未来を統べる翼と、優しいメイドの家   作:天野江

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エリドゥ突入は書かないって言ったな?
あ れ は 嘘 だ

気がついたら書いてたので出します


因果の結節点――先生と、見えざる観測者の導き――

 

 

 

 ミレニアムサイエンススクールの一角。エリドゥへの突入を目前に控え、作戦会議室には重苦しい沈黙が流れていました。モニターに映し出された巨大な要塞の威容に、誰もが言葉を失っていたその時。

 

 

 私は静かに、けれど迷いのない足取りで先生たちの前へ進み出ました。

 

 

「ハァ、……お待たせいたしました、先生。皆さん。……室笠アカネ、ただいま到着いたしました」

 

"アカネ!"

 

 

 先生の声が、無機質な部屋に響きました。振り返る先生の瞳には、驚きと安堵が混ざり合っています。周囲の生徒たちが、リオ会長の冷徹な防衛プランを前に焦燥を隠せない中、私はいつものメイドとしての佇まいを保ち続けました。

 

 

「(……ええ、驚かれるのも無理はありません。ですが、これでも精一杯急いできたのです。……あの子に「行ってきなさい」と背中を押されて。動けなくなったあの子が、私にすべてを託してくれたのですから)」

 

"アカネ、無事でよかったよ。……でも、本当に大丈夫かい? 君の背後にある空気……なんだか、言葉にできないほど重厚な決意を感じるよ。ただの招集に応じただけじゃない、何か『特別なもの』を背負ってきたんじゃないかな"

 

 

 先生が私の瞳を真っ直ぐに覗き込みます。その視線の温かさに、つい先ほどまで見つめていた「家」の光景が脳裏をよぎりました。

 脳を焼き切り、動かない足で床に座り込みながら、今この瞬間まで私たちの歩む道を固定し続けている、不器用な私の主。

 

 

「(……セイカさん。見ていてくださいね。あなたの「身だしなみを整えて行きなさい」という言葉、守りましたよ。……たとえこれから戦場へ向かうのだとしても、メイドとして、凛としてあるべきですものね。それが、今のあなたにできる唯一の、私への愛の形なのですから)」

 

「……ふふ。ええ、先生。少し『家族』の我儘を止めるために、特別な許可書(オーダー)を預かってきたのです。……私のことは構わないでください」

 

 

 私は、セイカさんから託されたホログラム・デバイスを起動しました。それを展開した瞬間、先生の端末とヴェリタスの共有スクリーンに、未知の演算コードが奔流となって流れ込みます。

 

 

「……え!? 何これ、うちの解析レイヤーを数段飛ばして深層(コア)まで届いてるんだけど。……誰、これ書いた怪物(バケモノ)は」

 

 

 チヒロ先輩が驚愕で端末を叩く手を止めた。しかし、流れるログの「癖」、そして一分の隙もないセキュリティプロトコルの組み方を見た瞬間、彼女の指先が微かに跳ねました。

 

 

「(……気づかれましたわね、チヒロ先輩。その論理構造、そして一分の隙もないセキュリティプロトコル。……あなたの知っている、あの少女の仕事です。ソラノミという名の観測地点から、彼女は当然のようにこの道を選び取った。愛する者のために力を使うことに、彼女は一瞬の迷いも抱いていないはずです)」

 

 

 チヒロ先輩は眼鏡を押し上げ、確信を胸の奥に閉じ込めたまま、あえて声には出さず、ただ静かにキーボードを叩き直しました。

 

 

「……あ。……先生、これ。ミレニアムの全通信ログを傍受している私ですら、一度も受信したことのない周波数です。……不気味なほど、静かで……透き通ったデータ。まるで、この場所の『未来』をあらかじめ知っているかのような……」

 

 

 コタマ先輩がヘッドセットを抑え、困惑した声を漏らします。

 

 

