりした。
「あの……! 見えるんですか……!」
「えっ……うん」
「この反応、嘘ではなさそうだね。ますます興味深い」
「私、用事あるからそろそろ帰るよ? あまり遅くならないようにね」
「まぁ、待ちたまえよ」
そういえば私は今、ブルボンの水筒を届けに行く途中だったという事を思い出し、踵を返すと服を掴まれた。口振り的にアグネスタキオンかと思いつつ振り返ると、掴んでいるのはマンハッタンカフェだった。
トレーナーに服装指定はなく、私はラフで楽な格好をしているため、多少引っ張られたところで問題はないが、さすがに無理やり振り切るのは気が引ける。
「あれから君の言葉を私なりに整理してみたのだがね。どうやら私の作る薬にはカフェの『お友だち』のような目に見えない非科学的な何かが働いているようだ。そして、君にはそれが見える。まぁ、どんな薬理作用があれば皮膚が発光するかなんて分からないのだから、ある意味腑に落ちるところではある。呪物だなんだと言ってきた事まで認めるつもりはないがね」
「うーん……まだ光る程度なら良いけど、コントロール出来ないならいつ危険なものができるか分からないんだから、無闇に他人に飲ませない方が良いよ。自分でも飲まない方が良いけど」
「君は見ればどんな結果が現れるか分かるのかい?」
「さすがにそこまでは無理」
私の服を掴んだのはマンハッタンカフェだったが、話を続けたのはアグネスタキオンだった。
「それにしては躊躇わずに飲んだねぇ」
「私は体内で毒物を分解する力が特別強いから」
「ますます興味深い」
「その内解剖したいとか言い出さない?」
「どうやら一度、君の私に対する認識を正す必要があるようだ」
「また今度ね」
このままにしておくとアグネスタキオンが永遠に喋り続けそうなので、一旦区切る。
「それで、マンハッタンカフェくん? どうしたの?」
「すみません……『お友だち』が見える人に、初めて会ったので……何を言えば良いのか、分からなくて」
「まぁ、そうだよね。私も、私以外で視えるって人がいるとは思ってなかったし」
私の場合、六眼という特殊な眼があるからこそ視えるのだろう。普通に考えて私以外に六眼持ちがいないし、そもそも呪術廻戦的な意味での呪術師っぽい存在もいないし、で私も私以外にそういうのが視える者がいるとは思っていなかった。
「なにかアレだったら、相談ぐらいは乗るよ。私のトレーナー室は……アグネスタキオンくんが知ってると思うから。そういえば、君たちトレーナーは?」
「残念ながら私もカフェもトレーナーはついていなくてね。まぁ、私は研究の邪魔になるトレーナーなど必要ないのだが」
「あぁ、そう……」
「ありがとう、ございます……」
アグネスタキオンにトレーナーがいないのは、そうだろうなぁという感想。そういえば近付くトレーナーはいない、みたいな事を本人が言っていたし、変な薬物を飲ませようとするウマ娘なんて相当な変わり者でなければ担当しようなんて思わないだろう。というか、あんな感じだと担当してもいずれ死ぬんじゃないだろうか。普通の人間は反転術式とか使えないし。
マンハッタンカフェはアグネスタキオンのような明らか問題児ではないが、一見何もない場所に話しかけていたり、聞こえないはずの何かを聞こえている姿が見られたりすれば、近付こうとする者は少ないかもしれない。
「とりあえず、私は帰るね?」
「また……話しても良いですか?」
「うん、良いよ」
「私もお邪魔させてもらおうか」
「君は来なくて良いから」
「つれないじゃないか、試作品は溜まってるんだぞー?」
という事で2人とは別れ、私はブルボンのいる栗東寮の寮長であるフジキセキに水筒を預けた。
◆
翌日、もし何かあった時に連絡先を知らないというのはまずいかもしれないという事で電話番号でも交換しようと、私はブルボンに持ちかけた。今まではトレーナー室で待っていれば来てくれて、特に緊急の連絡とかもなかったから気にしていなかった。一応生徒と教え子という立場なのでSNSで繋がるのはアレかもしれないが、電話番号の交換ぐらいなら問題ないだろう。
しかし、ブルボンのスマホは故障しているとの事だった。しかも、話を聞けばブルボンは機械に触れるとその機械が故障する事が多々あるのだという。想像出来る機械音痴ではなく、本当に指一本触るだけで故障する事もあるとか。
そんな事ある?
