未来を統べる翼と、優しいメイドの家   作:天野江

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世界を定義する一撃

 

 

 

 アビドス砂漠の最深部、その遥か上空に広がる異次元の天蓋。

 極限の集中によって繰り出された室笠セイカの『フルバースト』。その白銀と紫の光の奔流と、【セトの憤怒】が解き放つ漆黒と紫の雷電が、空間の相そのものを粉砕しながら真正面から激しく激突した。

 

 

バリバリバリバリバリィィィィィンッ!! 

 

 

 二つの巨大な概念エネルギーが衝突した反動で、セイカが背負うメテオストライカーから解き放たれていた緑のルミナス粒子が爆発的に拡散。それはまるで夜空を流れる天の川のごとく、アビドスの焦土と化した天蓋全体を覆い尽くすほどの光の渦となって広がっていく。

 

 衝突の余波が広がりきった、その瞬間──。

 世界から、あらゆる音が完全に消え去った。

 

 風の音も、雷鳴の響きも、大地の悲鳴すらも。すべての物理現象がその存在を拒絶されたかのような、完璧なる「無音」の領域。

 

 しかし──その静寂は、さらなる絶望の前触れに過ぎなかった。

 

 

ゴォォォォォォォォンッ!! 

 

 

 理不尽なまでの破壊衝動を孕んだ大轟音。

セトの憤怒の威光が、再びアビドスの戦場全体を揺らし、地殻の奥底までをも恐怖で震わせる。

 

 先ほどのフルバーストによって砕かれ、幾何学的な欠片となって宙に霧散したはずの高次元障壁。

 その暗黒と紫電の残骸が、まるで意思を持っているかのように、うねりを上げてひとつに集まり始めた。

 

 黒い雷。

 紫色の亀裂。

 崩壊した空間の破片。

 

 それらすべてが狂暴な旋風となり、セトの巨体へ向かって怒涛の勢いで吸収されていく。傷つき削り取られたはずの神威が、激痛を上書きする狂怒によって黒く重厚に再構築されていく。

 

 

『……お父さん!』

 

 

 セイカの脳内通信回路に、ケイの叫びが響いた。

 いつもの淡々としたトーンは完全に押し流され、データ帯域の全域を警戒アラートが埋め尽くしている。

 

 

『敵概念体、再構築を開始! ……出力の上昇を確認──!』

 

 

 ケイの分析リポートが、激しいノイズを押し切って届く。

 

 

『先ほどまでの測定出力を大幅に上回っています! 敵のエネルギー密度、第1段階の数倍へ突入! 崩壊した因果を自らの怒りで喰らい、強度を増しています!』

 

 

 セイカは背負うメテオストライカーのホールドグリップをしっかりと握り直し、黙って前方を見つめた。

 漆黒の軍服の裾が乱気流に揺れ、背中のダブルコアから溢れ出る光粒子が、夜空に静かな光芒を描いている。

 

 

「……第二段階、ということですか」

 

『はい。これより先はデータベースに存在しない、未知の戦闘領域となります』

 

「ならば──」

 

 

 セイカは背負うユニットの放熱バインダーを微調整し、激しく揺れ動く異次元の風の中で完璧な姿勢を整えた。

 紫の双眸に宿るのは、退くことのない確固たる覚悟。

 

 

「──私達も、ここからです」

 

 

 

 

__________

 

 

 

 

 セトの憤怒。

 再構築を終えたその巨体が、異形の巨大な腕を高く振り上げた。

 

 そのたった一つの動作だけで、周囲の空間そのものが雑霊の如く歪み、捩れ、破綻していく。

 

 雷が落ちる。

 一つではない。

 十、百、千──無数。

 

 それは単なる天候の雷ではない。異なる時間軸、異なる平行世界を通って、過去・現在・未来のあらゆる可能性から同時並行で降り注ぐ「回避不能」の概念雷撃。

 

 

『回避不能──!』

 

 

 ケイの切迫した警告が響く。

 

 しかし。

 

 

シュンッ! 

