宙域の天体データを示す青白いホログラムの脇で、今日も賑やかな声が響いていた。
「わぁ〜! プラナちゃん、見てください! 今日のソラノミの星空データ、いつもより遠くの銀河までくっきり映ってますよ!」
「……肯定。昨夜の定期メンテナンスにより、広域ノイズのカット率がゼロ点四パーセント向上しています。データ精度は良好です」
システムゲートのアクセス認証を経て、仮想空間にアバターとして姿を現したアロナとプラナ。
二人は先生がソラノミにいない日であっても、自分たちの意思でこの空間へアクセスし、観測データを眺めたり、ソラノミの仲間たちと会話を交わしたりしていた。
その二人の姿を、少し離れた作業机からじっと見つめている視線があった。
ファッションデザイナーとしての眼差しを宿した、レナである。
レナは手元のデザインスケッチの手を止め、顎を手に乗せて二人を凝視していた。
アロナは水色と白を基調とした爽やかな衣装。プラナは黒と白を基調とした落ち着いた衣装。どちらもシッテムの箱の中でいつも着用している、二人の「デフォルト」の装いだった。
レナはふうと息を吐くと、椅子を引いて立ち上がり、二人の前へと歩み寄った。
「……ねえ、二人とも」
「はい? なんですか、レナさん?」
アロナがくるりと振り返る。プラナも静かに首を傾げた。
「その服って……いつもそれなの?」
アロナとプラナは、互いに顔を見合わせ、自分の着ている衣装を見下ろした。
「えっと……はい! 私たちがシッテムの箱の中にいる時は、基本的にいつもこの服です!」
「……補足します。これは基本衣料です。機能性に問題はありません」
レナは腕を組み、二人を頭からつま先までじっくりと観察するように検分した。
「……ふーん。やっぱりね」
レナは少しだけ思案するように目を細めた後、ポンと自分の手のひらを叩いた。
「決めた。二人の服、私が作る」
「えっ⁉」
アロナが驚いて目を丸くする。
「……衣服の新規製作、ですか?」
プラナもわずかに瞳を揺らした。
レナは腰に手を当て、どこか誇らしげに、けれど真剣な表情で二人を見据えた。
「そうよ。せっかく自分の意思でここまで来られるようになったんでしょ? だったら……ソラノミに来た時くらい、ソラノミのための服があってもいいじゃない」
__________
「わぁぁぁっ! お洋服を作ってもらえるんですか⁉ 私、新しい服なんてすっごく久しぶりです!」
アロナがパッと表情を輝かせ、その場でぴょんぴょんと跳ね回った。
一方、プラナは冷静にレナへと問いかける。
「……質問です。仮想アバター用の衣服データ製作および採寸には、どの程度の時間を要しますか? データ上の身体パラメータであれば、即座に提示可能ですが」
レナは呆れたように苦笑いを浮かべた。
「あんた、そういうところは相変わらず固いわね……。でも大丈夫。私、こういうのは絶対に妥協しないから」
レナは作業台から専用の計測デバイスと光線メジャーを取り出した。
「服作りはね、ただのデータ入力じゃないの。身長、肩幅、袖丈、裾の長さ……それだけじゃなくて、あんたたちが動いた時に布がどう揺れるか、二人で並んだ時にどんなシルエットになるかまで、全部計算して作るんだから」
そこへ、隣のデスクでデータを整理していたケイが静かに近づいてきた。
「……レナ。お二人の身体立体モデルであれば、システムゲートのログインログから三次元高精度メッシュデータとして一秒で抽出可能ですが?」
ケイが効率性を考えて端末を差し出そうとしたが、レナはビシッと指を振ってそれを制した。
「ケイちゃん。今回は数字だけじゃダメなの」
「……?」
ケイが理解しかねたように、生真面目に首を傾げる。
レナは二人のアバターの周りをゆっくりと歩きながら、仕立て屋としての情熱を込めて語った。
「服っていうのはね、ただ身に纏う布じゃないの。その人が着て、動いて、そこに立った時に……どう見えるか、どんな気持ちになるかまで含めて『服』なんだから。数字のデータだけじゃ、その人が纏う『雰囲気』までは測れないのよ」
レナの言葉に、ケイは一瞬言葉を失い、それから深く感心したように端末のメモを更新した。
「……衣服における定量的データと、主観的視覚効果の整合性。なるほど、勉強になります」
「ふふ、レナさんは根っからのデザイナーさんですからね」
