未来を統べる翼と、優しいメイドの家   作:天野江

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黄金の夢の終わり ― 透明な檻と静寂の断罪

 

 

 

 

「……ひ、ひどいです……! こんなの、あんまりですよぉぉぉ! 人権保障条約はどうなったんですかぁー! 弁護士を呼んでください! ミレニアムの最高裁判所に提訴しますよぉぉ!」

 

 

 耳をつんざくような黒崎コユキの絶叫が、地下深くに作られた地下隔離施設の中に虚しく響き渡る。

 だが、その声は分厚い特殊強化ナノガラスの壁によって完全に遮断・減衰され、外の世界には微かな振動として伝わるばかりであった。

 

 彼女が収監されたのは、地下最深部の空洞にポツンと置かれた、一辺が10メートルの正六面体ガラスルーム。

 

 壁、天井、そして足元の床に至るまで、そのすべてが光を透す完全な透明構造。

 一見すると芸術品のように美しいその立方体は、ミレニアムサイエンススクールの技術の粋を集めて作られた、物理的な破砕攻撃も、高周波による振動破壊も、そして電子的なハッキングによる干渉も一切受け付けない「絶対隔離空間」であった。

 

 

「うぅ……! 押しても引いてもビクともしません! どころか、ガラスの表面に指紋すらつかないじゃないですかぁ!」

 

 

 コユキは涙目になりながら、強化ガラスの壁をペタペタと両手で叩き、時には頭突きすら試みたが、跳ね返されるのは己の身ひとつ。

 天才的な計算能力を誇る彼女の頭脳も、一切の物理的・電子的接点を奪われたこの「完璧な無」の前では、空回りを起こすことしかできなかった。

 

 

「……諦めてください、コユキさん。……そこには、あなたの得意な『不確定要素』は一切存在しません」

 

 

 透明なガラスの向こう側。

 凛としたバニースーツ姿の室笠アカネが、優雅に背筋を伸ばしたまま立ち尽くしていた。

 その瞳に映るのは憎しみや怒りではなく、冷徹な、けれどどこか全ての罪を受け止めるような慈悲深い微笑みであった。

 

 彼女の左右には、腕を組んで不機嫌そうに鼻を鳴らす美甘ネル、そして一連の潜入作戦を指揮し切った先生の姿があった。

 

 

 

__________

 

 

 

 

 コユキがどれほどガラスの内側で叫び、地だたばたを踏もうとも、外部の監視者たちの表情に揺らぎは生まれない。

 

 

「……デジタル機器の持ち込み禁止。……通信機能の完全遮断。……外部との接点は、この強化ガラス越しの視覚情報のみ。ピースピース。……黒崎コユキ、あなたの脱出確率は、現在の演算で『0.000000%』に固定されました」

 

 

 飛鳥馬トキが淡々と事実を告げながら、手元の端末で隔離システムの最終ロックシークエンスを完了させていく。

 端末から発せられた不可視の電磁シールドがガラスルームの全周を覆い、空間内のすべての電波を熱エネルギーに変換して消滅させた。

 

 カジノの絢爛豪華な光も、コインの跳ねる軽快な音も、彼女が最も愛する電子機器の駆動音も何一つ存在しない。

 ただ、天井から放射される純白の無機質な光に満たされた透明な空間。

 それこそが、ミレニアムの多額の予算を気まぐれに弄び、生徒会「セミナー」を大混乱に陥れた自称・天才数学少女「白兎」に与えられた正当な代償であった。

 

 

「……セイカさんも仰っていました。……『因果を歪める者には、因果の動かない場所こそが相応しい』と」

 

 

 アカネが耳元のインカムにそっと指先を触れる。

 すると、地上遥か上空のソラノミから監視を続けている室笠セイカの冷徹で静かな声が、指向性外部スピーカーを通してコユキの部屋へと直接注ぎ込まれた。

 

 

『……聞こえますか、コユキ。……あなたの持つ特異な確率操作能力と異常な計算速度は、変化の存在しないこの静止した空間では何の役にも立ちません』

 

「ふ、ふえぇ!? セイカさんの声!? どこから聞こえてるんですかぁー!?」

 

『……そこで、自分の犯した過ちの数(演算結果)を、デジタルを使わず、己の指で一つずつ数えて過ごすといいでしょう。……それが、私とミレニアムが出した最終的な最適解です』

 

「指で数えるって……何千個あると思ってるんですかぁぁ! 爪が剥がれちゃいますよぉぉ!」

 

 

 絶叫するコユキに対し、スピーカーからの回線は容赦なく途絶された。

 

 

 

__________

 

 

 

 

 ガラスの内部で力尽き、へたり込むコユキの姿を見下ろしながら、ネルはやれやれと首を振った。

 

 

「チッ、大騒ぎさせやがって。まあ、これでミレニアムの予算も少しは静かになるだろ。アカネ、先生、手伝わせて悪かったな」

 

「いえ、ネル先輩。C&Cのメイドとして、そして室笠家の一員として、当然の務めを果たしたまでです」

 

 

 アカネは深く一礼し、それから隣に立つ先生へと視線を向けた。その瞳には、過酷な任務を乗り越えた者だけが持つ、深く柔らかな信頼の光が宿っていた。

 

