スタジアムを揺らす地鳴りのような大歓声が、賓客用バルコニーの遮音ガラスを微かに震わせていた。
何万、何十万という生徒たちが放つ熱気と興奮のパルス。それはキヴォトスという世界が持つ生命力そのものであり、地上のあらゆるタイムラインを沸騰させるに十分なエネルギーを孕んでいる。
だが、そのガラス一枚を隔てた室内には、相変わらず空見観測研究部特有の、どこか超然とした『平熱』が満ちていた。
カチャ、と小気味よい音を立てて磁器のカップがソーサーに置かれる。
アカネが静かな手足の駆動で淹れるアールグレイの香りが、地上の熱気でささくれ立った神経を優しくなぞるように広がり、室内に完璧なまでの安らぎを提供していた。
「……ふう。地上の喧騒をこれほどまでに『余白』として楽しめるのは、世界中を探してもここだけだろうね、セイカ」
セイアが、温かな紅茶のカップを両手で包み、大きな狐耳を満足げにパタパタと揺らした。彼女の纏う空気は、トリニティ総合学園の最高幹部『ティーパーティー』としての気品を保ちながらも、気の置けない親友の前だからこそ見せる、等身大の少女としての穏やかさに満ちている。
「うむ。若者たちが一つの目的に向かって心身を爆発させる様、見ていて飽きぬものじゃ。これこそが、我らが守るべきキヴォトスの血流そのものよな。玄竜門の者たちも、今頃はフィールドの砂にまみれておる頃合いか」
セイアの隣に腰掛けたキサキが、美しい刺繍の施された扇をゆったりと動かしながら、眼下で繰り広げられる地上の躍動を、どこか年長者のような慈しみの瞳で見つめていた。彼女の小さな身体から醸し出される圧倒的な威厳と、時折覗かせる少女らしい悪戯っぽさが、バルコニーの空気をより深いものにしている。
「ええ。事件もノイズもない、純粋な日常のタイムライン。これこそが最も美しく、最も記述に値するログです。どれほど技術が進化し、宇宙の果てを観測しようとも、この地上のひたむきな『平熱』に勝る数式はありません。……ケイ、観測インフラの状況は?」
セイカはその美しい素顔のままバルコニーの最前列に立ち、黒い衣服の襟を整えた。彼の視線は、単なる見物人のそれではない。地上で繰り広げられるすべての現象を、あるべき「王道」として肯定するための、観測士としての深い眼差しだ。
「お父さん。スタジアム全域の光学・音響センサー群、および各競技者の生体パルス、同期率100%を維持。周辺ネットワークへのハッキング、および物理的妨害の兆候は皆無です。完全なる『安全日常モード』を記述しています。これより、午前の部メインプログラムのデータ収集を開始します」
ケイが、父親の隣でコンソール端末をパチリと小気味よく叩いた。彼女の赤い瞳には、これから始まる地上の狂騒が、無数の数式と波形、そして冷徹なグラフとなって高速で映し出されていた。
「素晴らしい。事件も戦闘もない、ただ生徒たちが一生懸命に走る姿を観測する……。これこそが、我が空見観測研究部のあるべき座席です。さあ、記述を始めましょう」
セイカの言葉を合図に、バルコニーの遮音ガラス越しに、午前の部の本格的な競技タイムラインがその幕を開けた。
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最初のメインプログラムとしてアナウンスされたのは、キヴォトスの身体能力が文字通り物理法則を無視して爆発する『障害物競走』だった。
トラックには、どこからどう見ても戦車の装甲板にしか見えない巨大な防壁、激しく燃え盛るリング、そしてなぜかミレニアムサイエンススクールが提供したという、キャタピラ付きの謎の自動追尾ロボットたちが不気味に赤色灯を明滅させて並んでいる。障害物というよりは、もはやちょっとした演習場の様相を呈していた。
「……さて。地上の競技が始まったね。私の見立てでは、この第1ヒートの勝者は、スタート直後の加速を維持し、第3障害物であるあの防壁を最短距離で踏破する、右から3番目のあの生徒になるだろうね」
セイアが静かに、トラックのスタートラインに並ぶ一人の生徒を指差した。ティーパーティーとしての優れた直感、そして過去の膨大なデータから導き出した彼女特有の知性が示す「確定的な未来の予測」。その言葉には、一切の迷いも傲慢さもなく、ただ当然の事実を口にするかのような静かな説得力があった。
