未来を統べる翼と、優しいメイドの家   作:天野江

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流星の終焉

 

 真空の宇宙空間においては、音も、風も、熱の伝破すらも日常のそれとはまったく異なる姿をとる。

 だが、双方の機体が発する凄まじい質量と因果の干渉は、空間そのものを酷く歪ませ、目に見えない不吉な振動となってセイカの全身を激しく打ち据えていた。

 

 ナイチンゲールが、全方位からの光の奔流――過酷な極大照射を、その圧倒的な自律補元能力と怪力によって強行突破した。

 

 距離、わずか五十メートル。

 

 巨大な人工要塞「アトラ・ハシースの箱舟」の破壊された金属外壁から遠く離れたこの無重力空間において、五十メートルという距離は、互いの攻撃が着弾するまでに零点一秒すら要しない完全な「必殺の接敵域」を意味する。

 

 

キィィィィィィン――!

 

 

 ナイチンゲールの頭部中央に配された禍々しい深緑のモノアイが、死を宣告するように激しく明滅した。

 怪物の左右に展開された異形の巨大アーム。その先端から、ドロドロとした粘着質の「赤き色彩」を纏う二本の極大実体ビーム・サーベルが滑らかに伸長される。その光刃の長さだけでも十数メートルを超え、並の装甲車輌や迎撃施設であれば、ひと振りの撫で切りで容易に蒸発・切断せしめるほどの不条理な熱量を秘めていた。

 

 

「ギ、ガァァァァァッッ!!」

 

 

 真空ゆえに声帯の咆哮は届かない。だが、脳髄へ直接直接叩き込まれるような因果の摩擦音が、バイザー越しにセイカの思考スレッドを揺さぶる。

 

 死角なし。

 ナイチンゲールはその重質量な体躯に似合わぬ凶悪な反射速度を見せ、左右の巨大な赤き大剣を胸前で一転させると、ハサミのように交差させてセイカの首元と胴体を同時に両断せんと振り下ろした。

 

 迫る赤き死の刃。

 セイカの視界には、未来の不吉な交差点が幾重もの赤き着弾予測線としてオーバーラップする。避けるスペースはない。引き剥がす時間もない。

 

 だが――セイカの表情は、どこまでも平熱のままだった。

 

 

「――迎撃」

 

 

 短く吐き捨てられた言葉。

 

 

ガシィィィィンッッッ!!!

 

 

 空間を激しく揺るがす、重厚な金属打撃とエネルギー干渉の衝撃波。

 セイカが背負う『メテオストライカー』の左右に設置された補助アームユニットが、主人の思考と同調してミリ秒単位で高速駆動。バックパック下部のハードポイントから、二本の高出力ビーム・ソードが流れるようなモーションで自動展開されたのだ!

 

 セイカ自身の両手は、胸前で合体した主砲『メテオバスターライフル』を保持したまま。

 その背後から生えた二本の補助アームが、セイカの意思を先回りするように完璧な角度で交差ガードを展開。ナイチンゲールの振り下ろした二本の巨大な赤き刃を、まさに寸分の狂いもなく真正面から受け止めた。

 

 

「くっ……!」

 

 

 衝撃波が、セイカを激しく揺さぶる。

 無重力空間において、相手の巨体から放たれた力任せの打撃は、質量差に比例した凄まじい力学的負荷となってセイカの全身へ伸しかかる。

 メテオストライカーのスラスターが逆噴射を試みるが、ナイチンゲールの不条理な怪力に押され、セイカの体躯はそのまま数十メートルほど宇宙の闇へと押し戻された。

 

 赤と青、そしてエメラルドグリーンの光粒子。

 両機の交差する剣線から、激しい火花とエネルギーの残滓が撒き散らされ、周囲の暗黒へ天の川のように拡散していく。

 

 近接戦闘。

 それは、機体性能だけでなく、搭乗者の精神力と因果の耐久力そのものを削り合う超至近距離の死闘であった。

 