 

 

 メテオストライカーが空間から消えた。

 

 次の瞬間には遥か上空。

 さらにその次の瞬間には、セトの背後。

 回避など不可能なはずの雷撃の網目を、まるで初めからそこに存在していなかったかのようにすり抜けていく。白銀のルミナス粒子だけが、残像のように夜空へ遅れて遺されていた。

 

 セイカは空見の閃を限界を超えて維持していた。

 

 彼女の紫色の瞳には、今や現実の光景ではなく、無数の「未来の枝」が爆発的に視界を埋め尽くしていた。

 高次演算回路が悲鳴を上げ、脳髄に焼け付くような熱線が走る。

 

 右へ進めば暗黒の雷。

 左へ進めば空間崩壊の呑み込み。

 上へ進めば別時間軸からの雷撃。

 下へ進めば、存在確率そのものが摩滅して消滅する。

 

 どの未来を見渡しても、完全な安全などどこにも存在しない。

 セトという神格は、あらゆる選択肢の先へ破滅の罠を張り巡らせていた。

 

 それでも──。

 

 

「……一つだけ」

 

 

 過負荷で血の滲むような視界の中で、セイカの強い意志が細い光の筋を捉えた。

 

 

「通れる未来があります」

 

『……どこですか、お父さん!?』

 

「セトの右側」

 

『確認──!』

 

 

 ケイが即座に、1秒間に数京回に及ぶ極限並列演算を開始する。

 

 

『……本当に存在します! 敵の攻撃位相が相互干渉を起こし、0.0001秒だけ生じる完全な概念の死角!』

 

「そこへ!」

 

『了解!』

 

 

 メテオストライカーのダブル・ルミナス・コアが咆哮を上げる。

 白銀の光の尾を引きながら、セイカの身体は急加速。降り注ぐ黒い雷撃のほんの僅かな隙間を、流れる水のように滑らかに縫っていく。

 

 セトの右腕が、山を潰すほどの圧倒的質量をもって振り下ろされる。

 激突まであと数ミリ。

 

 

『今です!』

 

 

 ケイの叫びと同時に、セイカは操縦桿を切るように身を翻した。

 メテオストライカーが紙一重の差で巨大な腕の軌道をかいくぐる。

 

 

 

 

__________

 

 

 

 

 

 極限の回避を遂げたその瞬間。

 

 セイカの背後に構えられたメテオストライカーのバインダーから、十二基のフィン・ファンネルが一斉に解き放たれた。

 

 

ガシュ──ッ!! 

 

 

 フィン・ファンネルが、夜空に煌めく緑のルミナス粒子を纏いながら、セトの周囲へと高速で散開していく。

 

 一基。

 二基。

 三基。

 

 やがて十二基すべてが、セトを取り囲む巨大な円環の陣形を完璧に描き出した。

 

 セトが怒号の咆哮を上げる。

 自らを取り囲む小さな光の群れを鬱陶しそうに破砕せんと、黒い雷が十二基のファンネルへ向けて一斉に殺到する。

 

 だが、ファンネル群はそれぞれ異なる複雑な三次元立体軌道を描いて雷撃を完全に回避。

 白青の光体が描く光の軌跡が、セトの巨体を閉じ込めるように夜空へ鮮やかな幾何学の円環を刻んでいく。

 

 

『フィン・ファンネル全機、敵周囲へ展開完了いたしました』

 

 

 ケイの報告が耳に届く。

 

 

「……ありがとう、ケイ」

 

『まだです、お父さん』

 

「……ええ」

 

 

 ケイの膨大な高次解析データが、精神リンクを通じてセイカの意識へと直接流れ込んでいく。

 

 

『お父さん』

 

『セトの因果変動には、完全なランダム性はありません』

 

『怒りの増幅、攻撃、そして再構築──』

 

『すべての現象の繋ぎ目に、ほんの僅かな「遅れ」が存在します』

 

 

 セイカの紫の瞳が、僅かに細められた。

 

