未来を統べる翼と、優しいメイドの家   作:天野江

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空を裂く閃光

 

 

 

 大気圏を突破し、漆黒の真空へと躍り出た宇宙戦艦ソラノミは、高度七万五千メートルに存在する「アトラ・ハシースの箱舟」を目指し、その巨大なルミナス・スラスターを激しく明滅させながら確実なる上昇を続けていた。

 

 先ほどまでの喧騒が嘘のように、メインブリッジにはただ精密機械の駆動ログと、張り詰めた沈黙だけが流れている。

 作戦司令フロアの各座席では、ユウカ、モモカ、ヒマリ、リオ、アコ、カヨコ、リン、アユム、ハナコ、アヤネ、キサキ、セイア、レナ、アカネ、ケイらキヴォトスの命運を背負う少女たちが、それぞれに与えられた絶対的な役割を完璧に担い、この前人未到の航行を冷徹に支援していた。誰もが視線を手元のコンソールや戦術マップに固定し、迫り来る終焉の記述を覆すための数式を紡ぎ続けている。

 

 その最前方、特殊因果ガラスの風防のすぐ手前で、セイカは先生とともに並んで立ち、静かに前方の絶対的な闇を見据えていた。彼女のヘイローは、宇宙の絶対零度の平熱を維持したまま、規則正しい周期で美しく回っている。その横顔には一切の焦りも恐怖もなく、ただこれから始まるであろう因果の嵐を静かに観測しているかのようだった。

 

 

 

 

 不意に、ブリッジ中央の全天周モニターに不吉な紅いアラートが走り、静寂が引き裂かれた。

 

 

「――! 先生、前方、ソラノミの進行ベクトル上に多数の高速熱源反応を検知しました!」

 

 

 ヒマリの指先が、AMASのコントロールパネルの上を鋭く滑る。超高解像度センサーが捉えたのは、星々の光を遮るようにして漆黒の宇宙から湧き出してきた、無数の紅黒い光点だった。

 

 

「構造サンプリングの解析を完了したわ。……先生、リン。あれは『アトラ・ハシースの箱舟』が自律制御している古代の防衛兵器群よ」

 

 

 ディープデータリンクを介して、調月リオの冷徹な声がブリッジに響き渡る。

 モニターに拡大表示されたその姿は、キヴォトスのいかなる学園のテクノロジーとも一線を画す、幾何学的でありながら不気味な自律無人機の一群だった。それらは一寸の乱れもない完璧な戦術アルゴリズムの編隊を組み、ソラノミの進路を完全に塞ぐようにして網の目を広げていく。

 

 

「敵機、一斉射撃の体制に入ります! 回避制動、間に合いません……!」

 

 

 アユムが叫ぶと同時に、無人機群の先端から空間を埋め尽くすほどの赤黒い光学レーザーが照射された。

 

 

ドガァァァァン!!!

 

 

 ソラノミの艦首因果障壁が激しい火花を散らし、ブリッジ全体に重く強烈な衝撃波が伝わる。

 

 

「船体外殻の物理装甲は十分に耐えています! 各部セクションの物理防衛隔壁のログにも致命的なエラーはありません!」

 

 

 ユウカが電卓アプリケーションの数式を睨みながら声を張り上げる。

 

 

「ですが、これほど高密度の弾幕を浴びせ続けられては、スラスターの推進ベクトルが完全に相殺されます! 前方の進路は完全に封鎖されました、このままでは足止めを食らいます!」

 

「……なるほど、そういうことですか」

 

 

 ハナコがふっと細い目をさらに細め、戦術マップの不自然なエネルギー分布を指し差した。

 

 

「敵の目的は、このソラノミの撃沈そのものではありません。私たちの接近を阻止し、ここで時間稼ぎをすること。箱舟のシステムが完全に起動するまでの記述を稼ぐための、冷徹な足止め戦術ですわ」

 

「ふむ、ここで消耗戦に付き合わされれば、地上の記述が消え去るのが先か、我々のエネルギーが底を突くのが先かという話になるな。……一刻も早く、あの編隊をこじ開けねばならん」

 

 

 キサキが腕を組み、威厳に満ちた声でブリッジの空気を引き締める。

 

 

「(ちょっと待ってよ……! あの数、尋常じゃないじゃない! オカルトインチキ無人機のくせに調子に乗って弾幕張っちゃってさぁ! ソラノミの主砲のチャージを待ってたら、完全に敵の思うツボじゃないの! 誰かが今すぐ外に出て、あのハエ叩きみたいな編隊を直接ブチ抜かなきゃいけないってことでしょ!? え、でも宇宙空間よ!? 生身でそんなことできるわけ――)」