 

「……さて、先生。……お掃除は、これで本当に完了です。あなたのエスコートがなければ、私はここまで完璧に役目を果たすことはできませんでした」

 

"アカネが無事で、本当によかったよ"

 

 

 先生が温かく声をかけると、アカネは嬉しそうに目元をほころばせ、バニーガールの衣装越しに胸を撫で下ろした。

 

 

「……ん。これでようやく、お父さんとお母さんと、ゆっくりご飯が食べられる」

 

 

 背後に静かに控えていたシロコも、愛用のライフルのストックをぽんぽんと軽く叩き、長かった任務の終わりを実感しているようだった。

 その首元で揺れる透明なペンダントが、地下施設のアクリル照明を受けて小さく煌めく。

 

 

「あはは! コユキちゃん、またねー! 今度、差し入れに面白いパズルでも持ってきてあげるよ! 10000ピースの真っ白なやつ!」

 

 

 最後まで無邪気で底抜けに明るい一之瀬アスナの言葉に、ガラスの中のコユキは「パ、パズルなんてアナログなもの、いりませーん! 難易度高すぎますー!」と最後の力を振り絞ってガラスを叩くが、その声はすでに遠い残響と化していたのだった。

 

 

 

__________

 

 

 

 

 グラグラと重低音を響かせながら、地下最深部と地上を繋ぐ超大型エレベーターの重厚な防音扉が、ゆっくりと左右へ滑り出していく。

 一行は静かな足取りで、次々とエレベーター内部の広いスペースへと乗り込んでいった。

 

 角楯カリンは背負ったライフルのポジションを肩の上で固定し直し、深く息を吐き出す。飛鳥馬トキは手元の高精度端末の画面を優雅にフリックしてオフにすると、それを腰の専用ホルダーへとカチリと収めた。

 

 

「……対象、黒崎コユキの完全隔離シークエンスを確認。ミレニアム生徒会『セミナー』のリオ会長、およびユウカ先輩への最終報告用データの送信、完了しました。……これより、我々C&Cおよび先生、室笠家の帰還行動へ移行します。……ピースピース」

 

 

 トキが無表情のまま、完璧な角度でピースサインを作りながら淡々と告げると、エレベーターの青い昇降ボタンが自動的に点灯し、上昇準備のブザーが鳴り響く。

 

 

「……あ、あぁ……! 待ってください! 待ってくださいよぉぉ! 本当に行っちゃうんですかぁー!? 私をこんな何にもない、テレビもパソコンもスマホもない透明な箱の中に一人きりにするつもりですかぁー!?」

 

 

 ガラス越しに一行の離脱動作を察知したコユキは、なりふり構わず両手でナノガラスの壁をバンバンと激しく打ち鳴らした。

 だが、どんなに彼女が必死に腕を振ろうとも、ペタペタという情けない打撃音が空しく空間に響くだけ。天才的な数学的ひらめきも、ハッキング能力も、物理的な接続点すら存在しない「絶対の無」の前では何の武器にもならなかった。彼女の長いうさ耳は、恐怖と絶望で完全に力なく垂れ下がっている。

 

 

「先生ー! 先生なら私を助けてくれますよね!? 『コユキ、反省したなら一緒にお菓子を食べよう』って言ってくれますよねぇぇ! 助けてくださーい! 私、もう二度とミレニアムの裏裏裏裏予算なんて手を出しませんからぁぁ!」

 

 

 必死に縋るような視線を送り、ガラスに顔を押し付けるコユキ。

 そんな彼女に対し、先生はエレベーターの扉が閉まる直前、ゆっくりとガラス越しに歩み寄った。そして優しく、どこか諭すような微笑みを浮かべながら、静かに自らの人差し指を口元に当ててみせた。

 

 

"──しっかり反省して、静かに過ごすんだよ"

 

 

 音は届かずとも、その唇の動きからメッセージを正確に読み取ったコユキは、ガクリと膝をついた。

 

 

「ふえぇぇん! 先生まで冷たいですぅぅ! 私の味方は世界に誰もいないんですかぁぁー!」

 

 

 ガチャリ、と無機質な重音とともにエレベーターの重厚な金属扉が完全に閉じる。

 それと同期するように、地下空洞の天井に設置された高出力のアクリル照明が、奥から順番に「バツン、バツン」と一つずつ落ちていった。

 

 静寂と漆黒の闇が広大な地下空間を完全に呑み込んでいく。

 その深い闇の真ん中で、唯一、純白の自発光を放ち続ける10メートルの透明なキューブ。その中に閉じ込められ、体育座りでしくしくとすすり泣く「白兎」の小さく惨めな姿だけが、まるで広大な暗闇にポツンと浮かび上がる観察用標本のケースのように、静まり返った空間に取り残されていたのだった。

 

 

 

__________

 

 

 

 重厚なモーター音とともに超大型エレベーターはスムーズに加速し、地上数百メートルの射出甲板へと到達した。

 重い扉が左右へ開き、一行の全身を包み込んだのは、地下施設のものとは根本的に異なる、潮の香りを含んだ冷たい夜風と、澄み切った月光であった。

 

