巨大空中要塞ソラノミの最下層、普段は防音遮音隔壁によって外界と固く遮断されている「第1メイン格納庫」。
無機質な重厚ハッチがゆっくりと左右にスライドして開くと、そこには普段のソラノミ内に満ちている穏やかな空気とは程遠い、鋭い金属臭と焼失した電子基板、そして焦げ付いた高圧冷却液が放つ異臭が沈殿していた。
照明が落とされたドックの中央、巨大なメンテナンス用クレーンと懸架用フレームに吊り下げられるようにして鎮座しているのは、かつてミレニアムの空を制し、ナイチンゲールとの激闘を駆け抜けた室笠セイカの専用機──「メテオストライカー」であった。
しかし、そこに集光装甲を眩いまでに輝かせていたかつての威容はない。
過剰出力による熱暴走とナイチンゲールの直撃弾によって、超高熱耐性を誇るメインフレームは歪み削れ、内部のバイパス配線や高圧油圧チューブが肉を割かれた筋繊維のように無数に露出していた。主兵装である砲身の中央からドロドロに熔解して原形を留めておらず、広域追撃兵器であるフィンファンネルのドッキングポートは、接合部ごとことごとく破断・喪失している。
そして──何より深刻なのは、機体胸部中央の装甲スリットであった。
かつては青純色の圧倒的なエネルギー光芒を放ち、メテオストライカーに無限に近い動力を供給し続けていた心臓部「ルミナス・コア」が、透明感を完全に失い、まるで焼き尽くされた死の灰のように濁った灰色へと変色し、不気味な静寂を保っていた。
「……ひどい……状況ですね……」
作業用キャットウォークの上に立ち、手すりに指をかける室笠セイカの隣で、室笠アカネが静かに手を伸ばした。
指先が、焦げ付いて黒ずんだ装甲プレートの表面へとそっと触れる。その上品で蜂蜜のように甘く柔らかな声音には、かつて幾多の死線を共に潜り抜けてきた愛機への痛ましさと、言葉にできないほどの愛おしさが滲んでいた。
「……随分と、無茶をさせてしまいましたね。……私たちを守るために」
「……修復不可能なレベルです。機体全体の損傷率、88パーセント……。……私の演算ミス、および戦術介入能力の不足が招いた、必然の結果です」
セイカの冷徹で澄んだ声が、珍しくかすかに震えていた。
あの日、ナイチンゲールの絶大な火力を前にして、アカネや家族を守るために過負荷プロトコルを解除し、限界を超えた過負荷をかけ続けた。
自分の命を文字通り削り取ってでも引き寄せた勝利。だが、その代償として、自らの足であり、翼であり、半身でもあった相棒の心臓部は完全に崩壊していた。
これは単なる機械の故障ではない。セイカが自らの相棒を失い、勝利と敗北の記憶を背負い続けている証そのものであった。
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「ふーむ! これはまた派手にやらかしてくれたねぇ! 現場の血が滾るというものだよ!」
静まり返っていた格納庫の天井に、ガンガンと作業用スノコを力強く踏み鳴らす賑やかな足音と、威勢の良い声が響き渡った。
作業服の袖を豪快に捲り上げて現れたのは、ミレニアム・エンジニア部の部長、白石ウタハだ。その背後には、重厚な計測用デバイスや工具箱を抱えた猫塚ヒビキと、ホログラムタブレットの画面を高速でフリックし続ける豊見コトリが続いている。
「機体メインフレームの過半数が熱歪みを起こしてます! 分子構造レベルで強度が低下してますね! 推進系統に、エネルギー循環経路も……ああっ、どちらも完全に破断してます! ……でも、ふふっ。技術者としては、これほど解析しがいのある機体も珍しいですよ! ここまで損傷していると、逆にどこまで復旧できるのか、腕が鳴りますね!」
「ウタハ先輩、声……大きい。それに、不謹慎……。でも、配線の完全な引き直しと耐熱装甲の再鋳造なら……私が先月設計した新型の複合パーツ、組み込めるかもしれない……。」