だが、スタートの号砲がスタジアム全体に鳴り響いた瞬間──セイアの予測は、キヴォトスという世界が持つ特有の「想定外」によって、完璧に、そして無惨にも覆されることとなる。
「あ……」
セイアが指差した右から3番目の優秀な生徒は、スタート直後に意気揚々と素晴らしいロケットスタートを決めたものの、そのわずか数歩後、隣のレーンから飛んできた、なぜか「パン食い競走」用の余ったパンの袋に足を取られた。カサリ、というあまりにも頼りない音が聞こえそうなほど綺麗に足を取られ、そのまま前方へ派手な音を立てて顔面からスライディング転倒を喫してしまったのだ。
さらに、その転倒した生徒を避けるようにして、後方で靴紐を結び直していたはずの、お世辞にも運動神経が良いとは言えない別の生徒が、ふらふらと走ってきた。その生徒は、道を塞いで突進してきたミレニアム製の自動追尾ロボットを見るや否や、恐怖でパニックになるどころか、
「あ、このロボット、私の家のジャンクパーツにぴったりかも……! 貰っていきますね!」
と叫び、あろうことか暴走するロボットを強引に素手で掴んで背負い、そのロボットの背面スラスターの誤作動による狂気的なジェット噴射の推進力をそのまま利用して、物凄い土煙を上げながらゴールへと直線的に突き抜けていった。
電光掲示板に表示された「1着」の文字。
バルコニー内には、静寂が訪れた。
「……なんということだ。私の導き出した未来が、あの安っぽいパンの袋一つと、生徒の突飛な物欲によって、ここまで無造作に書き換えられるなんて……」
セイアが狐耳を力なくペタンと垂らし、ソファのクッションに崩れ落ちた。その端正な顔立ちが、あまりの理不尽さに微かに歪んでいる。そんな親友の様子を見て、キサキが扇で口元を隠しながら、愉しげにクスクスと喉を鳴らした。
「フフ、セイアよ。地上の若者たちの歩みは、時に天命すらも追い越すのじゃ。お主のその優れた知性をもってしても、彼女たちの気まぐれまでは縛れぬと見える。計算通りにいかぬからこそ、これほどまでに眩しく、面白いのではないか?」
「……うう、君に笑われるのは心外だよ、キサキ。私はただ、論理的な帰結を述べたに過ぎない。もっと穏当な、常識的なレースが展開されるべきだろうに。……君という生徒たちは、本当に予測がつかないね」
セイアが顔を赤くして、アカネが差し出した淹れたてのミントティーを一口啜り、溜息をつく。
そんな様子を、セイカは眼下のトラックを見つめたまま、全肯定するように静かに頷いた。
「いいえ、セイア。あなたの予知が外れたのではありません。彼女たちが、未来という固定された数式を、その一瞬の『生きようとする熱量』で塗り替えたのです。泥臭く、不格好で、けれど絶対的なその場の意志。それこそが、地上の王道という名の英雄譚ですよ。私たちは、その予測不能な輝きを観測するために、この座席にいるのです」
「……お父さんの言う通りです。予測モデルへのノイズ混入率、84%。ですが、このノイズこそが、地上のタイムラインを活性化させる必須のエネルギーであると再定義します」
ケイが淡々とコンソールにデータを入力していく。セイアはその親子の姿を見て、呆れたように、けれどどこか嬉しそうに微笑むのだった。
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バルコニーの最も陽当たりの良い隅の席ではレナが、文字通り周囲の会話が一切耳に入らないほどの凄まじい集中力で、スケッチブックにペンを走らせていた。
「……これよ。このライン。勝利の美酒に酔いしれる綺麗な姿じゃなくて、泥にままれて、髪を振り乱して、それでも仲間のために笑ってるこの瞬間の筋肉の躍動……! 華やかな舞台衣装なんかじゃ絶対に表現できない、地上の『本物』の熱量がここにあるわ……!」
ガリガリ、シャシャ、と激しい音を立てて鉛筆の芯が紙を削り、形を成していく。
