未来を統べる翼と、優しいメイドの家   作:天野江

183 / 213
レナちゃんの誕生日回!
書いたの21日だからぎりぎりセーフってことで(;'∀')汗


レナの誕生日 ― 空見観測研究部、全員集合

 

 

 

「……何よ。今日、やけにみんな揃ってない?」

 

 

 扉を開けて入ってきた衣斐レナは、足を踏み入れた瞬間に小さく眉をひそめた。

 

 この部室にメンバーが集まっていること自体は、いつもの日常だ。

 セイカが端末に向かって黙々とデータを解析し、アカネが温かいお茶の準備をし、シロコやケイ、セイアやキサキたちも思い思いに過ごしている。全員がこの場所に顔を揃えているのは、何も珍しいことではない。

 

 だが、今日の空気は明らかに異質だった。

 

 壁際で静かに佇むシロコは、なぜかレナと目が合った瞬間にすっと視線を逸らした。

 コンソールに向かうケイは、普段以上に完璧で硬質な姿勢を保ちすぎている。

 ソファーに腰掛けるセイアは開いた本をじっと見つめているが、ページが一向にめくられない。

 その隣に座るキサキに至っては、何かを堪えるように腕組みをしてフンスと鼻息を荒くしていた。

 

 

「そうですね。今日も全員揃っています」

 

 

 作業机に向かったまま、セイカは一切の動揺を見せずにそう答えた。しかし、その声はどこか固く、手元のキーボードを叩く指先も心なしかぎこちない。

 

 

「……ふーん?」

 

 

 レナは腕を組み、怪しむような視線を室内に巡らせた。

 

 

「怪しいわね。セイカさん、あんた嘘をつくとき耳がピクピク動くのよ。……絶対何か隠してるでしょ。急な出撃命令? それとも、またソラノミの機関部でトラブルでも起きたわけ?」

 

「いいえ。物理的、あるいは軍事的な異常事態は一切発生しておりません」

 

「じゃあ、なんで全員でそんな気まずそうな顔してるのよ……」

 

 

 レナが呆れたようにため息をつき、自らの指定席である作業台へカバンを置こうとした、その時だった。

 

 

 

 

__________

 

 

 

 

 パチン、と乾いた音が響き、研究室の照明が一斉に落ちた。

 ホログラムの明かりすら消失し、室内は一瞬にして静寂と暗闇に包まれる。

 

 

「な、なに!? 停電!? ほら見なさい、やっぱりトラブルじゃない!」

 

 

 レナが慌てて腰のサブマシンガンに手をかけようとした瞬間──

 

 ポッと、暗闇の中に小さな温かい光が灯った。

 それはアカネが恭しく抱える大きなデコレーションケーキの上に立てられた、揺らめくローソクの光だった。

 

 

「「「レナ(ちゃん)、お誕生日おめでとうございます!」」」

 

 

 全員の重なる声が、静かな研究室の中に大きく響き渡った。

 

 

「…………え?」

 

 

 レナの手が、銃のグリップの上で完全に凍りついた。

 目を丸くし、口をぽかんと開けたまま、レナは光の輪の中に浮かび上がる仲間たちの顔を順番に見つめた。

 

 

「たん……じょうび……?」

 

「はい。9月21日。本日はレナさんの生まれた特別な日でございます」

 

 

 アカネが穏やかな笑みをたたえ、ケーキを掲げながら歩み寄ってくる。

 照明が再びパッと点灯し、そこにはクラッカーを手にしたシロコや、少し照れくさそうに画面を明滅させるケイ、微笑むセイアとキサキ、そしてどこか誇らしげに胸を張るセイカの姿があった。

 

 

「嘘……覚えてたの……?」

 

 

 普段は賑やかに周囲を冷やかしたり、軽快な軽口で場を惑わせる側のレナが、完全に主導権を奪われて狼狽している。自分が「祝われる主役」になることなど、計算には全く入っていなかったのだ。

 

 

 

 

__________

 

 

 

 

 

「さあ、レナさん。困惑される気持ちも分かりますが、まずは私たちからの日頃の感謝とお祝いの品を受け取ってくださいな」

 

 

 アカネに促され、レナは戸惑いながらも中央のテーブルへと誘導された。

 

 

「では、まず私から」

 

 

