あれyoutubeに流していいんですか!?!?!?!??!?
宇宙戦艦「ソラノミ」の朝は、静かで穏やかな光と共に始まる。
無機質な金属の隔壁に囲まれた艦内ではあるが、居住区のメインキッチンだけは、まるで地上のあたたかな家庭そのものの空気が満ちていた。
室笠アカネは、清潔なエプロンを身に纏い、手際よく家族のための朝食作りを進めていた。
フライパンで香ばしく焼き上げられるベーコンの匂い、トースターから漂う焼き立てのパンの香り、そして大鍋でふつふつと煮立つコンソメスープの湯気。トントン、トントンとまな板の上で色鮮やかな野菜が刻まれる規則正しいリズムが、静かな室内に心地よく響き渡っている。
「──ふふ、今日のスープは良い出汁が出ていますね」
お玉でスープを一杯すくい、ふうふうと息を吹きかけて味を確かめる。
家族の健康と笑顔を想いながら料理を作るこの時間は、アカネにとって何物にも代えがたい至福のひとときだった。
トントン、と包丁の音が再び刻まれ始めたその時──。
キッチンの自動ドアが、スーッと静かにスライドして開く音がした。
「おはようございます、セイカさん。今朝は良いお天気ですよ。艦の観測センサーも良好な数値を……」
アカネが包丁の手を止め、振り向こうとした、まさにその瞬間だった。
──ぎゅっ。
「……っ!?」
後ろから伸びてきた長くて力強い腕が、アカネの細い腰をすっぽりと隙間なく包み込んだ。
室笠セイカが背中からアカネを包み込むように密着していたのだ。
セイカは少しだけ膝を折り、長い背をかがめるようにして、アカネの肩口に己の顔を深く埋めた。さらりと流れるセイカの髪がアカネの頬に触れ、耳元に温かで微かな吐息が吹きかかる。
「……セイカ、さん……?」
アカネは驚きのあまり、包丁を握ったまま固まってしまった。
普段のセイカであれば、朝の挨拶は極めて凛としており、理知的だ。
『おはようございます、アカネ。本日の艦内環境、外気温、ならびに私の体調はすべて正常値です』と、整った姿勢で淡々と告げるのが常であった。
しかし──今のセイカは違った。
朝の挨拶を口にするよりも早く、起きてきて開口一番、アカネの後ろから抱きついたのだ。それも、ただ軽く手を回す程度ではない。自分の体重と体温のすべてをアカネに預けるような、濃密で力強い抱擁だった。
「……」
セイカは無言のまま、アカネの身体をさらにぎゅっと抱きしめる。
セイカの手から、大きな熱が伝わってくる。
「あの……セイカさん? お怪我でもされましたか? それとも……何か嫌な夢でも……?」
アカネが心配そうに尋ねるが、セイカはただ深く息を吸い込み、アカネのうなじに鼻先を押し当てるだけだった。カモミールと石鹸の香りを確かめるように、静かに呼吸を繰り返している。
「……おはようございます、アカネ」
数秒の静寂の後、ようやくセイカの口から漏れ出たのは、いつもより低く、どこか心地よさに微睡むような声音だった。
「ふふ……はい、おはようございます、セイカさん」
その声のトーンを聞いて、アカネはホッと胸を撫でおろした。悲しみや不安から来る抱擁ではない──背中に伝わってくるセイカの鼓動は至極穏やかで、むしろ心からリラックスしていることが感じ取れたからだ。
アカネは目元を和ませ、背中の大きな愛おしい存在を受け止めるように微笑んだ。
「……ですが、セイカさん。私、今ちょうど朝食のスープを仕込んでいるところでして……このままですと、少し火加減の調整が難しいのですが……」
アカネが優しく諭すように言う。
しかし、腰に回されたセイカの力強い腕が緩む気配は、一切存在しなかった。
__________
トントン、トントン……。
結局、セイカは離れなかった。
アカネは仕方がなく、背中に大きな体躯をぴったりとくっつけたまま、包丁を動かして具材を切り進めることにした。
アカネが右へ動けば、セイカもそれに合わせてすり足で右へ移動する。
