晄輪大祭。それは、数多の学園が集うキヴォトスにおいて、数年に一度開催される最大級の祭典である。
地上のスタジアムは、西日を浴びて黄金色に染まりながら、さらにその熱量を爆発させていた。メガホンを打ち鳴らす音、学園の威信をかけた大応援団の咆哮、そして実況アナウンスの絶叫。それらすべてが渾然一体となり、巨大な熱波となって大気を震わせている。これこそが、生きているキヴォトスそのもののパルスであり、タイムラインを無限に沸騰させるエネルギーの源泉だった。
だが、その狂騒の中心から少しだけ外れた場所──スタジアムのメインスタンドを繋ぐ、日陰になった風通りの良い連絡通路。
コンクリートの壁に囲まれた静かなベンチに、衣斐レナはぽつんと一人で腰掛けていた。
「シャ……シャシャ……ガリッ……!」
周囲の喧騒など一切耳に入っていないかのように、レナは膝の上のスケッチブックに猛然とペンを走らせていた。
指先はすでに芯の摩擦で微かに黒く汚れている。額にはじっとりとした汗が浮かんでいたが、それを拭う暇さえ惜しむように、彼女の鋭い瞳はフィールドと白い紙面の間を高速で往復していた。
彼女の視線の先にあるのは、ただの記録ではない。
トラックの向こう、応援席の最前列で、自分より大きな応援旗を必死に抱えながら「がんばれー!」と声を張り上げているゲーム開発部のアリスの、どこまでも真っ直ぐで嘘のない瞳の輝き。
その隣で、チアのポンポンをめちゃくちゃに振り回し、今にもトラックに飛び出しそうな勢いで跳びはねているモモイの、爆発するような生命の躍動感。
さらにその少し後ろ、ミレニアムのエンジニア部が陣取るエリアで、巨大な団旗をたった一本の高機動アームで毅然と掲げるウタハの、職人としての凛とした、言葉よりも雄弁な背中。
そして、その足元に広げられた無数の音響機器やコードの山を、職人気質な真剣さで、一ミリの妥協も許さず調整し続けているヒビキの、指先の繊細な美しさ。
「……ここ、もう少しだけラインを太く。ただの可愛い女の子、綺麗なだけの衣装じゃなくて。彼女たちが今、その一瞬にかけている『意志』が一番格好良く見えるデザインに……!」
レナの口から漏れるのは、誰にも理解されなかった孤独なクリエイターの呟きだった。
彼女の作るデザインは、常に尖っていた。過剰なほどにヒロイックで、個性的で、装飾過多で、周囲の言う「普通」や「流行り」からはいつも大きくはみ出してしまう。
自分のセンスが間違っているなんて、ただの一度も思ったことはない。自分は天才デザイナーだし、私の生み出すラインは世界で一番格好良い。それは絶対の自信だった。
けれど──その頑なな自信の裏には、常に冷たい、薄氷のような諦念が張り付いていた。
どうせ、誰に見せたって「上手だね」と表面だけ褒められるか、「ちょっと派手すぎるかな」「変わってるね」と、暗にその感性を拒絶されるだけ。私の見ている「本物の格好良さ」なんて、どうせ誰にも伝わらない。
だからこそ、こうして一人で夢中でスケッチを描いている時間だけが、彼女にとって唯一、世界のノイズから自分の大切な世界を守るための、完璧な防壁だったのだ。誰にも見せないからこそ、私の世界は純粋でいられる。そう思っていた。
「……ふう。これで、メインの陰影はよし……」
ウタハが掲げる団旗の、風に翻る激しいシワの陰影を描き込み、レナは小さく息を吐いた。ペンを少しだけ休ませようとした、まさにその瞬間。
「……? レナさん、そのイラストは……私たちですか?」
すぐ耳元、限界まで近づいた距離から、どこまでも澄んだ、一切の不純物を含まない無垢な声が響いた。
「ひゃ、ゃあああッ!?」
