すごいモフモフしてて
動きが可愛くて
語彙力が消滅しちゃった……
白亜の巨大な石柱がどこまでも規則正しく連なり、幾重もの壮麗なアーチを描いて天井を支えるトリニティ大聖堂。
遥か高所に嵌め込まれた色鮮やかなステンドグラスからは、午後の柔らかく繊細な光が差し込み、長く伸びる石畳の上にまるで絵の具を零したかのような重厚で美しい色彩の影を投げかけていた。
静寂が深く満ちるその大廊下を、三人分の足音がコン、コンと静かに響いていく。
天井が高い空間特有の長い残響音が、足音の余韻をゆっくりと空気に溶かしていった。
「にゅふふふ……! 見渡す限り、歴史と神秘の重みが極限まで凝縮されていますね! この壁面に彫られた古風な浮き彫りの意匠、肌を撫でる冷徹で澄み渡った空気の感触……! 古代の秘術や不可解なアルカナを封印するには、これ以上ないほど完璧で完璧すぎるロケーションです!」
ワイルドハント藝術学院の制服の裾を軽やかにゆらめかせながら、白尾エリは黄金色の瞳をこれ以上ないほどキラキラと輝かせ、幾度も周囲の建造物を仰ぎ見ていた。
まるで未知の秘宝が眠る地下迷宮に足を踏み入れた探検家のように、彼女の全身からは隠しきれない興奮のオーラが溢れ出している。
「……浮かれすぎるのは禁物ですよ、エリ。ここはトリニティにおける宗教的要衝であり、多くの生徒が祈りと静謐を捧げる神聖な領域です。無用な高揚感から騒ぎを起こして追い出されてしまっては、元も子もありませんからね」
そのすぐ隣を並んで歩く室笠セイカは、携行している耐衝撃・高次元遮蔽アタッシュケースの手触りを確認するように指先で軽く持ち直し、静かに短く注意を促した。
常に冷静で客観的な視点を崩さない彼女の声音は、一見すると普段通りの淡々としたものに見える。しかし、その整った側顔と瞳の奥には、単なる冷淡さとは異なるわずかな熱量が確かに混ざり込んでいた。
「(……ですが、私の過給演算シミュレーションを完全に弾き返した、あの異常な幾何学記号と未知の構造……。キヴォトス屈指の膨大な歴史と記録を誇るトリニティのアーカイブであれば、何らかの解析の突破口が見つかる可能性はきわめて高い……)」
論理と客観性、明確な数値を何よりも重んじるセイカであっても、未だ誰も解き明かしていない真理や未知の構造体系への知的好奇心を完全に抑えきれるわけではない。自らの内に秘めた静かな情熱の炎を誰にも悟られないよう抑え込みながら、二人は事前データでアプローチの候補として挙げていた領域へと足を進めていった。
__________
ステンドグラスの光が届かない、さらに奥深く静寂が凝縮された回廊へと足を踏み入れたときだった。
「ふう……よいしょ、っと。……あら?」
曲がり角の先から、自分の身幅よりも遥かに巨大で重厚な木箱を二つ、三つと軽々と積み重ねて抱えた一人のシスターが現れた。
彼女は突然目の前に現れた他校の制服を着た二人組に気づき、パチクリと目を瞬かせた。
シスターフッドに所属する少女、若葉ヒナタであった。
普通であれば数人がかりで運ぶような超重量の荷物をまるで紙箱か何かのように抱えているにもかかわらず、彼女の佇まいには一切の威圧感がなく、どこまでも穏やかで素朴な雰囲気を漂わせている。ヒナタはすぐに荷物を抱えたまま、二人へ親しみやすい柔らかい笑みを向けた。
「他校の生徒さん……ですね? ようこそトリニティへおいでくださいました。えっと、ここは少しだけ関係者以外の立ち入りが制限されている区画なのですが……何か探しているものでもあるのですか? 道に迷われてしまったのでしょうか?」
他校の訪問者に対して警戒の色を露わにするでもなく、純粋に「困っている人を助けたい」という優しさに満ちた声音。
セイカは一歩前に出ると、一切の無駄を省いた落ち着いたトーンで丁寧に応答した。
「どうも。突然の不躾な訪問で申し訳ありません。私たちは、ある非常に特殊な構造を持つ古文書の解読と修復について、専門的な知見をお持ちの方を探しているのです」
「古文書の解読、ですか……?」
「ええ。ワイルドハントのエリが発見した無名の古書なのですが……私たちが持ち得る観測設備と高度な過給演算を行っても、そこに記されている言語体系や暗号化された構文規則が、キヴォトスの既存のデータベースと一切一致しませんでした。そのため、言語学や古文書学、あるいは高度な文献修復のノウハウを持つ専門家に直接意見を伺いたいと考えておりまして」
