空を割るような極大の光が収束し、不条理の怪獣が音もなく霧散した瞬間、キヴォトス全域を圧殺していた真紅の重圧が、嘘のように消え去っていった。
崩壊していく第七のサンクトゥムの破片が、美しい緑色のルミナス粒子の残光と混ざり合いながら、夜空の彼方へと溶けていく。
「終わった……のか……?」
ゲヘナの防衛線で、ボロボロになった体を支えていた生徒が、恐る恐る空を見上げた。
血のようだった赤は消え、そこにはいつも通りの、静かで深いキヴォトスの夜空が戻っている。弾薬を使い果たし、限界を超えて戦い続けていた各校の生徒たちは、一人、また一人と武器を置き、その場にへたり込んでいった。
「本当に、一人でやり遂げちゃったんだね……」
トリニティの救護天幕の前で、包帯を巻いた正義実現委員会の生徒たちが、呆然と、しかし深い安堵を胸にため息を漏らす。
各地の通信網からは、作戦の成功と、敵個体の完全な消滅を報告するログが次々と流れていた。誰もが、キヴォトスを襲った最悪の不条理は退けられ、ようやく長く苦しい戦いが終わったのだと、そう確信していた。
だが、背負ったメテオストライカーの緑の残光を静かに収束させながら、上空に佇む天野江セイカのヘイローは、いまだ平熱の周期を維持したまま、鋭く回転を続けていた。彼女の「眼」は、まだ世界の因果が完全に解き放たれていないことを、冷徹な事実として捉えていた。
__________
安堵の静寂は、文字通り数分も持たなかった。
シャーレの中央戦略管制室、そしてミレニアムの特設解析サーバーのコンソールが、突如としてこれまで見たこともないほどの凄まじい大音量のアラートを鳴らし始めたのだ。
『――ッ!? ちょっと待ちなさい、これは……数理的なエラー……いえ、現実のログよ!』
通信回線に飛び込んできたリオの声は、これまでの彼女の毅然とした態度からは想像もつかないほど、激しく張り詰め、驚愕に震えていた。
『ヒマリ! 特設広域レーダーの波形を再チェックしなさい! 因果振動の桁が、これまでのサンクトゥムとは比較にならないわ!』
『言われずとも、すでに全感覚をコンソールに同期させています……! ですが、これは……冗談でしょう? 私の『全知』のデータベースにも、このような超質量構造物の記録は存在しません……!』
ヒマリの息を呑む声と同時に、シャーレのメインモニターに、キヴォトス全域の衛星軌道マップが強制展開される。
高度七万五千メートル――。
大気圏を遥かに対流圏の彼方へと突き抜けた、宇宙の境界。そこに、六つのサンクトゥム、そして先ほどセイカが撃破した第七のサンクトゥムすら「前座」に過ぎないと言わんばかりの、文字通り世界を覆い尽くすほどの極大のエネルギー反応が現出していた。
『解析を終了。……それは、サンクトゥムのようなエネルギーの収束体ではないわ。最初からそこに隠されていた、物理的な実体を持った、神話級の超巨大巨大空中要塞……。不条理の軍勢が、世界を終わらせるために用意した本体』
リオの冷徹な声が、通信を介して先生の耳へと届けられる。
画面に表示された構造物の識別名。そこには、キヴォトスの古代データからサルベージされた、不吉な文字列が刻まれていた。
「アトラ・ハシースの箱舟」
その名前が告げられた瞬間、管制室は氷水を浴びせられたように静まり返った。
生徒たちが地上で血を流し、限界を迎えてようやく勝ち取った勝利。それらすべては、この「箱舟」という本命をキヴォトスの上空へ完全に固定するための、ただの時間稼ぎであり、前座に過ぎなかったのだ。
圧倒的な絶望の質量が、高度七万五千メートルの虚空から、静かにキヴォトス全土を見下ろしていた。
__________
「……!」
先生がモニターを見つめ、次なる手を打つべくペンを握り締めたその瞬間、管制室の照明が不自然に明滅した。
空間の位相が不自然に歪み、電子ノイズが激しく弾ける。先生が振り返ると、そこには誰もいないはずの隔壁の前に、一人の少女が音もなく立ち尽くしていた。