レナは文字通りベンチから跳ね上がりそうになりながら、反射的にスケッチブックをバサッと胸元に抱え込んだ。あまりの驚きに心臓が痛いほど脈打つ。
慌てて視線を向けると、そこにはいつの間にか競技の合間の休憩で、冷たいジュースを買いに通路を通りかかったゲーム開発部の面々が、ぞろぞろと立ち並んでいた。
天真爛漫に目をキラキラと輝かせ、身を乗り出しているアリス。
手に持ったスポーツドリンクのボトルを抱えながら、興味津々という顔でレナの顔を覗き込んでいるモモイ。
その隣で「ちょっとお姉ちゃん、急に覗き込んだら失礼だよ」と言いつつも、自分も視線を隠せていないミドリ。
そして、一番後ろで大きな携帯ゲーム機を両手で大事そうに抱え、人混み――と言ってもレナ一人だが――に気圧されるようにして小さく縮こまっているユズ。
「な、ななな、何よあんたたち!? 急に後ろから人のこと覗き見して、心臓が止まるかと思ったじゃない!」
「す、すみません! アリス、悪気はなかったのです! ですが、レナさんの手元が、ペンの動きが、まるで魔法の発動エフェクトみたいにキラキラして見えたので、つい気になって覗き込んでしまいました!」
アリスが両手を合わせてペコリと頭を下げる。だが、その大きな瞳は、レナが必死に腕の中に隠そうとしているスケッチブックの、わずかに覗く紙面の端へと完全に釘付けになっていた。
「べ、別にあんたたちを描きたかったわけじゃないわよ! ほんと、ただの偶然なんだからね!」
レナは顔をツンと背向け、防衛本能のままに尖った言葉をまくしたてた。
「たまたま、そっちの配置とか、光の当たり方とか、全体の色味のバランスが、デザイナーとしての私のインスピレーションをほんのちょっとだけ刺激しただけ! 構図が良かったから練習台にしてあげたの! 勘違いしないでよね!」
いつもの、孤独な自分が身につけたお決まりのセリフ。どうせ見られたところで、「なんか線の多い絵」だの「好戦的なデザイン」だの言われて、気まずい空気になるだけだ。レナは内心で、どうやってこの場を切り抜け、特別席へと逃げ帰るかの言い訳を高速で構築しようとしていた。
だが。
レナの防衛線を嘲笑うかのように、モモイがレナの腕の隙間から、ぐいっと頭を滑り込ませてスケッチブックを覗き込んだ。そして、その丸い目を限界まで見開いた瞬間、連絡通路全体に響き渡るような大声を上げた。
「えっ!? ちょっと待って、超かっこいいんだけど!!」
「え……?」
レナの思考回路が、一瞬で完全なフリーズを起こした。
「ミドリ! ユズ! アリス! ちょっとこれ見てよ、早く早く! これ、さっきの私たちの応援の時のやつじゃん! え、何これ、私こんなに足長くて強そうに見えてたの!? 銃の構え方とか、めちゃくちゃ決まってるじゃん! 凄すぎる!」
「本当だ……。お姉ちゃん、いつもはただ騒がしいだけなのに、この絵の中だと、なんだか3倍くらい頼りになりそうな名アタッカーに見える……。……私たち、レナさんの目には、こんなに格好良く、綺麗に見えてたんだ……。すごいや……」
ミドリが感嘆の溜息を漏らしながら、レナの指の隙間から見える紙面を食い入るように見つめる。その瞳には、嫌悪も困惑も、ただの社交辞令の賞賛もない。純粋な「感動」だけが揺れていた。
「す、すごいです……」
ユズも、後ろからおずおずと、けれどしっかりとレナのスケッチを見つめ、小さな両手を口元に当ててぽつりと呟いた。
「キャラクターの配置とか、線の勢いが……その、私、なんだか昔遊んだ、ドット絵の裏に隠された公式のパッケージイラストを見てるみたいで、胸がすごくドキドキします……。この色彩感覚、私、大好きです……」