「「はい! 構造解析データ、ただいま展開します! メテオストライカーの基本骨格そのものは、かなり堅牢な設計になってますね! ただ、今回の損傷は内部からのエネルギー逆流が主な原因みたいです! あっ、えっと……ここから詳しく説明するとちょっと長くなるんですが……要するにですね!」
「全バラシして、一から再構築する必要があります! ……ふふっ。これはなかなか、大掛かりな整備になりそうですね!」」
早口で分析を捲し立てるコトリと、すでに工具の選定を始めているヒビキ。エンジニア部が現場の熱気を一気に持ち込む中、今回の修復計画のために招集された「ミレニアムの最高頭脳」たちが、重厚な足音とともにキャットウォークへ姿を現した。
「……騒がしいわね、エンジニア部。解析作業は静粛かつ迅速に行うよう、すでに指示しているはずだけれど」
黒いロングコートの裾をなびかせ、冷徹な眼差しで全損傷データを眺めるのは、セミナー会長・調月リオ。そして、その後ろから車椅子をスムーズに滑らせてやってきたのは、不敵で優雅な笑みを浮かべる「超天才病弱美少女ハッカー」明星ヒマリであった。
「ふふふ……私という至高の汎用演算頭脳が提示された以上、このメテオストライカーの再起はすでに約束されたも同然ですよ。……さあ、見せていただきましょう。死に瀕した美しき鉄の鳥が、再び空へ舞い戻るための第一歩を」
ミレニアムが誇る最高峰の理論構築者と、現場での圧倒的な泥臭い技術力。
傷つき沈黙した一機の兵器を蘇らせるため、ミレニアムの誇る最高の修復チームが一堂に会した瞬間であった。
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だが、現場に持ち込まれた超高精度解析スキャナーが吐き出したルミナス・コアの精密波形データを画面に映し出した瞬間、格納庫を包んでいた空気は一変して凍りついた。
「……これは、想像以上に……ええ、極めて深刻な状態ですね」
先ほどまで不敵に微笑んでいたヒマリの表情から余裕が消え、紫色の瞳が底知れぬ真剣さを帯びる。
「ナイチンゲールの超高濃度エネルギー波形を直接受けた際、ルミナス・コア内部の自己収束結晶構造が、分子レベルどころか量子レベルで崩壊を起こしています。……単なる物理的・熱的な損傷ではありません。コアそのものが許容量を遥かに超えた出力を絞り出された結果、動力源としての命脈を使い果たし、『完全に死んでいる』のです」
「……やはりか」
ウタハが重い溜息とともに腕を組み、険しい顔で大型モニターを睨みつける。
「フレームの打ち直しや内部配線の引き直しなら、エンジニア部の総力を挙げればいくらでも直せる。だが、このレベルまで内部構造が崩壊したルミナス・コアに、以前と同等のエネルギー出力を求めて再起動をかければ……コアはエネルギーを保持できず、一瞬で不可逆の自己崩壊を起こして消滅する。……一基のコアでこれ以上の超高出力を維持し続けるのは、物理限界を超えている」
一基では、足りない。
あの日、ナイチンゲールの絶大な火力を前にして、あと一歩出力を上げられず、あと一歩防壁の展開が間に合わず、アカネや仲間たちを絶望的な死の恐怖に晒してしまった恐怖の記憶が、セイカの胸を強く締め付ける。
「……一つでは、足りなかった」
セイカの呟きは小さく、しかし酷く重かった。
「あの戦いで、それが完全に証明されました。……一基のルミナス・コアに依存する従来のシステム構造そのものが、私の設計上の欠陥だったのです」
重苦しい沈黙がドックを支配する中、セイカは静かに歩み出でると、中央のホログラムプロジェクターへ自らの端末を接続し、誰も予想していなかった未知の機体設計図をメインモニターへと展開した。
「……ならば、一基に頼る設計を完全に棄却します」
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空間に大きく浮かび上がったのは、従来のメテオストライカーの概念を根底から覆す、異様な内部構造図であった。
