未来を統べる翼と、優しいメイドの家   作:天野江

122 / 124
星なき深淵の羅針盤 ― 最深部:色彩干渉

 

 

 

 アビドス対策委員会が、その不器用で、泥臭く、しかし何よりも強固な「絆」という名の正攻法によって中枢エンジンを完全に粉砕した瞬間、箱舟の心臓部を縛っていた最後の因果記述チェーンが断ち切られた。

 

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……。

 

 

 世界の底から響くような、重厚で圧倒的な金属摩擦音。先生と天野江セイカの目の前に立ちはだかっていた、因果情報で編まれた巨大な三重の物理隔壁が、ゆっくりと左右へとスライドしていく。

 西区画から流れ込んでいた機械油と料理の熱気も、東区画から漏れ出ていたデジタルなシアンブルーのグリッド線の残滓も、その扉の向こう側には存在しなかった。

 

 一歩、足を踏み入れたその空間は――完全なる、耳が痛くなるほどの「静寂」に支配されていた。

 

 アトラ・ハシースの箱舟、最深部。

 そこは、天井も壁も視認できないほど広大な、漆黒のドーム状空間だった。星の失われた宇宙の深淵に放り出されたかのような、絶対的な無の空間。その中心に、箱舟の核――世界を再記述するための巨大な球体の「炉」が、ただ一つ、静かに浮かんでいる。

 

 炉は、まるで生物の心臓のように不気味に、ゆっくりと脈動していた。

 ドクン。……ドクン。……と、空間全体を微かに震わせる拍動。その周囲の空間には、どこからともなく染み出した禍々しくも美しい「色彩」のエネルギーが、細い血管のような光のラインとなって、のたうつように循環している。

 

 

"……静かすぎる"

 

 

 先生は、自身の胸ポケットに忍ばせたシッテムの箱が、かつてないほど微細に、恐怖に震えるように振動しているのを感じ、眉をひそめた。

 これまでのエリアには、必ず明確な防衛システムや、こちらを排除しようとする明確な「敵意」の形があった。しかし、ここにはそれがない。ただ、完成された世界の終わりが、そこに静置されているかのような、冷たい静寂だけがある。

 

 

「……はい、先生。エネルギーの熱源ログ、および因果を書き換えるための高密度情報反応は、あの核を中心として、キヴォトス全域の総質量すら上回る規模で、確かにここに存在しています」

 

 

 セイカは、自身の頭上に浮かぶ星時計のようなヘイローを微かに明滅させながら、愛用のタクティカル端末の画面を見つめた。端末の液晶は、限界を超えたデータ量によってスクロールすらままならず、ただ「ERROR」と「UNCERTAIN」の文字列を虚しく交互に吐き出し続けている。

 

 

「ですが、自動防衛プログラム、および色彩の変異体のログが、周囲一帯から一切観測されません。……罠、というよりは、まるで――」

 

 

 セイカの理知的な横顔に、言葉にできない緊張の汗が伝う。

 まるで、すでにそこにある「何か」が、自分たちなどという外敵を最初から全く歯牙にもかけていないかのような、圧倒的な実力差の提示。熱源はある。意思もある。しかし、こちらを迎え撃つための兵隊を配置する必要すら感じていないのだ。

 

 

 

__________

 

 

 

「――先生、下がって!」

 

 

 突如、セイカが声を鋭く張り上げ、先生の身体を自身の細い腕で後方へと強く引き戻した。

 次の瞬間、2人が踏み出そうとしていた前方の漆黒の空間そのものが、まるでゴムか水面のように、ぐにゃりと不自然に歪み始めた。

 

 

パキィィィン……。

 

 

 空間がひび割れるような、ガラスが擦れ合うような、奇妙な音が遅れて届く。

 いや、音だけではない。周囲の空間の物理法則が、文字通り音を立てて崩壊を始めていた。

 核から放たれたはずの色彩の光が、まっすぐ進まずにプリズムのように引き延ばされ、万華鏡のようにねじ曲がって視界を覆う。さらに、足元を支えているはずの記述床の重力が、一瞬にして上下左右の意味を失い、身体が浮き上がるような、あるいは全方位から数トンの質量で押しつぶされるような、強烈な感覚遮断が2人を襲った。

 

 

"くっ……! 物理演算、神秘理論のパラメータが、全てデタラメな数値に上書きされていく……!"