 

 

 レナの脳内が心配と戦慄で爆発しかけた、その瞬間だった。

 

 

__________

 

 

 

 

「……私が突破口を開きます」

 

 

 セイカは平熱のまま、静かに、しかし絶対的な確信を持ってそう申し出た。

 

 

「な、何言ってるのよセイカさん!?」

 

 

 レナがガタッと椅子を蹴るようにして立ち上がり、顔を真っ赤にして叫ぶ。

 

 

「一人で突っ込むなんて無茶に決まってるじゃないわよ! 宇宙空間に生身で放り出されて、あのバカみたいな大群に囲まれたらどうするのよ!? オカルト兵器なんて私が全部暴いて……って、違うわよ! あんたのために心配してるわけじゃないんだからね! ソラノミの進路の邪魔になるから言ってるだけよ! シャーーーッッ!!!!」

 

 

 猫のように激しく威嚇するレナを余所に、隣に座るケイの瞳に青い演算ログが激しく明滅する。

 

 

「……お父さんの単独突破における、未来演算のシミュレートを完了。お父さんの固有因果波形と未来視の同調率は極大値を維持しています。単独突破は十分に可能です。物理的な計算上、これがソラノミの推進出力をロスしない、最短最高のログとなります」

 

「いってらっしゃい、セイカさん」

 

 

 アカネはいつもの穏やかな、完璧なまでに洗練された笑みを浮かべ、コンソールを迷いなく操作して出撃カタパルトのロックを解除した。

 

 

「戻られたら、すぐに最高のお茶をお淹れできるように準備しておきますね」

 

 

 2人の確固たる、しかし部外者には不可侵の信頼の空気を受け、先生は最前方に立つセイカの目を見つめ、その背中をそっと押すように言葉を掛けた。

 

 

"任せたよ、セイカ"

 

「……了解。平熱のまま、ログを遂行してきます」

 

 

 セイカは静かに頷くと、身に纏う白いコートを翻し、第一高加速カタパルトデッキへと向かった。

 

 

「(待って、ちょっと待って……! セイカさん、メテオストライカーを装備してないじゃない!? 背中にマウントされてるのはメテオバスターライフルと、その周囲を浮遊する6基のフィンファンネルだけ……!? 一切の無駄を削ぎ落とした、対個・対集団に特化した最小最強の決戦装備構成……!! ああああ格好良すぎる凛々しすぎる絶対零度の戦闘天使じゃんもう無理私の脳細胞が尊さで一瞬で消滅するーーーっ!! どうかご無事で……!!)」

 

 

 内面で尊さと心配のエラーコードを限界まで吐き散らしながらも、レナは必死に表情を固定し、武器を握り直して先生の背後を固めるのだった。

 

 カタパルトの先端に立ったセイカの周囲に、真空の宇宙空間が広がる。

 

 

『セイカ、カタパルトの全圧力同調、完了よ。いつでもいけるわ』

 

 

 ユウカの緊迫した声が通信回線を伝う。

 

 

「……天野江セイカ、出撃します」

 

 

ドンッ!!!

 

 

 電磁カタパルトの強烈な加速Gとともに、セイカの身体は漆黒の宇宙空間へと射出された。大気のない世界、星々が鋭く瞬く真空の海へと飛び出した瞬間、彼女のヘイローが極大の輝きを放ち始める。

 

 

__________

 

 

 

 ソラノミの艦橋から放たれた一筋の緑色の光――セイカの出撃を感知した瞬間、自律防衛兵器群の戦術アルゴリズムは、まるでひとつの巨大な有機物のように一斉に書き換わった。

 数千、数万という幾何学的な無人機が、狂ったような同期駆動音を響かせるかのようにその冷徹な砲口をただ一人の少女へと集中させていく。

 

 次の瞬間、宇宙の闇が赤黒く染まった。

 敵の全編隊が一斉に放ったのは、空間そのものを融解させ、因果律ごと対象を焼きちぎるための「幾何学的光学レーザー」の暴風雨。それは回避スペースなどどこにも存在しない、文字通り全方位から押し寄せる絶対的な死の網の目だった。ソラノミのメインモニターを埋め尽くす赤黒い熱量ログの異常値に、ブリッジの一同は思わず呼吸を忘れる。

 

 しかし――天野江セイカの瞳には、すでにその絶望の数秒先の未来が、完璧な正解の線として記述されていた。

 