「……はぁ。ありえないね。この最適化、もはや芸術を通り越して計算の暴力だよ。エナドリ3ケース分くらいの徹夜を数秒で終わらせたような……これなら、エリドゥの心臓まで最短距離だ。どんなにリオ会長がパズルを組み替えても、これがあれば全部筒抜けだよ」

 

 

 ハレが空になった缶を握りつぶし、感嘆を漏らしました。

 

 

「ひゃはっ! 完璧すぎて笑っちゃうね。予備動作なしで未来の敵配置を当てるとか、魔法か何かなの? 誰だか知らないけど、最高に愉快なグラフィティを描くじゃない! 見てよこのライン、一切の無駄がないよ!」

 

 

 マキちゃんはエネルギー全開で快活に笑っています。

 

 

「……あぁ!? 何をごちゃごちゃ言ってやがんだ。要は、この通りに行きゃあリオの鼻っ面を叩き折れるってことだろ?」

 

 

C&Cのリーダー、ネル先輩がスカジャンを肩にかけ直し、モニターに映るデータに目を細めました。彼女もまた、その独特な「色」を知っているはずです。かつて対峙した、空の上からすべてを俯瞰するセイカさんの影を。

 

 

「チッ、面倒くせぇ計算は全部あいつ(セイカ)が済ませてくれてんだ。アタシが来たからには、道さえ分かれば全部ぶち壊してやんよ! ……へっ、相変わらず一分の隙もねえデータ作りやがって。あいつにここまでお膳立てされちゃあ、アタシが暴れねえわけにはいかねえじゃねえか! あの根暗な観測者が必死こいて繋いだ道だ、途中で止まるなんて許されねえよな」

 

「(……ふふ、根暗な観測者、ですか。彼女が聞いたらまた不機嫌そうな音を立ててヘイローを回しそうですわね、部長。でも、その信頼が今は何よりの力になります)」

 

 

 先生は、部長が「あいつ」と呼び信頼を寄せるほどのデータ、それを運んできた私の手を強く握りました。

 

 

「このデータを私に託したのは……先生がまだ出会っていない観測者です。先生、あなたは彼女のことを知りません。……ですが、彼女はあなたのことを知っています。あなたの教え子たちが、一人も欠けることなく、望む未来へ辿り着けるように……自らの演算能力のすべてを削って、この道を作ってくれたのです。……彼女にとって、これは単なる計算ではなく、守るべき『家族』への誓いなのです」

 

"私の知らない観測者……。その人は、今どこにいるんだい? 礼を言わなきゃならない。こんなに一分の隙もない、完璧な道標(ルート)を作ってくれるなんて、並大抵の覚悟じゃないはずだ。……その人の想いの強さが、このデータから伝わってくるよ"

 

 

 先生の言葉は、真っ直ぐでした。私はその言葉を、艦橋で一人耐えている彼女に届けるかのように、一言ずつ噛み締めます。

 

 

「彼女は今、ここへ来ることはできません。……大きな力を使い果たし、その身を横たえて……皆さんの勝利を確信しながら、バックアップに徹しています。……ですが、彼女は私に託しました。『一分一秒を惜しんで、迷子をお迎えに行け』と。……それが、今の彼女にできる、最善で唯一の形なのです」

 

"……そうなんだ。その人は、自分のすべてを賭けて、私たちにバトンを繋いでくれたんだね。……アカネ、その観測者の人に伝えてほしい。私は……先生として、一人の大人として、彼女が守りたかった『明日』を、絶対に無駄にはしない。アリスも、そして……これから起きようとしている『悲劇』の渦中にいる子も、必ず私がこの手で抱きしめて連れ戻す。……君の(あるじ)が信じた未来は、私が現実にする、と。……彼女の献身に、最高の結果で応えてみせるよ"

 

「先生……」

 

「(……ええ、信じています。先生、あなたはそういう方ですから)」

 

"皆、聞いてくれ!"