 

 

 先生はシッテムの箱を展開し、主機シールドを最大出力で回して、歪む空間からどうにか自身とセイカの身体の「存在記述」を繋ぎ止める。しかし、防壁の表面は、色彩の波紋が触れるたびにジュウジュウと音を立てて削り取られていく。

 

 

「……観測不能領域。これはいけません、先生。既存のキヴォトスの神秘理論、あるいはミレニアムの科学理論のいかなる方程式にも、この歪みの波形が該当しない」

 

 

 常に冷静沈着、あらゆる事象を「過去の記録」と「未来の予測」として平熱で処理してきたセイカの瞳が、初めて本物の惊愕と戦慄に揺れていた。

 彼女の特異能力である「空見の波」。世界に流れる因果の記述を読み解き、数秒先、あるいは数分先の未来を完璧に看破するその絶対の眼が、今、目の前で展開されている事象の「次の一手」を、何一つとして捉えられていないのだ。視界の先にあるのは、ただ、すべての未来がぐちゃぐちゃに混ざり合い、真っ黒に塗りつぶされた、底なしの記述の深淵だけだった。

 

 

 

__________

 

 

 

 思考すらも色彩の歪みによって引き千切られそうになる、その圧倒的な未知の濁流の最中。

 セイカの意識の最も深い領域に、ある「記憶」が、鮮烈なフラッシュバックとなって蘇ってきた。

 

 それは夢とも現実ともつかない場所での出来事。

 すべての因果が白く漂白された、何も存在しない精神の世界。そこで彼女は、一人の「青年」と邂逅した。

 

 彼は、白を基調とした、見たこともない無骨なノーマルスーツを纏っていた。

 その瞳の奥には、一つの宇宙の始まりから終わりまでをすべて見届けてきたかのような、あまりにも深く、あまりにも果てしない、孤独な「闘志」が宿っていた。

 彼は最後まで、自身の名前を名乗ることはなかった。ただ、自らの意志で戦うことの重さを、そして「何かを守るために翼を広げること」の宿命を、言葉ではなく、その存在のログそのものでセイカへと伝えてきたのだ。

 

 そして、その青年が、白い精神世界の彼方へと去り行く間際。

 静かに振り返り、セイカの青と白のフィンファンネルを見つめながら、最後に残した予言の言葉。

 

 

『その翼の先には、必ず赤い影が待っている。』

『それは因縁だ。時空が変わろうと、世界の方程式が書き換わろうと……光があるところに、必ずその影は現れる。』

 

「……まさか」

 

 

 セイカは思わず息を呑み、胸の奥の演算回路が激しく火花を散らすほどの速度で、その言葉の意味を現在のログと照合した。

 あの時、名前も知らぬ青年が告げた不吉な予言。時空を超えた因縁の言葉。それが、キヴォトスの未来を賭けたこの箱舟の最深部、この絶望的な未知の歪みの向こう側で……今、現実になろうとしているというのか。

 

 

「あの時の言葉は……この瞬間を、私と先生の前に立ちはだかる『結末』を指していたというのですか……!?」

 

 

 

__________

 

 

 

ズズズズズズ……。

 

 

 空間を満たしていた歪んだ色彩の波形が、突如として反転。ドーム全体に広がっていた濁流が、歪みの中心点、ただの一点へと猛烈な勢いで収束し始めた。

 まるで、広大な宇宙のすべての質量が、一つのブラックホールへと吸い込まれていくかのような、圧倒的な吸引力。

 そして――世界から、完全に音が消え去った。

 先ほどまで響いていたパキパキという空間の割れる音も、核の脈動音も、衣服が擦れる音すらも。絶対の、完璧な無音。

 

 次の瞬間、極大の「爆縮」が起きた。

 

 

パキィィィィィィィンッッッ!!!!

