「わぁ〜! プラナちゃん、見てください! 今日の宙域データ、昨日レナさんから教えてもらった色合わせの視点で見ると、星雲の広がりがもっと綺麗に見えますよ!」
「……肯定します。色彩および光度分布の可視化パラメータを変更することで、データの視認性が十二パーセント向上しています。非常に興味深い観察手法です」
観測室のメインテーブルの傍らで、楽しそうにホログラムを見上げる二人の少女。
アロナは白と水色を基調とした、軽やかで華やかなドレス調の衣装。プラナは漆黒と純白を基調とした、凛としたモノトーンの衣装。どちらもファッションデザイナーであるレナが、二人のために「ソラノミの居場所の証」として仕立て上げた特別な服であった。
作業台で新しい衣装の型紙を広げていたレナが、チラリと二人へ視線を送り、満足そうに鼻を鳴らす。
「ふふん、やっぱり私の作った服、二人に完璧に馴染んでるわね」
隣で湯気の立つお煎茶を急須から注いでいたアカネが、温かい微笑みを浮かべた。
「ええ、本当にお二人とも可愛らしくて……ソラノミの観測室が、一段と華やかになりましたね」
デスクで端末に向かっていたケイも、真面目な表情で頷く。
「お二人が常時接続されて以降、観測データの整理効率およびエラー検出率も大幅に向上しています。お父さん、非常に有意義な運用状態です」
セイカは淡々とキーボードを打ち込みながら、静かに答えた。
「はい。データの効率性だけでなく、艦内の環境安定性においても……ポジティブな影響が観測されています」
その傍らで、シロコが静かに壁にもたれ、二人の姿を愛おしそうに見つめていた。
もはや誰一人として、アロナとプラナを「珍しい外部ゲスト」や「一時的なシステムエラー」として扱う者はいなかった。二人は当たり前のように、この部屋で息をし、星を眺め、言葉を交わしていた。
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その時、観測室の自動ハッチが滑らかにスライドし、静かな足音が二つ、室内に響いた。
「やあ、みなさん。今日も健やかに研究に励んでいるかい?」
「邪魔するぞ。……む? 今日は少し、雰囲気が違うようじゃな」
入ってきたのは、セイアとキサキであった。
二人は足を踏み入れた瞬間、いつもの面々の間に混ざって、見慣れない衣装を纏った二人の少女がテーブルの前に立っていることに気づき、ぴたりと足を止めた。
セイアは美しく澄んだ瞳を瞬かせ、静かに首を傾げた。
「……おや? 見かけない顔だね。ソラノミに新しいお客様かい?」
キサキも扇を手元で弄びながら、興味深そうに眉をひそめた。
「……む? あの二人は誰じゃ? 部員が増えたという報告は受けておらんかったが……」
二人の視線を受け、アロナとプラナも振り返った。
「わぁ……! こんにちは!」
アロナが嬉しそうに手を振る。
「……初めまして」
プラナが静かに頭を下げる。
セイカがキーボードから手を離し、ゆっくりと立ち上がってセイアとキサキの前へと歩み出た。
「セイア、キサキ。ご紹介します。こちらがアロナ、そしてプラナです」
セイカは淡々とした口調で、先日先生がソラノミを訪れた際に起きた出来事──シッテムの箱の中に存在する二人の管理AIの存在、そして専用の『ソラノミ・システムゲート』を構築し、二人が自らの意思でソラノミの仮想観測室へアクセスできるようになった経緯を説明した。
「……なるほど。先生が携えている『シッテムの箱』の中に住まう少女たちなのだね。ふふ……実に興味深い巡り合わせだ」
話を聞き終えたセイアが、感心したように手を打った。
「ふむ……先生の端末の中にそのような高度な知性がおったとはな。……驚いたぞ」
キサキも感心したように頷く。
二人にとって、「先生と常に共にいる存在」がシッテムの箱の中にいること自体は、何の疑問もない自然な事実として受け入れられた。だが、その二人がこうしてシステムを介して実体のような存在感を伴い、自分たちと同じ空間に立っているという事実に、二人は新鮮な興味を惹かれていた。
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アロナは、セイアが纏うどこか神秘的で浮世離れした雰囲気に興味津々の様子で、トコトコと歩み寄ってきた。
「あの……! セイアさんって、未来を予見する力があるんですよね? セイカさんから聞きました!」
セイアは優しく目を細め、アロナの目線に合わせて少し腰を落とした。
「ふふ、まあね。直感的にこれから訪れる事象の兆候を感じ取ることができる……と言えばいいのかな」
「すごいです! 未来が見えるなんて、まるで魔法みたいです!」
アロナが目を輝かせながら、無邪気に顔を覗き込む。
「ねぇねぇ、セイアさん! じゃあ……私とプラナちゃんが、次に何をするかも分かっちゃったりするんですか!?」
セイアは静かに微笑み、首を横に振った。
「知ろうと思えば……知ることもできるかもしれないね。けれど、アロナ」
「はい?」
「……知らないことにも、大きな意味があるのだよ」
アロナが不思議そうに首を傾げた。
セイアは星空のホログラムを優しく見上げながら、歌うように言葉を紡いだ。
「あらかじめ何が起きるかを知ってしまっては、これから起きる出来事の驚きも、誰かと顔を見合わせて笑い合う喜びも……ただの『答え合わせ』になってしまう。未来がどうなるか分からないからこそ……私たちは今日という日を全力で楽しみ、明日を心待ちにできるのだから」
その言葉を聴いていたセイカが、微かに胸を突かれたように静かに瞳を伏せた。かつて自らが「未来を計算する観測者」から「未来を選ぶ当事者」へと変わるきっかけとなった、あの日の対話が思い出されていた。