レナの瞳には、かつて世界を拒絶し、孤独の殻に閉じこもっていた頃の暗い色は微塵もない。目の前で繰り広げられる、泥臭くも一生懸命な生徒たちの日常を、自分の持つ「デザイン」という武器で全肯定したいという、クリエイターとしての純粋な欲望と熱情が燃え盛っていた。
「ふんっ、あんたたちのその格好悪い、でも最高に熱い走り。私が世界で一番の意匠に変えてあげるんだから。……デザイナーである私に描かれることを、光栄に思いなさいよね!」
独り言をブツブツと漏らしながら、レナは次の競技である『借り物競走』へと素早く目を向けた。
トラックの上では、お題の紙を引いた生徒たちが、顔を真っ青にしたり、逆に歓声を上げたりしながら、スタジアムの観客席へと猛ダッシュで散っていく姿が見える。
「……え? ちょっと待って。あの子が持ってるお題の紙……双眼鏡で拡大して見たら、『自分より背が圧倒的に高い人』って書いてない? ……まさか、こっちに向かって走ってきてるんじゃないでしょうね!?」
レナが突然スケッチブックから顔を上げ、窓の外を指差して声を荒らげた。確かに、一人の生徒が賓客用バルコニーの入り口へと向かう階段を、目を血走らせて駆け上がってくるのが見える。
「レナ。解析を実行。あのお題に合致する対象として、このスタジアムの該当エリア内における最大値は、お父さんとなります。計算上、あの生徒がここへ到達し、お父さんをフィールドへ連れ出す確率は92%です。……ですが、お父さんを連れて行かれたら、我が部の演算および観測機能が物理的に停止します。迎撃の手配を要請しますか?」
ケイが冷徹なトーンのまま、コンソールに防衛プロトコルを立ち上げようとする。レナは顔を真っ赤にして、自分のスケッチブックでケイの視線を遮るように立ち塞がった。
「行かせないわよ! 私のインスピレーションの源を、そんな雑な競技の道具にされてたまるもんですか! ほら、ケイちゃん、端末を貸しなさい! 入り口の自動ロックを一時的に上書きして、別の『背が高い人』へ誘導するルートを記述するわよ!」
「レナの提案を受理。デザイン意匠だけでなく、状況制御のロジック構築も素晴らしい速度です。……同期を開始します」
二人の少女が頭を突き合わせ、高速でコンソールを操作する。その横で、セイカは「おや、私は借りられても構わなかったのですが……」と少し残念そうに呟き、アカネに「ふふ、セイカさんが出ると大騒ぎになってしまいますからね」と優しく窘められていた。
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スタジアムのフィールドでは、午前の部のハイライトである『二人三脚』の準備が進んでいた。
この競技の特殊なルールにより、異なる学園の生徒がランダムでペアを組まされ、息を合わせてトラックを半周しなければならない。
「お父さん。第4レーンのペアに注目してください。歩調の同期率が極めて低いです。左側のゲヘナ生徒の瞬間的な筋力出力と、右側のトリニティ生徒の慎重な反応速度に、致命的なラグが発生しています。現在のパラメータに基づくシミュレーションでは、完走率は15%以下。途中で物理的な衝突を起こし、自滅する確率が極めて高いと算出されました」
ケイが赤い瞳を明滅させ、コンソールの画面に表示された赤い予測曲線を指し示した。
確かに、ガラスの向こうの第4レーンでは、足紐で結ばれたゲヘナの生徒とトリニティの生徒が、スタート前からお互いにプイと横を向き、「ちょっと、触らないでくれる? 服が汚れるわ」「それはこちらのセリフですわ。乱暴に引っ張らないでいただきたいものです」と、目に見えて火花を散らし合っている。
パン、とスタートの信号が鳴り響いた。
案の定、第4レーンの二人はスタート直後から足並みが完全にバラバラで、「ちょっと、そっちが早すぎるのよ!」「貴女が遅すぎるんですわ!」と文句を言い合いながら、今にも転びそうな不格好な足取りで蛇行していた。他のレーンのペアが綺麗な1・2、1・2のテンポで引き離していく中、彼女たちは完全に置いてけぼりを食らっている。
だが。
運命の第3コーナーを回った瞬間、事件が起きた。