 

「……そこです」

 

 

 セイカの呟きは、この宇宙の絶対零度よりもなお冷徹で、完全に平熱だった。

 彼女は「空見の波」を極大展開し、周囲の真空に漂うかすかな因果の揺らぎを完璧に掌握。人間では視覚的に捉えることすら不可能な速度で迫るレーザーの網の中へと、自ら吸い込まれるように突入していった。

 

 ドッ、とブリッジの誰もが声を失う機動。しかし、セイカの身体は傷つくどころか、レーザーの熱線を掠りさえしなかった。

 右から迫る高熱の光束を、首をわずかに数ミリ傾けるだけで完全に回避。直後、左から襲い来る十字の集中砲火を、身体の慣性を完全に無視した神速の身翻しによって無力化する。未来視によってあらかじめ提示された「敵の射撃が絶対に通過しない安全な座標」を、ただ淡々と、冷徹になぞるような絶対的な機動の極致。

 

 大気のない漆黒の舞台で舞う彼女の姿は、戦場の死神というにはあまりにも神聖で、まるで星海を統べる戦闘天使そのものだった。

 

 

『な、何ですかあの変態的な空間機動は……!?』

 

 

 ヒマリのAMASのコンソールが、セイカの移動ベクトルの数式を処理しきれずにエラーログを吐き出す。

 

 

『未来が見えているという前提を差し引いても、あの極限状態の宇宙空間で……! 天才の私ですら、彼女の記述の美しさに脳の演算が焼き切れそうです!』

 

「……今よ、セイカ。敵の防衛アルゴリズム、あなたの予測不能な機動に対応しようとして、連携データリンクに0.03秒のノイズが生じたわ」

 

 

 ディープデータリンクを介したリオの冷徹な戦術アナウンスと、セイカの思考は完全に同調していた。

 

 

「……いけ」

 

 

 セイカの短い、しかし絶対的な命令が真空に響く。

 彼女の周囲を規則正しく浮遊していた6基のフィンファンネルが、弾かれたように四方八方の空間へと拡散した。それぞれが独立した意思を持つかのように、独自の美しい軌跡を漆黒の闇に描きながら、敵の防衛編隊のド真ん中へと超高速で突入していく。

 

 ファンネル群の先端から放たれたのは、ソラノミの主砲のエネルギーを凝縮したかのような、超高出力の緑色の因果ビームだった。

 それはただ闇雲に撃ち出されたものではない。セイカの未来視が捉えた、無人機群の装甲の最も脆弱な結節点、および編隊の通信の要となっている指揮機を、一撃必殺の精度で寸分の狂いもなく正確に撃ち抜いていく。ビームが命中するたび、真空の闇の中で音のない大爆発が連鎖的に巻き起こり、敵の強固だった包囲網が内側から面白いように瓦解していった。

 

 爆発の光に包まれ、統率を失った自律無人機群は、パニックを起こしたかのように互いの距離を詰め、中央へと密集し始めた。敵の戦術アルゴリズムが弾き出した、防御陣形によるソラノミへの特攻――。

 

 

「……密集しましたね。効率的です。ログを一括消去します」

 

 

 セイカの瞳の中に、冷たい緑色の演算ログが満ちていく。

 彼女は「メテオバスターライフル」を滑らせ、正面の巨大な敵の塊へと真っ直ぐに構えた。彼女の細い腕には不釣り合いなほど巨大な銃身が、因果伝導コアの駆動とともに幾何学的に展開を始める。

 

 

キィィィィィン――。

 

 

 ソラノミのメインフレームからダイレクトに供給されるエネルギーが、ライフルの因果結合チャンバーへと限界を超えてチャージされていく。ライフルの砲口を中心に、周囲の宇宙空間そのものが、その圧倒的な熱量とエネルギーの密度によって目に見えて歪み、空間の記述が書き換わっていくのがソラノミのセンサーにもはっきりと捉えられた。

 

 セイカは未来視の焦点を、敵の密集陣形の中心点、その因果の「核心」へと固定した。

 

 

「メテオバスター、出力最大。……平熱のまま、消えなさい」

 

 

ズガァァァァァァァァァンッ!!!!