アカネが左のお玉を取ろうと手を伸ばせば、セイカも一緒に体を傾けてついてくる。
まるで、アカネという存在に絶対的な重力で惹きつけられているかのような、完璧なまでの追従であった。
「……ふふっ、まるで大きな子供のようですね」
アカネはクスクスと声を漏らしながら、肩越しに後ろを見上げた。
セイカはアカネの肩に顎を乗せ、紫の双眸でじっとアカネの手元と顔を見つめている。その表情は相変わらず真面目そのものだが、どこか満足気な光が宿っていた。
「……セイカさん」
「はい、アカネ」
「今日は……ずいぶん甘えん坊さんですね?」
アカネが小悪魔的に微笑みながら問いかける。
普段なら「甘えるという行為は感情の不合理な表出であり──」などと解説を始めそうなセイカだったが、今朝は違った。
「……そうかもしれません」
真顔で、隠す様子もなくあっさりと認めた。
「何かあったのですか? ソラノミの観測データに異常でも? あるいは、昨日解読した古書の件で、何か懸念事項が……?」
心配するアカネに対し、セイカは緩やかに首を横に振った。
「いいえ。艦内システム、私の精神状態、過給演算回路……すべて完璧な正常値です。懸念事項も存在しません」
「では、どうして……?」
アカネが首をかしげる。
セイカは一度言葉を区切り、アカネの細いお腹のあたりをギュッと抱き締め直してから、至極当然のことのように言い放った。
「……あなたに抱きついていたいからです」
「……っ」
何の理由もなかった。
悲しいからでも、不安だからでも、何かの記念日だからでもない。
ただ単に、「アカネに抱きついていたい」という、シンプルかつ根源的な欲求。それだけだった。
普段、あらゆる事象に対して「合理的理由」を追求する最強の観測士が、理由のない純粋な甘えをまっすぐに口にしている。
アカネの頬が、一瞬で真っ赤に染まった。
「まあ……理由は、それだけなのですね」
「はい。それ以外の理由は存在しません。抱きついていたいから、抱きついています。何か不都合がありますか?」
「不都合なんて……あるはずがありません。ふふ……嬉しいです」
アカネの胸の奥から、温かな愛おしさが溢れ出してくる。
アカネはまな板の上に包丁を置き、自分の腰に回されているセイカの大きな手に、自らの手をそっと重ね合わせた。
「はい。分かりました……では、朝食ができるまで、ずっとこうしていましょうね」
「感謝します、アカネ」
セイカは満足そうに瞳を閉じ、再びアカネの肩口へと深く顔を埋めるのだった。
__________
「ふぁあ……おはよう、お母さん、お父さん……」
リビングの扉が開き、パジャマ姿の室笠シロコが目を擦りながら入ってきた。続いて、身だしなみを整えた次女の室笠ケイも静かな足取りでやってくる。
「おはようございます、お母さん。本日の朝食のメニューは……」
ケイが挨拶を言いかけた瞬間──二人の動きがピタリと止まった。
ダイニングテーブル。
朝食の配膳が終わり、アカネが椅子に座って紅茶のカップ手に取っているのだが……。
そのすぐ隣。隙間など1ミリも存在しない「完全密着」の状態で、セイカが椅子を限界まで寄せて座っていた。
しかも、セイカの右腕はテーブルの下でアカネの腰をしっかりと抱え込んだままであり、左手はアカネの手の甲の上に重ねられている。
「……」
シロコが片目を細め、じーっと二人を見つめた。
「……お父さん、今日ずっとお母さんにくっついてる」
「観測開始から現在まで、接触状態が継続しています。推測:精神的ストレス反応、または過給演算の副作用による異常行動の可能性──」
ケイが即座に分析を開始しようとすると、セイカは真顔のまま、静かに、しかし断固とした口調で制した。
「……分析は不要です、ケイ。これは正常な日常動作の一環です」
「お父さん。その『日常動作』の影響により、お母さんがサラダのドレッシングを取る動作すら著しく制限されていますが……」
