「今です……ネル先輩!」
私の思考がファンネルに伝播し、四基の翼がトキちゃんの背後のブースターを強引に挟み込みました。強制的な制動。コンマ数秒の硬直。その隙間を、本能の塊であるネル先輩が逃すはずはありません。
「おおおおおっ! これで終わりだ、トキィィィッ!」
ネル先輩は噴射装置が焼き切れるほどの過負荷をかけ、一筋の紅い閃光となって肉薄しました。アビ・エシュフの重厚な装甲と、ネル先輩の双銃——その全エネルギーを注ぎ込んだ零距離射撃が正面からぶつかり合います。
タワーの土台が鳴動するほどの巨大な爆発。舞い上がる噴煙の中から、二つの人影が力なく地面へと落下しました。
「ネル先輩……っ!」
私が駆け寄ると、そこには装甲が半壊し、沈黙したアビ・エシュフとトキちゃんの姿がありました。その傍らで、ネル先輩もまた荒い息を吐きながら、もはや指一本動かせないほどにボロボロになった体で倒れていました。
「ネル先輩! しっかりしてください!」
私は膝をつき、ネル先輩の体を抱き起こします。メイド服はあちこちが焼け焦げ、トレードマークのスカジャンもボロボロに引き裂かれていました。
「……へっ、あはは……。ざまぁねえな、最強の兵器様が……。アタシたちの勝ちだぜ、これ……」
ネル先輩は血の混じった唾を吐き捨て、力なく笑いました。その視線の先には、同じく限界を迎えて膝をつくカリンと、肩で息をするアスナ先輩の姿がありました。C&Cの主要戦力は、今この瞬間、明確に限界を迎えていました。
「ネル先輩、もう喋らないでください。カリン、アスナ先輩も……」
カリンが静かに首を振ります。
「……すまない、アカネ。精密射撃に必要な神経が……もう焼き切れそうだ。ここから先は、引き金を引くことすらままならない」
「あはは……私のラッキーも、今日は使い果たしちゃったみたい。足が、ぜんぜん動いてくれないんだもん」
アスナがいつもの笑顔を浮かべようとしながらも、その場に座り込みました。
「……アカネ」
ネル先輩が、震える手でアカネのメイド服の襟を掴みました。
「後は、任せたぜ。あのアリスのガキを……。テメェが、連れ戻してこい」
「……ネル先輩……」
ネル先輩の言葉に応えるように、私はエリドゥへと足を向けます。
「アカネ先輩、先生! 私たちも一緒に行くよ!」
その時、瓦礫の陰から飛び出してきたのは、ボロボロになりながらも瞳に強い光を宿したゲーム開発部の面々でした。モモイちゃんは頬の汚れを拭い、ミドリちゃんは銃を握り直し、ユズちゃんは震える足でしっかりと地面を踏みしめています。
「モモイちゃん、皆さん……無事だったのですね」
「当然だよ! アリスは私たちの部員なんだから! 取り返しに行くのに、パーティメンバーが欠けてるなんてありえないでしょ!」
「……はい。アリスちゃんを助けるまで、私たちはリタイアしません」
「……っ。私も、最後まで、サポート……頑張ります……!」
彼女たちの姿を見て、ネル先輩はフッと口角を上げました。
「……おい、ガキども。……あいつを、ちゃんと助けてこいよ」
「……うん、任せてネル先輩!」
私は深く一礼し、立ち上がりました。傍らにいた先生が、静かに告げます。
"……みんな。ありがとう。君たちが繋いでくれたこの道、絶対に無駄にはしない。……行ってくるよ"
「おう、行ってこい先生! もたもたしてたら、アタシが後でケツひっぱたいてやるからな!」
ネル先輩の最後のがなり声を受け流しながら、私は先生、そしてゲーム開発部の面々と共にタワーの入り口へと駆け出しました。
「(……見ていますか、セイカさん。……これが私たちの絆。……あなたが信じた、非合理なまでの輝きです)」
空に舞う六基のファンネルが、まるで仲間の想いを吸収したかのように、より一層強く蒼い光を放ちました。
私は一度も振り返ることなく、先生と
__________
長い上昇を終えたエレベーターの扉が、重々しい電子音と共に左右へと滑り込みました。
「着いた!」
モモイちゃんの叫びが、静まり返ったフロアに響き渡ります。
そこは、要塞都市エリドゥのすべてを見下ろす頂上。壁一面を埋め尽くす巨大なホログラムディスプレイには、絶え間なく流れる数式と、都市各所の防衛状況が冷徹な青い光となって映し出されていました。
「ここがエリドゥ中央タワーの最上階……」
ミドリちゃんが息を呑み、足を踏み出しました。床にまで反射する鏡面のような美しさが、かえってこの場所の非人間的な静寂を際立たせています。
