ソラノミの強制転送システムが放った、因果の波形すら白く焼きちぎるほどの閃光。それが完全に収束した瞬間、彼女たちの視界に飛び込んできたのは、SFゲームのプログラム内部にそのまま迷い込んでしまったかのような、異様かつ整然とした光景だった。
アトラ・ハシースの箱舟、東区画――。
周囲の壁、天井、そして足元に至るまで、視界のすべてが純白の無機質な立方体パネルによって構築されている。西区画のような泥臭い配管や機械油の臭いは一切なく、代わりに漂うのは、超高密度の演算データが静かに電子を焦がすような、どこか張り詰めた無臭の冷気。
何より異質なのは、床一面に規則正しく走り、淡いシアンブルーに明滅しているSFチックなグリッド線だった。壁面にはキヴォトスのいかなる学園の記号とも異なる、意味不明な電子コードや因果のバグデータが、まるでゲームのエラーコードのように不吉に点滅している。
「う、ううう……目が回るよぉ〜……! 縦スクロールだと思ったら急に画面が回転した時みたいな転送だったんだけど……!」
モモイは、自身のピンク色のヘッドホンを何度も位置調整しながら、床にへたり込んで目を回していた。しかし、その視線が周囲の立方体空間を捉えた瞬間、ぐるぐると回っていた瞳がピシリと止まる。
「……って、ええええええええ!? 何これ、何この空間!? 超SF! 完全に年末商戦で発売される大作近未来RPGの隠しダンジョンじゃん!」
「ちょっとお姉ちゃん、転送された直後なんだから、起き上がる前にまず周囲の安全確認をしてよ……。はぁ、お姉ちゃんは本当にどこに行ってもお姉ちゃんだね……」
ミドリは、塵を軽く払いながら、愛用のスナイパーライフルを素早く構え、警戒態勢を取った。その視線は、空間が放つ特有の「無機質な敵意」を敏感に察知している。
「ひゃぅっ!? こ、ここ……ロッカーの中より狭くはないけど……なんだか視線が固定されてるみたいで、すごく落ち着かない、です……」
ユズは、自身の大きな襟元をギュッと掴み、周囲の白い壁から圧迫感を感じるように身を縮めた。しかし、怯えながらもその瞳は、トップランカーとしての「空間認識スイッチ」が完全にONになっており、グリッドの不自然な歪みを冷徹に見つめている。
「テレポートの魔法、無事に成功です! アリス、新しいエリア『東の迷宮』への侵入を完全に確認しました!」
アリスは、自身の体躯よりも遥かに巨大な光の剣(戦艦主砲レールガン)を両手で軽々と掲げ、その純粋な瞳を限界まで輝かせた。
「アリスのレベルはカンスト状態です! どんなモンスターやクソイベントが来ても、勇者アリスの前に敵はありません! ガンガン進みましょう、モモイ!」
「そうそう、アリスの言う通り! 冒険はこうでなくっちゃ!」
モモイは腰の銃をパチンと叩き、床の発光するグリッド線を踏みしめながら、ぐんぐんとテンションを上げていく。
「見てよミドリ、この不自然に広い直線通路! そして等間隔に配置された、いかにも『これを操作してください』って言いたげな浮遊オブジェクト! 確定だよ、間違いない! これはクソ複雑な、プレイヤーの脳細胞をリアルタイムで焼き殺しに来るタイプのギミックダンジョンだよ!」
「だから、はしゃがないでって言ってるでしょお姉ちゃん! ほら、足元を見て! 不用意に一歩を踏み出したら、初見殺しの即死罠を踏むかもしれないんだから!」
ミドリが慌ててモモイの襟首を後ろからガシッと掴んで引き戻す。
「……う、うん。モモイの言う通り、ここは普通じゃないよ」
ユズが壁面に刻まれた、高速でスクロールする意味不明な記号をじっと睨みつけながら、小さな声で呟いた。
「……壁のインジケーター、ただの背景の飾りじゃない。一定の二進数アルゴリズムで、下から上へ規則正しく並んでる。……これはパズル要素のインデックス、あるいは……私たちの侵入を感知して作動する、初見殺しトラップの同期ログ、かも……」
ユズのプロとしての直感が冷たい事実を弾き出した、まさにその瞬間だった。
ピピピッ――システム、侵入者を検知。
空間全体に、機械的で抑揚のない、冷徹な電子音声が鳴り響いた。