「……ルミナス・コアの二基同時搭載──『ルミナス・ダブルコア・システム』を提案します」
「「「……!?」」」
コトリが手に持っていたタブレットを床に落としそうになり、ヒビキが目を極限まで丸くする。ウタハすらも息を呑んでその図面を見つめた。
「従来のメテオストライカーは、胸部中央に一基のルミナス・コアを配置し、そこから機体全系へエネルギーを分流させていました。しかし新生設計案では、胸部フレームの左右に独立したルミナス・コアを各一基、計二基搭載します。……二つのコアを独立稼働させつつ、同一ラインで同期させることで、以下の絶対的スペックを獲得します」
機体全体へのエネルギー供給量の飛躍的向上および出力の絶対的安定化
フィンファンネル全機(12基)の同時・無制限運用の実現
メイン推進機関の推力倍増と、メテオバスターライフルの長時間連続照射
万が一、片側のコアが破壊・機能停止した場合における、もう片方のコアによるエネルギー系統の即時バックアップ
「……これならば、二度とエネルギー枯渇による機能停止には陥りません。二つの心臓を持つことで、メテオストライカーは完全なる『絶対の要塞』へと生まれ変わります」
敗北の記憶を塗り替えるための、過酷なまでの力への渇望と再設計案。
しかし、その過激すぎる構造とあまりにリスクの高い提案に対し、即座に冷徹で厳しい待ったがかかった。
「待ちなさい。その設計案は、即時却下とするわ」
リオの声は、氷のように冷たく、そして刃のように鋭く格納庫に響き渡った。
「出力を上げたいから動力炉を二基に増設する……そんな安直な発想を、技術者の判断とは呼べないわ。ただでさえ、ルミナス・コアは一基で膨大な高出力を発生させる。それを狭い胸部フレーム内に二基、並列配置するつもり? 二つのコアが発する高周波エネルギー波形がわずかでも共振すれば、互いの干渉によって機体内部から構造そのものが崩壊する。最悪の場合、メテオストライカーだけでは済まない。……出力の増大と引き換えに、機体そのものを失う。そんな設計に合理性はないわ」
リオは足音を静かに響かせてセイカの正面へと歩み寄ると、その冷徹な眼鏡の奥の瞳で、セイカを真っ直ぐに射抜いた。
「……セイカ。勘違いしないで。私は『あなたを強くするための兵器』を作れと言った覚えはない。……今回の修復で私が求めているのは、『あなたがどれほどの死線に立たされても、生きて帰還できる兵器』よ」
失った強さを取り戻そうとするあまり、自らを破壊しかねない危険な領域へと踏み込もうとするセイカに対する、元セミナー会長としての厳格かつ容赦のない警告。
だが、セイカは瞳の光を失うことなく、静かに、しかし力強く首を横に振った。
「……その通りです、リオ会長。……だからこそ、私はこのダブルコアシステムを選びました」
「なんですって……?」
「……今回のダブルコア化は、敵を破壊するための『攻撃力を倍増させるため』のものではありません。……万が一、片方のコアが戦闘で物理的に破壊されようとも、残されたもう片方のコアでエネルギーを補い、私と……アカネを『確実に帰還させるため』の安全冗長システムです。……強さではなく、絶対的な『生存率と安定性』を最優先するための二つの心臓なのです」
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「ふふ……ふははは! 素晴らしい! 素晴らしいですよ! やはり室笠セイカの設計思想は、私の美学とインスピレーションを激しく刺激してくれますね!」
張り詰めた緊張感で押し潰されそうだった格納庫の空気を破ったのは、ヒマリの高らかな笑い声と車椅子を回転させる音であった。
「リオ、あなたの懸念する『二基の共振暴走リスク』ですが……ふふ、超天才美少女ハッカーである私・明星ヒマリの制御理論と演算能力をもってすれば、完璧に、かつ優雅に解決可能です」