 最初に歩み出たのは、セイカだった。

 彼女が差し出したのは、無機質な金属ケースだった。レナが不審そうに蓋を開けると、そこには光の加減によって複雑に色を変える、見たこともないほど高密度で滑らかな極細の特殊繊維ロールが収められていた。

 

 

「これは……ナノカーボン構造を組み込んだ高強度光紡糸……?」

 

「はい。デザイナーとしてのレナさんの活動を考慮し、服飾用の特殊素材を調達しました。防弾・耐熱性能を保持しつつ、自由な染色と立体成形が可能な最高峰の織物です。既製品の服ではなく、レナさんが次に作る『作品』の素材にしていただきたく」

 

 

 レナは息を呑み、思わずその繊細な生地に触れた。

 

 

「……私の仕事、ちゃんと見てたの?」

 

「当然です。レナさんが服のデザインや裁縫の話をしている時、脳内の活性化を示すデータが顕著に現れます。とても楽しそうですから」

 

「もう……相変わらず分析魔なんだから……」

 

 

 レナは呆れたフリをしながらも、その素材を愛おしそうに抱きしめた。

 

 続いて、アカネが洗練された箱を差し出す。

 

 

「私からは、手作りのお菓子でございます。レナさんの好みに合わせ、甘さを少し控えめにしたカカオとベリーのタルトを焼かせていただきました」

 

「アカネさんの手作り……! 嬉しい、あとでゆっくり食べるわ。……ありがと、アカネさん」

 

「ふふっ、お口に合えば幸いです」

 

 

 次に、無口なシロコがすっと前に出た。

 

 

「……これ」

 

 

 手渡されたのは、丁寧にリボンが結ばれた小さな箱だった。開けてみると、そこには黒を基調としながらも、上品な白と淡いシルキーブルーのラインが施されたシザーケース(ハサミ入れ)と小物が収められていた。

 

 

「……レナに似合うと思った。いつも黒い服を着ているけれど、差し色に明るい色を入れるのが好きだから」

 

「シロコ……私の好み、ちゃんと覚えてたんだ……」

 

「ん。仲間だから」

 

 

 シロコが短く頷くと、その隣からケイが空中ディスプレイにデータを投影しながら滑り込んできた。

 

 

「続いて私、ケイからです。レナさんの作業効率向上を目的とした専用マルチツールセットです」

 

 

 ケイが提示した箱には、ミリ単位の精度で研磨された特殊な定規や、人間工学に基づいた精密カッターが格納されていた。

 

 

「レナさんが日常的に使用している道具の損耗率と使用頻度を過去三ヶ月にわたり密かに計測・分析しました。現在の道具はあと14日で精度誤差が生じる予測でしたので、最も耐久性の高い代替品を選定いたしました」

 

「ふふっ、ケイちゃんらしいわね……」

 

 

 レナはくすりと笑い、ケイの頭を撫でた。

 

 

「……ありがと。大事に使うわ」

 

「はい。有効活用を期待します」

 

 

 そして、ソファーから立ち上がったセイアが、詩的な笑みをたたえてレナを見つめる。

 

 

「私からは、形ある物ではなく言葉を贈ろう」

 

「また難しいこと言うつもりでしょ、セイアさんは……」

 

「ふふ、構える必要はないよ。──今日という日は、過去にも未来にも存在しない、今日だけの特別な一日だ。だからこそ、その中心で君が笑っていることを、私はとても嬉しく思う。君の未来に、幸多からんことを」

 

「……そういうこと、さらっと言わないでよ。なんか恥ずかしいじゃない……」

 

 

 顔を真っ赤にするレナへ、最後に竜華キサキが豪快に笑いながら近づいてきた。

 

 

「ハハハ! 照れるでない、レナ! 今日はお主が主役なのじゃからな! 遠慮など無用!」

 

 

 キサキが差し出したのは、山海経の最高級絹織物が使われた豪華な刺繍入りの反物だった。

 

 

「うむ! お主の腕なら、これを素晴らしい衣服に仕立て上げられるであろ? 妾からの特別なお祝いじゃ、堂々と受け取るがよい」

 

「キサキさん……これ、いくらするのよ……。でも、ありがとう!」

 

 

 

 

__________

 

 

 

 

 