外側のレーンのペアが転倒し、その余波で飛んできた大きな障害物が、彼女たちの目の前に迫ったのだ。片方の生徒が恐怖で足を止め、バランスを崩して完全に転倒しかけた、その刹那。
「──何突っ立ってんのよ、この意気地なし!」
「──なっ、誰が意気地なしですか、この野蛮人が!」
ゲヘナの生徒がトリニティの生徒の腕を強引に引き上げ、トリニティの生徒がゲヘナの生徒の腰を支えるようにして、お互いに怒鳴り合いながらも、信じられないほどの力で地面を蹴り出した。不揃いだったはずの二人の足取りが、ふとした「反発心」という名のエネルギーによって完璧に重なり合い、お互いを激しく罵り合いながらも、猛烈な速度で加速し始めたのだ。前のペアを次々とブチ抜き、凄まじいデッドヒートを演じながら、二人はほぼ同時にゴールラインへと滑り込んでいった。
「……!? 計算にない急激なシンクロを確認。……理解不能です。論理的には、彼女たちの仲の悪さと感情の対立は、出力の阻害要因になるはずですが、逆にそれが加速の原動力に変換されています。お父さん、これはシステムの不整合ではないのですか?」
ケイが初めて、コンソールから目を離して不思議そうに首を傾げた。
セイカは、そんな愛娘の小さな肩にその大きな掌をそっと置き、どこまでも温かい眼差しで微笑みかけた。
「ケイ。それが地上の『不確定性』という名の、最も美しい変数です。論理や数式だけでは決して記述できない、感情という名のパルスが、時に冷徹な計算を遥かに超越する。……見てごらんなさい。最初から息がぴったりだったペアよりも、あの不揃いな二人だからこそ、一人では絶対に辿り着けない速度に達した。お互いを認めないからこそ、負けたくないという意志が奇跡を起こしたのです。これこそが、人間の持つ美しい王道ですよ」
「……感情による、数式の超越。……お父さん、そのログ、私の深層学習に最優先でアーカイブしておきます。地上という場所は、本当に……興味深いデータに満ちていますね」
ケイは生真面目なトーンのまま、けれどその瞳には、何か世界で最も貴重な宝物を見つけたような、静かで知的な光が灯っていた。
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午前のすべてのプログラムが終了し、スタジアム全体に「昼休憩」を告げるアナウンスが流れると、張り詰めていた空気は緩やかな熱気へと移行していった。
そして、この賓客用バルコニーには、再びアカネの手による、贅沢で至高のティータイムが訪れる。
「はい、皆様。熱心な日常の観測、本当にお疲れ様でした。今は少しだけ、地上の騒がしさから離れて、温かいお茶を楽しみましょうね」
アカネが蜂蜜のように甘く、洗練された微笑みを浮かべながら、全員の前に完璧な温度で淹れられたダージリンティーと、焼き立ての、バターの香りが芳醇に漂うスコーンを配っていく。
ケイはアカネから手渡された温かいカップを小さな両手で包み込み、トコトコと小さな足取りでアカネのすぐ隣へと歩み寄った。そして、すっと手を伸ばすと、アカネの綺麗なメイド服の裾を、小さな指できゅっと握りしめる。
「お母さん。……午前の部の観測により、私のプロセッサは膨大な量の『地上の輝き』を記述しました。ですが──現在、このお母さんの淹れてくれたお茶の香りを吸引し、その温かさを感知することで、私のメインルーチンは、地上のどの競技結果の最高数値よりも、遥かに高い幸福定数を記録しています。……すなわち、とても、落ち着きます」
「あらあら、ケイ。そんなに嬉しいことを言ってくれるなんて。はい、よく頑張ってデータを集めてくれましたね。偉いですよ」
アカネがケイの頭を、愛おしそうに優しく、何度も撫でる。ケイは無機質な、感情の起伏の少ない表情を保ったままではあるものの、その白い頬をほんのりと桜色に染めて、アカネの絶対的な母親としての包容力に身を委ねていた。
そんな微笑ましい親子の様子をソファから眺めながら、セイアが「……はあ、本当に君たちのところは、いつ見ても温かい『家族』だね。見ているこちらまで、世界のノイズが洗い流されるようだ」と、羨ましそうに、けれど深く達観したような溜息を一つついた。