 

「……遅れ」

 

『はい』

 

『一瞬にも満たない、ごく僅かな因果の遅延』

 

『どれほど攻撃の威力を引き上げようとも、そこだけはセト自身にも書き換えることができていません』

 

 

 セイカの唇に、静かで確信に満ちた笑みが浮かぶ。

 

 

「ならば──」

 

 

 十二基のファンネルが、一斉にセトの因果の結節点へ照準を固定する。

 

 

「そこを撃ち抜きます」

 

 

 

 

__________

 

 

 

 

 しかし、その攻撃の意図を察知したかのように。

 セトの全周に、先ほどよりも遥かに重厚で狂暴な巨大雷壁が緊急展開された。

 

 

『防衛反応!』

 

 

 ケイが叫ぶ。

 

 

『通常攻撃では突破不能です! ファンネルの単波光線では集束が届きません!』

 

 

 そのとき。

 

 

「──セイカ!」

 

 

 砂塵と叫びを切り裂いて、澄んだ声が響き渡った。

 

 地上から駆け込んできたのは、砂狼シロコ。

 そして、室笠シロコ。

 

 二人のシロコが、一糸乱れぬ動きで同時にセトの足元へ向かって突撃を開始する。

 

 

「……ここ」

 

「……今だよ」

 

 

 二人の銃口から解き放たれた極大の実体弾とエネルギー弾が、寸分の狂いもなくセトの足元の防衛構造へ集中叩き込まれた!

 

 続いて、セリカ、ノノミ、アヤネの三人が援護射撃を開始する。

 

 

「ここまで来たんだから……最後まで付き合うわよっ!」

 

 

 セリカがアサルトライフルを叩きつけ、激しい火花を散らす。

 

 

「セイカさん、今です!」

 

 

 ノノミが重機関銃のトリガーを引き絞り、弾幕の雨を降らせる。

 

 

「データ解析、更新しました! 敵の防御構造に一時的な空白が発生しています!」

 

 

 アヤネが過負荷に耐えながら通信端末を操作し、相殺データを展開する。

 

 そして──。

 

 

「……んへへ」

 

 

 小鳥遊ホシノがオッドアイの瞳に強い光を宿して笑った。

 

 

「おじさんたちも、まだまだやれるよね」

 

 

 巨大な盾を砂漠へ深く強く突き立て、セトから漏れ出た極大の黒雷を正面から泥臭く受け止める。

 

 

「……こんなところで、一人にするわけにはいかないからね!」

 

 

 さらに上空。

 

 

「──私もいるわ!」

 

 

 空崎ヒナが降下する。

 漆黒の翼を大きく広げ、限界を超えた極大の光線をセトの雷壁の亀裂へ直接突き刺した。

 

 

ズドォォォォォンッ!! 

 

 

 巨大な雷壁が大きく揺らぎ、防衛概念に明確な破綻が生じる。

 

 

『今です!』

 

 

 ケイの声。

 

 

「……ええ」

 

 

 セイカの紫色の瞳が、神聖なまでの光を放つ。

 

 

「みんなが作ってくれた、この一瞬を──無駄にはしません!」

 

 

 メテオストライカーが爆発的に加速する。

 

 

 

 

__________

 

 

 

 

 

 セイカは《空見の閃》を最大出力へと解放した。

 

 脳内に渦巻く無数の未来。何億、何兆という可能性の分岐が視界を埋め尽くす。

 しかし、今回のセイカは未来を一つだけに固定しようとはしなかった。

 消すことも、否定することも、押し潰すこともしない。

 

 ただ──。

 

 

「……この未来も」

 

 

 勝利の可能性。

 

 

「……この未来も」

 

 

 仲間たちが繋いでくれた道。

 

 

「……これも」

 

 

 家族のもとへ帰る約束。

 

 セイカは、無数に存在する「勝利の可能性」をひとつひとつ丁寧に見つけ出していく。

 そして、それらをたった一つの『今』という瞬間へ重畳(重ね合わせ)させていく。

 