 

「……出力拮抗。ですが、質量差においてこちらが圧倒的に不利です」

 

 

 セイカはバイザーの左下に点滅するエネルギー推移ログを冷静にスキャンする。

 補助アームのビーム・ソードはルミナス・コアからの直接給電によって出力自体は相手の大剣と同等に保たれている。しかし、ナイチンゲールという怪物の物理的質量はソラノミの小型艇にすら匹敵する。このまま力比べを続ければ、セイカの姿勢制御が先に限界を迎えるのは明白だった。

 

 

「ギ、ガ、ガガガッ!」

 

 

 ナイチンゲールは一瞬の隙も見逃さない。

 セイカの補助アームが二本の大剣を受け止めているその体勢のまま、怪物は巨大な右バインダーを叩きつけるように横合いから振り回した。

 質量と補修用の色彩が凝縮された、文字通りの「鉄槌」による横腹への打撃。

 

 

「――旋回退避!」

 

 

 セイカは即座に右スラスターを単波長爆発させ、軸をずらしての回避シークエンスを起動した。

 しかし、ナイチンゲールの巨躯から噴き出していた粘着質の「赤き泥」が、蛇のように死角から伸び、メテオストライカーの左補助アームユニットへ強固に絡みついた。

 

 離脱のテンポが、ほんのコンマ二秒だけ遅れる。

 

 直後――バインダーの圧倒的な直接打撃が、絡み取られた左アームを真横から破砕した。

 

 

バシィィィィィンッッ!!

 

 

 爆ぜる火花、引きちぎられる装甲フレーム、そして飛散する冷却液と金属の微粒子。

 メテオストライカーの左側ビーム・ソードアームが、根元から強引に引きちぎられ、不気味な赤き泥に染まりながら宇宙の暗黒へ虚しく漂い去っていく。

 

 

ピ・ピ・ピ・ピ――!

 

 バイザーに激しく点滅する警告アラート。

 

【警告:左補助アームユニット全破砕/メテオストライカー出力15%低下】

【メインフレーム構造歪み検知:許容値内】

 

 ソラノミの通信回線から、レナやユウカの短い悲鳴が漏れた。

 だが、当事者であるセイカの思考は、ミリ秒の停滞すら見せなかった。

 

 

「――左アームパージ。損傷部回路をミリ秒遮断。右スラスター最大。即座に戦闘を継続します」

 

 

 セイカは思考のコマンドだけで、破壊された左アームの接続ラッチを即座に爆破パージ。

 エネルギーの漏洩と回路のショートを未然に防ぎ、体勢を崩すことなく、残された右補助アームのビーム・ソードと合体メテオバスターライフルを交差させるようにしてナイチンゲールへ反撃を叩き込んだ。

 

 

シュヴァァァァッ!

 

 

 右補助アームの青白い刃が、ナイチンゲールの左胸の装甲を深く切り裂く。

 そこから溢れ出るのは機械の内部機構ではなく、やはりドロドロとした不気味な色彩の血液であったが、セイカの一撃は確実に怪物のコアに近い領域を削り取っていた。

 

 旋回、交錯、そして連撃。

 

 左腕を失い、出力が低下したにもかかわらず、セイカとメテオストライカーの連携は一切の精度を落とさない。

 背後から放出される緑色のルミナス粒子が空間に幻想的な光の尾を描き、190cmの青白き流星は怪物と互角以上に渡り合いながら、宇宙の暗黒に幾重もの光の斬撃を刻み込んでいった。

 

 

 

__________

 

 

 

 

 激しさを増す超近接戦。

 セイカの放つ一撃一撃は、単なる物理的・熱的な破壊にとどまらず、ルミナス・コアが生成する「安定した因果記述」を帯びていた。

 そのため、どれほどナイチンゲールが「色彩の泥」を用いて自律修復を試みようとも、斬り裂かれた傷口の修復速度は確実に遅くなり、怪物の全身に蓄積する損傷のログはミリ秒単位で増大していった。