 

 

 無音の限界点で弾けたのは、空間の記述そのものを白く焼きちぎるほどの、苛烈な白い閃光だった。先生は思わず腕で目を覆い、シッテムの箱の出力を臨界まで引き上げる。

 その、視界を白濁させるエネルギーの渦の中心。

 光が霧散していく霧の向こう側から、それは、静かに、しかし絶対的な「死」の記述を纏って、その巨体を現した。

 

 

 

__________

 

 

 

 

 ゴォォォォォォ……という、世界の底から漏れ出るような重低音が、消え去ったはずの音を戦場へと連れ戻す。

 

 霧の向こうから現れたのは、キヴォトスのいかなる学園の技術体系とも完全に一線を画する、異形にして圧倒的な質量を持つ「機体」だった。

 

 それは、かつてあの白いノーマルスーツの青年が、自らの命と魂を賭して死闘を繰り広げた、あるいはその因縁の極限に存在するはずの巨躯――ナイチンゲール

 

 しかし、その姿は、通常の方程式で語れるモビルスーツでは決してなかった。

 左右に大きく張り出した、昆虫の羽をも思わせる巨大なバインダー。前方に長く突き出た鳥の嘴のような頭部。その全身を覆うはずの、本来であれば「燃えるような深紅」であるべき装甲の表面は、箱舟の「色彩」によって、ドクドクと禍々しく侵食されていた。

 

 装甲の隙間、そして装甲の表面そのものに、虹色とも、あるいは白ともつかない不気味な幾何学紋様が、まるで生き物の血管のようにのたうち、明滅している。

 本来であれば推進剤の炎を吹き出すはずの、背部や脚部の無数のスラスターのノズルからは、黒い煙でも火花でもなく、濃厚でドロドロとした色彩が、陽炎のように絶え間なく揺らめきながら漏れ出していた。

 

 機体全体が、まるで一つの巨大な臓器であるかのように、ゆっくりと収縮し、拡張する。呼吸しているのだ。鉄と火薬で作られたはずの巨躯が、箱舟の意志そのものを宿して、生命のように鼓動している。

 

 

"……誰も、乗っていない"

 

 

 先生は、シッテムの箱の解析から、その機体の中心部――コックピットブロックにあたるはずの領域を凝視し、総毛立つような戦慄とともに言葉を絞り出した。

 

 

"人が操縦しているんじゃない……。パイロットの生命反応も、プログラムの起動ログもない。……あの機体の形をした塊そのものを、キヴォトスを滅ぼそうとする『色彩』の意志そのものが、直接動かしているんだ……!"

 

「……ええ、先生。間違いありません」

 

 

 セイカもまた、その機体から放たれる、立っているだけで意識を削り取られそうな圧倒的な破壊のプレッシャーを受け止め、愛銃を強く握り直した。

 

 

「これが、あの青年が言っていた因縁。……キヴォトスの外から、歴史の記述の壁を破って現れた、私の……私たちの前に立ちはだかる、絶対の宿命――『赤い影』です」

 

 

__________

 

 

 

 漆黒の最深部ドーム。その中央で、二つの「翼」が完璧な対比となって、静い対峙を始めた。

 

 片や、天野江セイカ。

 彼女の細い背中には、彼女のキヴォトスを守るという絶対の覚悟と同調するようにして、6基の「フィン・ファンネル」が、美しい翼の形を成して展開されていた。

 装甲のカラーリングは、白、そしてどこまでも澄み渡る薄い青――【Hi-νカラー】。

 それは、先生と共に歩むと決めた未来を、アビドスやゲーム開発部、美食研究会のみんなが繋いでくれた「日常」を、この手で絶対に守り抜くための、【守護の翼】。

 