直後、それまで穏やかなシアンブルーだった床のグリッドパネルが、一瞬にして刺すような赤と青のストロボカラーへと激しく発光。ガガガガガッ! と小気味よい機械駆動音とともに、4人の進路を完全に塞ぐようにして、高出力のレーザーフェンスが格子状に幾重にも展開された。空間そのものが、彼女たちを圧殺するための罠へと変貌を遂げたのだ。
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「ひゃああっ!? 閉じ込められた!? 前も後ろもレーザーだらけだよ!」
モモイが叫ぶ。レーザーの熱線が、彼女のヘッドホンの数センチ横をかすめ、白いパネルの記述をジリジリと焼き焦がしていく。
「アリス、解析を開始します。――ピピピピッ」
アリスの瞳に、ソラノミのメインフレームからダイレクトに供給される戦術ログと、独自のプログラミング解析プログラムが超高速で走る。アリスはレールガンを地面に突き立て、バイザーのデータを読み上げた。
「アリスの演算能力によりますと、このレーザーフェンスは無敵属性です! 通常攻撃では破壊不可能です! ですが、床のパネルの発光周期をスキャンした結果……これは一定のリズムでセーフティゾーンがノーツのように前後に移動する、超高難易度の『リズム型ギミック』であることが判明しました!」
「リズムゲームだって!?」
モモイの瞳が、絶望から一転してギラリと肉食獣のように輝いた。
「リズムゲームなら、アリスと私の独壇場でしょ! 格ゲーがダメでも、音ゲーなら筐体のボタンを叩き割りながらパーフェクト全一を取ってきたんだから! よーしみんな、私のステップに合わせて着いてきて! いくよ、ワン、ツー、テ・テ・テン!」
モモイは自身の直感を信じ、音楽を刻むように独特のステップで、赤から青へと切り替わる瞬間の安全なパネルを次々と踏み抜いていく。彼女が通った瞬間に、レーザーフェンスの一部がミリ秒単位でフッと消滅し、道が開く。
「お姉ちゃん、調子に乗って加速しすぎ! 3秒後に右の第4グリッドから斜め方向のレーザーが来る! テンポを0.5秒遅らせて!」
ミドリは持ち前の視野の広さと冷静さで、モモイが見落としがちな画面全体の「譜面」を即座に脳内処理。正確無比なナビゲーションの声を張り上げながら、ギミックの隙間からこちらを奇襲しようと飛び出してきた立方体型の防衛ドローンを、狙撃ライフルの一撃で空中で完璧に撃ち落とす。
「……モモイ、ストップ! 次の角、床のパネル配置が『反転』する! 譜面が逆走する骗しギミックが来るよ!」
ユズが端末を操作し、次の通路の因果データを先読みして叫んだ。
モモイはユズの声を聞いた瞬間、寸前でステップを急停止。直後、彼女の目の前のパネルが物凄い速度で逆再生するように発光し、巨大なレーザーの壁が通り過ぎていった。
「ふぅー、危なかった! ナイスユズ! 完全な初見殺しハメ技じゃん、これ作った開発者の性格の悪さは、ミレニアムのクソゲーコンテストの上位ランカー並みだよ!」
「アリスも完璧にリズムを掌握しました! ターンエンドです!」
4人の完璧な「ゲーム攻略の知恵と連携」。誰一人が欠けても即死する迷宮のルールを、彼女たちはいつもの部室でのマルチプレイのように笑い、声を掛け合いながら、一傷も負うことなく完璧に攻略し、最奥のゲートへと突き進んでいった。
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リズムギミックの最後のパネルを踏み抜くと、目の前の巨大な白い物理隔壁が、ゴゴゴゴゴ……と重低音を立てて左右へとスライドした。
そのゲートの向こう側に広がっていた空間に、ゲーム開発部の4人は思わず息を呑む。
「……わぁ」
ミドリが呟く。そこは、これまでの直線的な通路とは比較にならないほど広大な、直径数百メートルに及ぶ円形のドーム状空間だった。床一面のグリッド線はすべて中央の一点へと収束しており、まるで巨大な蜘蛛の巣か、電子のコロシアムのようでもある。
そして、その中心。空間の記述を力ずくで掌握するかのように、それは鎮座していた。