「はい! まさに、伝説の最上位装備を身にまとった勇者パーティーです! アリス、自分の姿なのに、なんだかレベルが100になって、世界を救う直前の決戦前夜みたいな、最高にヒロイックな気持ちになります! レナさんは高レベルのイラストレーターですね!」
「な、に……それ……」
レナは完全に、声の出し方を忘れてしまっていた。
スケッチブックを抱きしめる指先が、微かに、けれどはっきりと震えていた。
今まで彼女が他人にデザインや絵を見せたとき、言われる言葉は決まっていた。
「絵、上手なんだね」という、記号化された技術への評価。
あるいは、「ちょっと個性的すぎるかな」「私にはよくわからないや」という、やんわりとした感性の拒絶。
だから、彼女は自分の心を、自分の線を、誰にも見せないように隠してきた。
けれど、目の前にいるゲーム開発部の少女たちは違った。
彼女たちは、パースがどうだとか、デッサンがどうだとか、そんな冷徹なロジックで評価しているのではない。
レ ナがその瞳で捉え、その心で「格好良い」と信じて紙の上にぶつけた、彼女たちの隠された輝き──すなわち、レナの【感性そのもの】を、純粋に、心の底から全肯定しているのだ。
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「おや、ゲーム開発部の諸君、そこに集まって何を大騒ぎしているんだい?」
連絡通路の向こうから、さらに数人の足音が近づいてきた。工具箱やスパナ、複雑な電子測定器を抱えた、ミレニアムが誇るエンジニア部の面々──ウタハ、ヒビキ、コトリの3人だった。
「あ、ウタハ先輩! ヒビキ、コトリ! ちょっとこれ見てよ! 空見観測研究部のレナが、さっきの私たちのこと、めちゃくちゃ格好良く描いてくれたの!」
モモイがまるで自分の手柄であるかのように胸を張り、レナのスケッチブックを指差した。レナは「ちょっと、モモイちゃん! 勝手に人の絵をプレゼンしないでよ……!」と顔を真っ赤にして制止しようとしたが、エンジニア部の3人が真剣な、職人の瞳になってスケッチブックに視線を落としたのを見て、思わず言葉を喉の奥に引っ込めてしまった。
ウタハは眼鏡の奥の瞳を細め、しばらくの間、一言も発せずにじっとレナの描いた「大団旗を掲げる自分の絵」を見つめていた。その沈黙が、レナにとっては心臓が潰れそうなほどに長く感じられた。やっぱり、技術のミレニアムのトップクラスには、私の絵なんて……。
だが、ウタハの口から漏れたのは、深い、感服の吐息だった。
「……素晴らしいな。技術的な正確さやバランスの良さもさることながら、この線の『力強さ』はどうだ。単なる形の模倣じゃない。君は、人が最も輝く、最も熱い『ヒロイックな瞬間』を見つけ出す、天性の才能を持っている。私自身、現場で作業しているときに、こんなに誇らしい、格好良い背中をしていたとは思いもしなかったよ。……自分のデザインをこれほど誇らしく表現してもらえるとは、技術者冥利に尽きるね」
「……うん。凄く、いい」
ヒビキも、普段の感情の起伏が少ない無表情な顔を、明確に和らげて何度も深く頷いた。
「私が苦労して調整した音響ガジェットの金属の質感も、配置のバランスも……この絵の中だと、ただの機械じゃなくて、まるで世界を揺るがす聖遺物みたいに見える。……それに、何より、その横にいる私が、ちょっとだけ……いつもより格好良く見える。、照れるけど、嬉しい」
「わあぁぁ! まさに機能美とクリエイティビティの奇跡的な融合ですね!」
コトリが眼鏡をクイと派手に上げながら、凄まじい早口でスケッチブックの余白を指差した。