 

 

「ギ……ガァァァァァァァッッ!!」

 

 

 ついに、怪物が焦燥と憎悪に満ちた激越な不快振動を上げた。

 自身の修復が追いつかないことを察知したナイチンゲールは、力づくでセイカを押し払うと、巨大な背部スラスターを一斉に吐き出させて後方へ大きく離脱。

 

 距離、約八百メートル。

 

 体制を立て直す間すら与えないと言わんばかりに、ナイチンゲールは残存する三十基以上の色彩ファンネルを全方位へと解き放ち、さらに全身の各所に配置された無数のビーム砲門を同時に過給させた。

 

 赤。赤。赤。

 

 大気圏外の漆黒の宇宙が、怪物の放つ血のような不気味な赤色によって埋め尽くされていく。

 全方位から迫る色彩ファンネルの群れと、ナイチンゲールの全身から放たれようとしている極大ビーム照射の予兆。

 逃げ場など存在しない、全天を覆う絶望の弾幕網。

 

 しかし、セイカのバイザー越しに見える瞳は、氷のように冷たく、そして静かに澄み渡っていた。

 

 

「――ここが、潮目です」

 

 

 セイカの思考演算が、ナイチンゲール全身のエネルギー回路の過給パターン、および不条理因果の臨界点を完璧に捉えた。

 全方位からの絶望的な弾幕。それは一見すれば完璧な死の網に見えるが、すべての火力を一斉に開放するその一瞬こそが、相手の防御障壁が最も手薄になる唯一の隙であった。

 

 

「ケイ、ルミナス・コアのリミッターを解除しなさい」

 

 

 セイカが思考リンクを通じて命令を発する。

 

 

『了解しました、お父さん! ルミナス・コア、全出力解放シークエンス移行! 出力閾値、安全限界点を突破!』

 

 

 ソラノミのメインフレームを通じて、ケイの無機質ながらも深い情熱を孕んだ声がセイカの脳内へと直接響く。

 

 

ゴウゥゥゥゥゥゥッ!!

 

 

 セイカの背中に固定された『メテオストライカー』の内部で、永久機関ルミナス・コアがかつてないほどの激しい高周波音を奏で始めた。

 バックパック中央の過給回路が爆発的な発光を見せ、そこから噴き出す緑色のルミナス粒子は、もはや尾を引くレベルを超え、宇宙空間に直交する巨大な「エメラルドグリーンの光の銀河」そのものを形成していく。

 

 

「メテオストライカー……固定砲台形態へ移行」

 

 

 セイカは両手に保持していた合体メテオバスターライフルを、メテオストライカーのメインフレーム中央へと力強くドッキング再固定。

 同時に、背後に展開されていた12基のフィン・ファンネルが、セイカの体躯を中心に幾重もの綺麗な同心円を描き、全方位へ向けて砲口を固定した。

 

 全エネルギーの開放。

 少女の背中に背負われた兵装が、宇宙の闇を照らし出す絶対の光の柱へと変貌する。

 

 

「全砲門、過給……ルミナス・コア、最大出力……」

 

 

 セイカの指が、メテオストライカーのすべての火力を一括統括する物理トリガーへと、迷いなくかけられた。

 

 

「――フルバースト!!!」

 

 

ドッガァァァァァァァァァァァァァンッッッ!!!!!!

 

 

 真空の宇宙が、完全なる純白とエメラルドグリーンの圧倒的な光の濁流によって塗りつぶされた。

 

 メテオバスターライフルからの極大収束照射。

 同心円状に展開された12基のフィン・ファンネルからの連続高出力ビーム。

 さらにはメテオストライカーの各所に内蔵された高エネルギー収束火線砲、マイクロミサイルコンテナの一斉連射。

 

 全方位へ向けて360度無限放射された光の津波。

 それは、ナイチンゲールが解き放った全方位の色彩ファンネル群、そして怪物の全身から放たれた極大の朱色ビームを、完璧な圧倒をもって真正面から「飲み込み、雲散霧消」させていった。

 

 

シュヴァヴァヴァヴァッ!