お茶を運んできたアカネが、温かい微笑みを浮かべてその光景を見守っていた。
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レナは作業台に大きなホログラムスケッチボードを広げ、光のペンを滑らせ始めた。
「よし、方向性を決めるわよ。まず、二人の服はお揃いにはしない」
「えっ? お揃いじゃないんですか?」
アロナが不思議そうに首を傾げる。
「当たり前でしょ」
レナはスケッチの手を止めることなく、手際よくラインを描いていく。
「二人は雰囲気が似てるし、姉妹みたいに見えることもあるけど……中身も個性も全然違うでしょ? だから、同じ服を着せる必要なんてないの。アロナにはアロナに似合う服。プラナにはプラナに似合う服。それが『二人の服』よ」
レナはアロナの方を指差した。
「まずアロナ。あんたは明るくて、元気がいっぱいで、見てるだけでこっちまでパッと明るくなるような感じ。だから、ソラノミの白銀の観測室や星空に映える、軽やかな色にする」
スケッチの上に表示されたのは、白と水色を基調にしつつ、深みのある青と、ソラノミの装甲を思わせる微かな銀色のアクセントが効いた、透明感あふれるドレス調の衣装だった。アロナが動くたびに、裾やフリル、大きなリボンがふわっと軽やかに揺れる計算が施されている。
「アロナは、動いた時の華やかさを一番に考えるわ」
「わぁ……! 私、そんな風に見えてますか? なんだかすごく綺麗で素敵です!」
「……まあ、ちょっとうるさいくらいには明るいけどね」
「ええっ⁉ ひどいです、レナさん!」
アロナが頬を膨らませると、周りからクスクスと小さな笑いが漏れた。
続いてレナは、プラナのスケッチへとペンを向けた。
「で、プラナはこっち。あんたは静かで、落ち着いていて、理知的。だから黒と白を基調にしたシックなデザインの方がずっと引き立つわ」
プラナのスケッチに浮かび上がったのは、洗練された漆黒と純白をベースに、ソラノミの銀色の装飾が映える、エレガントで落ち着いた衣装だった。アロナの軽やかな水色・白の衣装とは対照的に、引き締まったモノトーンのシルエットが強調されている。
二人が並んだ時には完璧な対として調和しつつも、単体で見ればそれぞれの個性が一目で分かるデザインだった。
「……合理的な選択です。黒と白によるコントラスト表現、および色彩理論の観点からも、極めて妥当なデザインと判断します」
プラナが冷静に分析を口にする。
レナは呆れたように片手で額を押さえた。
「そこは『嬉しい』とか素直に言っていいところよ?」
プラナは一瞬だけ瞳を瞬かせ、ほんのわずかに口角を上げて、静かに言い直した。
「……では。とても、嬉しいです。レナさん」
「……っ」
レナは顔を少し赤くして視線を逸らした。
「……そういう無表情で不意打ちしてくるの、ホントずるいわね」
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レナが仮想織機の出力データを調整していると、部室の扉が開き、シロコが入ってきた。
シロコは部屋の空気を感じ取り、レナの作業台の上に浮かぶ二つの衣装モデルへ静かに視線を向けた。
「……何してるの?」
「あ、シロコさん! 見てください! レナさんが、私とプラナちゃんにソラノミ専用のお洋服を作ってくれてるんです!」
アロナが嬉しそうに駆け寄る。
シロコは完成間近のホログラムスケッチをじっと見つめた。
そこには、青白い光を象徴するようなアロナの水色と白の服と、静かな光を象徴するようなプラナの黒と白の服が描かれていた。
「……アロナ、すごく似合ってる」
「本当ですか⁉ えへへ、嬉しいです!」
シロコは、プラナへと視線を移動させた。
「……プラナも。すごく綺麗」
「……ありがとうございます、シロコさん」
プラナが静かに頭を下げる。
シロコは歩み寄ると、プラナの隣に静かに立った。
「……またこうして、新しい服を選べるようになったんだね」
「……はい。レナさんが、私とアロナ先輩のために作ってくれています」
「……ん。よかった」
シロコは小さく頷き、プラナの頭へとそっと手を伸ばした。アバターの頭上に重なる、温かな手触りのような気配。
「アロナ、プラナ。服が完成したら……一緒に写真、撮ろう」