 両手の中に溢れんばかりのプレゼントと、全員からの真っ直ぐな祝福の言葉。

 温かい熱気に包まれた研究室の中で、レナは次第に居心地悪そうに肩をすくめ、視線を下へと落とした。

 

 

「……ちょっと待ってよ。なんで、みんなこんなにちゃんとしてるのよ……」

 

 

 声が少しだけ震えていた。

 

 レナにとって、誰かを祝ったり、賑やかしとして場を盛り上げたりすることは得意分野だった。しかし、自分自身が全員の中心になり、これほどまでに大きな情熱と準備を向けられることには、まるで免疫がなかったのだ。

 

 

「誰か一人だけならまだしも……研究部のみんなが、全員で私のためにこんな時間を使って……」

 

 

 レナはぎゅっとプレゼントを抱きしめ、呟くように言った。

 

 

「……私なんかの誕生日で、ここまでしなくてもいいのに……」

 

 

 

 その言葉が空気中に落ちた瞬間。

 

 

「『私なんか』ではありませんよ、レナさん」

 

 

 静かだが、凛とした芯のある声が室内に響いた。

 歩み寄ってきたアカネが、レナの前に優しくしゃがみ込み、その目を真っ直ぐに見つめる。

 

 

「ご自分を貶めるような言い方は、おやめになってください。今日は、他の誰でもない、レナさんがこの世界に生まれてきてくれた大切な日なのです」

 

「でも……私、みんなみたいに凄まじい戦闘力があるわけでもないし、ソラノミの運用に必要な高度な計算ができるわけでも……」

 

「そんなものは関係ありません」

 

 

 アカネは柔らかな微笑みを浮かべ、レナの手を優しく包み込んだ。

 

 

「私たちは、何か役に立つからレナちゃんをお祝いしたいのではありません。今日という日に、レナさんがここにいてくれて、一緒に笑い合えることが嬉しい。……私たちがレナちゃんをお祝いしたいと思った。ただそれだけで、十分な理由になるのではありませんか?」

 

「アカネさん……」

 

 

 レナは言葉を詰まらせた。アカネの温かい眼差しには、一切の打算も偽りもなく、ただ純粋な優しさだけが込められていたからだ。

 

 

「……アカネの言う通りです」

 

 

 静かに歩み出てきたセイカが、アカネの隣に立った。

 レナは潤んだ瞳をセイカへと向ける。

 

 

「……でも、セイカさん。あなたまでなんでそこまでしてくれるのよ? いつもなら『誕生日の祝福に伴うリソース消費の合理性』とか『研究部員のメンタルケアの一環』とか、難しい理屈を並べるでしょ……?」

 

 

 レナの問いかけに、セイカは一瞬だけ瞳を伏せ、思考を巡らせた。

 

 かつてのセイカであれば、まさにレナが言った通りの「合理的な理由」を検索し、自らを納得させるためのロジックを構築していただろう。人と集うこと、誰かを祝うこと、無償の好意を向けることにすら、明確な定義とメリットを求めていた頃の自分なら。

 

 しかし──今のセイカは違っていた。

 アカネと過ごした「予定のない休日」や、みんなとの交流で味わった「数値化できない心地よさ」を知った今の彼女には、もうそんな無駄な計算は必要なかった。

 

 

「理由なら、ひとつしかありません」

 

 

 セイカはレナの目を静かに見つめ、はっきりと告げた。

 

 

「……レナさんが、私たちの『仲間』だからです」

 

 

 レナの息が止まる。

 

 

「……それだけ?」

 

「はい。たぶん、それで十分なんだと思います」

 

 

 セイカの唇に、自然で穏やかな笑みが浮かんだ。

 

 

「誰かを大切に想うことや、仲間の誕生を祝うことに、合理的な計算や利害関係は必要ありません。レナさんがここにいてくれることが、私たちにとっての喜びです。……私は最近、ようやくその当たり前のことを理解できるようになりました」

 

 

 数式も、データも、確率論も超えた場所にある「絆」。

 セイカ自身が仲間たちから学び、胸に刻んできたその答えを、今度は迷いなくレナへと手渡したのだった。

 

 

 

 

__________

 

 

 

 

「……っ」

 

 

 レナは溢れ出そうになる涙を誤魔化すように、ぐっと下唇を噛み締めた。

 胸の奥が熱く焦げ付くような、けれどとびきり温かい感覚が全身を満たしていく。

 