ドカン! ドカン! ドカンッ!

 

 

 宇宙空間の各地で連鎖する、色彩ファンネルの全滅の破裂光。

 迫り来ていた赤い泥の不条理弾幕は、セイカが放った緑と青の絶対の光の前に、何一つ届くことなくことごとく焼き尽くされていく。

 

 そして、その光の津波の真ん中を貫くように――。

 合体させたメテオバスターライフルから放たれた一本の極太な光の槍が、八百メートル先のナイチンゲールの巨躯を真正面から捉えた。

 

 

「ギ、ガアアアアアアアアアアアアッッッ!??!?」

 

 

 今度こそ、言い逃れようのない完全なる直撃。

 

 ナイチンゲールの巨大な右バインダーが根元から激しく爆砕して宇宙へ吹き飛び、胸部装甲が溶けてドロドロの色彩の塊となって撒き散らされる。

 重質量を誇る怪物はこの戦闘で初めて、数百メートル以上も後方へと激しく吹き飛ばされ、漆黒の虚空で完全に体制を崩して沈黙した。

 

 勝った、と誰もが確信するほどの圧倒的な戦果。

 セイカがかつて自らの手で生み出し、今日まで戦い抜いてきた「歴戦の切り札」――メテオストライカーは、世界の破滅を企む怪物すらも正面から押し返す、絶対の英雄の力を確かに見せつけたのだ。

 

 

 

__________

 

 

 

 

 しかし――。

 

 キヴォトスの理すらも食い荒らし、世界を無へと還そうとする「色彩」の不条理は、決して人間の優秀な作戦や、どれほど圧倒的な火力をもってしても、容易に討ち滅ぼせるものではなかった。

 

 ハァ……ハァ……と、真空の大地なき宇宙に、不快な因果の不調和音が響き渡る。

 

 数百メートル後方で大きく体制を崩し、右バインダーと胸部装甲の大部分を喪失したナイチンゲール。

 その凄惨な破砕面から、今までとは比べものにならないほどの莫大な量の「粘着質な赤き泥」が、まるで傷口から噴き出す負傷した怪獣の血液のように濁流となって溢れ出していた。

 

 

キィィィィィィン……。

 

 

 ナイチンゲールの単眼が、不気味に、そして冷酷に明滅を繰り返す。

 

 怪物は倒れていなかった。

 それどころか――セイカが先ほど放った渾身の「フルバースト」のエネルギー波形データ、ルミナス・コアの固有振動数、そしてメテオストライカーの因果記述パターンを、その赤き泥の内部へミリ秒単位で「取り込み、解析」していたのだ。

 

 

『き……緊急警告! 敵機体における因果変容・解析ログを検知!』

 

 

 ソラノミのブリッジから、ケイの焦燥に満ちた叫びがノイズ混じりに通信スレッドへ叩き込まれる。

 

 

『敵機……お父さんの「ルミナス粒子」および「メテオストライカーの全出力パターン」に対する……適応・無効化アルゴリズムを構築中! ……解析率、70%……85%……完了されてしまいましたっ!!』

 

「なに……!?」

 

 

 セイカの目が見開かれる。

 

 ナイチンゲールの全身から噴き出していた赤き泥が、どろりとその色彩を変えた。

 それはただの赤い泥ではない。セイカのルミナス・コアが放つ「存在固定の粒子」を相殺し、打ち消すために最適化された、不快な紫黒色の反性質を帯びた波長。

 

 ナイチンゲールは残された左バインダーと、全身の凄惨な傷口から溢れ出る泥を、自身の胸部中央の破壊されたメガ粒子砲跡へと一気に集中させた。

 全エネルギーの逆流過給。

 それは、先ほどセイカが放ったフルバーストの波長を完全に上書きし、無効化するためだけに構築された、死の侵食反撃であった。

 

 

シュゥゥゥゥゥゥ……!