 

「……全部、ここへ!」

 

 

 紫色の光の粒子が、全周に展開された十二基のフィン・ファンネルへ怒涛の勢いで流れ込んでいく。

 

 

 

『演算収束率、上昇!』

 

『敵の因果遅延、完全一致します!』

 

『0.001秒──!』

 

 

 セイカが静かに、そして鋭く目を開いた。

 

 

「……今です」

 

 

 

 

__________

 

 

 

 

 十二基のフィン・ファンネルが一斉に発射された。

 

 

ガシュ──ッ!! 

 

 

 白と青の美麗な光線が、セトの全周を完全に包み込む。

 左右。上下。背後。正面。

 あらゆる三次元の方向から、極大光線が幾何学模様を描いて交差する。

 

 同時に、セイカが背負うメテオストライカー本体の全射撃兵装が完全起動。

 

 ミサイルコンテナが解放され、光学ガトリングが咆哮を上げ、各種射撃兵装が限界突破の連続射撃を開始。

 そして、セイカが両手で固く構える中央のメテオバスターライフル。

 

 二つのルミナス・コアから汲み上げられた紫色の光線が、砲口で密度を増し、限界まで収束していく。

 

 

『全武装、完全同期完了いたしました!』

 

 

 ケイの鋭い叫び。

 

 セイカは静かに、しかし覚悟を込めて告げた。

 

 

「──フルバースト」

 

 

ズガガガガガガガガガガァァァァァァァンッ!! 

 

 

 全武装が、一斉に放たれた。

 

 緑のルミナス粒子が爆発的に世界へ散乱する。

 白青のファンネル射撃、無数の光弾、弾幕、ミサイル群。

 そして中央を一直線に貫く、紫色の極大メテオバスター。

 

 すべてが一つの場所──セトの因果の『遅れ』へ集中する。

 

 セトの雷壁が粉々に砕け散る。

 その奥に隠されていた神格そのものへ、光が完全に届いた。

 

 

 

 

__________

 

 

 

 

「────!」

 

 

 セトが天空を揺るがす絶望の咆哮を上げた。

 最後の力を振り絞り、身体の亀裂から無数の黒い雷を噴出させ、アビドス全体を覆い尽くすほどの超極大の暗黒雷を形成し始める。

 

 

『お父さん!』

 

 

 ケイが叫ぶ。

 

 

『敵、最終自己崩壊攻撃を確認!』

 

『このままではアビドス全域が巻き込まれ、消滅します──!』

 

 

 それでも、セイカはメテオバスターの出力を緩めない。両手でしっかりと砲身を固定し、前を見つめる。

 

 

「……大丈夫です」

 

『お父さん?』

 

「私達には、まだ一手あります」

 

 

 セイカは生活チャンネルの通信を開いた。

 

 

「アカネ」

 

『はい、セイカさん』

 

「……帰ったら」

 

「みんなで夕食にしましょう」

 

 

 通信の向こうで、アカネが温かく微笑む気配が伝わってきた。

 

 

『もちろんです。最高の夕食をご用意してお待ちしています』

 

「……では」

 

 

 セイカの瞳が、いまだかつてない神聖な紫色に輝き出す。

 

 

「帰るために──」

 

 

 メテオストライカーのダブルコアが、臨界点を超えた最大出力へ到達する!

 

 

「この一撃で、終わらせます!」

 

 

 

 

 

__________

 

 

 

 

 セイカの空見の閃が、最後の高次演算を開始する。

 

 無数の未来。

 無数の可能性。

 そのすべてが、たった一本の美しい道へ収束していく。

 

 それは「セトが敗北する未来」を強制的に書き込むような理不尽な力ではない。

 ただ──。

 

 セイカたちが生き残り、仲間たちと共に家族のもとへ帰る可能性を、極限まで引き上げる。

 それだけの、温かな一手。

 

 

「……私は、未来を決めません」

 

 

 紫色の光が、メテオバスターの砲口へ極限まで凝縮されていく。

 

 

「未来は──」

 

 

 十二基のフィン・ファンネルが、再び一斉にセトの核心へ照準を固定した。

 

 

「私達が、進んだ先で作るものです!」

 

 

 セイカは引き金を固く握りしめた。

 

 

「だから──」

 

「これが」

 

「私達の──」

 

「一撃です!!」

 

 

ドバァァァァァァァァァァァンッ!! 