「この衣類のシワの一本一本に込められた動的なエネルギー、そしてスタジアムの熱気が紙面からじわじわと伝わってくるようなこの完璧な構図! レナさん、これ、本当に不躾で身勝手なお願いなのですが……このイラスト、大祭が終わったら、ぜひコピーを、できれば高解像度でいただけませんか!? エンジニア部の部室の、一番目立つ壁に額縁に入れて飾りたいです!」
「部室に、飾る……? 私の、デザインを……?」
レナの頭の中で、その言葉が何度も、何度も、激しいエコーとなってリフレインを繰り返した。
誰かの部屋に。誰かの、大切な居場所に。
私の世界が。私の信じた「格好良さ」が、そのままの形で、何も削られることなく受け入れられる。
「(……あ、あ。そっか。そうなんだ……)」
胸の奥が、喉の奥が、急激に熱くなって、視界がほんの少しだけ滲みそうになる。
世界中で自分一人だけが信じていた、尖っていて、過剰で、誰にも理解されないかもしれないと諦めていた、私の「線」。
それが、独りよがりのバグなんかじゃなかった。私の見ている世界は、ちゃんと、こんなにも誰かの心を震わせることができるんだ。
「私のデザインを……私の絵を、好きだって……言ってくれる人が、いるんだ……」
それは、彼女のこれまでの人生のなかで、オカルト研究会の面々以外から得ることの出来なかった、圧倒的なまでの「居場所の獲得」であり、「生の全肯定」だった。
「……べ、別にあんたたちのために描いたわけじゃないって、さっきから何度も言ってるでしょ……!」
レナはひったくるようにしてスケッチブックをパタンと閉じると、顔を耳の裏まで限界を超えて真っ赤に染め上げ、彼女たちからバッと背を向けた。これ以上ここにいたら、自分の顔がどうなってしまうか分からなかったからだ。
「お、大祭の後半の競技が始まるから、私、もう来賓席に戻るわよ! コピーなんて、気が向いたら、本当についでがあったら、あげなくもないんだからね! じゃあね!」
「あ、レナ! 勇者アリス、後半の競技も、レナさんの絵に負けないくらいヒロイックに大活躍して見せます!」
「ありがとね、レナちゃん! また後でねー!」
後ろから追いかけてくる、ゲーム開発部とエンジニア部の賑やかで、どこまでも温かい声を背中で受け止めながら、レナは逃げるようにして通路を走り抜けた。
胸に抱きしめたスケッチブックが、まるでそれ自体が熱を持っているかのように、彼女の胸の鼓動と同期して、ドクドクと熱く脈打っていた。
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パタパタと荒い足取りで、賓客用バルコニーの重厚な扉を開ける。
その瞬間、肌を刺すような地上の大歓声がガラス一枚で遮断され、そこにはいつも通りの、完璧なまでの『平熱』の空間が広がっていた。
セイカは、変わらず巨躯を佇ませ、地上のタイムラインを静かに見守っている。キサキとセイアは、ソファで優雅にお茶の続きを楽しみながら談笑しており、アカネは新しく冷たいおしぼりとお茶の用意を整えている。そしてケイは、コンソール端末を淡々と叩いていた。
その誰もが、事件も戦闘もない、ただただ愛おしいキヴォトスの日常を、それぞれの方法で愛でていた。
「……はあ、はあ、はあ……」
肩を激しく上下させ、息を切らせて戻ってきたレナに、真っ先に気付いたのは、一番近くにいたケイだった。
「レナ。帰還を確認。……脳の温度が通常時より4.2度上昇しています。心拍数、呼吸数ともに極めて高水準を維持。熱中症の初期症状、あるいは不測のノイズに遭遇しましたか? 迎撃プロトコルの準備を実行しますか?」
ケイがトコトコと小さな足取りで歩み寄り、その冷たい、けれどどこか心配そうな無機質な瞳でレナの顔をじっと覗き込む。
「な、何でもないわよ……! ちょっと階段を急いで上ったから、息が切れただけ! ほら、私のパラメータを勝手に解析するんじゃないわよ!」
