豪華客船「ゴールデンフリース号」の最深部──冷たく重々しい湿気が立ち込める地下牢獄エリア。
分厚い特殊強化鋼鉄の鉄格子によって外界から遮断された狭い牢屋の中で、身動きを封じられたC&Cの面々と先生。その窮状を目の前にして、牢屋の外で一人勝利の余韻に浸りながら無邪気なまでの狂喜を爆発させている少女がいた。
「ひゃっはー! 見てくださいよぉ、この素晴らしすぎる光景! ミレニアムが誇る最強の特殊工作部隊『C&C』の皆さんが、私の機転を利かせた通報一つで揃って檻の中! 傑作です、まさに最高のご褒美ですよぉ!」
白兎こと黒崎コユキは、金属の重々しい床を踏み鳴らしながらぴょんぴょんと跳ね回り、バニースーツのウサギ耳を激しく左右に揺らしながら小躍りを続けていた。彼女は鉄格子越しに、疲れと脱力感を隠せない先生に向かって、これ見よがしに「べーっ」とピンク色の舌を突き出してみせる。
「先生も先生です! そんな頭の固い怖い先輩たちの味方なんてしないで、この私の天賦の才能と圧倒的な幸運を最初から称えたらどうなんですかぁ? 今日の私は乗りに乗っています! 運命も、確率も、カジノのセキュリティもすべて私の手のひらの上! 今日の私は、世界で一番──」
「あはは! 見つけたよ、みんなー!」
まさにコユキが自画自賛の言葉を絶頂の勢いで紡ぎ出そうとした、その最中であった。
薄暗く冷気が漂う地下廊下の奥から、あまりにも場違いで、あまりにも太陽のように明るく弾けた声が響き渡った。
コユキが「ふぇ?」と間の抜けた声を上げて振り向いたのとほぼ同時に、暗がりから姿を現したのは一之瀬アスナだった。
彼女はバニースーツを眩しく着こなし、その黄金色の髪をなびかせながら、手にした一枚のカード状の紙片をまるで団扇のように無造作にパタパタと仰ぎながら歩いてくる。その紙片は、船内のあらゆる照明を反射して怪しくも神々しい輝きを放つ、常識外の「Sランクチケット」であった。
そして──何より異常だったのは、アスナの後ろからついてくる「お供」たちの姿だった。
先ほどまでネルたちを冷酷に追い詰め、重圧的な威圧感を放っていたこの船の警備隊長を筆頭に、全身を重厚な最新鋭防弾アーマーで固めた数十名ものバニーガードたちが、アスナの歩幅に合わせて完璧な静寂と敬意を保ちながら、まるで王の御幸に従う従者のように「行列」を作って行進していたのだ。さらには、彼女が一歩進むごとに、警備兵たちが一斉にその場に跪き、恭しく頭を垂れていく。
「……あ? アスナ……? お前、何やってんだ……?」
牢屋の中で両手首に重々しい金属の枷をはめられたまま、ネルが呆然と口を開いた。普段の荒々しい威圧感は完全に消え去り、目の前で展開されるシュールかつ理不尽な光景に思考が追いついていない。
「……アスナ先輩。……手元に、カジノ側のデータベース上にも本来存在しないはずの『S』ランクチケットを確認。……相変わらず、計算や論理を嘲笑うかのような理不尽なまでの逆転劇です」
トキが淡々と呟くと同時に、警備隊長が静かな足取りで牢屋の前へと進み出た。
彼は先ほどまでの高圧的な態度を一切捨て去り、震える手で腰の鍵束を取り出すと、牢屋の強固な電子ロックと二重の金属鍵を、恐縮しきった様子で恭しく開け放った。
「あのねあのね、先生! 部長! 上でスロットを適当にガチャンガチャンって遊んでたらね、筐体の奥から『S』って書いてあるすっごくキラキラした紙がポロリと出てきたの! そしたら、この強そうな人たちが飛んできて、『お客様こそが、このゴールデンフリース号の真の主であり、絶対なる覇者です!』って叫んで、急にみんなで拝み始めてねー!」
アスナはニコニコとした満面の笑みを浮かべると、牢屋から足を踏み出した先生の身体にダイブするように抱きついた。その豊満な胸の柔らかさと彼女特有の甘い香りが先生を包み込む。
警備隊長は額から滝のように吹き出す冷や汗を慌ただしく手袋で拭いながら、未だ状況が理解できずに口をぐうの音も出せずに開けているコユキへ、射殺しかねないほど冷酷な眼差しを向けた。
「……説明いたします。当船における『Sランクチケット』の保持者が下すあらゆる要求および意思表示は、オーナーを含む全最高幹部の決定を上回る『絶対王命』として扱われます。……したがって、この者(コユキ)からの通報および不審者情報の提供は、一切の法的効力を失い、完全に無効となります。VIPのお客様方に対し、大変な非礼とご無礼を働きましたこと、深くお詫び申し上げます。ただちに皆様を釈放し、最高級の謝罪と補償をお約束いたします」
「は、はぁぁぁ!? な、何言ってるんですかぁ!? おかしいでしょ!? 私、この船の正当なVIPで、公的債券をドッサリ持ち込んだ大上客なんですよぉ! なんでそのバカっぽいウサギ先輩の一言で私の通報が無効になっちゃうんですかぁ! 権利の侵害です! 職務怠慢ですぅ!」
事態の急転直下にパニックを起こしたコユキが、キーキーと金切り声を上げて警備隊長に詰め寄ろうとした。
「……黙りなさい、不届きなウサギさん」