「わぁ! はいっ! 絶対に撮りましょう、シロコさん!」
アロナが満面の笑みで頷く。
「……了解しました。記念撮影用データの高画質保存領域を確保しておきます」
プラナも静かに、けれど嬉しそうに答えた。
過去を背負った特別な再会から、今を一緒に笑い合える「当たり前の仲間」へ。二人の距離が、また一歩優しく重なり合った瞬間だった。
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「よし……フィッティングデータ、出力完了!」
レナが決定キーを強く叩くと、仮想空間の光が収束し、アロナとプラナの身体を包み込んだ。
光が収まった時、そこに立っていたのは──。
水色と白の光を纏い、まるで星空を舞う妖精のように可憐な装いに包まれたアロナ。
黒と白の洗練されたモノトーンを纏い、静寂な宇宙の美しさを体現したかのように凛とした装いのプラナ。
二人が並んで立つと、観測室全体の空間が一気に華やぎ、息を呑むほどの美しさが広がった。
レナは腕を組み、満足そうにフッっと鼻を鳴らした。
「……うん。やっぱり、これで正解ね。二人とも、バッチリじゃない」
奥のデスクから歩み寄ってきたセイカが、真面目な表情で二人を見つめ、静かに頷いた。
「……非常に美しい仕上がりです。アロナも、プラナも……ソラノミの観測室の風景に、完璧に馴染んで見えます」
レナが誇らしげに口元を緩める。
「でしょ? ……それが狙いだったのよ」
ただ可愛い服を作るのではない。
シッテムの箱の居候としてではなく、移動宇宙戦艦『ソラノミ』というこの場所の景色の一部として、二人を温かく迎え入れるための服。それがレナの真の目的だったのだ。
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アカネが新しく淹れた温かいお茶のトレイを手に、微笑みながら二人に近づいてきた。
「ふふっ。お二人とも、本当にとってもよくお似合いですよ。ソラノミの新しい衣装、素敵ですわ」
「アカネさん、ありがとうございます! えへへ、これ……ソラノミに来る時は、ずっと着ていてもいいんですか?」
アロナが自分のドレスの裾を嬉しそうに摘まみながら尋ねる。
「もちろん! そのために作ったんだから、来るときは毎回着なさいよね」
レナが照れくさそうに明後日の方向を向きながら答える。
プラナが自分の黒と白の袖口をじっと見つめ、淡々と呟いた。
「……なるほど。つまりこの衣装の着用権限が、今後ソラノミへアクセスする明確な理由および動機の一つになる、と」
「まあ、そういうこと!」
レナが笑う。
その様子を静かに見守っていたセイカが、二人へとまっすぐな視線を向けた。
「……アロナさん。プラナさん。どうやら、もうお二人を『お客様』と呼ぶのも、少し適切ではないのかもしれませんね」
「えっ?」
アロナが目を丸くする。
「ソラノミへ来るための専用の服があり、自分たちの意思でいつでもアクセスし、こうして私たちと同じ時間を共有しているのですから。……お二人はもう、単なる訪問者ではありません」
アカネが柔らかく微笑み、言葉を継ぐ。
「ええ。いつでも帰ってきていい、私たちの特別な仲間ようなものです」
シロコも隣で静かに頷いた。
「……うん。ここに二人がいるの、もう普通だと思う」
その言葉に、アロナは胸がいっぱいになったように瞳を潤ませ、プラナも胸元に静かに手を当てた。
そこへ、レナがニッと悪戯っぽい笑みを浮かべて二人に顔を近づけた。
「だったらさ……次は、ソラノミの船内で過ごすための『普段着』も作っちゃおうか?」
「えっ⁉ 普段着もですか⁉ いいんですか、レナさん⁉」
アロナが目を輝かせて歓声をあげる。
「……肯定します。日常用衣料データの追加製作の可能性について、検討を要求します」
プラナも珍しく、すかさず言葉を重ねた。
レナは可笑しそうに笑いながら、二人の肩を軽く叩いた。
「ほら見なさい、プラナだってノリノリじゃん!」
「ふふっ、またレナさんの服作りで忙しくなりそうですね」
アカネの楽しそうな声が響き、ケイが「追加データ用のストレージを確保します」と元気に返事をする。
宙域を往来する静寂な星海の中で。
二つの光を纏ったアロナとプラナの笑い声が、ソラノミの観測室にどこまでも優しく、暖かく響き渡り続けるのであった。