 片や、色彩に侵食されたナイチンゲール。

 その左右の巨大なバインダーに格納された、無数のファンネル群。装甲のカラーは、色彩の汚染によって斑点のように歪んだ、呪わしいまでの深紅――【侵食の赤】。

 それは、キヴォトスのすべての存在記述を上書きし、過去も未来もすべてを混沌の波へと叩き落として無に還すための、【破壊の翼】。

 

 青と白の翼。そして、赤き混沌の翼。

 かつて遥か彼方の、星々の瞬く宇宙の果てで交錯し、決着を見たはずの二つの宿命が。時空を歪め、次元の記述を書き換え、今このキヴォトスの、箱舟の最深部という舞台において、完璧な「因縁の再現」として真正面から激突しようとしていた。

 

 

キィィィィィィィン――。

 

 

 ナイチンゲールの頭部、その中央に配されたモノアイが、禍々しい緑色の光を放って左右に激しくスキャンを走らせた。そして――その視線が、正確に、正面のセイカへと固定される。

標的の確定。

 その怪物が抹殺すべき対象は、世界を再記述するシステムそのものでもある先生ではない。自らの対存在としてここに立つ、青い翼を持つ少女――天野江セイカ、ただ一人だった。

 

 

__________

 

 

ドォォォォォォォォォンッッッ!!!!

 

 

 絶対の無音を切り裂いたのは、ナイチンゲールの背部に備えられた巨大なスラスター群が、同時に粒子を大爆発させた駆動音だった。

 その、数百トンの超重量を持つはずの巨躯が、物理法則を完全に無視した異次元の加速で、一瞬にして視界から「消えた」。

 

 

「――ッ!?」

 

 

 セイカの網膜がその動きを捉えるより早く、彼女の頭上から、ビルをも一撃で両断するほどの巨大な色彩の光の刃(大型ビーム・サーベル)が、空間の記述ごと真っ直ぐに振り下ろされた。

 

 

「シールド――展開っ!!」

 

 

 セイカは寸前、自身のフィン・ファンネル2基を頭上へと交差させ、青白い光の防壁を瞬間的に形成。

 ガギィィィィィィィィンッッッ!!! と、脳細胞を直接破壊するかのような強烈なエネルギーの衝突音が響き渡る。衝撃波だけで足元の床パネルが数十メートルにわたって完全に消滅し、セイカの身体が後方へと激しく吹き飛ばされた。

 

 

「く……あ……っ!」

 

 

 セイカは空中で姿勢を制御し、どうにか着地するが、フィン・ファンネルが展開した防壁の表面は、色彩の赤に触れただけで、まるで強酸を浴びたかのように激しく明滅し、記述バグを起こしている。

 

 

「(おかしい……。今の一撃、私の『空見の波』には、直前まで一切の前兆が流れてこなかった……!?)」

 

 

 セイカは焦燥とともに、自身のヘイローの演算出力を最大まで引き上げ、周囲の因果の波形を必死に読み解こうとした。

 通常であれば、彼女の能力は敵が動く「未来の線」を完全に看破できる。銃を撃つ、右へ動く、上へ跳ぶ――それらの未来は、常に彼女の脳内に「既知のログ」として数秒前に描かれるはずだった。

 

 しかし――ナイチンゲールがそのバインダーから一斉に放った、数十基に及ぶ「色彩のファンネル」が空中へと展開された瞬間、セイカの絶対の眼は、完全に機能不全に陥った。

 

 

シュウゥゥゥゥン……ピキピキピキッ。

 

 

 空中を縦横無尽に飛翔する、赤いファンネル群。それらが描く軌道は、幾何学的な直線のログではない。

 ファンネルが空間を飛ぶたびに、その軌道の周囲にある「1秒後の未来の記述」が、色彩のノイズによってガタガタに書き換えられ、上書きされていく。

 右から来ると思ったビームが、次の瞬間には「最初から左から撃たれていたこと」に未来ごと改変されている。上空に配置されたはずのファンネルが、因果のバグによって「最初からセイカの背後に存在していた」という事実に書き換わる。

 

 

「軌道が、存在しない……!? 未来の収束点が、一本の線にならない……! これでは、予測が……先読みが、成立しません……っ!」

 

 

ドガガガガガガガッッッ!!!