その瞬間、冷気を含んだ低く透き通る声が、地下廊下の空間をピキピキと凍りつかせた。
牢屋の影から優雅な足取りで一歩を踏み出してきた室笠アカネの眼差しには、先ほどまでの悔しさは一切なく、ただ獲物を追い詰めた猛獣のような恐ろしいまでの「絶対の殺意」が宿っていた。
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解放された牢屋の闇から、まるで夜の静寂そのものを纏うかのように優雅な足取りで一歩を踏み出してきた室笠アカネ。純白のバニースーツに身を包んだその姿は完璧な気品に満ちあふれていたが、その瞳の奥には一切の光が存在せず、絶対零度よりも冷たく惨劇を予感させる凄絶な「お掃除」の意思が渦巻いていた。
──キィン……キィン……。
澄んだ機械的な駆動音と共に、アカネの周囲の空間が不自然に歪む。
光学迷彩の透過を完全に解除したフィンファンネルが、今度は手加減も威嚇もない、完全にターゲットを灰燼に帰すための「処刑モード」の冷徹で凄惨な輝きを放ちながら、彼女の背後にずらりと一斉展開された。
「……っ!? ひえッ……!? ア、アカネ先輩……!? な、なんでそんなにファンネルがギラギラ光ってるんですかぁ……!?」
先ほどまで勝ち誇り、煽り立てていたコユキの顔から一瞬で血の気が引き、土気色へと変わっていく。ファンネルから発せられる高密度のエネルギー干渉により、コユキのバニー耳の先が怯えでピクピクと激しく震え出した。
「……セイカさん。聞こえますか?」
アカネは白磁のように美しい指先で、耳元に光る超小型の暗号化インカムへ優雅に触れた。
『……ええ、聞こえています、アカネ。……システムログを確認しました。……一之瀬アスナの『演算外の奇跡』により、船内のパワーバランスおよび法廷権限が完全にこちらへ書き換わったことを捕捉しました。……事態は180度、完全に好転しましたね』
通信機から響くのは、遥か上空、大気圏外の宇宙戦艦ソラノミのメインシートから届けられる室笠セイカの静謐な声であった。
先ほどまでの混信と動揺は影を潜め、その声には本来の冷静さと、愛するパートナーが無事に解放されたことへの安堵、そして僅かな呆れが混ざり合っていた。
『……理解不能な幸運パラメータについては、もはや私の観測および演算対象から永久に除外処理としました。……アカネ、あなたのバイタルデータおよび心拍数が完全に安定領域へと戻ったことを確認しました。……さあ、迅速に任務を完遂し、私の元へ帰ってきてください。……今夜は、あなたが以前美味しいと言っていた特製ハーブティーを新しく淹れて待っています』
「ふふ……ありがとうございます、セイカさん。……ええ、すぐにお掃除を終わらせて、あなたの待つお家へ帰らせていただきますね。……愛していますよ、セイカさん」
『……ええ、私もです、アカネ。……健闘を』
アカネは左手薬指に輝く指輪へと愛おしそうに唇を寄せると、愛するパートナーとの通信を静かに切断した。
そして次の瞬間──ゆっくりと振り返ったアカネの微笑みは、地獄の底から響くような絶対的な威圧感となってコユキの全身を突き刺した。
「さあ……白兎さん。……『Sランクチケット』の超法規的権限により、あなたの『逃げ場』および『支援者』はゴールデンフリース号の全デッキにおいて完全に消滅いたしました。この船の警備員も、防犯システムも、あなたを護る盾にはなり得ません」
アカネの指先がすっと前に突き出されると同時に、数基のフィンファンネルが音もなく超高速で散開。逃げ出そうと後ずさりしていたコユキの周囲360度をミリ単位で完璧に包囲し、青と白の光の檻で彼女の退路を完全に塞ぎ込んだ。
「ひゃあああ!? 囲まれた! また囲まれましたよぉぉ! ちょっと待ってください! 話し合いましょう! 私はただ、ミレニアムの予算をちょっとだけスロットのコインに変えて遊んでいただけですー! 許してくださいー!」
「誰が許すかよ、このクソウサギがぁ!!」
ガキン! と手首の金属枷を力任せに打ち砕いて解除したネルが、スカジャンの腕を捲り上げながら凶悪な笑みを浮かべて前へ歩み出た。
「おいコユキ。お前がミレニアムの公的債券をドブに捨ててくれたおかげで、どんだけの手間がかかったと思ってんだ? ああ!?」
「ネル先輩、拳の骨折にご注意ください。対象の頭蓋骨は案外硬い可能性があります。……なお、私の『アビ・エシュフ』による直接打撃支援も即時可能です。……ピースピース」
トキが無表情のまま胸の前でVサインを作り、冷たく銃口をコユキへと向ける。
「……先生。目を塞いでいてください。少しばかり……教育的にふさわしくない『家庭の情操教育』が始まりますので」
アカネが完璧な微笑みを崩さぬまま優雅に一礼する。
アスナの理不尽なまでの幸運。
セイカの深い愛と完璧な情報バックアップ。
そして憤怒に燃えるC&Cの最強の戦闘力。
すべてが完璧に揃った今、豪華客船の冷たい地下通路に、追いつめられた白兎の哀れで悲痛な絶叫がいつまでも、いつまでも響き渡るのだった。