「……何ですって? ヒマリ、説明してちょうだい。どういうこと?」
ヒマリは細い指先で空中キーボードを高速で打鍵し、新たな制御プロトコル「ルミナス・デュアル・シミュレーション」のホログラムウインドウを空間上に次々と展開してみせた。
「二つのコアを『同一のベクトル』として無理やり衝突・直列接続させようとするから共振暴走を起こすのです。そうではなく……『二つのコアに互いを補完させる』のです。第一コアがメインの出力を担当している間、第二コアは波動の位相を僅かにずらして出力のブレを吸収し、安定化と冷却を完全サポートする。そして状況に応じて、主従の役割をミリ秒単位で自動的に切り替える……」
「……直列接続ではなく、相互補正型フィードバック回路か!」
ウタハが目を輝かせ、膝を叩いた。
「片方がマスター、片方がスレイブとして働きつつ、負荷に応じて互いの位相を打ち消し合って共振を防ぐ……これなら理論上、エネルギー暴走の確率は極限までゼロに近づく!」
「ふふふ、その通りです! 二つの心臓を持つなら、二倍苦労して二倍賢く制御すればいいのです! これぞまさに既存のメテオストライカーという概念を過去にする、超絶天才的改修ですよ!」
「……理屈は通っているわ」
リオは静かにふっと小さく溜息を漏らした。
「……認めるわ。『新生メテオストライカー改修計画』を正式に承認する。エンジニア部、ただちに作業を開始して」
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改修計画が正式に承認され、エンジニア部と技術者たちが目まぐるしい手つきで設計図の修正と資材の調達へと移っていく中、アカネは静かにセイカの隣へと歩み寄った。
巨大なメインモニターに映し出された幾何学的なエネルギーラインと、二つのコアを繋ぐ複雑な配線図を食い入るように見つめるセイカの横顔は、一見するといつも通りの冷徹で合理的な思考を取り戻しているように見えた。しかし、その小さく結ばれた唇と、かすかに強張った肩のラインには、ナイチンゲール戦で機体を大破させ、大切な居場所と仲間を危険に晒してしまったことに対する深い焦燥と、逃れられない責任感が重く影を落としていた。
アカネは静かに息を吐くと、温かいウーロン茶の入ったステンレスマグをセイカの手元へとそっと差し出した。
「セイカさん。温かいお茶が入りましたわ」
「……あ、アカネ。すみません、少し思考に没頭していて……」
「いいえ。差し出がましいこととは思いつつ、少しお邪魔させていただきますね」
アカネは優しく微笑むと、マグカップを握るセイカの細い指先の上から、自らの両手を包み込むようにそっと重ねた。その肌から伝わる温もりが、セイカの張り詰めていた神経を微かに揺らす。
「セイカさん。私は、メテオストライカーが壊れてしまったことなんて、一度だって責めたことはありません。それどころか……あの日、命を賭して私たちを守り抜いてくれたあの機体にも、そして何より、傷つきながらもこうして私のもとへ無事に戻ってきてくれたセイカさんにも、言葉では言い尽くせないほどの感謝を抱いているのです」
上品で、蜂蜜のように甘く柔らかな声音。その中に秘められた揺るぎない愛と包容力が、セイカの胸の奥に固く結ばれていた結び目をゆっくりと解きほぐしていく。
「だから……どうか『強くなること』ばかりを追い求めて、また一人で全てを背負い込もうとしないでください。今回のダブルコア化……もしもセイカさんが『二度と負けない強さ』のためだけに望んでいるのだとしたら、私は少し悲しいです。……そうではなく、今度は絶対に、私の待つこの場所へ安全に帰ってくるために……その二つの心臓を使ってくださいね」