「はいキタ! 完全にボス部屋! 雰囲気がもう完全にラストダンジョンの前哨戦のそれだよ!」
モモイが指を差した先。そこには、無数の不気味に発光する因果コアを全身に埋め込んだ、東区画の「メインエンジンユニット」が、文字通りゲームのレイドボスさながらの威圧感を放ちながら浮かんでいた。
「アリス、戦闘モードへ移行します!」
アリスの持つレールガンが、キィィィィンという駆動音とともにまばゆい光のチャージを開始する。
「光の剣のエネルギー、充填率85%! いつでもボスキャラへの最大火力を叩き込めます!」
「ミドリ、ユズ、武器を構えて! 画面の下にでっかいHPゲージが表示される前に、こっちのバフを全部乗せて殴り倒すよ!」
「了解、お姉ちゃん! ここを落とせば、箱舟の東側の機能は完全にストップするはず!」
ユズもグレネードランチャーの安全装置を解除し、トップゲーマーとしての鋭い視線をボスのコアへと固定した。ここが自分たちに与えられた、東区画の最終決戦場。4人の覚悟が、白いドームを満たしていく。
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「先手必勝! マガジン全弾、持っていけーーー!」
モモイが叫ぶと同時に、突撃銃から激しいマズルフラッシュが炸裂し、無数の弾丸がエンジンユニットへと殺到した。さらにアリスの放った通常出力のビームが、空間を切り裂いてボスへと直撃する――はずだった。
キィィィィン――。
しかし、着弾の直前、エンジンユニットの周囲に幾何学的な「多層防御バリア」が展開され、すべての攻撃が物理衝撃ごと完全に霧散させられた。4人の視界(バイザー)には、まるでゲームのエラー画面のように『MISS』『INVALID(無効属性)』『DAMAGE:0』という電子ログが虚しく明滅する。
「ええええええ!? 嘘でしょ、通常攻撃が全部無効化されたんだけど!? なにこのクソ仕様、無敵バリア持ちとか聞いてないよ!」
「お姉ちゃん、落ち着いて、敵のログを分析するから! ――ユズちゃん、これって!」
「……うん、見て。エンジンの周囲に浮かんでる、あの4つの『サブコンポーネント』。あそこからエネルギーのラインが中央のバリアに繋がってる」
ユズの天才的な観察眼が、ボスの隠された「無敵ギミック」の構造を瞬時に見抜いた。
「……あれを全部破壊しないと、本体にダメージが通らない『解除パズル』。……でも、普通に撃っても再生しちゃう。……明滅する色のパターンに、きっと順番があるはず……」
「コアの明滅パターンのサンプリング、完了しました!」
ミドリが自身の端末の解析画面をモモイとアリスへ共有する。
「エネルギーのカラーログは『赤→青→緑』! この順番通りにミリ秒単位の同期をズラしながらスイッチを叩き落とせば、箱舟の防衛アルゴリズムにバグが発生して、無敵バリアが強制解除される!」
「要するに、あの4つのクソスイッチを、指定された順番通りに完璧なコンボで繋いでブチ抜けばいいんでしょ!? お安い御用だよ!」
モモイが叫ぶ。
「ユズ、指揮は任せた! 私たちのコンボフレームを合わせて!」
「……了解。……みんな、私の合図に合わせて。……いくよ。……せーの、で、まずはミドリちゃん、赤のコア!」
パンッ!!!
ユズの指示と同時に、ミドリのスナイパーライフルが火を噴き、赤く発光したサブコアを一撃で撃ち抜く。『COMBO 1:SUCCESS』のログが走る。
「……次、アリス、出力を3%に絞って青のコア!」
「勇者アリス、ジャストタイミングでジャブを放ちます! えい!」
アリスが放った最小出力の光線が、明滅の瞬間の青いコアを正確にレティクルの中心で捉えて粉砕。『COMBO 2:PERFECT』。
「……最後! モモイ、緑のコアへ最大連射!」
「私の最高速連打を見せてあげるよーーー!」
モモイが緑色に輝いた瞬間の最後のコアへ、マシンガンの弾丸を叩き込む。4つのサブコアが完璧なコンボの順番通りに破壊された瞬間、ドーム全体に強烈な電子エラー音が鳴り響いた。
パリンッッッ!!!!