「フフ、羨ましいか、セイアよ。……ならばお主も、トリニティの重圧から離れ、たまには私の玄竜門に遊びに来るが良い。お主のその気難しく、偏屈な知性を、山海経の極上の薬膳と茶葉で、跡形もなく揉みほぐしてやろうぞ」
「……薬膳を振る舞ってくれるという誘い自体はありがたいけれどね、キサキ。君のその、人の困った顔を見てニヤニヤとする悪趣味な顔は、どうにかしてくれないかな。せっかくのお茶が少しだけ、刺激的な味になってしまうよ」
「おや、心外な。妾はただ、親愛なる友の素直でない顔を面白がっておるだけじゃよ」
そんな賑やかで穏やかな会話の裏でレナは、アカネが置いてくれたスコーンを大きな口で放り込み、モグモグと口を動かしながらも、片手でスケッチブックを絶対に離さなかった。彼女のペンは、今もなお、凄まじい速度で動いている。
「……ふんっ、お茶をのんびり飲んでる暇なんてないわよ。次の午後のプログラムは『パン食い競走』でしょ? あの、必死に吊るされたパンを追いかけるときのアクロバティックな首の傾き、アゴのライン……! あれは絶対に、無駄のない機能美としてスケッチブックに記述しなきゃいけないんだから……!」
「レナ。パンを必死に食べるという泥臭い動作を機能美と定義するのは、論理的な飛躍が著しいと思われますが……。ですが、あなたのその、対象の美点を見つけ出そうとする執念、私は嫌いではありません。データリンクを通じて、あなたのペンの駆動速度をサポートします」
「な、何よそれ、ありがたく頂戴しておくわよ! ほら、ケイちゃん、次のターゲットのフォーカスを合わせて!」
ケイが冷めた紅茶を一口飲み、レナのスケッチを覗き込みながら、淡々とカメラの倍率を調整する。
世界を滅ぼす危機など、この場所にはどこにもない。
ただ、一生懸命にパンを追いかけ、泥にまみれて走り、親友と笑い合う。
そんな、どこにでもある、けれどこの世で最も尊い、奇跡のような「キヴォトスの日常」が、そこには確かに記述されていた。
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やがて昼休憩が終わり、午後の部が始まると、スタジアムは再び、午前中を遥かに凌駕する熱狂の渦に包まれていった。
バルコニーの遮音ガラス越しに見えるのは、どこまでも高く、どこまでも澄み渡った蒼穹の下、自分だけの物語を、全力で、ひたむきに生きる無数の生徒たちの姿だった。
「セイカ。君はいつも、この泥臭い地上を『王道』と呼び、肯定するね。……今日、こうして君たち家族と共に、この静かな特等席からその光景を眺めていて、ようやくその意味が少しだけ、私の胸にも落ちてきた気がするよ」
セイアが再びバルコニーの最前列に立ち、遮音ガラスに手を当てて、地上の光景を真っ向から見据えた。
自分の予測が外れても、未来がどれほど不格好に書き換えられても、彼女の心にはもう、かつてのような不安や恐れは一切なかった。なぜなら、その想定外の躍動、計算の通じない人間の意志こそが、この世界を、そして彼女たち自身を最も眩しく輝かせるエネルギーそのものだと、この目で観測したからだ。
「ええ、セイア。私たちはただ、彼女たちのその輝きを、あるべき温度で記述し、全肯定する者。……ケイ、レナ。これからも、地上の一生懸命な子供たちが、安心して『英雄』であれるように。私たちはこの特等席から、彼女たちの紡ぐ軌跡を、一つ残らず綺麗に守り、記述し続けましょう」
「了解です、お父さん。全タイムライン、継続してモニタリングを実行します。ノイズの発生は皆無。すべては、美しい日常の範疇です」
「言われなくても分かって分かってるわよ! 世界で一番格好良い、あんたたちの最高の日常を、この私が世界で一番なデザインにしてあげるんだから、期待してなさいよね!」
スタジアムを揺るがす、何万もの全生徒たちの限界突破した大歓声。
それらを平熱の温度で優しく包み込み、すべての日常を祝福するために。
その決して止まることのない誇らしいペンの音と共に。
宇宙戦艦ソラノミの、そしてキヴォトスの晄輪大祭は、
どこまでも賑やかに、
どこまでも誇らしく、
その真なる「日常」という名の偉大なる物語の頁を、未来の蒼穹へとめくり続けるのであった。