 

 

 メテオバスターライフル、最大出力。

 十二基のフィン・ファンネル、全火力射撃。

 機体各部の全射撃兵装。

 ダブル・ルミナス・コアの限界駆動。

 そして、『空見の閃』による演算収束。

 

 そのすべてが、完璧な一つの瞬間へ重ね合わされた。

 

 緑。

 白。

 青。

 そして紫。

 

 四つの光がひとつに混ざり合い、幾重もの光輪を纏った極大の奔流となって、セトの憤怒を完全に貫いた。

 

 

 

 

__________

 

 

 

 

メリメリメリメリ……ッ! 

 

 

 セトの巨大な身体に、無数の亀裂が走り抜ける。

 

 一つ。

 二つ。

 無数。

 

 その亀裂の奥から、黒い不条理な光が溢れ出していく。

 

 

『敵概念体、存在確率低下!』

 

『70%……50%……!』

 

『30%……!』

 

 セトが最後の咆哮を上げる。

 しかし、その不快な威光の声さえも、セイカたちの解き放った光の奔流の中へ呑み込まれ、消えていく。

 

『10%──!』

 

『5%──!』

 

 そして。

 

『……0%』

 

 

 セトの巨大な身体が、静かに崩れ始めた。

 

 だが、それは激しい爆発ではなかった。

 黒い雷が一つずつ消えていく。

 崩壊していた空間の亀裂が、滑らかに修復されていく。

 荒れ狂っていた熱砂が静まり、本来の大地へと戻っていく。

 

 そして最後に。

 

 セトの中心に残っていた、巨大な「憤怒」の光が──

 手のひらの上の泡のように、小さな光となって静かに消えた。

 

 

 

 戦場から、すべての音が消え去った。

 

 先ほどまでの凄惨な崩壊が嘘であったかのように、静かな風だけが砂漠を吹き抜けていく。

 

 背負ったメテオストライカーだけが、緑の粒子を纏いながら夜空へ静かに浮かんでいた。

 

 十二基のフィン・ファンネルが、一基ずつセイカの背後へ帰還してくる。

 

 最後の一基が背部バインダーへ収容された。

 砲口に灯っていた紫色の光も、静かに消えていく。

 

 セイカはゆっくりと、深く息を吐いた。

 

 

「……対象、沈黙」

 

『……』

 

 

 ケイからの返事がない。

 

 

「ケイ?」

 

『……はい』

 

 

 通信機から聴こえたのは、ほんの少しだけ震えた声だった。

 

 

『演算終了』

 

『敵概念体、完全消滅を確認』

 

『アビドス上空の高次元異常、完全収束』

 

『因果変動率、正常値へ復帰しています』

 

 

 セイカは静かに目を閉じた。

 

 

「……そうですか」

 

 

 そして。

 

 

「……終わりましたね」

 

 

 暗黒に染まっていたアビドスの空が、少しずつ明るさを取り戻していく。

 

 紫色の禍々しい雲が薄れ。

 黒い空間の亀裂が閉じ。

 その向こうから、温かな朝の光が差し込んでくる。

 

 アビドスの広大な砂漠を、柔らかな朝日がどこまでも照らしていった。

 

 地表でホシノが空を見上げる。

 

 

「……朝、かぁ」

 

 

 セリカがその場にへたりと座り込んだ。

 

 

「はぁ……もう二度と、こんなの御免だからね……」

 

 

 ノノミが優しく笑う。

 

 

「ふふっ。でも、みんな無事でよかったですね」

 

 