まるでガラスの記述が砕け散るかのような美しい音とともに、エンジンユニットを覆っていた絶対の「無敵シールド」が完全に霧散。中央に隠されていた、エネルギーの心臓部たる「メインメインコア」が、無防備にその姿を露出させた。
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「バリア解除! よっしゃあああああ、全員、総攻撃タイムだよーーー!!」
モモイが叫び、自身の武器のリミッターを限界まで解除した。
「ゲーム開発部を怒らせたらどうなるか、そのバグだらけのポンコツボディに叩き込んであげるんだから!」
「アリス、ケイから最大出力の許可申請を承認しました!」
アリスは、自身の小柄な身体からは想像もつかないほどの絶対的な質量を持つレールガンを正面へと構え、そのヘイローを限界まで激しく輝かせた。
銃身の伝導コアが幾何学的に展開し、ソラノミから供給されるエネルギーのすべてが、その砲口へと一本の極大の光の線となって収束していく。周囲の白い立方体空間が、その圧倒的な熱量によって目に見えて歪み始める。
「これが、アリスたちの……ゲーム開発部の、友情の必殺技です!! 『スーパーノヴァ』、最大バースト――発射です!!」
ズガァァァァァァァァァンッッ!!!!
東区画のドーム全体を、視界を完全に真っ白に染め上げるほどの、圧倒的で苛烈な極大熱線が真っ直ぐに切り裂いた。
それはただの砲撃ではない。4人が繋いだコンボの果て、無防備になったボスの記述を根本から消去するための友情の光。アリスの放つ極大の奔流を中心に、モモイとミドリの放つ交錯する弾幕の嵐、そしてユズが正確に中心点へと放ったグレネードの爆縮エネルギーが同時に重なり、エンジンユニットのメインコアへと完璧に直撃した。
チリチリ……ドゴォォォォォォォンッッ!!!!
真空の空間を、エフェクトの残滓のような美しい光の粒子が爆発的に埋め尽くしていく。
箱舟の東側の因果を司っていたエンジンユニットは、ゲーム開発部の完璧なコンボ攻略の前に、一寸の反撃の記述すら残せず、跡形もなく爆散して消滅した。
それと同時に、床一面を不気味に照らしていた赤と青のグリッド光が、スーッと引いていくように完全に消灯。東区画のエネルギー供給網は、完全にシャットダウンされたのだった。
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「クエストクリア! やったねみんな、私たちの完全勝利だよ!」
モモイが跳び上がりながら、ミドリと、そしてアリス、ユズと次々に大きなハイタッチを交わした。ドームには、いつもの部室での勝利の時と同じ、最高の笑顔が咲き誇っている。
「アリス、経験値がたくさん入った気がします! レベルアップの音が脳内で鳴り響いています!」
「うん、みんなお疲れ様。……でも、見て」
ミドリが自身のインカムを押さえ、戦術マップのログを更新した。直後、通信用デバイスから、他区画の凄まじい戦闘音と騒がしい声が流れ込んでくる。
『うふふ、西区画の大調理、これにて完了ですわ〜♪』
『こちら中枢ルートのアビドス対策委員会! 現在、最終ゲートを突破中! 先生の進路を確保したよ!』
全区画のエネルギー供給が同時に遮断され、箱舟全体がガタガタと大きく揺らぎ始める。
「わぁ、他のエリアの攻略組も、みんなボスを倒したみたいだね!」
モモイが通信の向こう側に向けて、誇らしげに親指を立てた。
「よし、東区画は完全に制圧完了! あとはアビドス、そして最深部へ向かうセイカの番だね! ――みんなのバトン、確かに繋いだんだから、絶対にクリアしてよね、先生!」
ゲーム開発部の4人は、勝利の光に包まれた東の迷宮の玉座から、全ての因果が収束していく「最深部」の空を見つめるのだった。