実際、アカネがテーブルの中央にあるドレッシングへ手を伸ばそうとすると、腰を抱えているセイカも一緒に体を大きく傾けてついていくため、端から見ると非常に奇妙で、そして耐えがたいほど甘やかな光景が形成されていた。
「ふふ……ええ、問題ありませんよ、ケイ、シロコ。今日のお父さんは、そういう気分なのだそうですから」
アカネが困ったように、けれど隠しきれない笑みを浮かべながら、空いた手でセイカの綺麗な髪を優しく撫でる。
すると、セイカは撫でられやすいように少し頭を低くし、紫の瞳をうっとりと細めた。
「……お父さん、すごく嬉しそう」
シロコがぽつりと呟く。
「……肯定します。感情測定を行うまでもなく、お父さんの精神状態は極めて良好、多幸感に満ちています」
ケイも眼鏡の位置を直しながら頷いた。
「……問題ありません。家族内におけるスキンシップは、精神的安定をもたらす重要なプロセスです」
セイカは淡々と宣誓するように言い放つと、アカネが差し出したトーストをそのまま口で受け取り、おいしそうに噛み締めた。
「……あーん、までしてもらうなんて……お父さん、完全に甘えてる……」
シロコは呆れ半分、羨ましさ半分といった表情でジト目を向けつつも、どこか嬉しそうに自分の席へとつくのだった。
__________
朝食が終わり、食器の片付けと艦内の掃除という「日常の家事」の時間がやってきても、状況は何も変わらなかった。
アカネがキッチンで食器を洗い始めると、セイカはそのすぐ後ろに立ち、アカネのエプロンの紐をギュッと握りしめたまま離れない。
「セイカさん、お皿を洗うので、もう少しだけ下がっていただけると助かるのですが……」
「不可能です。あなたから30cm以上離れると、私の演算効率が低下します」
「そんな嘘をついてはいけません、ふふっ」
食器洗いが終わると、次はリビングの掃除機がけである。
アカネがノズルを持って動かすと、セイカは背後からアカネの腰に両手を回したまま、二人三脚のようなステップで一緒に部屋中を歩き回った。
「セイカさん、少し動きづらいです」
「問題ありません。私がアカネの移動軌跡を先読みし、完璧な同調(シンクロ)歩行を行っています。抵抗値はゼロです」
「抵抗値の問題ではありません……ふふ、でも、倒れそうになった時は支えてくださいね?」
「勿論です。万全の体制で保持します」
続いて、ベランダでの洗濯物干し。
洗濯カゴを持ったアカネが廊下を歩くと、セイカはサッと横から手を出してカゴを代わりに持ち上げ、空いたもう片方の長い腕でアカネの肩をしっかりと抱き寄せた。
「重いものは私が持ちます。アカネは私の腕の中で歩いてください」
「ふふ、ありがとうございます。……でも、やっぱり離れてはくださらないのですね」
「離れる理由が存在しないため、離れません」
一切の迷いがない、堂々とした宣言。
アカネはもう可笑しくてたまらなくなり、セイカの胸に身体を預けながらベランダへと向かった。
そして午後──。
一通りの家事を終えたアカネが、「ふぅ」と息を吐いてソファに腰を下ろすと、待ってましたと言わんばかりの速度で、セイカが隣へ滑り込んできた。
──ズザーッ、と音が聞こえてきそうな勢いである。
「あ……」
セイカはソファに座るやいなや、アカネの体を横から丸ごと抱え込み、自分の膝の上へと引き揚げた。そのまま大きな腕と胸で、アカネをすっぽりと包み込んでしまう。
「セイカさん……! これでは、私が完全に抱っこされている状態になってしまいます……」
「その通りです。それが私の望む配置です」
「もう……ふふっ」
完全にセイカの懐に収まったアカネは、セイカの胸元に背中をあずけ、心地よい体温とドックン、ドックンと響く力強い心音に耳を澄ませた。
「本当に……今日は片時も離れてくださらなくなりましたね」