その姿は、先生がよく知る対策委員会の「シロコ」に酷似していた。しかし、纏う雰囲気は決定的に異なっている。衣服は煤け、全身から不気味でドス黒い「色彩」の泥のような気配が陽炎のように立ち上っている。彼女の瞳には、終わりのない旅路の果てにすべてを失ったような、深い哀愁と冷たい決意が宿っていた。
黒いシロコ――。
彼女は武器を構えるでもなく、ただ静かに、まっすぐな視線で先生を見つめていた。その距離は数歩。しかし、決して交わることのない別次元から干渉しているかのように、彼女の存在は不安定に揺れている。
「……来ないで」
ぽつり、と黒いシロコが口を開いた。その声は低く、ひどく掠れていたが、同時にひどく拒絶の意志が籠もっていた。
「これは、あなたたちが関わるべきじゃない。……これ以上、この因果の奥へ進まないで」
それは敵意による威嚇ではなかった。むしろ、これ以上進めば「戻れなくなる」ということを知っている者からの、切実な警告。
だが、先生は彼女のその傷だらけの姿を、そして迷子のような瞳を見て、一歩も引くことはなかった。先生は優しく、しかし絶対に揺らぐことのない平熱の、それでいて確かな声で答えた。
「君を連れ戻すためだから」
その言葉が管制室の空気に響いた瞬間、黒いシロコの身体が微かに震えた。
彼女の冷徹に凍りついていた仮面のような表情が、一瞬だけ、本当に一瞬だけ、泣き出しそうなほどに激しく揺れ動く。
何かを言いかけるように、その唇が僅かに動いた。しかし、彼女はそれ以上、何も語らなかった。
「……っ」
デジタルノイズが爆発的に弾け、次の瞬間、彼女の姿は最初からそこにいなかったかのように、完全に消え失せていた。後に残されたのは、微かな色彩の残滓と、重苦しい静寂だけだった。
『先生、今の個体は……? 通信回線へ強制介入されたようね。視覚情報以外の観測ログはすべて消失しているわ。これだけでは敵対存在とは断定できない。情報が足りないわね。しばらくは観測対象として扱いましょう』
リオの声が、冷徹な思考を取り戻して響く。先生は黒いシロコが消えた空間を静かに見つめた後、深く息を吐き、自らの覚悟をさらに強固に締め直した。
__________
「……行きます」
管制室の通信スピーカーから、セイカの平熱の声が響いた。
彼女は背負ったメテオストライカーを巡航モードのまま維持し、乱れることのない呼吸で、静かに前へと出た。彼女の「眼」は、高度七万五千メートルでキヴォトスを睥睨する「アトラ・ハシースの箱舟」を、すでに明確な迎撃対象としてロックしていた。
『待ちなさい、セイカ。気持ちは分かるけれど、目的地の高度は七万五千メートルよ。対流圏はおろか、熱圏の入り口に位置する超高高度。ミレニアムの現行の最高航空戦力や、各校の爆撃機を用いたとしても、その高度の稀薄な大気と重力圏の壁を突破して戦闘を行うことは物理的に不可能よ』
リオが即座に数理的な不可能を突きつける。キヴォトスが持つ通常の軍事力では、あの箱舟に触れることすら叶わない。それが現実だった。
しかし、セイカはいつも通りの淡々としたトーンで、その不可能を否定した。
「通常の航空戦力では届きません。……ですが、私たちの『家』なら問題ありません」
セイカが自身の端末に入力を行うと、キヴォトスの中央区上空、雲一つない夜空の位相が、水色と緑の光粒子を伴って大きく反転した。
光学迷彩が解除され、圧倒的な質量を伴って現出したのは、宇宙戦艦ソラノミであった。
全長数百メートルに及ぶその巨大な艦体は、月光を反射して白く輝き、艦底部から放たれる因果障壁の脈動が、周囲の空気を震わせている。地上で戦い終えた生徒たちが、再び空を見上げ、その人知を超えた巨大な宇宙戦艦の威容に息を呑んだ。
『……成る程。あの戦艦の推進システムと因果律制御能力なら、大気圏外の超高高度巡航も、理論上は容易に可能ですか。本当に、どこまでも規格外な家族ですね』
ヒマリが通信の向こうで、感嘆を通り越したような乾いた笑みを漏らす。
ソラノミの艦橋では、アカネとケイがすでに次なる航路の計算を完了させていた。