 アヤネは通信端末の画面を確認し、安堵の息をついた。

 

 

「各区域、復旧を確認。……本当に、終わったんですね」

 

 

 ヒナも砲身を収め、静かに呼吸を整える。

 

 

「……まったく。最後まで無茶をするんだから」

 

 

 そして二人のシロコが、空に浮かぶメテオストライカーを見上げた。

 

 砂狼シロコ。

 室笠シロコ。

 

 二人は顔を見合わせ、小さく頷き合った。

 

 

「……帰ろう」

 

「……うん」

 

 

 

 

__________

 

 

 

 

 背負ったメテオストライカーから放たれる白銀のルミナス粒子が、朝日に溶け込んでいく。

 セイカの身体がゆっくりと地上へ降下した。

 

 地表へ足をつけると同時に、足音が聞こえる。

 

 

「セイカさん!」

 

 

 アカネがまっすぐに駆け寄ってきた。

 

 セイカは少しだけ驚き、それから穏やかに微笑む。

 

 

「……アカネ」

 

 

 アカネはセイカに怪我がないことを確かめると、安心したように心を撫で下ろした。

 

 

「……本当に、よかったです」

 

「ええ」

 

「お疲れ様でした」

 

 

 セイカは静かに答える。

 

 

「……ただいま」

 

 

 その言葉に、アカネが温かく微笑んだ。

 

 

「……おかえりなさい、セイカさん」

 

 

 その横から、ケイも駆けてくる。

 

 

「お父さん!」

 

「ケイ」

 

「本当に……本当に無事でよかったです!」

 

 

 セイカは優しく、ケイの頭へ手を置いた。

 

 

「あなたのおかげですよ。私一人では、あの一手を成立させることはできませんでした」

 

 

 ケイは少し照れくさそうに笑う。

 

 

「……当然です。私たちは家族ですから」

 

 

 

 

__________

 

 

 

 

 

 少し離れた場所。

 砂狼シロコと室笠シロコ。二人のシロコが静かに立っている。

 

 室笠シロコがセイカへ歩み寄ってきた。

 

 

「……お父さん」

 

「どうしました?」

 

「……終わった?」

 

 

 セイカは力強く頷く。

 

 

「ええ。全部、終わりましたよ」

 

 

 室笠シロコは胸を撫で下ろし、嬉しそうに小さく笑った。

 

 

「……よかった」

 

 

 そして、ホシノが大きく伸びをする。

 

 

「んへへ……じゃあ、帰ったら朝ご飯かなぁ」

 

 

 セリカが呆れたようにツッコミを入れた。

 

 

「なんで朝ご飯の心配が最初なのよ……!」

 

 

 ノノミがくすくすと微笑む。

 

 

「でも、私もお腹空きました~」

 

 

 アヤネも苦笑いを浮かべた。

 

 

「……それじゃあ、帰還後の食事を準備しましょう」

 

 

 セイカはその微笑ましい光景を静かに見つめた。

 

 戦いの激しい痕跡。

 削り取られた大地。

 消え去った神格。

 

 すべてが、確かにここに残っている。

 それでも──。

 

 今、目の前には温かな笑顔がある。

 帰るべき場所がある。

 守りたい日常がある。

 

 セイカは穏やかに笑った。

 

 

「……今日の夕食は」

 

 

 ケイが振り向く。

 

 

「はい?」

 

「きっと、とても美味しいでしょうね」

 

 

 アカネが微笑む。

 

 

「ええ。みんなで食べれば、きっと」

 

 

 セイカは空を見上げた。

 雲ひとつなく晴れ渡った、どこまでも青いアビドスの空。

 

 

「……それが、一番の答えです」

 

 

 背負うメテオストライカーの粒子が、朝日に照らされて静かに、美しく輝いていた。

 

 神を退けた最強の兵装は──

 今度こそ戦うためではなく。

 大切な家族と、仲間たちと。

 

 温かな日常へ帰るための、静かな守護神へと戻っていったのだった。

 

 

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