「ええ。あなたとの距離を極限までゼロに近づけることが、今の私にとって最も優先されるべきタスクです」
「ふふ……難しい言葉を使っていますけれど、要するに甘えたいだけでしょう?」
「……否定はしません」
セイカはアカネの頭の上に自分の顎をちょこんと乗せ、心底幸せそうに、深々と吐息を吐き出すのだった。
__________
静かな午後のリビング。
琥珀色の柔らかい陽光が窓から差し込み、ソファの上で重なり合う二人を温かく照らしている。
アカネは、自分のお腹の上で固く結ばれているセイカの大きな手を、愛おしそうになぞった。
指関節のしっかりとした、戰艦を操り、過給演算を駆使して数々の危機を打ち破ってきた頼もしい手。けれど今、その手はアカネを傷つけないよう、優しく、しかし離すまいという強い力で抱きしめている。
「……セイカさん」
「はい、アカネ」
「……こうしてずっと甘えてくださるの、私……本当はすごく、嬉しいのですよ」
アカネの柔らかな呟きに、セイカの身体がピクッと微かに反応した。
アカネの頭の上に乗せられていた顎がずれ、耳元で低く不安そうな声が漏れる。
「……本当ですか? 私のこのような身勝手な行動は……あなたの家事や休息の邪魔になっているのではないかと……途中から少し懸念していたのですが」
どんな敵にも怯まない最強の観測士が、妻に甘えすぎていることをほんの少しだけ気に病んでいた。
そのギャップがたまらなく愛おしくて、アカネは腕の中でクルリと身を翻した。
セイカの膝の上に座ったまま、正面からセイカの首に手を回し、透き通るような紫の双眸をまっすぐに見つめ返す。
「邪魔だなんて、一度だって思うはずがありません。むしろ……もっともっと甘えて、私を頼っていただきたいくらいです」
「……アカネ……」
「普段のセイカさんは、いつだって格好良くて、頼もしくて、私やシロコ、ケイを守るために一人で何でも抱え込んでしまいがちです。……だからこそ」
アカネは優しく目を細め、セイカの整った頬にそっと掌を添えた。
「理由なんてなくても、ただ私に抱きつきたいという理由だけで……こんな風に私だけに弱みや甘えを見せてくださることが……私にとって、何よりの宝物なのですから」
アカネの言葉は、セイカの胸の奥深くまで染み渡っていった。
過給演算の複雑な計算式など必要としない、純粋な愛の証明。
「……アカネ」
「はい、セイカさん」
「……では、もう少し……いえ、今日が終わるまで、このままでいさせてください」
「はい。いくらでも……ずっとこうしていましょうね」
セイカはアカネの首筋に顔を埋め、ギュッと力強く抱きしめた。アカネもまた、セイカの広い背中に回した手に力を込め、二人の体温がひとつに溶け合うのを感じていた。
__________
夕方になり、自室での勉強やトレーニングを終えたシロコとケイが、リビングへと戻ってきた。
扉を開けた二人が目にしたのは──昼間と何一つ変わっていない、どころかさらに密着度を増してソファで抱き合い続けている両親の姿だった。
もはやセイカはアカネを抱きしめたままソファに横たわっており、アカネはセイカの胸の上で丸くなっている。完全に二人の世界であった。
「……」
シロコは手に持っていたタオルを握りしめ、静かに呟いた。
「……今日のお父さん、本気だ」
「お母さんへの接触頻度、密着時間、および肉体密度における密着率が、ソラノミ観測史上最高値を更新し続けています」
ケイが淡々とデータを読み上げる。
アカネは照れくさそうに、けれど幸せそうに苦笑した。
「ケイ、あまりお父さんの数値を分析してあげないでくださいね。お父さんも少し照れてしまいますから」
「了解しました、お母さん。しかし客観的データとして、お父さんの体温は通常時より1.2度上昇しており──」
「……問題ありません」
セイカがアカネの肩に顔を埋めたまま、籠もった声で言った。