『主機関の同調、完了しました。これよりいつでも、高度七万五千メートルへの垂直上昇が可能です。セイカさん、いつでも戻ってきなさい』
アカネの丁寧で落ち着いた声が、家族の帰還を待つ家のように響く。
『お父さん、アトラ・ハシースの箱舟の因果座標の固定、完了しています。ソラノミのシステムはすべて、お父さんと先生を迎えるためにスタンバイしています』
ケイの正確なアナウンスが、次なる戦場への確かな道標を提示していた。
__________
画面越しにソラノミの威容を確認した先生は、自らのコートを羽織り、端末をポケットへと滑り込ませた。
先生の瞳には、もはや迷いも恐怖もなかった。高度七万五千メートルという、未知の領域。そこへ挑むための唯一の切符が、今、目の前に提示されている。
先生はマイクを取り、上空のセイカへと問いかけた。
"その船で、箱舟まで行けるんだね"
その問いは、確認のためのものではなかった。共に行くという、前提を含んだ意志の表明。
セイカは通信画面の向こうで、先生のまっすぐな視線を受け止め、いつも通りの平熱のまま、静かに、しかし絶対の信頼を込めて頷いた。
「……はい。ソラノミなら、あの箱舟の最深部まで、先生を安全に送り届けることができます」
すると先生は、少しだけ悪戯っぽく、しかし最高に頼もしい笑顔を浮かべて、迷うことなく告げた。
"じゃあ、一緒に行こう。――私たちの戦いを、終わらせるために"
先生が「一緒に行く」と言った瞬間、セイカの舵輪型のヘイローが、微かに嬉しそうに小さな光のステップを踏むように揺れた。彼女は引き締まった表情のまま、短く、しかし明確に応じた。
「……了解しました。これより、先生の臨戦航路を確保します」
__________
宇宙戦艦ソラノミの艦底部から放たれた強大な誘導光が、シャーレの戦略管制室から先生の身体を、そして上空で待機していた天野江セイカの質量を、瞬時にソラノミの広大な艦橋へと引き上げた。
空間転移特有のデジタルノイズが収束すると、そこには見慣れた、しかし今は戦闘用の高密度な演算ログで満たされた「我が家」の光景が広がっていた。
「先生、お帰りなさいませ。お茶の用意は、あの不条理の箱舟を落とした後にいたしますね」
アカネがいつも通りの凛とした完璧な一礼で先生を迎え、その手はすでにコンソールの上で滑らかに動き、戦艦の各部機関のステータスをチェックしている。
「お父さん、先生。ソラノミの主機関、およびルミナス・コアの調和率は100%を維持。いつでも高度七万五千メートル――『アトラ・ハシースの箱舟』へ向けて垂直上昇が可能です。ですが……」
ケイが振り返り、その青く澄んだ瞳を少しだけ引き締めた。彼女の周囲には、地上で戦い終えたばかりの、キヴォトス各校の生徒たちのバイタルデータと座標ログがホログラムとしてずらりと展開されている。
「未知の古代要塞への強襲、および内部への直接侵入です。お父さんのメテオストライカー単機、およびソラノミの自動迎撃システムのみでは、先生を安全の特異点へと導くための不確定要素が残ります。……先生、この船の司令室に座る者、そして箱舟の内部を直接叩く『突入班』を選択してください」
通信回線からは、連邦生徒会の七神リン、岩櫃アユム、由良木モモカの三人が見守る管制波形、そしてミレニアムの調月リオ、明星ヒマリからの暗号化ログがリアルタイムで流れ込んでいる。
キヴォトスの運命を分ける最高高度の決戦。先生はコンソールに表示された生徒たちの名前を一つずつ見つめ、自らのコートの襟を正した。
"……よし。みんなの力を、貸してほしい。この船に、キヴォトスの未来を乗せるんだ"
先生の迷いのない声が、通信網を通じて各校の代表たち、そして最前線の生徒たちへと一斉に発信された。
__________
「これより、地上にいる各校代表、および空見観測研究部の全メンバーをソラノミのメイン司令室へと」
セイカの平熱の声とともに、ルミナス・コアから、神秘的な緑色の光粒子がブリッジ全体へと優しく広がった。
空間が光の波紋のように揺れ、ソラノミの広大な作戦司令フロアに、作戦指揮とデータ解析を担う「頭脳」たちが次々と現出していく。