実際に電卓を触らせてみると、表示される数字が88888888で固定された。どのボタンを押しても変わらない。
そんな事あった。
「申し訳ありません、マスター」
「ああ、百均のやつだから気にしなくて良いよ。なんならスマホの電卓使えば良いだけだし。まぁ、それにしても……なんでだろ。呪力特性かな?」
普通に考えて指先が少し触れただけで電子機器が壊れる事はない。元々壊れかけだったとかならあり得るかもしれないが、たった今壊れた電卓はちゃんと動作していた。
普通に考えてはあり得ない。いや、何らかの要因があって万が一にはあり得るかもしれないが、ブルボンの話を聞く限り一度や二度ではなさそうなので、ここは普通ではない原因を考える必要があるだろう。
一言に呪力といっても、その人間によっては特殊な呪力特性を持つ場合がある。本家の呪術廻戦では電気のような性質の呪力を持った人間がいた。ブルボンもそんな感じだと考えれば辻褄は合うが、ぱっと見ではブルボンの呪力は普通と変わらない。よく視れば違うのか、あるいは別の原因か。
と、サングラスを外した時にトレーナー室の扉がノックされた。
「はーい」
誰かが駿川さんからの書類も持ってきてくれたのかもしれないため、一旦原因究明を中断し、扉を開けた。
「昨日振りだね。入って入って」
扉の向こうにはマンハッタンカフェがいた。幽霊関連で何か話しにきたのかもしれない。私はマンハッタンカフェのトレーナーではないが、それ系の話を出来るのは恐らく私ぐらいだろう。今はトレーニング中でもないし、少しぐらい話に付き合ってあげても良い。
「ありがとう、ございます……」
「おいおい、私の扱いが随分と雑じゃないか」
マンハッタンカフェをトレーナー室に招き入れて扉を閉めようとしたら、別の手がそれを阻止した。
「ああ、案内してくれたんだよね? ありがとう、ご苦労様」
「まさか私がわざわざここまで来て手ぶらで帰るはずがないだろう?」
アグネスタキオンだった。
「あっ、そうだ。何か壊れても良い電子機器持ってたりしない?」
「手ぶらどころかむしり取るつもりかい!?」
仕方ないので、アグネスタキオンもトレーナー室に招き入れた。
お客さんなので紅茶を用意する。ブルボンにはトレーニング前の瞑想(呪力操作訓練)をやっていてもらう事にした。
「それにしても、思ったより早い時間に来たね。ああいう話って夜とかの方が合いそうだけど」
「はい……私もそのつもりでしたが……タキオンさんが」
「なに、私も興味があったのでね。ベテランを始めとして数々のトレーナーが短距離から長くてもマイルまでが適正だと評したミホノブルボンくんを、まだ手探り段階の者も多いデビュー戦とはいえ中距離という舞台で大差勝ちさせた君の手腕にね。あわよくばデータを取らせてもらおうかと思ったまでさ」
「データねぇ……トレーナーでも目指してるの?」
「そういう訳ではないよ。ところで君、今日はサングラスをしていないのかい? 一体どんな瞳をしているのかと思っていたけれど、おかしいねぇ……まだ薬は飲んでいないはずなんだが」
話しながら、ブルボンの方を視てみるが、この状態では呪力特性が悪さをしているのか分かりにくい。やっぱり実際に故障する瞬間を間近で観察する必要があるかもしれない。さっき電卓が壊れた瞬間をちゃんと見ていなかったのが悔やまれる。
それにしても、アグネスタキオンもマンハッタンカフェも。二人とも、呪力的に見てもかなりの才能を持っている。才能だけでいえばブルボンと並ぶほどだ。実際にマンハッタンカフェは走っているところも見たが、デビュー前にしては結構速かった。
「これは自前」
そう言いながら、サングラスをかけた。
「アレだったら、ブルボンと併走してくれる? トレーニング終わったら良いぐらいに暗くなってるだろうし」
