「変わったね、零」
全身土まみれの現代最強様からの言葉を受けて、俺は「はぁ?」とため息混じりに眉を顰めて見下ろす。
「うんうん、変わった。初めて会った時とは全然違うよ」
「同じだろ」
「……へぇ、自覚ありなんだ」
どれほど土に塗れていようとも、そいつが持つ澄みきった青い瞳の輝きだけは隠せない。
無下限呪術と六眼を持って生まれた現代最強、五条悟。
俺が今日、無傷でボコボコにしている相手の名前だ。
(反転術式の練度が上がってる)
羨ましい限りだ。こいつのような天上の才能。俺には無い素質。
伸び代の果てが見えない。既に世界の誰も此奴の隣に立てて居ないというのに。
俺がお前だったら、いい死に方が出来ていたかもしれないな。
そんなもの、死ねない俺が考えるものじゃないが。
「ヤチヨちゃん……だったっけ? 良い出会いしてんじゃん」
「……なんであいつのこと知ってんの五条」
ため息混じりにそんなことを考えていた俺に向かって五条はヤチヨの名前を口にする。俺はこいつらにヤチヨの話をした事が無いはず。知るはずが無いだろうと、軽く問うとどこから引っ張ってきたのか五条は携帯を操作して画面を見せてきた。
「【ウチの零がお世話になってます〜】だってさ。ウケる」
「何やってんだヤチヨ……」
どうやって五条の連絡先を特定したのか。【ヤオヨロー】なんて挨拶も入れた文章を流し読みし、あまりにもあんまりな行動に頭を抱える。月の超テクノロジーと言うやつか。そういう面で見れば、やはりヤチヨという存在は規格外なのだろう。
────シュゥゥウウウウ…………。
いや、今更だな。考えても仕方がないか。
そんな俺の考えを見抜いてか、ニンマリと口角をあげて人懐っこい笑みを浮かべる五条。
「ほら、変わった」
「……」
「最初に会った時の零ならこういったことは余計な事だって切捨ててたでしょ。関心がないって言うのかな? でも今は違う……許容して、許した」
「……重複してんじゃねぇの、その言葉」
「はい、細かい男は嫌われマース!」
蒼の応用か。身体に付いていた土が一気に吹き飛んで汚れひとつ無い状態で五条が立ち上がる。よっと、なんて軽く言っていたけどそれはその場のノリなんだろう。蒼で起き上がっていたからな。いいや、あれは蒼なのか?
汚れの消えた服をポンポンと叩き柔軟を始める。再戦の予兆。
「大事にしなよ、零」
何を、なんて言わないけれど。
分かってる、なんて口が裂けても言えない。
だって俺はまだ図りかねている。あいつとの、ヤチヨとの関係を。
俺にもっと才能ってやつがあったなら、こんなことに悩まずに済んだのだろうか。
「……羨ましいよ、お前達が」
溢れた言葉は、きっと五条に届いてしまっている。明確な俺の隙、五条に言わせれば、弄りポイントか。それを見ても追及してこないのはあいつの気まぐれか。
五条悟という規格外の才能の塊を見た。先代の六眼と無下限呪術の抱き合わせとは何度か交流があったが、ここまでではなかった。間違いなく天上の才能。
最近で言えば、乙骨憂太もだ。アレも確実にそっち側の人間だろう。
才能のある奴には選択肢が生まれる。それを選ぶ権利が与えられる。それを選ぶだけの力があるから。
羨ましいさ。正直に。
「……さっ。第2ラウンドの始まりだよ。次こそ勝たせてもらうからね」
思考の渦に呑まれていた俺を現実に呼び寄せる声は弾んでいて、さっきの闘いの終盤で生じた黒閃がまだ残っているのかもしれない。五条のボルテージが最高潮に上がっている。
「新技の構想はあったんだけどさ……今なら出来るかもね」
始まりの合図は無く、既に五条は戦闘態勢に入っていて。
狂気的なまでの笑みは一周まわって子供のようにも見えて。
「術式順転・極の番────」
五条の手に集まってくる黒いナニカを見つめながら。
(本当に……羨ましいよ)
────シュゥゥゥーッッッ……。
そんなことを何度も思っていた。
◇◇◇◇
月見ヤチヨにとって、酒寄彩葉とは、8000年を生き抜く指標足り得る存在だった。
一年にも満たない記憶。
ヤチヨがまだ『かぐや』だった時の思い出。時間にしてみれば一瞬で、けれど脳に焼き付いた光景はかけがえのないもので。
一目惚れだった。
生き抜くという強い意志と弱さを共存させた顔に見蕩れた。否定しながらも、最終的には手を取ってくれる優しさに心を奪われた。
たった一人の少女に会いたいという一心で、かぐやは事故で落ちてしまった縄文時代から現代にまで生き続けることを決めた。