「な、何ですか、この空間は……!? これが、ゲヘナやトリニティの情報を裏でコントロールしていた、ソラノミの内部……!」
天雨アコが、慣れない空間転移に胸を押さえながらも、即座に司令室のモニターに表示された膨大な情報量に目を見開いた。
「驚いている暇はないよ、アコ。……先生、各校の戦況データ、いつでもこの船のシステムと同期できる。指揮はお任せするよ」
鬼方カヨコがいつもの冷静な口調で、すでに自身の端末をソラノミのサブコンソールへと接続している。
「アビドス対策委員会からの通信、および地上の防衛戦線との中継ログ、すべて私がここで維持します。……先生、準備はいいですか?」
奥空アヤネが素早く眼鏡を押し上げ、状況の整理を開始する。
「ふふ、これほど巨大で美しい戦艦の特等席で、先生の指揮を間近で見られるなんて……少し興奮してしまいますね」
浦和ハナコがいつも通りの掴みどころのない微笑を湛えながらも、その鋭い知性はすでに箱舟から溢れ出る色彩のエラー波形を冷徹に分析していた。
そして、このソラノミを部室として運用する空見観測研究部のメンバーたちも、それぞれの配置へと着く。
「……見えてきたよ。アトラ・ハシースの箱舟、その因果の底には、確かにノイズが眠っている。ならば、それは私が解き明かしてみせよう」
セイアが自らのヘイローを静かに輝かせ、予知にも似た戦況予測のログをケイへと共有していく。
「ふん、恐れる必要はないのじゃ。この玄龍門門主たる妾がおる限り、不条理ごときに道を阻ませはせぬ。山海経の威光、今こそ示す時じゃ。……行くぞ、レナ」
「任せなさい! 司令室も先生も、私がちゃんと守るんだから!」
キサキが毅然とした態度で指揮卓の前に立ち、レナがその背後でしっかりと武器を握り締める。
アカネとケイが艦体の運用を完全に掌握し、セイカが平熱のまま戦術状況を見守る。先生の周囲を固めるのは、キヴォトス最高峰の頭脳と指揮能力を持った、完璧な「ソラノミ司令室」の布陣であった。
『先生、地上の防衛、およびミレニアムの残存サーバーを用いた演算バックアップは私が責任を持って引き受けるわ。……だからユウカ、ヒマリ。あなたたちは先生の側で、ミレニアムの誇りを示してきなさい』
リオの毅然とした知的な声が響く。
「ちょっと先生! 私に何も言わずに高度七万五千メートルへ直行だなんて……どれだけ無茶な計算をすればそんな結論になるんですか!? 当然、私もこの船に乗りますからね! 先生の隣で、しっかりとその無謀な作戦を監視させてもらいます!」
手に持った端末の電卓画面をパチパチと叩きながら、呆れと強い決意の混ざった表情で怒鳴り込んでくる早瀬ユウカであった。彼女は地上に残る選択肢など最初から捨て去り、先生の力になるためにソラノミへと乗艦したのだ。
「おやおや、ユウカは相変わらず賑やかですね。キヴォトスの危機とあらば、この全知にして最高峰の天才美少女ハッカーである私が、特製のAMASを駆って直接このソラノミに乗り込み、前線に赴くのは当然の因果ですよ」
続いて誇らしげに胸を張って現れたのは、明星ヒマリであった。ミレニアムを代表する二人の頭脳が、自らこのソラノミへと搭乗した瞬間だった。
「わあ……! ミドリ、ユズ、アリス見て! すっごく大きい画面と、ロボットのコックピットみたいな場所だよ!」
「うわあああ!? なんでしょう、本当にSF映画の宇宙船みたいです! ユウカ先輩にヒマリ先輩も乗ってます!」
最初に現れたのは、ゲーム開発部のアリス、ユズ、モモイ、ミドリの四人だった。アリスは目を輝かせながらソラノミの内装を見上げ、ユズは突然の環境の変化に少しだけ身を縮めている。
その隣には、アビドス対策委員会の面々が、すでに戦闘準備を完璧に整えた状態で静かに佇んでいた。
「へへ、こんな凄い船に乗れるなんてね〜。でも、やるべきことはいつもと同じ。アビドスの意地、あの生意気な箱舟に見せてあげようか」
「はい! ノノミの特製重機関銃、宇宙の果てまで弾丸をお届けしますよ!」