セイカは息を呑み、アカネの温かな蜂蜜色の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
自分が無意識のうちに「強さ」という鎧を纏うことで、敗北の恐怖から逃れようとしていたこと、そして一人で全てを解決しようとしていたことに気づかされ、深く静かに目を閉じる。
「……気づかされました、アカネ。私はまた、一人で戦おうとしていたようです。……約束します。二つのコアがあるのなら……その二つとも、あなたのもとへ生きて帰るために……私たちの帰還のために運用します」
「ええ。それでこそ、私の自慢のパートナーですわ」
二人の間に流れる温かな絆を見届け、アカネは嬉しそうに目を細めると、不眠不休で作業を続けるミレニアムの面々へ向けて、さらなるサポートを行うべく静かに歩みを進めていった。
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本格的な機体再構築作業が始まると、ソラノミの第1メイン格納庫は、まるで熱気を孕んだ巨大な精密鍛造工場へと姿を変えた。
重装甲フレームの再構築を担当するウタハは、自ら保護マスクを降り降ろし、激しい火花を散らしながら溶接バーナーを振るっていた。ナイチンゲール戦で熱歪みを起こした骨格を削り出し、ミレニアム最新鋭の耐熱チタン・グラファイト複合合金を打ち込んで機体の剛性を極限まで高めていく。
そのすぐ隣では、ヒビキが超高圧エネルギーの循環に耐えうる新型の強化バイパス配線を幾重にも引き回していた。手際よくハンダごてと圧着工具を操り、複雑に交差する高電圧ケーブルをミリ単位の精度で接続していく。
「ウタハ先輩、胸部左側の第二コア固定用ブラケット、取り付け完了。バイパス回路の絶縁処理も正常。……これなら、通電試験に進めると思う」
「よし、よく言ったヒビキ! コトリ、エネルギー循環のシミュレーション値はどうだ!?」
「はい! 膨大な設計資料とリアルタイムデータを、ただいま照合中です! ……うん、誤差も許容範囲内! 全く問題ありません! このまま解析を進めれば、すぐに最適な修復プランを算出できますよ!」
コトリは作業服のポケットから溢れんばかりの測定器とタブレットを抱え、流れるような早口で数値を読み上げていく。
「二基のコアから発生する最大排熱量は、従来比でなんと2.4倍に達します! ……ですが、心配はいりません! 背部装甲スリットに組み込んだ可変式冷却フィンなら、この排熱量もしっかり処理できます!」
「しかも、この出力系ならフィンファンネル12基を同時にフル駆動させても、エネルギー低下率はわずか0.03パーセント以下! ……えへへ、計算上は完全に問題ありません! むしろ、ここまで効率よく出力を維持できるなんて、革新的です!」
一方、キャットウォークの上に設置された臨時司令部では、ヒマリとリオによる熾烈な演算作業が続いていた。
ヒマリは車椅子の上で細い指先を可視化できないほどの速度で滑らせ、二つのルミナス・コアをリアルタイムで相互補正させるための特殊制御プロトコル「ルミナス・デュアル・システム」のプログラムコードを打ち込んでいく。その横では、リオが厳格な眼差しでミリ秒単位のエネルギー干渉波形を監視し、万が一の暴走を防止するためのインターロック機構を重層的に組み込んでいた。
セイカ自身もまた、一人の技術者としてスパナと計測端末を交互に握り締め、機体の核心部である胸部ブロックに潜り込んで直接作業に当たっていた。
昼夜の区別すらない過酷な連日の作業の中、アカネの存在は全員の救いとなっていた。
アカネは疲労の極みに達したエンジニア部やリオ、ヒマリのもとへ定期的に足を運び、心を込めて作ったサンドイッチや温かいスープ、特製のハーブティーを差し入れて回っていた。
「皆様、お夜食の時間ですわ。どれほど優れた技術者であっても、空腹と疲労では思考が鈍ってしまいますもの。しっかり召し上がってくださいね」
