未来を統べる翼と、優しいメイドの家   作:天野江

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観測士の夢、掃除屋の舞踏

 

 

 

 アバンギャルド君の残骸を越え、要塞都市エリドゥの心臓部——天を突くようにそびえ立つ巨大な「タワー」の麓へと辿り着いたとき、空気の密度は一変しました。

 そこはミレニアムの科学力の結晶であり、リオ会長が構築した「正義」の終着点。

 

 

「(……この冷気。このタワーの最上階に、アリスちゃんが……そして、すべての演算の源があるのですね)」

 

 

 私は愛銃の重みを確かめ、高くそびえ立つ塔を見上げました。しかし、タワーの入り口へと続く唯一の階段を目前にしたとき、霧の向こうから、聞き覚えのある「靴音」が静かに響きました。

 

 

「……警告します。これより先は、ミレニアムの存続に関わる聖域。未認可の個体の立ち入りは、即座に排除の対象となります」

 

 

 冷却蒸気の中から再び姿を現したのは、先ほど撤退したはずの少女——飛鳥馬トキでした。彼女はまだ、先ほどと同じメイド服のまま。武装を纏っているわけではありません。しかし、その手には先ほどよりも重厚な火器が握られ、彼女の周囲にはリオ会長から直接供給されているであろう、エリドゥの防衛権限が物理的な圧力となって渦巻いていました。

 

 

「……リオ会長の命令です。タワーへの登頂は、いかなる理由があろうとも許可されません。たとえ、先生。貴方であってもです」

 

 

 トキちゃんの瞳は、先ほどの交戦時よりもさらに深く、無機質な静寂に沈んでいました。それは、自らの感情さえも演算のノイズとして切り捨て、ただ「タワーを守る」という一点にのみ特化した、真の「掃除屋」の目。

 

 

「(……セイカさん。……彼女は、自分を殺してまでリオ会長の正義を全うしようとしています。その『痛み』さえも、あの方は観測していたのですね)」

 

 

 私は銃口を向けながら、心の中でソラノミの主へと語りかけました。

 

 

"トキ、道を開けてくれ。私たちは、アリスを……そして君も、リオも救いに来たんだ"

 

 

 先生の一歩も引かない言葉。それに対し、トキちゃんは静かに銃を構え直しました。武装ユニットこそまだ起動していませんが、彼女自身の身体能力と、タワーから供給されるバックアップは、先ほどまでの彼女とは比較にならない脅威となっていました。

 

 

「……救済。その言葉の定義は、今の私には不要です。……私はただ、命令を遂行するのみ。……タワー防衛プロトコル、最終フェーズへ移行」

 

 

 トキちゃんの周囲の床から、無数の防衛ビットが浮上し、高周波の駆動音がタワーの麓に響き渡ります。

 

 

「へっ、上等だ。武装もしてねえのにそんな大口叩けるってんなら、その根性ごと叩き直してやるよ!」

 

「武器ならあります」

 

 

 トキちゃんの淡々とした言葉と同時に、タワーの上層部から空気を切り裂くような凄まじい衝撃音が響き渡りました。

 

 

「パワードスーツシステム『アビ・エシュフ』へ移行します」

 

 

 その宣言は、もはや一人の生徒の言葉ではなく、要塞都市そのものが発する宣告のようでした。上空、雲を割って降り注ぐのは、眩い光を放つ複数の巨大なコンテナパーツ。

 

 

「この音は……」

 

 

 ウタハ先輩が、技術者としての直感でその異変に戦慄します。落下してくるのは単なる物質ではありません。莫大なエネルギーを内包した、ミレニアムの科学力の特異点。

 

 

「……っ! 上!」

 

 

 チヒロ先輩の鋭い叫びが響いた瞬間、頭上の空間が歪むほどの圧力が降り注ぎました。

 

 

「呼出信号確認」

 

 

 トキちゃんが天を仰ぎ、両腕を広げます。直後、空中で分解されたパーツが、まるで意志を持っているかのように彼女の身体へと吸い込まれていきました。重厚な装甲がガシャン、と火花を散らして結合し、高出力の動力源が青白い光を帯びて咆哮を上げます。メイド服の柔らかな質感を覆い隠していく、無機質な鋼鉄の皮膚。それはあまりに洗練され、あまりに暴力的な、対「世界」用決戦兵器の姿でした。

 

 装着。

 

 完全にシステムと同期したトキちゃんが地面を踏みしめた瞬間、タワーの麓一帯に、立っていることさえ困難なほどの衝撃波が吹き荒れます。

 

 

「(……これが、リオ会長の用意した『最後の計算』。……セイカさん、あの方は、ここまでの事態を……この圧倒的な質量を視ていたのですか……!)」

 

 

 私は爆風から目を守りながら、目の前に現れた「怪物」を見据えました。

 

 

"……来る!"