 

 

 全方位から襲い来る、予測不能、因果改変のビーム弾幕。セイカはフィン・ファンネルを必死に周囲に振り回し、防壁を展開してどうにか直撃を凌ぐが、敵の攻撃の「すべて」が初見殺しのハメ技のように彼女の予測の裏をかいて着弾する。

 防壁は削られ、彼女の青と白の衣服の端が色彩の粒子によって焦げていく。

 

 

「未来が……見えない……!?」

 

 

 初めての経験だった。

 常に世界の「次」を知っていた少女が、初めて、一寸先が完全な闇であるという、底なしの恐怖と動揺に直面していた。どれだけ演算を回しても、脳内に映し出される未来のビジョンは、テレビのエラー画面のような激しいノイズで掻き消されてしまう。

 避けることすらままならず、ただ防戦一方になるセイカ。ナイチンゲールの冷徹なモノアイが、彼女の絶望を嘲笑うかのように、さらに深く発光した。

 

 

 

__________

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……くっ、次の攻撃は……どこから……!?」

 

 

 セイカの額から冷たい汗が流れ落ち、その理知的な眼差しに、明らかな「焦り」と「乱れ」が滲み始めていた。ファンネルを制御する彼女の手が、恐怖によって微かに震えている。

 ナイチンゲールがその巨大なメガ・ビーム・ライフルを正面へと構え、空間のすべての色彩粒子を銃口へと収束させ始めた。予測ログは依然として砂嵐のまま。直撃すれば、今度こそ彼女の存在記述ごと消滅する――。

 

 その、絶望のフレームの最中。

 

 

"――焦らなくていい、セイカ!"

 

 

 背後から響いたのは、凛とした、そして驚くほどいつも通りの、温かく絶対に揺るがない「先生」の声だった。

 

 

「――っ、先生……!? ダメです、私の演算では、この次の瞬間の生存ログが――」

 

"ログがなんだって言うんだ!"

 

 

 先生は、シッテムの箱を力強く両手で掲げ、色彩のプレッシャーをその身に浴びながらも、一歩も引かずにセイカの背中へと叫んだ。

 

 

"未来が観測できないなら――"

"僕たちで、新しく未来を作ればいいだけだ!"

 

 

ドクン――。

 

 

 先生のその言葉が、セイカの耳に届いた瞬間。

 彼女の精神の最も深い領域で、あの白い世界の青年が残した最後の言葉が、完璧に、完璧にシンクロして鳴り響いた。

 

 

『守る理由を失うな。未来がどうなっているかを知るのがお前の力じゃない。……守りたいもののために、その手を動かすことこそが、本当の力のはずだ。』

 

「……あ」

 

 

 セイカの瞳から、混沌のノイズが、スーッと引いていくように一瞬で消え去った。

頭が、冷えていく。驚くほどの「平熱」が、彼女の脳内に戻ってくる。

 

 そうだ。自分は、なぜここに立っている?