レナはスケッチブックを胸に強く、まるで誰にも奪われないように抱きしめたまま、ソファの端の席へとドカリと座り込んだ。
まだ熱の冷めない顔を隠すようにして、膝の上のクッションに顔を半分埋めながら、ぽつりと不器用に毒づく。
「……本当に、変な連中よね。ミレニアムの生徒って、どいつもこいつもロジックがおかしいんじゃないの? 私の絵なんて、そんなに大したものじゃないのに。ただ、私が格好良いと思ったものを、格好良く描いただけなのにさ……。部室に飾りたいとか、意味わかんないわよ……」
その言葉は、いつもの自嘲のようでいて──その実、言葉にできないほどの大きな喜びと、初めて世界に受け入れられた震えを必死に噛み締めるような、酷く愛おしい響きを持っていた。
バルコニーの最前列に立っていたセイカが、その大きな背中を静かに振り返らせた。
彼女はレナが宝物のように抱えるスケッチブックを見つめ、どこまでも穏やかな、けれど絶対の確信を込めたトーンで告げた。
「いいえ、レナ。大したものじゃない、などということは決してありません。あなたが『ただ格好良いと思ったもの』──それこそが、この地上における最も純粋で、最も尊い、記述すべき価値観そのものなのですから」
「え……」
「あなたがそのペンで切り取った一瞬は、彼女たちにとって、自分たちが物語の『英雄』になれた瞬間そのものなのです。他者の隠された輝きを見つけ出し、それを自らの意匠をもって全肯定する。それは、並大抵の技術や、冷徹な論理だけでできることではありません。素晴らしい才能です、レナ。我が空見観測研究部に、あなたというデザイナーがいてくれることを、私は誇りに思いますよ」
セイカの言葉には、一ミリの揺らぎも、お世辞もなかった。宇宙の果てから世界を調律しにきた男が、彼女の「線」を、彼女の「感性」を、正しい王道として完全に承認したのだ。
「そうですよ、レナちゃん」
アカネが、蜂蜜のように甘く洗練された微笑みを浮かべながら、冷たいストレートティーと焼き立てのクッキーを、レナの前にそっと置いた。
「私は最初から、レナちゃんのお洋服やイラスト、とっても素敵だと思っていました。だって、見ていてあんなに胸がワクワクするんですもの。あなたの絵には、人の心を元気にして、その人を『主役』にする魔法があります。ミレニアムの子たちが夢中になるのも、当然のことですわ」
「アカネ、先輩……」
「客観的評価としても、極めて高水準です」
ケイが、レナのすぐ隣にちょこんと腰掛け、コンソールの画面をレナの視界に入り込むように傾けた。そこには、先ほどレナがゲーム開発部やエンジニア部と接触していた連絡通路エリアの、生体パルスの波形データが表示されていた。
「ゲーム開発部、およびエンジニア部の計7名があなたのイラストを視認した際、全員の脳内エンドルフィンおよびセロトニンの分泌量が、通常の競技観戦時を遥かに上回る急激な上昇曲線を記録。これは、極めて質の高い幸せが、あなたのデザインによって提供された動かぬ証拠です。レナのデザインは、地上の不確定なパラメータを、正の方向へと書き換える絶対的な力を持っています。……流石、私の、自慢の同僚です」
「な、な……なによ、あんたたち揃いも揃って……っ!」
室笠家の総出による、一切の妥協のない賞賛を全身に浴びて、レナはもう完全にキャパシティをオーバーしていた。頭から湯気が出そうなほど顔が熱い。
「うっさいわね……! どいつもこいつも、寄ってたかって……! 私はただの、気まぐれに絵を描いてるだけのデザイナーよ! あんたたちにそこまで褒められたって、何の得にもならないんだからね!」