 

 先生の切迫した声が響き、私たちは一斉に武器を構え直しました。青い光を放つアビ・エシュフのバイザーが、冷徹に私たちの命をロックオンします。ミレニアムの頂へと続く階段は今、文字通りキヴォトス最強の防衛システムによって、死の領域へと変貌しました。

 

 

__________

 

 

 

 アビ・エシュフの出力は、これまでの戦闘データから導き出した予測を、遥か高みから嘲笑うようなものでした。

 

 

「……出力安定。目標の排除を開始」

 

 

 トキちゃんの宣告と共に、アビ・エシュフの背部から巨大なレールガンが展開されました。瞬きするよりも早く放たれた光軸は、私たちが盾にしていたコンクリートの支柱を、まるで熱したナイフでバターを切るように容易く、音もなく蒸発させました。

 

 

「っ、熱……!? なに、この火力……! 触れてないのに服が焦げそうだよぉ!」

 

 

 モモイちゃんが悲鳴を上げながら、溶け落ちる残骸の陰へと飛び込みます。ミドリちゃんも必死にデバイスを操作し、偽装工作を仕掛けようとしますが、アビ・エシュフから放たれる強力な電子ノイズが、彼女たちの画面を一瞬で砂嵐に変えてしまいました。

 

 

「ダメ……演算リソースが桁違いだよ! ヴェリタスのポートが、内側から焼き切られちゃう……!」

 

 

 ヴェリタスの誇る天才たちが、防戦一方で唇を噛みます。

 

 

「……いけません。攻撃が、掠っただけでこちらの防壁が粉砕されています……!」

 

 

 私はカリンの狙撃ポイントを確保すべく、自らの銃火器で必死に牽制射撃を繰り返しますが、アビ・エシュフの周囲に展開された多層電磁シールドは、私たちの銃弾をまるで羽虫を払うかのように弾き飛ばしてしまいます。

 

 

「チッ……! チョロチョロ動くなってんだよ、この鉄クズがッ!」

 

 

 ネル先輩が噴射装置を過負荷限界まで回し、肉薄しようと試みます。しかし、トキちゃんはそれを最小限のブースト移動で回避。逆にカウンターとして放たれた「次元圧縮弾」のような一撃が、先輩の小さな体を無慈悲に吹き飛ばしました。

 

 

「カハッ……!? っ、クソ……全身の骨が軋みやがる……!」

 

「ネル先輩!」

 

 

 壁を突き破って倒れ伏す先輩の姿に、私の心臓は凍りつくような感覚を覚えました。最強の「怪物」が、より洗練された「兵器」の前に膝をつこうとしている。

 

 

「……無駄です。皆さんの筋肉の収縮、瞳孔の開き、そして発汗量に至るまで……すべてはリオ会長のシステムによって完全に予測されています。貴方たちが次に右へ動くか左へ動くか、それさえも私には確定した未来なのです」

 

 

 トキちゃんの言葉に従うように、アビ・エシュフの肩部ハッチから、数百発の誘導ミサイルが一斉に射出されました。それは空を黒く埋め尽くし、逃げ場のないタワーの麓を、文字通り「塵」へと帰すための死の雨。

 

 

「先生……! このままじゃ、私たちは……!」

 

 

 コトリちゃんの叫びが、爆音にかき消されます。先生も必死に指揮を執っていますが、指示を出す暇すら与えないトキちゃんの連続攻撃が、戦列をバラバラに引き裂いていきました。

 

 一歩、また一歩と、トキちゃんは無機質な足音を響かせ、タワーの壁際へと私たちを追い詰めました。

 

 

「(……セイカさん。……あなたの観測した未来に、この『終わり』は含まれていましたか?)」

 

 

 私は瓦礫に背を預け、震える手でマガジンを交換しながら、虚空へと問いかけました。圧倒的な質量の前で、私たちの絆さえも、ただの「非効率な誤差」として消し去られようとしていました。

 

 

「……っ、ここまで、ですか……!」

 

 

 降り注ぐ光。アビ・エシュフから放たれた無数のレーザーとミサイルが、私たちの視界を白く染め上げ、終わりを覚悟したその瞬間。

 

 

 

 

——キィィィィィィン!!

 

 

 

 

 空気を切り裂く鋭い駆動音と共に、天から降り注いだ「光の翼」が私たちの頭上を覆いました。

 

 

「……えっ?」

 

 

 爆風が止まっています。目を開けると、そこには三角形の光のシールドを展開し、幾何学的な陣形を組んで浮遊する六基の遠隔操作兵器——フィン・ファンネルが、私たちの周囲を完璧なピラミッド状に囲い、防衛していました。

 

 

"あれは一体……!? あの兵器は……ミレニアムの予備戦力?"