肉体の無いかぐやに寿命というものは事実上存在しない。生きること自体は容易で、けれど彼女はまだまだ子供だった。
親しかった人が寿命で死ぬ様を何度も見た。
伝染病で集団が死んでいく姿を、何も出来ずに見ていた。
武力を誇示するだけの戦争に巻き込まれて死んでいく子供達を何度も見た。
死体の山が焼かれる光景を、かぐやは忘れることが出来なかった。
寿命という面では、確かに無限と言っていい。
されど精神面において、かぐやはあまりにも幼かった。
ウミウシの肉体を動かすことしか出来ないかぐやに出来ることはほとんど無くて。
逆に、出会ってきた人達に助けて貰ってばかり。
『羂索にだけは見つかるんじゃないわよ』
その過程で、呪術師なる存在とも少なからず関わった。
『何を見ている、蛆』
『ウジじゃないよ。私は、かぐや』
色んな人と出会った。
色々な死と出会った。
無力な自分を何度も呪った。
ゴールと定めた日……つまるところ、酒寄彩葉と出会った暇で百余年と言った所で、それは起きた。
今まで見たどんな地獄とも違う。
辺り一面に散らばる死の香り。
真っ黒な塊が落ちていた。目玉が飛び出た子供が歩いていた。崩壊した家屋の隙間から伸びる小さな手が落ちた。叫びの声が聞こえなくなった。
『やめて』
人が死んだ。
『やめて』
人が死んだ。
『やめてよ』
人が死んだ。
『ねぇ』
人が死んだ。
『なんでなの』
人が死んだ。
『なんで……わたしは生きてるの……?』
人が死んだ。
何も出来ない現実。
8000年を生きたと言えど、澄みきった心を持つ彼女を砕くには、その現実はあまりにも過剰にかぐやの心を穿った。
酒寄彩葉と出会う。再会する。
ただそれだけの為に生きてきて、8000年の時を生きて。
たった一つの願いのために長い時を生きてきた彼女の心は、もう限界だったのだ。
『なんだお前?』
『────』
そこから色々あって今に至る訳だが。
まぁ、何が言いたいかと言えばつまるところ────。
「────零、カッコイぃぃいい!!」
ヤチヨにとっての『一番』は、更新されてしまっているという事だろう。
◇◇◇◇
『KASSEN』
仮想空間ツクヨミ内でプレイすることの出来るオンラインゲーム。
ツクヨミといえば、と聞かれれば『ヤチヨ』の次に出てくる単語はこれだろう。
その名の通り、対戦型のアクションゲーム。
戦国時代の合戦を元に造られたであろうゲームの舞台は広大なフィールドだ。高低差の激しい自然の大地。甲冑を纏ったNPCのエネミーから、巨大な蟹やら魚やらともはややりたい放題な要素を詰め込みまくったもの。
世間で神ゲーと称されるこのゲームには、対戦方式がいくつか用意されている。
1VS1の【SETSUNA】。
3VS3の【SENGOKU】。
そして、このゲームのタイトルにもなっている7VS7の【KASSEN】。
ツクヨミユーザーの大半がKASSENプレイヤーであるためにランキング機能の母数は他のゲームと一線を画すものだ。
これらのランキング上位者はツクヨミの有名ライバーであることが多いが、それはさておき。
基本的にPvP。オンラインゲームであるため他のユーザーと対戦を行うKASSENではあるが、もちろんと言うべきかオフラインでもプレイは可能だ。
CPUが対戦相手となり、複数人プレイの場合は味方もCPUが補充される。よくあるゲーム形式。
難易度選択もそうだ。
初心者用の、基本的な動きしか見せない案山子のようなエネミーが出るレベルから、高性能AIが搭載されているであろう強いエネミーなどのチャレンジ的なものも用意されている。ただし、あくまでもそれらはCPUが対戦相手であり、一番上の難易度も鬼ではない。玄人であれば問題なく勝つことの出来る、トレーニングモードのような立ち位置だった。
そんなKASSENだが……正確にはSETSUNAに対して、とある噂が存在する。
用意されているオフラインの難易度。その中の一番上の、さらに上が存在するというもの。
難易度の選択肢は、基本的にKASSEN、SETSUNA、SENGOKUで変わりはない。それぞれに幾つかのモードが用意されており、全て同じものだ。
その噂が流れ始めたのは、一年半ほど前。SNSに投稿された一件の文。
『SETSUNAでランクマしてたら【特別な闘いに挑みますか?】みたいなメッセ出てきて、挑戦したら一瞬で負けたんだけど何アレ??』
投稿したのはライバーなどではなく一般ユーザーだった。ただし、上位ランカーではあるが。