 

 

 絶対の静寂に包まれていた宇宙を、巨大で圧倒的な、文字通り世界を両断するような緑色の光の奔流が真っ直ぐに切り裂いた。

 それはもはや「銃撃」や「ビーム」という生易しい概念を遥かに超越した、空間そのものを消滅させる一筋の極大の彗星の激突だった。

 

 前方に密集していた敵の自律無人機群の主力編隊は、その圧倒的な破壊の光の渦に巻き込まれ、回避することも、防御障壁を展開することすら許されず、一瞬にして分子レベルで分解され、光の塵へと変えられていく。色彩のエラーを孕んだ古代の兵器であろうとも、セイカの放った絶対的な因果の記述の前には、ただの「書き損じのノイズ」として歴史から消去されるしかなかった。

 

 

 まばゆい閃光が宇宙の果てへと収束し、光の残滓がゆっくりと消え去ったとき――。

 ソラノミの前方に広がっていた、あれほど絶望的だった敵の大群の姿は、影も形も残されていなかった。そこにあるのは、ただ静まり返った、一点の曇りもない美しい漆黒の深淵だけ。

 

 わずかに射線の外側にいて生き残った数機の無人機が、システムのエラーコードを激しく明滅させながら、恐怖を知らないはずの機械でありながら命からがら後方へと撤退しようとする。

 

 

「……逃がしません」

 

 

 セイカの冷徹な意志と連動したフィンファンネル群が、まるで獲物を追う猛禽のように宇宙空間を滑空。逃走する残存機の背後から正確無比な追撃ビームを叩き込み、そのすべてを確実に爆発四散させた。

 

 数によってソラノミの進路を完全に封鎖し、時間稼ぎを狙っていた箱舟の自律防衛編隊は、天野江セイカというたった一人の少女が繰り広げた圧倒的な無双戦闘によって、文字通り「塵一つ残さず」完全に壊滅させられたのだった。

 

 

__________

 

 

 

 ソラノミのメインモニターに映し出された前方の宇宙は、今や一点の曇りもない、美しい漆黒の空間へと戻っていた。進路を塞いでいた無数の障害物は完全に消滅し、前方の進路が完全に開放されている。

 

 

「敵編隊の消滅を確認! 航路上の脅威、すべてクリアです!」

 

 

 アユムが歓声を上げる。ブリッジ全体に、張り詰めていた緊張が一時的に緩和されるような安堵の空気が広がった。

 

 

「第一ハッチ、帰投シークエンスを開始します。セイカさん、おかえりなさい」

 

 

 アカネの落ち着いた声に導かれるように、ソラノミのデッキへと着艦したセイカが、エレベーターを通じて再びメインブリッジへと戻ってきた。その白いコートには一切の汚れもなく、ヘイローもまた、何事もなかったかのように平熱の周期で回っている。

 

 

"セイカ"

 

 

 先生が真っ直ぐに歩み寄り、彼女の目を見つめて微笑んだ。

 

 

"ありがとう。前方の道を切り開いてくれて、本当に助かったよ"

 

「……問題ありません、先生」

 

 

 セイカは静かに、しかしどこか誇らしげに視線を返した。

 

 

「私の未来視のログにある通り、平熱のままクリアしただけです。私たちの航路を邪魔するノイズは、もう存在しません」

 

「……ふふ。本当に賑やかな防衛班ですね。……ですが、これより先は本当に冗談が通じない領域に入りますよ」

 

 

 リンが眼鏡の位置を正しながら、メインモニターの正面を指し示した。

 

 

「総員、座席へ固定! スラスター、再び最大出力へ移行します!」

 

 

 ユウカとアユムが同時にレバーを押し込むと、ソラノミの艦体が再び激しく振動し、猛烈な再加速を開始した。緑色の光の翼を真空の海に広げながら、ソラノミは光速に近い速度で前進していく。

 

 正面のガラス風防の向こう側――。

 漆黒の深淵の奥底から、迫る箱舟の巨大なシルエットが、少しずつ、しかし確実に鮮明になっていく。それは世界を終わらせるための冷徹な記号であり、色彩の残滓を纏った絶対的な不条理の塊だった。

 

 艦橋を満たすのは、先ほどまでの安心とは異なる、本当の決戦を覚悟した者たちの、重く、そして静かな緊張感。

 誰もが、この先に待つ戦いがこれまでのどれよりも過酷であることを理解していた。しかし、生徒たちの瞳に宿る光は、ただの一人も曇ってはいない。先生がここにいて、それぞれの最高峰の絆がこの船に集っている限り、彼女たちはどんな不条理の未来であっても、必ずその手で日常のログへと書き換えてみせる。

 

 宇宙戦艦ソラノミは、誰もがこの先に本当の決戦が待っていることを理解しながら、絶対の因果を伴って、終焉の箱舟への航行を続けるのだった。

 

 

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