「おお……! アカネの特製スープ……! 染み渡る、五臓六腑に染み渡るよ……!」
「うう……美味しいです……これで後12時間は戦えます……」
アカネの細やかな配慮と包容力によって、殺伐としがちだった現場の空気は常に温かく保たれ、機体の再構築は驚異的な精度と速度で完了へと向かっていったのである。
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数日間に及ぶ不眠不休の突貫工事を経て、ついに新生メテオストライカーの組み立て作業がすべて終了した。
ドックの中央、メンテナンス用アームがゆっくりと離れていく中、そこに姿を現したのは傷一つない白銀と紺青の装甲を纏った美しき鉄の鳥であった。流麗な機体ラインは維持されつつも、胸部ブロックはわずかに重厚さを増し、その透明な装甲スリットの奥には、新たに組み上げられた左右二基の「ルミナス・コア」が静かに収まっている。
「……全システム、オールグリーン。……これより、ルミナス・ダブルコア・システムの初回起動試験を開始します」
密閉された狭いコックピットの中で、シートに身を沈めたセイカが、緊張に満ちた息を吐き出しながら起動メインスイッチを力強く押し込んだ。
ガコン──という、胸に響く重厚なシステム稼働音が格納庫全体に鳴り響く。
直後、胸部左右の装甲スリットから、息を呑むほどに美しい青純色の光芒が溢れ出した。
二つのコアが脈動を始め、機体各所に張り巡らされた高圧エネルギーラインを通じて、光の奔流が四肢へと駆け巡っていく。背部に懸架された新型フィンファンネルの接続ポートがカチリと音を立てて展開し、圧倒的な高出力エネルギーの循環が機体全体を黄金の粒子とともに包み込んだ。
しかし──その直後、格納庫の天井に据え付けられた警告スピーカーから、耳を刺すような甲高い警報音が鳴り響いた。
『警告! 出力上昇スピードが想定限界値を突破! 第一コアと第二コアのエネルギー位相差、急激に拡大中!』
「な、なんですって!? 同期率が急激に低下しています! え、えっと……待ってください、今すぐ原因を確認します! この数値の落ち方、ちょっとおかしいですよ! ……大丈夫、まだ解析できます! ログを追えば、必ず原因を特定できるはずです!」
コトリが叫び、メインモニターに映し出された二つのエネルギー波形が、互いに激しく反発し合いながら赤色の危険領域へと跳ね上がっていく。
「くっ……! 二つのコアが吐き出すエネルギーの波動が、内部回路で干渉して反発を起こしている! このままでは数秒で共振爆発を起こすぞ!」
ウタハが顔をしかめ、緊急安全停止レバーに手を伸ばそうとした、まさにその時であった。
__________
「停止させないでください! ……私が、制御します!」
セイカの瞳に鋭い光が宿った。
以前のセイカであれば、自らの圧倒的な並列演算能力を駆使して、力ずくで片方のコアを押さえつけ、強制的に同期させようとしただろう。しかし、今のセイカは違っていた。
一人で強引に力でねじ伏せるのではない。
アカネの言葉、そしてミレニアムの仲間たちが込めてくれた技術と思いを信じ、二つのコアのエネルギーを「力で抑え込む」のではなく、「互いの出力を受け入れさせる」イメージで操縦桿を静かに傾けた。
第一コアから溢れ出る過剰なエネルギーを、無理に抑え込まずに第二コアの補助冷却回路へとスムーズに分流させる。そして第二コアから生じる位相のズレを、第一コアの出力補正回路へと優しくフィードバックさせる。
互いが互いを補い合い、支え合う循環構造。
「……波形、収束していきます……! 第一コア、第二コア……互いの出力を補正しています!」
ヒマリの歓声が響き渡ると同時に、格納庫を恐怖で包んでいた耳障りな警報音が、嘘のようにフッと消え去った。