 

 

 先生が驚愕の声を上げ、周囲を見渡します。エンジニア部もヴェリタスも、自分たちが用意したものではないと首を振るばかり。出所不明の、けれどあまりにも高度な自律演算によって制御された「加護」。

 

 

「(……セイカさん……!)」

 

 

 私だけが、その幾何学的な紋様と、どこか懐かしい冷たさを帯びた光の粒子から、送り主を悟っていました。彼女は直接語りかけることはありません。ただ、自らの分身とも言える翼を空から解き放ち、言葉の代わりにこの「奇跡」を戦場へ投げ渡したのです。

 

 

「……計算不能な外部干渉を確認。……高次元予測による自動防衛システム? このエリドゥの管轄外から……?」

 

 

 トキちゃんのバイザーの奥に、初めて明らかな動揺が走りました。アビ・エシュフの全力掃射は、浮遊するファンネルが形成するシールドに次々と吸い込まれ、一ミリの塵すらも私たちに届かせません。

 

 それどころか、ファンネルは防御から攻撃へと瞬時に転じました。空を舞う六基の翼が、アビ・エシュフのシールドの「共振点」を正確に割り出し、集束ビームを一点に叩き込みます。

 

 

 

 

パリンッ——!!

 

 

 

 

「シールドが……割れた!? あの鉄クズのバリアが剥がれたぞ!」

 

 

 ネル先輩が瓦礫を蹴って立ち上がりました。絶望的な質量の差を、空から飛来した「未知の翼」が、強引に五分へと引き戻したのです。

 

 

「(……ありがとうございます。あなたは、いつだってこうして、私たちが一番必要としているものを届けてくれる)」

 

 

 私は胸の奥で、決して声には出さない感謝を主へと捧げ、愛銃のボルトを叩きました。

 

 

「先生、今です! 正体は分かりませんが、このチャンスを逃すわけにはいきません!」

 

"……ああ! みんな、今度こそ反撃だ! ターゲット、アビ・エシュフ!"

 

 

 先生の鋭い号令が響き、沈んでいた戦列が一気に再編されます。

 

 

 

__________

 

 

 

 

「(……リンク、確認。……やはり、そうですね。セイカさん)」

 

 

 私のデバイスに、見慣れない……けれど、私の思考回路に最も親和性の高い制御インターフェースが割り込んできました。空に舞う六基の翼。

 その一つ一つが、私の視線の動き、指先の震え、そして「今、この瞬間に何をすべきか」という意図を、寸分の狂いもなく読み取っているのが分かります。

 

 

「先生、ヴェリタスの皆さん。ファンネルの制御権は、現在私が預かっています」

 

"えっ、アカネがかい……!? 一体どうやって?"

 

 驚く先生を背に、私は優雅に、けれど凍てつくような鋭さで右手を前方へ差し出しました。

 

 

「……掃射(fire)

 

 

 私の指先の動きに連動し、二基のファンネルがアビ・エシュフの死角へと超高速で回り込みます。トキちゃんがそれに反応して砲身を向けた瞬間、残る四基が前面に展開し、その全ての火力を一箇所に集中させました。

 

 

「……っ、予測演算が追いつかない……! アカネ先輩による、即時的なイレギュラー制御……!」

 

 

 アビ・エシェフの装甲が火花を散らし、トキちゃんの体勢が大きく崩れます。

 

 

「(ええ、そうです。セイカさんの『瞳』と私の『手』。この二つが重なれば、どんな完璧な数式もただの紙屑に過ぎません)」

 

 

 私は流れるような動作でデバイスを操作し、ファンネルをネル先輩の周囲に配置して、彼女の突進を保護する「動く盾」へと変えました。

 

 

「ヒヒッ、最高じゃねえかアカネ! その『鳥公』たち、いい動きしやがる!」

 

「……恐縮です、ネル先輩。さあ、障害物は私が排除します。皆さんは、あの方に最大限の『教育』を」

 

 

 私の意思を受けて、六基のファンネルがタワーの麓を縦横無尽に駆け抜けます。それはまるで、戦場という譜面の上で死の舞踏を演じるタクトのよう。

 

 

「(セイカさん。……あなたの見てくれているこの景色を、最高の勝利で飾りましょう)」

 

 

 私は冷たい微笑みを湛えたまま、アビ・エシュフのバイザーを真っ向から見据えました。主の翼をその身に纏い、今、私たちが攻守を逆転させます。

 

 

「……第2フェーズ、最大出力へ。私も……負けるわけにはいきません」

 

 

 トキちゃんがアビ・エシュフの出力を限界まで引き上げ、タワー一帯が青白いプラズマに包まれました。

 しかし、私の瞳には、彼女の敗北という確定した未来が、ファンネルの軌跡と共に鮮やかに描かれていました。

 

 進撃は止まりません。タワーの頂へと向かう、私たちの「絆」の証明は、ここからが本番なのですから。

 

 

 

 




セイカを出せない(;_;)

ストーリー読み返してて気がついたけど
アビ・エシ"ェ"フ
じゃなくて
アビ・エシ"ュ"フ
なんですね。いままで勘違いしてました( ̄▽ ̄;)
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