セイカの理路整然とした説明に対し、横でジリジリとしていたエリが我慢しきれないといった様子で身を乗り出し、熱っぽく言葉を重ねた。
「そうなのです、ヒナタさん! 大いなる未知のマナと不可解な波動を身に纏った、まさに異世界の秘術書かもしれない黒き古書なのですよ! にゅふふ……大古の魔導士が現代に残した恐ろしい封印の書である可能性も決して否定できません!」
「あ、あはは……異世界の秘術書、ですか……」
エリのオカルト全開な熱量と独創的な表現に対し、ヒナタは少し圧倒されたように苦笑いを浮かべ、困ったように眉を下げる。
しかし、続くセイカの「物質としての物理的組成の異常性」や「周囲の局所的な空間位相を歪めているという過給演算の客観データ」という補足を聞くにつれ、ヒナタの瞳からは次第に戸惑いが消え、真剣な眼差しへと変わっていった。
「なるほど……。セイカさんのおっしゃるデータを聞く限り、ただの古くて傷んだ本というわけではなさそうですね……」
__________
ヒナタは抱えていた巨大な木箱を一度近くの石造りの台座へと静かに下ろした。ドスン、と地下まで響きそうな重厚な低音が鳴り響いたが、本人は全く気にした様子もなく、胸の前でキュッと手を組んで納得したように深く頷いた。
「そういうことでしたら、実はシスターフッドの管轄というよりは……『図書委員会』の領域になりますね。トリニティには、長い歴史の中で傷ついてしまった貴重な歴史資料や古文書、他では扱えないような特殊な書籍が大切に保管されている専用の施設……『古書館』という場所があるんです」
「図書委員会が管理する『古書館』……ですか」
「はい。実はそこに、私の大切な友人でもある図書委員会のウイさんがいるんです。ウイさんは傷ついて読めなくなってしまった古文書の修復や、複雑な暗号文書の解読において本当にすごい技術と知識を持った方で……私のところにもよく、古い奉納品や難解な資料の扱いについて相談に乗ってもらったりしているんですよ」
ヒナタが提示した明確な手がかりと名前に、エリがビシッと人差し指を立てて瞳を輝かせた。
「それです! それですよヒナタさん! 私たちが聞き及んでいた、都市伝説の噂に名高い『古書館の魔術師』と呼ばれるあのお方ですね!?」
「えっと……あはは、その呼び方は……」
ヒナタは参ったように頬をポリポリとかきながら、困惑混じりの苦笑いを深めた。
「えっと……その呼び方は、ウイさんはあんまり好きじゃないと思いますけど……。人前に出たり、大勢とお話しするのが少しだけ苦手な方なので……。でも、本に対する愛や修復の技術、知識という意味では、確かに『魔術師』と呼ばれるのも分からなくはない気がします」
気心の知れた友人だからこそ知っているウイの繊細な性格や人柄を思い浮かべながら、ヒナタは愛おしそうに目を細めて優しく微笑んだ。
目的とする専門家の存在と実力を確信したセイカの瞳にも、より一層深い理知の光が宿る。
__________
「差し支えなければ……そのお話にある『古文書』を、ここで少しだけ拝見してもよろしいですか?」
「ええ、構いません。……エリ」
「はいっ! いざ、封印の紐解く時です!」
セイカの短い合図を受け、エリは抱えていたアタッシュケースを慎重に台座の上へと置いた。カチリ、と電子暗号キーを入力すると、プシューという高次元遮蔽の軽い減圧音が周囲の静けさに弾け、重厚な金属の蓋が静かに開かれた。
ケースの厳重なクッション材に包まれて鎮座していたのは、鈍い光を吸収して返すような、重厚で深みのある黒い表紙で装丁された一冊の古書であった。
「わ……っ」
その本が空気に晒された瞬間、ヒナタの口から思わずといった小さな感嘆の声が漏れた。
何百年もの歳月を経ているとは思えないほどの完璧な保存状態でありながら、本そのものが周囲の光や音を僅かに歪ませているかのような、言語化しがたい異様な存在感。
「これは……確かに、私たちが普段目にする古文書とは雰囲気が全く違いますね……。ちょっと近くで拝見しても──」
ヒナタが素手でそのまま本へと手を伸ばそうとしたその瞬間。
「待ってください」
セイカの静かな、しかし明確な制止の意思を込めた制止の声が響いた。
「未知の位相構造と異常な過給データを観測している以上、素手で不用意に直接触れるのは避けた方が良いでしょう。人体や周囲の物質にどのような影響や反作用を及ぼすか、まだ完全に解明できていませんので」
「あ……! すみません、うっかりしていました。そうですね、未知のものを扱う以上、観察者として慎重に振る舞うべきでした……」