「……良いんですか?」
「併走も良いトレーニングになるからね。君が良ければだけど」
「ぜひ……お願いします」
「オッケー、じゃあ二人ともジャージに着替えてきてくれる?」
「私は併走するとは言っていないが?」
「なら用はないのでお帰りくださいませ」
「いちいち君は私の扱いが雑だねぇ」
◆
「マスター、マンハッタンカフェさんおよびアグネスタキオンさんとの併走を完了しました」
「よし、タイヤ持ってくるからそれまで5分休憩。2人にもドリンク渡してあげて」
「了解しました」
3人の併走を見守り終わって、私は倉庫にあるバカデカタイヤを取りに行く。デカ過ぎて倉庫というか、倉庫の横に置かれているが。
地面に倒した状態の高さ、つまり横幅の時点で私の身長以上の長さがある。恐らく重機のタイヤだとは思うが、一体どれだけの重さがあるのか。
トレーニングで引っ張る用にひもがついているので、それを引っ張ってグラウンドまで持っていく。立てても良いが、大きすぎて視界が悪いため、勝手に転がっていくとか万が一の事があったら怖いし。
「お待たせー」
「え……? あの……え?」
「えっと……私にはトレーナーくんが数トンはあるはずのタイヤを引っ張って来たように見えるのだが……疲れているのかな」
「急に重いタイヤ使ったら身体痛めるかもしれないから2人は休んでて良いからね」
思ったよりも衝撃的だったのか、マンハッタンカフェは「え……え……?」みたいな事をずっと言っていて、アグネスタキオンは急に近付いてきたかと思えば私の頭を触ったりサングラスを外したりしてきた。
「いや、おかしいだろう!? ウマ娘でも苦労するような重量をなぜただのヒトである君が犬の散歩のように軽く持って来れる!?」
「それはヒトの可能性をナメてるだけってワケよ。葵ちゃん……桐生院トレーナーとかも凄いよ、身体能力」
私の場合は呪力で強化しているからだが、葵ちゃんはガチの身体能力だけでウマ娘と張り合える。フィジカルギフテッドかな?
「ヒトの可能性……ヒトでこれならウマ娘の可能性は……いや、そもそも身体構造を考えた時の予測限界値が……」
「そうだ、アグネスタキオンくん。ちょっと近くの百均までお使いに行ってくれない?」
「予測を修整する必要があるな。しかし、どう変数を入力すればいい? サンプルが足りない。トレーナーくんと桐生院トレーナー、あとは健康的な平均的成人男性と健康的な平均的成人女性の被験体……対照実験のためにはデビュー前からGⅠウマ娘までのデータも必要だ」
「おーい、聞こえてる? 行ってきてくれたらちょっとぐらい付き合ってあげるから」
「──二言はないね?」
「お、おぅ……」
私はブルボンのトレーニングを見なければならないので、アグネスタキオンに百均で電卓などの電子機器をいくつか買って来てもらう事にした。
マンハッタンカフェは私と一緒にバカデカタイヤの上に乗って一緒にブルボンの応援をしていた。途中『お友だち』がちょっかいを掛けてきたので、アホ毛をぴよんぴよんしてどっちが上かを分からせてやった。
◆
トレーニング終了後、トレーナー室。
「色々買って来てくれてありがとうね。お釣りはあげる。お礼ね」
「君、まさか10円玉1枚だけでこの件を終わらせようとしていないだろうね? 私の実験に付き合うという言葉は忘れていないよ」
「分かってる、分かってる。今度ね」
日も暮れて、あとはブルボンのストレッチやマッサージというところなのだが、普通にアグネスタキオンとマンハッタンカフェはトレーナー室に居座っていた。マンハッタンカフェは幽霊関係の話があるから分かるが、実験は後日で今日はもう用事がないはずのアグネスタキオンはなんでまだいるんだろうか。今日はもう怪しい薬物は何も飲まないが。
「マスター、ストレッチが完了しました。マッサージをお願いします」