 

 

 ナイチンゲールの胸前に生成されたのは、周囲の光すらも吸い込むような、漆黒混じりの不気味な「赤黒い特異点」。

 

 

「――まずい……! 全機迎撃! ファンネル、多層展開!」

 

 

 セイカは即座に思考スレッドを過負荷させ、12基のフィン・ファンネルを正面の狭い領域へ集中。幾重もの高出力ビームシールドを重ね合わせた。

 メテオバスターライフルも限界まで過給し、最大出力の防御照射態勢に入る。

 

 だが、ナイチンゲールが放った反撃は、あまりにも凶悪で、あまりにも不条理だった。

 

 

ズガァァァァァァァァァァンッッッ!!!!!

 

 

 放たれた赤黒い漆黒の極大光線。

 それは、セイカが展開した12基のファンネルによる多層シールドへ着弾した瞬間――シールドの物理的・熱的エネルギーを破壊するのではなく、「ルミナス粒子のエネルギー構造そのものを干渉・分解」して、完全に無力化しながら突破してきたのだ!

 

 

パリィィィィィンッ! パリィィィンッ!

 

 

 ガラスが粉々に割れ砕けるような不快な音が、通信回線を通じて響く。

 ファンネルが形成していた絶対防御の多層シールドが、何の抵抗もできずに次々と不気味に雲散霧消していく。

 

 

「――くっ……!?」

 

 

 セイカは即座にメテオストライカーのメインスラスターを全開にし、慣性移動による緊急回避行動をとろうとした。

 しかし、色彩の解析によって最適化された極大光線は、周囲の空間そのものを不条理に歪めながら、逃げ場のない広範囲でセイカの体を、そして彼女が背負うメテオストライカーの全存在を呑み込んでいった。

 

 

 

__________

 

 

 

 

ドッガァァァァァァァァンッッッ!!!!!

 

 

 直撃。

 

 大気のない超高高度の宇宙空間で、セイカの全身を、そして背中のメテオストライカーを、凄絶な熱量と因果改変の衝撃が襲った。

 

 

「ぐぅっ……! アぁぁぁぁぁっ!?」

 

 

 セイカの口から、抑えきれない苦悶の悲鳴が漏れ出る。

 

 

ドカン! バシバシバシッ!

 

 

 セイカの体躯を守るように、背中に装着された『メテオストライカー』が身代わりとなって直撃のエネルギーと色彩の侵食をその全身で受け止め、削れていく。

 しかし、ルミナス・コアを保護していた強固な装甲フレームが、赤黒い色彩の侵食によって次々と溶解し、破砕されていく。

 

 

ガシャーンッ!

 

 

 セイカが両手で保持していた渾身の主砲――メテオバスターライフルが、内部エネルギーの激しい逆流に耐え切れず、砲身の中央から粉々に砕け散り、激しい爆発とともに宇宙の露と消えた。

 左右のメインスラスターノズルが次々と火花を散らして沈黙。

 側面のミサイルコンテナが内部誘爆を起こし、高エネルギー収束砲の回路が真っ赤に焼き切れていく。

 

 そして――。

 

 

バチチチチチッ……!

 

 

 メテオストライカーの心臓部であり、絶対の熱源であった『ルミナス・コア』から、激しい不快な異常放電が散った。

 無尽蔵の輝きを放っていたエメラルドグリーンの光粒子が、急速にその輝きを失い、弱々しい滅びの明滅へと変わっていく。

 

 

『――ルミナス・コア、限界点を突破! 制御フレーム消失!』

『――各スラスター、完全機能停止! メテオストライカー……大破!!』

 

 

 バイザーの奥で機械的に響く、冷酷なシステム音声。

 