短い文と共に添えられた一枚の画像には表示されたメッセージが写っていた。
【モード:
見たことの無い難易度の解放。よくある釣り投稿だろうか。真偽はどうであれ、拡散され話題になったその投稿を皮切りに、同じ内容での報告が度々見られるようになった。
『俺も出た。二秒で負けた』
『ウワサのモード解放! 勝てるわけねぇ』
『ツクヨミ壊れた? って思うぐらい難易度調整ミスってるだろ』
噂は広まり真実に。
経験したことのあるプレイヤーが圧倒的に少ないこと、報告が上げられる期間に偏りが見られること、規則性が一切ない事。そのモードが解放される条件は公式からの発表は無く、なんならそのモードに触れることもないほど。
公式発表は無いものの。
とある放送内でヤチヨが残した言葉が話題となっている。
『神々のみんなは、私の騎士様に勝てるかにゃ〜』
リアタイをしていた酒寄彩葉は吐血した。
はっきりとこの件とは言っていない。しかし、話題になり始めた頃の発言であるため関連性が無いはずもなく。
ツクヨミでは稀有な存在である『無理ゲー』。
立ち会いが十秒と続いたプレイヤーはまだ出現していない。誰もが突発的な遭遇ということもあるが。
中には、【最強モード解放まで耐久ランクマ!!】などと銘打っての配信もある。今ではこのタイトルは珍しくない。実際に配信内で遭遇したケースも少ないがある。
結末は同じだったが。
さて。
最強モードの解放条件は不明だが、分かっていることもある。
ひとつ。遭遇するプレイヤーは必ず上位ランカーであること。
ふたつ。勝利時にのみ、そのモードが解放される可能性があること。
「……ははっ。まじかよマジかよ」
そして今日。
時間帯にして午後十時前。この日3人目となるチャレンジャーの元に、扉は開かれた。
闘いのカウントダウンが行われる。
赤い髪。二対の角。恐ろしく鋭い八重歯が全て見えるほどに上げられた口角。
手にするは金棒。鋭い笑みと高揚を隠さず、帝アキラは相手を見やる。
パーカーのようなものを着た男。身長は180程か。フードを被っているようで顔は見えない……これはツクヨミの仕様だろう。不自然な程に顔の部分が暗い。
かけ離れた部分もあるとはいえ、ツクヨミは和のテイストを全面に出した世界。それ故に、ユーザーやNPCの服装が和服が殆どだ。洋服に見えて、実は和服を少しいじったような形を取ることがほとんどで、あそこまで露骨なのは見た事がなかった。
(配信するべきだったかぁ)
完全なプライベートでランクマに潜っていた帝アキラは少しの後悔を浮かべるもそれをかき消すほどの幸運に胸を躍らせる。
相手の武器は見えない。というか、人型エネミーで強い相手を知らないアキラ。
カウントが1へ。そして0へと傾く。
(楽しもうぜ────)
開幕の太鼓と共に、アキラは様子見……すること無く、即座にしゃがみ込んだ。
────キンッ。
敵は動いていない。ずっと見ていた。それは分かる。予備動作も無かったのだから。
では、何故……アキラの左肘から先が消し飛んでいるのか。
(何が起きた……?)
「へぇ」
「ッ!」
視界の上部に浮かぶHPバーが三割削れる。小さな効果音が聞こえるのと同時に、アキラは耳に届いた男の声に顔をあげる。
「初撃を避けたのはお前が初めてだよ」
声に乗って届くのは僅かな感動。ようやくか、というような呆れ。
地面に刻まれた斬撃の跡を流し見し、アキラは金棒を振りかぶり刀身を顕にした。
「いいぞ。掛かってこい。俺に一撃でも与えられたら幾らでも『ふじゅ〜』やるよ……ヤチヨが」
言ってなーいよっ☆という小さな叫びが背景の竹林を木霊する。
そうして、ラウンド開始から10秒が経過した時、アキラの刀と相手の拳がぶつかった。
帝アキラ
プライベートランクマしてたら噂の最強モード解放でテンション爆上げ。おいおい、1ラウンドで終わりとかそりゃ無いぜ。タコ負けしたあと、SNSでこのこと書き込んだ次の日見たら30万いいね超えてて笑った。
ヤチヨ
私、零のATMじゃないもん!
ただし、零のお金の管理してるのはこの子。
とある現代最強さん
どっかのバグのせいで同格との闘いが出来ることに。超強化。ただし一度も勝ててない模様。ニッコニコ。
SETSUNAの最強モードさん
天上組が羨ましい。才能もっと欲しい時期もあったそうな。才能凄すぎてドン引きしたのは五条悟に会った時が初めて。最近は虎杖悠仁を見てドン引きしてる。