「オッケー、ソファーに横になって」
ソファーに横になったブルボンの、足を中心としてマッサージをする。
ウマ娘の足のマッサージはトレーナーとしての基本技能の1つだ。ただし、私の場合はただマッサージをするだけではない。骨や靭帯などにトレーニングの効果がなくならないように気を付けながら反転術式で疲労を回復させて怪我のリスクを極限まで減らしているのだ。怪我をさせない事に関しては全トレーナーの中で一番であると自負している。なんなら、怪我しても治せる。
「違和感あるところとかない?」
「はい、問題ありません」
ブルボンのマッサージをしながら、棚に勝手に何か置いているアグネスタキオンを見る。
「遅くなったらアレだから、もう帰って良いよ?」
「まぁ、今日は失礼させてもらおうか。ここに試作品を置いておくから、また感想を聞かせてくれたまえ」
「もう別に良いけど、今日は随分と大人しい見た目じゃん?」
「無意味に撹拌や遠心をしたただの水道水さ。本来なら何の効果が現れるはずもない。これでも非科学な結果が現れるのかというちょっとした実験だよ」
「そうなんだ? 私から視てもただの水だから、たぶん何も起こらないと思うけど」
アグネスタキオンは帰る事にしたようで、くつろいでいたソファーから立ち上がり、トレーナー室の扉に手を掛け、そしてその状態で止まった。
「トレーナーくん。鍵を掛けたかい?」
「掛けてないよ。いや、別に鍵が掛かってても内側からなら開けられるでしょ?」
「確かにそうだが……開かないぞ。歪んでいるのか?」
どうやら扉が開かないらしい。歪んでるとかはないと思うが。さっきだって普通に開いたし。
というか、これは。
「トレーナーさん……」
「これ別人だよね?」
「はい……」
直後、トレーナー室が停電した。
「マスター、念の為伝えておきますが、私は今何も触っていません」
「分かってる、分かってる」
最初は気を抜いてて気付かなかったが、扉の向こうに霊的なやつがいる。扉が開かないのも、停電したのもそいつが原因だろう。
「タキオンさん……下がってください。外に……います」
「えー!? 『お友だち』かい!? 今回私は機嫌を損ねるような事はしてないと思うんだが!?」
「『お友だち』では、ありません……よくないもの、です」
この言い方だと、アグネスタキオンは『お友だち』の機嫌を損ねて何かされた事があるのだろうか。
「マスター、正体不明の力が働いており窓も開きません。このままでは脱出は不可能。外部への連絡による救援要請を推奨します」
「いや、ちょっと待って。私が対応する」
サングラスを外す。こういうのは初めてだから万全を期すためにね。
「トレーナーさん……危険です。この感じ……こちらに害意を持っています……」
「大丈夫。こういうのは私の本業……いや、本業ではないか。まぁ、ともかく大丈夫だから」
部屋の中に火の玉のようなものが浮かんだ。呪力で叩いて消しておく。
これはちょっと危ないかもしれない。
「三人とも、私の近くに来て」
「はい、マスター」
指示に従い、すぐに私のそばへ来たブルボン。
「もっと近く。後ろから抱き付く感じで」
念の為言っておくが、セクハラとかではない。ひっついていた方が守りやすいという話だ。
「ほら、二人も早く」
「トレーナーくん、何とか出来るのかい?」
「たぶん」
「そこは出来ると断言してほしかったねぇ」
左右からアグネスタキオンとマンハッタンカフェにも抱き付くように密着させ、ブルボンも含め三人も覆うように無下限バリアを張った。
ポツポツと再び浮かび上がった火の玉が向かってくるが、無限に阻まれて私たちに届く事はない。しかし、ブルボンとアグネスタキオンが扉の方を見るのは分かるが、マンハッタンカフェまで火の玉を無視して扉の方を見ている。火の玉が見えていない?