格納庫全体を激しく明滅させていた不揃いな二つの光が、やがて優しく静かに重なり合い、まるで一つの巨大な太陽であるかのような、滑らかで圧倒的な青純色の光輝へと変化していく。
機体背部から解き放たれた12基のフィンファンネルが、重力を完全に無視して宙へと浮遊した。セイカの脳波と完全に同調し、まるで生き物のように滑らかで完璧な美しい円運動を描いて格納庫の天井を舞う。
「……成功したわ。ルミナス・ダブルコア・システム、完全同期を確認。各系統とも異常なし」
リオが小さく安堵の息を吐き、眼鏡を直した。
「……見事ね。相互に負荷を相殺し、システム全体として完全な安定状態を維持しているわ」
「やった……! やったぞーっ!」
ウタハとヒビキ、コトリが勢いよく飛び上がり、互いに抱き合って歓声をあげた。
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ここに、ミレニアムの最高の頭脳と現場の誇り、そしてセイカとアカネの絆が結実した「ルミナス・ダブルコア・システム」搭載型・新生メテオストライカーが完全に完成した。
胸部に収められた二基のルミナス・コアは、互いにエネルギーを高め合い、補い合うことで、かつての機体を遥かに凌駕する圧倒的なスペックを獲得していた。
12基のフィンファンネルによる、隙のない全方位無制限展開運用。メイン兵装・メテオバスターライフルによる超高出力長距離連続射撃の実現。メイン推進機関のパワーアップによる、圧倒的な空域到達速度と巡航性能。そして何より、万が一の戦闘において片側のコアが物理的に破壊された場合でも、即座にもう一基のコアへ全エネルギー系統が切り替わる「絶対冗長バックアップ機能」。
それは単なる破壊のための兵器としての進化ではない。
操縦者であるセイカの命をいかなる死線からも守り抜き、必ずや大切な人の待つ場所へと帰還させるための、無敵の「絶対的帰還システム」であった。
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すべての起動テストとデータ計測が終了し、静寂と達成感が包み込む第1メイン格納庫。
「ふふ、私の完璧な理論とプログラムがあれば当然の結果です!」と誇らしげに胸を張るヒマリや、労いの言葉をかけるリオ、そして喜びを分かち合いながら片付けを始めるエンジニア部の面々が引き上げていく中、アカネは静かにドックの足場を渡り、コックピットから降りてきたセイカのもとへ歩み寄った。
見上げる新生メテオストライカーは、胸部の装甲越しに、二つの青い光をまるで穏やかな呼吸のように静かに明滅させている。
「……お帰りなさい。メテオストライカー」
アカネが愛おしそうに、白銀の脚部装甲へとそっと手を触れた。
セイカもまたアカネの隣に並んで立ち、生まれ変わった自らの相棒を静かに見上げた。
「……以前よりも、ずっと強くなりました。……ですが、それ以上に……以前よりもずっと、優しく、頑丈な機体になりました」
セイカは隣に立つアカネを正面から見つめると、その手をしっかりと握り返した。
「これなら……どんなに過酷な戦場、どんな絶望的な状況からでも……私はあなたのもとへ、このソラノミへ……必ず生きて帰って来ることができます」
セイカのその言葉を聞き、アカネの瞳に感涙の光が浮かぶ。
アカネは嬉しそうに、感無量といった様子で深く微笑むと、セイカの肩へと静かに自らの身体を預けた。
「ええ。……強くなったことよりも……セイカさんが無事に私の隣へ戻ってきてくれることが、私にとって何よりの幸せです」
静まり返る格納庫の闇の中で、二つのルミナス・コアが温かく、そしてどこまでも力強い青純色の光を宿して静かに輝いている。
一つは、大切な仲間と愛する人を守り抜くための光。
もう一つは、愛する人の待つ温かな居場所へと、確実に帰るための光。
二つの光をその胸に宿した最高の相棒とともに、彼女たちは再び蒼穹へと飛び立つその日を、静かに待っていた。