 かつてセイカが自らの手で設計し、幾多の死闘を潜り抜けてきた傑作。

 今日も一度は世界の破滅を企む怪物を力ずくで押し返してみせた、絶対の英雄の装備。

 セイカの命を守り、彼女の翼となって戦い続けた歴戦の切り札が、色彩の凶悪な適応力の前に、ついにそのすべての機能を停止させようとしていた。

 

 

__________

 

 

 

 同時刻――万能戦艦「ソラノミ」ブリッジ。

 

 緊迫という言葉すら生ぬるい、絶対的な絶望と静寂が空間を完全に支配していた。

 メインモニターには、大気圏外で繰り広げられる激戦のホログラムリアルタイム映像が映し出されている。

 セイカの背負うメテオストライカーのワイヤフレームグラフィックが、一瞬にして赤く激しく点滅し、パーツの各所が「OFFLINE」「DESTROYED」へと次々に切り替わっていく様が、残酷なほど鮮明に表示されていた。

 

 

「そんな……っ!?」

 

 

 アユムが、椅子から身を乗り出すようにして叫ぶ。

 

 

「メテオストライカーのエネルギー反応、急低下! ルミナス・コアの出力、10%以下まで暴落しています! これじゃあ……もう機体を保持することすら……!」

 

 

 セイアもまた、青ざめた顔でキーボードを激しく叩いた。

 

 

「セイカ。空見観測研究部で戦闘ログを照合した。敵は、メテオストライカーのエネルギー波形へ完全適応している。防御障壁の有効率は、すでに限界を下回った。このまま戦闘を継続すれば……侵食は装備では止まらない。やがて色彩は、君自身へ到達する。……その未来を、私は望まないよ」

 

 

 ブリッジの傍らに立つケイのホログラム体が、激しい電子ノイズに揺れた。

 彼女の瞳には、かつてないほどの激しい葛藤と、溢れんばかりの感情の渦が宿っていた。

 

 

「……メテオストライカー……損傷率急上昇!」

 

「各システム停止……! お父さんを……お父さんを護るためのフレームが……っ!」

 

 

 ケイの声が震える。

 自らも再調整に関わり、セイカの命を守るためにソラノミから送り出した最高傑作が、眼前で破壊されていく現実。

 

 ブリッジに詰めるオペレーターたち全員に、冷たい緊張と絶望が走る瞬間。

 

 だが――。

 

 その中心で、ソラノミの戦術指揮を執るアカネだけは、取り乱さなかった。

 

 アカネは、静かにメインモニターを見つめていた。

 彼女の手は、胸元で固く握りしめられている。その指先には、セイカとおそろいの左手薬指の指輪が、鈍く、けれど確かに光を反射していた。

 

 動揺も、叫びも、涙もない。

 ただ、どこまでも澄み切った、深く、重く、そしてどこまでも温かい愛を宿した瞳で。

 

 アカネは画面の中で、身を挺してセイカを守り抜き、ボロボロになって役目を終えようとしている「歴戦の相棒」を見つめ――。

 

 静かに、優しく、慈しむように呟いた。

 

 

「……ここまで持たせてくれて、ありがとう。」

 

 

 その一言には、責めも無念もなかった。

 ただ、セイカの命を今日まで繋ぎ止め、この土壇場で彼女を守り抜き、一度は不条理な怪物を押し返してみせた最高傑作への、心からの感謝とリスペクトだけが込められていた。

 

 歴戦の切り札・メテオストライカーは。

 最後の一瞬まで、その役目を完璧に全うしたのだ。

 

 

 

__________

 

 

 

 

 真空の闇。

 

 静熱な呼吸。

 セイカは、自身の背中に伝わるメテオストライカーの「鼓動」が、静かに、けれど明確に途絶えていくのを感じていた。

 

 激しい爆発の衝撃は去った。

 背中のユニットは、もはや装甲の半分以上を失い、黒く焼け焦げ、ルミナス・コアの輝きも完全に途絶えている。

 だが、このユニットがその身を削って直撃のエネルギーと色彩の侵食を和らげてくれたおかげで、セイカ自身の身体には、決定的な致命傷は及んでいなかった。

 