 未来をただ安全に予知し、破滅を回避するためだけに戦っているのではない。

 アビドスのみんなが、ゲーム開発部のみんなが、キヴォトスのすべての生徒たちが、そして家族が繋いでくれたこのバトンを、そして目の前で自分を信じて指揮を執ってくれている「先生」を、絶対に守り抜くために、私はこの青い翼を広げたのだ。

 

 

「未来が観測できないのなら、自分で記述を作る……。――了解、先生。脳内演算の読み込みを完全停止。――これより、戦術を切り替えます」

 

 

 セイカの瞳が、再び鋭く、澄み渡るような冷徹さを取り戻した。そのヘイローが、Hi-νカラーの絶対的な輝きを放って空間を照らす。

 

 

 

__________

 

 

 

 

「フィン・ファンネル、オールレンジ配置――空間記述を『固定』します!」

 

 

 セイカの鋭い号令とともに、彼女の周囲を漂っていた6基のフィン・ファンネルが、まばゆい青白い光の尾を引いて、最深部ドームの全方位へと超高速で散開した。

 それらは、ナイチンゲールのファンネルを追いかけるのではない。

 ドームの上下左右、前後、計6つの因果の「座標点」へと完璧に静置されたのだ。

 

 

「……はあああああっ!」

 

 

 セイカが両手を大きく広げると同時に、配置された6基のファンネルの間に、青白い光のエネルギーの壁が網の目のように張り巡らされた。

 それは、ただの防御バリアではない。フィン・ファンネル同士の同期によって形成された、超高密度の因果記述格子――【物理空間・記述固定フィールド】。

 

 

ビキィィィィィィィンッッッ!!!!

 

 

 空間全体が、強固な立方体の結晶に閉じ込められたかのように、完全にロックされた。

 ナイチンゲールの放った色彩のファンネル群が、どんなに未来の軌道を書き換えようとも、その「書き換えるための空間の土台」そのものが、セイカのフィン・ファンネルによって力ずくで物理的に固定され、因果の逃げ道を失ったのだ。

 空中を不規則にブレていた赤いファンネルたちの動きが、ピシリ、と凍りついたようにその場に停止する。

 

 

「――捉えました」

 

 

 セイカは愛銃をナイチンゲールの本体へと真っ直ぐに向け、トリガーを引き絞った。

 

 

ズガァァァァァァァンッッッ!!!!

 

 

 青白い高出力の光線が、動きを止められたナイチンゲールの右側の巨大バインダーへと直撃。侵食されていた装甲が激しく爆散し、数基の赤いファンネルが巻き添えを食らって粉砕された。

 

 

「ギ、ガ、ガガガガガガッッッ!!!!」

 

 

 生命のいないはずのナイチンゲールが、初めて、その機体全体を激しく震わせ、怒狂したかのような金属の咆哮を上げた。

 モノアイが真っ赤に激発し、構えていたメガ・ビーム・ライフルから、空間のすべてを文字通り消滅させるほどの、極大の色彩の赤き奔流が解き放たれる。

 

 

"させない! セイカ、最大出力で受け止めて!"

「ええ――いきます、先生!!」

 

 

 先生の放つシッテムの箱の全記述バフが、セイカの背中の翼へとダイレクトに流れ込む。

 6基のフィン・ファンネルが再び彼女の正面へと集結し、これまでで最も巨大で、最も美しい、青白き星の防壁を展開した。

 

 

ズズズズズズズガァァァァァァァァァンッッッ!!!!

 

 

 最深部ドームのすべてを真っ二つに引き裂くような、禍々しい赤い色彩の奔流と、それを真正面から受け止める、どこまでも気高く澄んだ青と白の翼の激突。

 2つのエネルギーが衝突する中心点では、空間の記述が物理的に結晶化しては砕け散るという、次元の創造と崩壊がミリ秒単位で繰り返されていた。

 

 世界の破滅を望む赤い影。そして、みんなの日常と未来を創り出すために、今ここで初めて自分の未来を踏み出した少女と、その手を引く先生。

 

 箱舟の最深部、すべての因縁が収束する深淵において、世界の命運を賭けた、二つの翼の最終決戦が、今完全にその幕を開けるのだった。

 

 




人間サイズのナイチンゲール(色彩コーティング)が出現しました。


おばか!!!!!!!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。