 

 

 先生は振り返り、集結した生徒たちに声を張り上げました。

 

 

"今、私たちの手元には、最高の道標がある。名前も知らない誰かが、自分の限界を超えてまで、私たちのために遺してくれた光だ! リオがどれほど強固な要塞を築こうとも、この光の差す方へ全力で駆け抜ければ、必ずアリスの元へ辿り着ける! 私たちはもう、暗闇の中で迷う必要はないんだ!"

 

「おーっ! 先生がそう言うなら、負ける気がしないよ! アリス、待ってて!」

 

 

 モモイちゃんの叫びに、ネル先輩が不敵に笑います。

 

 

「ふん、ったく。アンタは黙ってアタシの後ろにいろ。怪我したくねーだろ? ……おい、アカネ! あいつに言っとけ。アタシを走らせたんだ、後で紅茶でも淹れさせねえと承知しねえからな! ……それと、あんまり無理すんじゃねえぞ、ってよ」

 

「……本当、部長も素直ではありませんね。……でも、ありがとうございます。その言葉だけで、彼女は救われるはずです」

 

 

 部隊が動き出そうとしたその時、先生はもう一度だけ私に向き直りました。

 

 

"アカネ。君が今、どんなに強い祈りを込めて、その完璧なメイドの姿を保っているか、私にはわかるよ。……でも、安心してほしい。君が新しい家族を迎えようとしているように、私も君たちの『先生』だ。……家族を連れ戻すのに、理屈はいらない。……そうだよね?"

 

「……はい。ふふ、先生には、すべてお見通しなのですね。……少し、お節介が過ぎます。ですが、そのお節介が今はとても心強いです」

 

 

 私は、セイカさんが書き換えた『室笠 ケイ』の生徒証を、胸元でぎゅっと握りしめました。そのプラスチックの感触が、今はどんな武器よりも頼もしく感じられます。

 

 

「……行きましょう、先生。……あの子……ケイさんはまだ、アリスさんの中で沈黙しています。ですが、いずれ彼女は目覚め、すべてを消去することで丸く収めようとするでしょう。……それが彼女にプログラムされた、唯一の解決策(ロジック)だから。……そんなの、一分の隙もない『間違い』だと、私たちが教えてあげなければなりません」

 

"ああ、分かっているよ。……世界を破壊する未来なんて、そんな悲しい答え、私が……先生が赤ペンでバツをつけてあげよう。……彼女に、新しい名前を、帰る場所を、そして『お母さん』たちが待っている日常を教えてあげるんだ。……記憶(アーカイブ)の中じゃなく、今この瞬間を一緒に生きようって"

 

 

 先生の瞳には、これから訪れる因果すらもねじ伏せるような、強い意志の光が宿っていました。作戦会議室を包んでいた沈滞した空気は、もはやどこにもありません。

 

 

"……さあ、出撃だ! 全員、私に続いてくれ! アリスを、ミレニアムの日常へと連れ戻すために!!"

 

 

 先生の号令と共に、私たちは一斉に動き出しました。

 目的地は、あの鉄の要塞。けれど、私の足元には、誰の目にも見えない、けれど確かにそこに存在する「光」が、セイカさんの祈りのように、まだ見ぬ明日への最短ルートを描き出し続けていました。

 

 

「(……聞こえていますか、セイカさん。……先生は、あなたの繋いだ道を信じてくれました。あなたの視た一筋の可能性を、私たちは今、確かな現実として歩み始めます。……もうすぐですわ。もうすぐ、私たちの娘を、あの子を連れて帰りますから。……どうか、それまで……ゆっくりと休んでいてくださいね。……最高の紅茶と、たっぷりのチョコを用意して……あなたの『帰り』を待っています。……私たちの、温かな家で)」

 

 

 私は愛用の拳銃を指先で確認し、先生の背中を追って会議室を後にしました。

 

 宇宙戦艦ソラノミから届けられた、一人の少女の「愛」という名の演算。

 それが今、絶望的な未来が始まる前に、希望に満ちた「ただいま」への道筋を、鮮やかに書き換えようとしていました。

 

 

 

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