レナは顔をクッションに完全に埋め、真っ赤になった耳まで隠して、バタバタと足を動かしながら叫んだ。
けれど──彼女が胸元でスケッチブックを抱きしめるその手は、先ほどまでとは違い、どこか世界で一番愛おしい宝物を、決して壊さないようにそっと守るような、とても、とても優しい力加減に変わっていた。
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夕暮れ時が近づき、スタジアムの影が長く伸び始める。晄輪大祭のプログラムも、いよいよ大詰め、終盤のカウントダウンへと向かってタイムラインが加速していた。
レナは、ようやくクッションから顔を上げ、静かにバルコニーの遮音ガラス越しに、夕日に染まる外の世界を見つめていた。
その小さな手には、お気に入りのペンが、今度は迷いなく、しっかりと握り直されていた。
かつての彼女にとって、世界は「私のデザインが通じない、冷たくて、孤独な場所」だった。自分のセンスを誰も理解してくれないから、尖ることでしか自分を保てなかった。
けれど、今は違う。
この空見観測研究部という、自分の歪な線のままでいさせてくれる、完璧な『座席』を見つけ。
そして地上には、私の世界を「格好良い」「大好きだ」と言ってくれる、最高の英雄たちが、あんなにもたくさん生きている。
「……セイカさん」
レナがぽつりと、その大きな背中に向かって、彼女の名前を呼んだ。
「おや、何でしょうか、レナ」
セイカが、温かい父親のような眼差しで振り返る。
「私、もっともっと描くわ。この大祭が終わるその一瞬まで、地上のみんなの、泥臭くて、不格好で、でも最高に格好良い瞬間を、一つ残らず……世界で一番ヒロイックなデザインにして、このスケッチブックに記述して残してあげる。……だって、私は空見観測研究部の、お抱えのデザイナーなんだから!」
レナがスケッチブックをバッと力強く開き、夕日の光の中で堂々と宣言した。その瞳には、もう過去の孤独の陰影も、諦念の壁も、微塵も存在しなかった。あるのは、自らの役割を完全に自覚し、世界を全肯定することを決意した、誇り高きクリエイターの絶対の輝きだけだった。
「ええ、それこそが、あなたが記述すべき最高のタイムラインです。存分に、そのペンを走らせなさい。私たちはその背中を、いつまでもここで見守り、調律し続けましょう」
セイカが満足げに、深く目を細めて彼女の覚悟を肯定した。
「了解です、レナ。あなたのペンの駆動効率を最大化するため、これよりスタジアム全域の最適光量データ、および各競技者の最高躍動フレームの予測値を、あなたの端末へリアルタイムで強制同期します。……一緒に、この素晴らしい日常のすべてを、記憶しましょう」
ケイがコンソールをパチリと小気味よく叩き、レナの端末へと無数の美しい数式とデータを転送していく。
「ふん、手際がいいじゃない。アシスタントとしては、まあ合格点をあげてもいいわよ、ケイちゃん!」
「何度も繰り返しますが、私はアシスタントではなく、あなたの同僚です、レナ」
そんな二人の少女の、どこか微笑ましい小気味よいやり取りを、アカネがクスクスと嬉しそうに笑いながら見守り、ソファのセイアとキサキもまた、新しく「自分の色」と「確かな居場所」を見つけた少女の美しい成長を、静かな微笑みで祝福していた。
世界を揺るがす、何万もの生徒たちの限界突破した大歓声。
それらを平熱の温度で優しく包み込み、すべての日常を祝福するために。
レナの、決して止まることのない、誇らしく力強いペンの音と共に。
空見観測研究部の特別席には、
新しく、けれど絶対に欠かすことのできないデザイナーのパルスが、
確かな熱量を持って、未来の蒼穹へと、どこまでも響き渡り続けるのであった。