 文字通り、身代わりとなって主を守り抜いたのだ。

 

 

「……」

 

 

 セイカは思考を巡らせ、背部ラッチの緊急解除シークエンスを選択した。

 

 カチリ。

 

 重厚で、どこか切ない金属離脱音。

 

 セイカの背中から、大破したメテオストライカーが静かに切り離された。

 

 重力のない宇宙空間。

 切り離された巨大なバックパックユニットは、セイカの背後からゆっくりと離れ、暗黒の虚空へと漂い始めていく。

 

 壊れたスラスターのノズルから、残存していた微量な緑色のルミナス粒子が、パラパラと儚い光の粉となって散っていく。

 それはまるで、天の川の残滓のように美しく、そして切ない光の尾だった。

 

 セイカは無重力の中でゆっくりと身体を反転させ、漂い去っていくメテオストライカーを一瞬だけ見つめた。

 

 自らの手で設計し、幾多の困難を共に乗り越えてきた相棒。

 自分の我が儘な戦いに最後まで付き合い、最後の最後に自分の命を護ってくれた、世界で最高の兵装。

 

 セイカは、胸の前で静かに一度だけ頭を下げた。

 

 平熱で、けれどどこまでも深い愛着を込めて。

 

 

「……お疲れ様でした。」

 

 

 緑の光粒子を散らしながら、メテオストライカーは宇宙の深淵へと静かに消えていった。

 喪失感。だが、そこに悲壮感はなかった。

 切り札はバトンを渡し、役割を終えたのだ。

 

 

 

 セイカが再び正面へ向き直る。

 

 残された装備は、すでに満身創痍の自身と――。

 彼女の背後に静かに浮遊する、12基のフィン・ファンネルのみ。

 

 メテオストライカーという巨大な翼を失ったセイカの姿は宇宙の暗黒の中においてどこか華奢で、頼りなくすら見えた。

 

 正面では、メテオストライカーを破壊したナイチンゲールが、傷ついた巨躯を躍動させながら、勝利を確信したように不気味な赤きオーラを爆発させている。

 右バインダーを失いながらも、その不条理な存在感は依然として圧倒的だった。

 

 だが。

 

 セイカの心は、不思議なほどに静もり返っていた。

 

 彼女は細い指先を伸ばし、自身の左耳に光る白い三日月のイヤリングへ、そっと触れた。

 

 冷たい金属の感触。

 それは、アカネが自分のために選んでくれ、優しく耳元につけてくれた大切な宝物。

 指触りとともに、記憶の底からアカネの蜂蜜のように甘く、けれど決して揺らぐことのない声が蘇ってくる。

 

 

『……必ず帰ってきてくださいね。私のもとへ。……あなたの大好きな温かいお茶を用意して、抱きしめる準備をして待っておりますから』

 

 

 脳裏に浮かぶのは、ソラノミで待つアカネの微笑み。

 娘のケイの健気な姿。

 空見観測研究部の仲間たちとの温かな日常。

 

 セイカはゆっくりと、息を吐き出した。

 

 白い吐息が消えていくとともに、彼女の瞳に宿っていた「平熱」の光が、世界中のどんな星よりも強く、気高く、美しく澄み渡る。

 

 

「……はい。」

 

 

 アカネへの、心の中での静かな返答。

 

 そしてセイカは12基のフィン・ファンネルを主人の絶対的な意志のもと、背後に美しく凛とした青白き光の翼として展開させた。

 

 逃げ場のない宇宙。

 背負うものはなくなった。だからこそ、もう迷うものもない。

 

 セイカは真っ直ぐに、世界を滅ぼさんとする赤き怪物を見据えた。

 

 

「――ここからです。」

 

 

 星なき深淵の宇宙で、青白き光が覚醒する。

 

 歴戦の切り札からバトンを受け取った一人の少女の、本当の「最終決戦」が、今ここに幕を開けた。

 

 

 

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