 

「……ふぅ。これでようやく、面倒な仕事の肩の荷が下りたな」

 

 

 スカジャンの衿を正した美甘ネルが、夜風に髪をなびかせながら大きく深呼吸をする。

 一之瀬アスナは「あー! 空気が美味しいー! ネル部長、私お腹と背中がくっつきそうだよー!」とネルの細い肩に馴々しく腕を回して大笑いし、カリンは「無事に誰も怪我なく終わって、本当に良かった……」と胸に手を当てて長い溜息を吐いた。

 

「……お疲れ様です、皆さん。……そして先生、本当にありがとうございました」

 

 

 室笠アカネは頭のバニー耳を優雅な手つきで取り外すと、艶やかなミルクティーベージュの髪をサラリと手ぐしで整え、先生と仲間たちに向かって深く美しく一礼を捧げた。

 その表情には、潜入捜査官として見せていた冷徹な仮面はもはや存在しない。愛する夫と家族のもとへ帰る一人の「妻」としての、柔らかな温もりと慈愛だけが満ち溢れていた。

 

 

「……ん。お母さん、お帰り。お父さんが、ラウンジでずっと待ってる」

 

 

 シロコが静かに歩み寄り、バニースーツ越しにアカネの細い手をそっと両手で握りしめる。

 その隣では、ケイが手に持った端末からラウンジの空調および照明設定を遠隔で最適化していた。

 

 

「……お父さんより通信。……『アカネ、そして先生。無事の任務完了と帰還を心より歓迎する。最高級ハーブティーの抽出、および特製フルコースディナーの準備は、すでに完璧な演算のもと整っている』……とのことです」

 

「ふふ、セイカさんったら……相変わらず手際がよろしいことですわね。私を待たせないように、ずっと計算してくださっていたのね」

 

 

 アカネは愛おしそうに目を細めると、シロコとケイ、そして隣に立つ先生の顔を順番に見つめ返した。

 

 

 

 

__________

 

 

 

 メインラウンジの重厚な自動ドアが左右へ静かに開く。

 溢れ出す暖かな光と香ばしい匂いの先で彼らを待っていたのは――静謐な青と白の光芒を全身に纏い、愛する伴侶を迎えるために佇む室笠セイカの姿であった。

 

 

「……お帰りなさい、アカネ。……そして、先生、シロコ、ケイ。……皆さんが傷一つなく無事に戻ってきてくれたこと、私の全演算システムが最大の歓喜を計測しています」

 

 

 セイカは一切の迷いなく真っ直ぐにアカネの元へ歩み寄ると、白い手袋越しにアカネの華奢な手を固く、温かく包み込んだ。

 

 

「ただいま戻りました、セイカさん。……C&Cのメイドとしてのお仕事はこれでおしまい。今の私は、あなただけの妻ですわ」

 

「……ええ。バニースーツ姿のあなたも筆舌に尽くしがたい素晴らしさですが……私の隣で微笑むあなたが、世界で最も美しい存在です。……さあ、中へ行きましょう」

 

 

 セイカは優雅にアカネの腰に手を回し、そのまま広大なラウンジの特等席へとエスコートしていく。

 ラウンジの円形テーブルには、温かな湯気を立てる極上のローストビーフや、芳醇な香りを漂わせる特製スープ、そしてセイカが自らブレンドしたハーブティーが寸分の狂いもなく並べられていた。

 

 

「わあぁぁ! ご馳走だー! セイカちゃん、いただきまーす!」

 

 

 アスナが真っ先に席に飛び付き、ネルが「こらアスナ、礼儀ってもんを覚えろ!」と怒鳴りながらも嬉しそうに隣に腰掛ける。カリンとトキも静かに席につき、温かいスープを一口口にして安堵の笑みを浮かべた。

 

 

「……お父さん。……お母さん。ご飯、すごく美味しい」

 

 

 シロコは先生の隣の席に座り、スープを美味しそうに口に運んでいる。

 

 

「……肯定します。……室笠家における幸福度パラメータ、過去最高値を更新。……この空間の維持を最優先事項と定義します」

 

 

 ケイも小さなカップを手に持ち、静かに満足げな吐息を漏らす。

 

 展望ウィンドウの外には、夜空に静かに広がるミレニアムの美しい夜景。

 黄金の豪華客船で繰り広げられた一夜の狂乱も、コユキの逃亡劇も、すべてはこの暖かなソラノミの光の中で静かに溶けて消えていった。

 

 

「ふふ、セイカさん。これから毎日、こうして一緒にいられますね」

 

「……当然です、アカネ。私の計算に、あなたと離れるという未来は存在しませんから」

 

 

 見つめ合い、互いの体温を確かめ合う二人。

 ミレニアムの夜空を静かに滑るソラノミの艦内には、戦いを終えた者たちの温かな笑い声と、室笠家という「確定された絶対の幸福」が、どこまでも優しく、どこまでも深く満ち溢れ続けていたのだった。

 




DJフェス行ってきました!
すごい楽しかったです!
アカネぬい持って写真も撮りました!
大満足!!
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