「扉の方に歩くよ」
三人とくっついて扉の方へ歩くと、部屋中がガタガタと振動し、さらにはパイプ椅子が浮かび上がった。
「マスター! 原因不明の怪現象によりパイプ椅子が飛来します!」
「大丈夫、そのままで」
当たれば普通に怪我をするような速度でパイプ椅子が飛んでくるが、火の玉と同じく無限に阻まれて停止する。ポーズではあるが、ブルボンを安心させるために直前にその方向へ手をかざしておいた。
なんだか、一気に能力バトルみたいな事になってきた。
転生を自覚した当時ならともかく、今更そういうのは求めてないんだけどなぁ。
「開けるよ」
扉に手を掛け、少しの力と多めの呪力を込めて開けた。
「これは……一体……いつもと違う……ぼやけて……」
そこにいたのは今までの幽霊とは少し違った霊。便宜上私が幽霊と呼んでいるのは人型、もう少し詳しく言うと由来となった念のようなものが元は1人だったものからできたもの。
対してこれは。
「呪霊……この世界にもいるのか」
不特定多数の念から生まれたもの。私の知識に照らし合わせるとするならば、形も不定であるそれは、呪霊と呼べるだろう。あるいは呪霊と幽霊、その中間体。
──術式順転『蒼』
ともかく、実害が出ている以上祓う必要がある。特に害がない幽霊は見逃していたが、これは駄目だ。
推定呪霊が消滅した事で部屋の揺れは収まり、灯りも点いた。
「お、収まったのかい? 流石の私も今のはかなり身の危険を感じたよ」
「とりあえずは大丈夫。祓ったから」
とはいえ。
とはいえ、だ。
「今日はもう帰ろう。一直線で。寮まで送るからさ」
無害な幽霊なら放っておくが、危害を加えてくるようなものは放っておけない。
ここはブルボンたちが青春を捧げ、一世一代の勝負を繰り広げるための場所だ。呪霊などに荒らされて良い場所ではない。
「私の連絡先教えておくから、もし何かあったらすぐ連絡して。ブルボンも、番号は教えておくから最悪友達に頼むとかでお願い」
そうして私はブルボンとアグネスタキオンを栗東寮へ、マンハッタンカフェを美浦寮へ送り届けた。
それからトレセンに戻り、理事長室へ。駿川さんに出迎えられた。
「あら、トレーナーさん。どうかされましたか?」
「ちょっと大切な話があって。ウマ娘の安全に関わる系の」
「詳しく聞きます」
ブルボンたちの安全のためにも、トレセン内の呪霊は全て駆除しなければならない。
理事長と駿川さん立ち会いの下、私は呪霊の駆逐作業を行う事にした。
深夜2時まで待って、生徒もトレーナーも帰宅したであろうその時間に、念の為すぐに帰宅するようにという放送も行った後、私は2人を連れて呪霊を狩り尽くした。
○本作における幽霊と呪霊について
本作においては、1人の念からできたものを幽霊、複数人の念からできたものを呪霊としている。また、幽霊は死んだ者の念から生まれるが、呪霊は死者に限らず生きている者の負の感情からも生まれる。そのため、幽霊は生前の姿をしているものが多く、呪霊は人の形をしていないものがほとんどである。
どちらも呪力で干渉出来るが別物なので、マンハッタンカフェは幽霊を見る事は出来るが、呪霊は見る事が出来ない。霊障を起こすのは呪霊が多い。負の感情を取り込んで半呪霊化する幽霊もいる。