「も、もう……! 私はまだ心の準備ができてないんだけど……! でも、先生が一緒なら、やるしかないわよね!」
ホシノがいつものように緩い笑みを浮かべながらも、そのヘイローは圧倒的な戦闘圧を放っており、ノノミとセリカもそれぞれの武器をしっかりと構えていた。
「ふむ……。高度七万五千メートルですか。未知の領域には、まだ見ぬ至高の『食材』、あるいはそれに類する未知の味覚が眠っている可能性がありますね」
「ハルナ、さすがに宇宙要塞に食べ物はないと思うけど……あ、でも、爆破し甲斐はありそうね!」
「わーい! 宇宙でのご飯ですか!? ジュンコ、アカリ、お腹空かせておかないとね!」
さらに、戦闘のプロフェッショナルであり、戦場を別の意味で支配する美食研究会のハルナ、アカリ、ジュンコ、イズミの四人が、優雅に――あるいはガサゴソとスナック菓子を突きながら――現出する。
「ちょっとおおお!? なんで私がまたこんな危険度MAXの場所に強制連行されてるんですかーーーッ!!!!」
そして、最後の一人として、給食部のフウカが調理器具を抱えたまま、絶望的な叫び声を司令室に響かせていた。ハルナたちに巻き込まれる形でソラノミへと収容された彼女だが、その目は「絶対に全員に温かいご飯を食べさせて無事に帰す」という、別の意味で強い覚悟に満ちていた。
「アビドス対策委員会、ゲーム開発部、美食研究会、および給食部。……全ての『箱舟攻略班』の収容を完了しました」
セイカがその光景を平熱のまま確認し、先生の隣へと歩み寄る。
ソラノミ司令室が作戦を指揮し、解析し、艦を運用する。そして、この最強の攻略班が箱舟の内部へと直接突入し、不条理の核を破壊する。これ以上ない、完璧な役割分担がここに記述された。
__________
集まった全ての生徒たちの視線が、中央の指揮卓に立つ先生へと集まる。
地上での疲労や恐怖は、このソラノミという絶対的な「家」の安心感、そして先生が共にいるという事実によって、すでに完全に払拭されていた。
先生は、集まった全ての生徒たち、そして隣で静かに佇むセイカを見つめ、迷いのない声で告げた。
"みんな、集まってくれてありがとう。……これから私たちは、高度七万五千メートルにある『アトラ・ハシースの箱舟』へ向かう。キヴォトスの日常を、みんなの笑顔を取り戻すための、最後の戦いだ"
先生の言葉に、アリスが世界を救う勇者のように「はい!」と答え、ハルナが優雅に一礼する。
「ソラノミの因果障壁の出力、最大。……これより、我が家は重力圏の壁を突破します」
アカネの冷徹かつ淡々としたアナウンスが、ブリッジに心地よい緊張感をもたらす。
「お父さん、先生。……航路上の障害、すべてクリア。……いつでも、行けます!」
ケイの瞳に鮮烈な青い光が灯り、彼女の小さな指が、ソラノミの発進トリガーを力強く押し下げた。
先生は前方のメインモニターを見据え、力強く告げた。
"ソラノミ、発進! ――一緒に行こう、みんな!"
「……了解しました。主機関、最大ドライブ」
セイカの平熱の声が響いた瞬間、そして宇宙戦艦ソラノミの全方位から、まばゆい緑色のルミナス粒子が爆発的に噴射された。
ドォォォォォォンッ!!!
空間を激しく震わせる重低音とともに、宇宙戦艦ソラノミはキヴォトスの重力を完全に無視した圧倒的な加速力で、垂直に天へと向かって発進した。
緑色の光の翼を広げ、天空へと真っ直ぐに突き進むその姿は、地上に残された生徒たちの目に、夜空を逆流する巨大な緑色の流星として、これ以上ない希望の記号として焼き付いていた。
ソラノミは雲海を瞬く間に突き抜け、大気を切り裂き、星々が不気味に輝く漆黒の宇宙――キヴォトスの命運を懸けた最後の戦場「アトラ・ハシースの箱舟」へと近づいていく。
本当の終焉を司る箱舟の内部で、一体どのような脅威が待ち受けているのか。
しかし、先生と、セイカと、ソラノミの家族、そして先生が信じて選んだ最高の仲間たちを乗せた船は、一切の躊躇なく、絶対の因果を伴って、不条理の待つ深淵へと突き進んでいくのだった。