 しばらくの間、静まり返る部屋の中で下を向いていたレナだったが、やがて大きく息を吐き出すと、顔を上げて鼻を鳴らした。

 

 

「……ほんっと、あなたって変わったわね、セイカさん」

 

「そうでしょうか? 私は常に最適化を追及しているだけですが」

 

「そういうところが変わったって言ってるのよ!」

 

 

 レナはくすりと笑い、それから照れくさそうに目元を拭うと、集まった全員の顔を順番に見つめた。

 

 

「……ありがと、みんな。今日は……ここに来て、本当によかったわ」

 

 

 素直に紡がれた感謝の言葉に、部屋の中に一斉に温かい笑顔が弾けた。

 

 

「ふふ、礼には及ばんぞ。さあ、主役の笑顔も見届けたことじゃ。そろそろケーキを切り分けるとするかのう!」

 

 

 キサキが豪快に声をあげ、パーティーの始まりを宣言した。

 

 

 

 

 

__________

 

 

 

 

 

 そこからは、まさに空見観測研究部らしい、賑やかでまとまりのある宴が始まった。

 

 

「ケーキのカットラインを設定。参加人数7名に対し、角度51.428度で正確に均等分割を実行します」

 

 

 ケイがレーザーレベルのような正確さでナイフを入れ、完璧な一切れずつを全員の皿へと盛り付けていく。

 

 

「はい、シロコはそっちのテーブルにお料理を並べてね」

 

「ん。任せて」

 

 

 アカネの指示のもと、シロコが手際よくご馳走をテーブルへと運んでいく。

 キサキは早くも大皿の肉料理に食らいつき、「うむ! 絶品じゃ!」と口の周りをソースで汚してセイアに呆れられていた。

 

 

「キサキ、もう少し淑女たる嗜みを覚えたらどうだい?」

 

「黙れセイア! めでたい席での無礼講じゃ!」

 

 

 そんな賑やかな喧騒の真ん中で、レナは嬉しそうにケーキを口へと運んでいた。

 

 

「美味しい……! アカネさん、これ本当に最高!」

 

「ふふっ、喜んでいただけて何よりです」

 

 

 セイカは少し離れた場所から、楽しそうに笑うレナの姿を静かに見守っていた。その隣へ、ケーキの皿を持ったレナが歩み寄ってくる。

 

 

「ねえ、セイカさん」

 

「何でしょう、レナ」

 

 

 フォークを弄びながら、レナは少しだけ意地悪そうな、けれど優しさに満ちた笑みを浮かべて言った。

 

 

「……これ、毎年やるつもり?」

 

 

 セイカは一切の躊躇なく、即座に頷いた。

 

 

「はい。レナが望むなら、何度でも」

 

 

 その答えを聞き、レナは満足そうに目を細めた。

 

 

「……ふん。じゃあ、来年もよろしくね」

 

「ええ。約束します」

 

 

 

_________

 

 

 

 

 賑やかな宴が終わり、夜の静寂が再びソラノミを包み込む頃。

 

 片付けを終え、それぞれが寛ぎの時間を過ごす研究室の中で、レナはひとり大きな展望窓の前に立っていた。

 窓の外には、一万二千メートルの高度から見下ろす世界と、どこまでも続く星空が広がっている。

 

 

「……空見観測研究部、か」

 

 

 手にした温かい紅茶の湯気を眺めながら、レナがぽつりと呟く。

 その隣へ、足音もなくセイカが並んで立った。

 

 

「はい」

 

「……悪くないわね。ここ」

 

 

 夜空の星々に反射して、レナの横顔が優しく照らし出される。

 セイカは隣で小さく微笑んだ。

 

 

「そう思っていただけたなら、部長として何よりの誇りです」

 

「なによそれ、堅苦しいわね」

 

 

 レナはくすくすと笑い、照れ隠しのようにぷいと横を向いた。

 

 

「……ま、今日くらいは認めてあげる。私、やっぱりこの部……結構好きよ」

 

 

 夜空に浮かぶ小さな都市。

 数式とロジックで作られた孤高の艦の中で、そこは間違いなく、温かな「家族」の居場所だった。

 

 

 

 9月21日。空見観測研究部にとって、その日は衣斐レナの誕生日であると同時に、彼女が自らの大切な居場所を改めて実感した、かけがえのない一日となった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。