ヒナタはハッとしたように素直に手を引き、申し訳なさそうにペコリと頭を下げた。
そのやり取りを見ていたエリは、胸を張ってドヤ顔を浮かべる。
「にゅふふ……! やっぱりただの古い本ではありませんね! シスターフッドの方ですら息を呑むほどの秘術的オーラ……探求心がどこまでも燃え上がってきますよ!」
__________
アタッシュケースの蓋を閉じ、再び厳重な電子ロックをかけたセイカに向かって、ヒナタは決意を込めたように頷いた。
「……分かりました。もしお二人がよろしければ、私が古書館までお二人をご案内しますね」
「よろしいのですか? 図書委員会が管理する、一般生徒の立ち入りが制限された施設とお聞きしましたが」
セイカが確認するように問いかけると、ヒナタは明るい笑顔で応えた。
「はい! 正体不明でそれほど特殊な古文書をこのままにしておくよりは、信頼できるウイさんに一度しっかり確認してもらった方が良いと思いますから。それに、見知らぬ他校の方が突然訪ねていくよりも、私からの紹介という形ならウイさんも驚かずに話を聞いてくれると思います!」
「助かります、ヒナタ。専門家ご本人への最も円滑なアプローチ経路を確保できるのは、私たちにとっても非常に望ましい展開です」
「にゅふふ! 感謝します、シスター・ヒナタ! 聖なる導き手に溢れんばかりの祝福あれ!」
「あはは、そんな大げさなことじゃないですよ。それじゃあ、こちらです。図書委員会の管轄区域へ向かいましょう」
ヒナタは柔らかく微笑むと、クルリと背を向けて深遠なる回廊の奥へと足を進め始めた。
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ヒナタの先導に従い、二人はトリニティの大図書館のさらに地下奥深く、図書委員会が厳重に管理する静寂の区画へと下りていった。
地上からの賑やかさや陽光は完全に途絶え、石造りの壁面に備え付けられた古風な燭台や、淡い魔導照明の光だけが薄暗い通路をほのかに照らしている。空気はどこまでも冷たく澄み渡り、特有の古い紙と上質なインク、そして静寂そのものの匂いが濃密に満ちていた。
「にゅふふ……! 見てくださいセイカ、この息を呑む静けさ、この重厚な空気感……! これはまさしく秘術と古代の知恵が眠る、伝説の書庫へと続く試練の道ですよ……!」
エリは足音を潜めながらも、隠しきれない興奮で瞳を輝かせ、周囲の重厚な壁面を見回す。
「ええ。ですがエリ、雰囲気に呑まれるだけでなく客観的な構造も観測しなさい。……建造物の基礎年代はかなり古いですが、湿気を完全に排し、紙や羊皮紙の経年劣化を防ぐための通気システムが極めて緻密かつ合理的に設計されていますね。管理者の並々ならぬ情熱と執念を感じる素晴らしい環境です」
セイカは壁面の微細な空気孔や温度変化を肌で感じ取りながら、静かに過給演算の視点で分析を重ねていた。
「あはは……セイカさんは本当に観察眼が鋭いですね。ウイさんがそのお話を聞いたら、『本と保存環境の価値が分かっている人だ』ってすごく喜ぶと思います」
先頭を歩くヒナタは、二人の対照的でありながら息の合ったやり取りを微笑ましく思いながら、手元の灯りで足元を優しく照らして進んでいく。
真理を求める探求者たちの足音が、静謐なる地下通路に心地よいリズムとなって響き渡っていた。
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地下の長い通路を抜け切った先に、圧巻の重厚さに包まれた広大な石造りの空間が現れた。
そしてその正面──
無数の幾何学的な装飾と古代のレリーフが施された、見上げるほどに巨大で圧倒的な木製の二重扉が静かに佇んでいた。
扉の表面には図書委員会の荘厳な紋章と、幾重もの重厚な鍵が施されており、長きにわたる歴史の重みと「あらゆる知識と本を護る」という強烈な意思がその佇まいからひしひしと伝わってくる。
「うわぁ……っ……!」
エリはその圧倒的な存在感に思わず息を呑み、言葉を失ったまま立ち尽くした。
セイカもまた、静かにその大扉を見上げ、瞳の奥で未知への期待と探求心を静かに燃え上がらせる。
ヒナタは扉の前で立ち止まると、ゆっくりと振り返り、二人に向かって穏やかに微笑んだ。
「……ここが、古書館です」
重厚な扉の向こうに眠る、膨大な知恵の集積と、まだ見ぬ「古書館の魔術師」の気配。
二人の探求は、いよいよその核心である真理の扉を開こうとしていた──。