「ここのどこかにアリスちゃんがいるはずです」
私はファンネルを周囲に浮遊させたまま、警戒を解かずに広大な空間を見渡しました。
計器の駆動音だけが響く静寂。しかし、その中央に鎮座する巨大な制御ユニットの陰から、一人の女性が、まるですべての「正解」を掌中に収めているかのような超然とした態度で姿を現しました。
「そう、アリスならここにいるわ」
冷たく、一点の迷いも感じさせない声。
逆光の中に立つそのシルエットは、ミレニアムサイエンススクールの最高権力者としての威厳と、ある種の狂気さえも孕んだ孤独を纏っていました。
「会長」
私の口から漏れたのは、尊敬でも恐怖でもなく、ただ冷厳な事実としての呼び名でした。
調月リオ。
彼女は手にした端末から視線を上げることなく、まるで不必要な変数を排除するかのような眼差しで、ボロボロになりながらも辿り着いた私たちを迎えました。
「(……セイカさん。……ついに、観測の
私は背後の先生、そしてゲーム開発部の面々の覚悟を感じながら、愛銃を構え直しました。窓の外では、夜の闇に沈むエリドゥの街光が、まるで彼女の抱く「正義」という名の檻のように、静かに脈動していました。
リオ会長は、手にしていた端末を静かにデスクへと置きました。
かつては絶対的な正解を指し示していたはずのホログラムは、今はただ「予測不能」というエラーメッセージを繰り返し点滅させています。
「……あのアバンギャルド君を、そしてアビ・エシェフとトキを。……いいえ、私のあらゆる『予測』を、あなたたちはすべて塗り替えてここへ来た」
会長はゆっくりとこちらへ向き直りました。その表情には、激昂も、焦燥もありません。ただ、長すぎる夜の終わりに、自らが積み上げた積み木が崩れるのを見届けたような、虚無に近い静寂が漂っていました。
「戦う意思はないわ。……物理的な排除が失敗した時点で、私の論理はすでに破綻している。……私の負けよ、先生。そしてC&C、ゲーム開発部」
「……会長」
私は構えていた銃の銃口を、ゆっくりと下げました。
「……先生、最後にもう一度だけ聞かせて」
リオ会長は、アリスの元へ向かおうとする先生の背中に、冷たく、それでいて震える声を投げかけました。その瞳には、未だに拭い去れない「最悪の未来」への恐怖が張り付いています。
「アリス——AL-1Sが目覚めれば、私の演算が示したとおり、いつかこの世界を崩壊に導く『無名の司祭』の王となるでしょう。それは確率論でも、感情論でもない。この都市の、そしてミレニアムの全知が導き出した確定した終焉よ」
リオ会長は、眠るアリスちゃんを、まるで時限爆弾を見るかのような眼差しで見つめます。
「それでも……貴方は助けるというの? 世界の終わりを天秤にかけてでも、その『たった一人の生徒』を選ぶというの?」
その問いは、この要塞都市エリドゥが建てられた根源的な理由そのものでした。
モモイちゃんたちが、息を呑んで先生の答えを待ちます。私は、ただ静かに傍らに立ち、先生の横顔を見つめました。
「(……セイカさん。……あなたなら、この問いにどう答えますか。不確定な未来を恐れる主観と、確定した破滅を告げる客観。その狭間で、私たちは何を信じるべきなのでしょう)」
先生は、迷うことなくリオ会長の方へと向き直りました。その瞳には、恐怖も迷いもありませんでした。
"……リオ。君の計算は、確かに正しいのかもしれない"
先生の声は、静かに、けれど最上階の広大な空間に隅々まで響き渡りました。
"でも、アリスは『世界を滅ぼす兵器』じゃない。私の大切な生徒で、みんなと一緒にゲームを作って、笑って、泣いて、今日まで歩んできた一人の女の子なんだ。……未来がどうなるかなんて、誰にも分からない。だったら私は、まだ見ぬ明日を怖がるより、今日、目の前で助けを求めている彼女の手を掴むことを選ぶよ"
「……非論理的だわ。あまりにも、救いようがないほどに……」
リオ会長は力なく首を振りましたが、その言葉とは裏腹に、彼女の肩から不自然なまでの緊張がふっと抜け落ちたのを、私は見逃しませんでした。
「(……ええ。それが私たちの『先生』です。そして、あなたが恐れた数式を書き換える唯一の『誤差』なのですから)」
私は、再び起動したファンネルの淡い光の中に、先生の確信を感じました。
リオ会長が沈黙し、アリスちゃんを解放する最終キーを入力します。
「……行きなさい、勇者のパーティ。……私の