「私がアカネを愛し、密着しているという事実は、隠蔽する必要のない公知の事実です。分析・記録、好きにするといいでしょう」
「……堂々と開き直った」
シロコがジト目でセイカを見つめる。
いつもは冷徹で隙のない表情を崩さないセイカの口元が、今はどこか誇らしげで、子供のように嬉しそうに緩んでいる。
「……お父さん、ホントに嬉しそう」
「……ええ。極めて満足しています」
セイカが隠す気もなく即答すると、シロコは呆れたような、でもどこか微笑ましそうな溜息を小さく吐いた。
「……ふん。お母さんを独占してズルい。私もお母さんに甘えたいのに」
「シロコちゃんも、こちらに来ますか? お父さんと一緒にお母さんを抱きしめますか?」
セイカが本気で腕を広げようとすると、シロコは少し頬を赤くしてそっぽを向いた。
「……ううん。今日は、お父さんに譲ってあげる。……たまには、ね」
「理解に感謝します、シロコ」
「……ケイ、今日の夕飯の準備、私たちがやろう」
「了解しました、お姉ちゃん。お母さんとお父さんの接触状態を維持するため、夕食調理タスクを代行します」
シロコとケイは顔を見合わせると、クスクスと笑いながらキッチンへと向かっていった。成長した娘たちの優しさに、アカネは胸を熱くしながら、セイカの頭を何度も撫でるのだった。
__________
やがて夜が更け、シロコとケイが作ってくれた夕食(少し形は崩れていたが、大変美味しかった)を終え、入浴を済ませた家族は夜の静寂へと包まれていった。
シロコとケイが「おやすみなさい」とそれぞれの自室へ戻り、ソラノミは夜間航行モードへと移行する。
静まり返った主寝室。
琥珀色の優しい間接照明が照らす大きなベッドの上で、二つの影が重なっていた。
結局、今朝起きてからこの時間に及ぶまで、セイカがアカネから完全に離れた時間は累計しても5分と存在しなかった。
「ふふ……ふふふっ」
ベッドの中、セイカの腕の中にすっぽりと収まりながら、アカネが楽しそうに忍び笑いを漏らす。
「どうしましたか、アカネ?」
「いえ……結局、今日は一日中、ずっと抱きつかれたままでしたね、と思いまして」
セイカはアカネの柔らかい髪に指を差し通し、愛おしそうになでつけながら、静かに頷いた。
「はい。私の人生において、最も価値のある24時間でした」
「まあ、大袈裟ですね……ふふ。セイカさんがご満足なら、私も何よりです。……ですが、明日は少し離れていただけますか? 艦内の定期点検もございますし、お掃除も残っていますから……」
アカネが少しだけ意地悪く、小悪魔的な微笑みを浮かべて問いかける。
すると、セイカは真面目な顔のまま、真剣に考え込むように数秒の沈黙を置いた。
「……努力します」
「努力、ですか?」
「はい。『努力はしてみる』という意味です。……ですが、実行できるかどうかは、明朝の私の精神状態と……アカネの可愛さに左右されます」
「まあ……! ふふっ、あはははっ!」
あまりにも理路整然とした(?)完璧な言い訳に、アカネは耐えかねて声をあげて笑ってしまった。
「ふふ、無理に努力しなくても大丈夫ですよ、セイカさん。私は……あなたがこうして抱きついてくださるなら、いつだって、いくらでも大歓迎なのですから」
アカネが自らセイカの首に細い手を回し、その唇に小さく吐息を重ねる。
セイカの紫の瞳に、深い情熱の火が灯った。
セイカは抱きしめる腕にさらに強固な力を込め、アカネの身体を自らの存在すべてで包み込むように、強く、強く引き寄せた。
「……今日は、もう少しだけ」
「はい。どうぞ……セイカさん」
理由など、何一つ存在しない。
過去の悲しい記録も、複雑な演算も、運命の分岐すらも関係ない。
ただ、愛する妻が目の前にいて、その温もりを心から求めているから抱きしめる。
理由のない愛に満たされたソラノミの夜は、どこまでも甘く、優しく、どこまでも深く更けていくのだった。