アロナは少しだけ考えるように指を顎に当て、それからパーッと笑顔を咲かせた。
「そうですね……! 未来を知らない方が、もっとワクワクして楽しいこともあるんですね!」
「ふふ、その通りだよ。物分かりが良いね、アロナ」
セイアは愛おしそうに、アロナの頭を優しく撫でた。
__________
一方、プラナは静かな足取りでセイアへ近づき、その瞳をじっと見つめていた。
「……質問です、セイアさん。あなたの『未来予知』は、私やセイカさんが行っているような、多変量解析および波動確率計算による未来予測とは、根本的に異なる現象ですか?」
プラナの真面目で鋭い問いかけ。
セイアは思わずクスクスと声を漏らして笑った。
「やあ……君はとても理知的だね、プラナ。そうか、君は『未来を計算する側』の存在なんだね」
「……私はシッテムの箱のメインOSとして、膨大なデータに基づき、最も確率の高い未来の事象を弾き出します」
セイアはプラナと、少し離れた場所に立つセイカを交互に見やった。
「ふふ……なんだか、君とセイカはとてもよく似ているね」
その言葉に、セイカがぴくりと眉を動かした。
「……私が、プラナと類似している……でしょうか?」
「そうさ、セイカ」
セイアは楽しそうに言葉を重ねる。
「二人とも……目に見えない不確かな未来や世界を、何とかして理解し、計算し、大切な人を守ろうと努力するところが……とてもよく似ているよ」
プラナは一瞬だけ思考フレームを停止させ、それから静かにセイカの方を見つめた。
「……セイカさんと似ている。それは……私にとって、極めて高い評価であると認識します」
セイカは少し照れくさそうに視線を泳がせ、「……過分な評価です」と小さく呟いた。
セイアは二人の不器用で生真面目なやり取りを見つめながら、満足そうに頷いたのだった。
今度はキサキが、扇をゆっくりと揺らしながらアロナとプラナの前へと歩み寄ってきた。
キサキの威厳ある姿に、アロナは「わぁ……」と感嘆の声を漏らし、その衣装をじっと見つめた。
「ほう……。よく見れば、お主たちの着ておるその装い、随分と可愛らしく、また洗練されておるのう」
キサキの褒め言葉に、アロナは誇らしげに胸を張った。
「そうなんです! これ、ソラノミに来る時のために、レナさんが作ってくれたんです!」
「レナが、とな? ほう……あやつの手仕事か。なるほど、ソラノミの白銀と星空によく映える良い仕立てじゃ」
キサキが素直に感心していると、アロナは首を傾げ、純粋そのものの瞳でキサキを見上げながら素朴な疑問を口にした。
「あのね、キサキさん! キサキさんって……この空見観測研究部で、一番偉い人なんですか?」
──ピキッ。
一瞬間、観測室全体の時が止まった。
ケイのキーボードを叩く手が止まり、レナが思わず型紙を落としそうになり、アカネがお茶を注ぐ手をピタリと止める。
山海経の頂点に立つ最高幹部・玄龍門の門主に対して、「部活で一番偉いのか」というあまりにも身も蓋もない直球の質問。
セイカが即座にフォローに入ろうとした。
「……アロナ、キサキは山海経の──」
だが、キサキはスッと手を挙げてセイカを制した。
キサキは一瞬だけ「……ほう?」と目を丸くさせたものの、すぐにくっくっと肩を揺らして可笑しそうに笑い出したのだった。
「ふふ……くははは! なるほど、お主、なかなか正直で気持ちの良い娘じゃのう!」
キサキは扇を閉じ、ポンと自分の手に当てた。
「妾はな、山海経では『門主』として一番偉い立場におるが……この空見観測研究部においては、ただの『一人の部員』に過ぎんよ。ここには一番偉い者などおらん。皆が対等な仲間じゃ」
「そうなんですか! みんな仲間なんですね!」
アロナが嬉しそうにニッコリと笑う。
キサキはアロナの飾らない素直さと愛くるしさに、すっかり好感を抱いた様子で、優しく目を細めたのだった。
続いてプラナが、キサキの前へと一歩踏み出した。
プラナは無表情のまま、その瞳の奥で共有データベースを高速検索し始めた。
「……確認。竜華キサキさん。山海経・玄龍門門主。主要実績、山海経内部の行政・物流ルートの再編、および各区画の調停。趣味、お茶……」
淡々と、機械的な制度で自分の経歴や役職を読み上げ始めたプラナ。
キサキは慌てて両手を広げてそれを遮った。
「待て待て待て! プラナとやら、妾の紹介を面接の履歴書のように淡々と読み上げるでない! 些か照れくさいわ!」
プラナはぴたりと発声を停止させ、静かに頭を下げた。
「……申し訳ありません。共有データに記載された情報を確認・提示することが、最も確実な挨拶であると判断しました」
「うーむ、お主もまた、セイカとはベクトルは違えど……なかなか生真面目で変わった娘じゃのう」
キサキが苦笑交じりに溜め息をつく。
プラナは一切表情を変えず、静かに答えた。
「……ありがとうございます。褒め言葉として受容します」
「……まあ、よい。お主のその生真面目さ、嫌いではないぞ」
キサキは可笑しそうに笑い、プラナの頭へと優しく手を置いたのだった。
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やがて、アカネが新しく淹れた香りの良いお煎茶と、一口サイズの手作り和菓子をテーブルへと並べた。
「さあ、みなさん。お茶が入りました。アロナさん、プラナさんも、どうぞこちらへ」
「わーい! アカネさんのお茶とお菓子、大好きです!」
アロナが真っ先に席につき、プラナも静かにその隣へ腰を下ろした。
セイアとキサキも向かいの席につき、初めて四人が同じテーブルを囲むこととなった。
アロナはさっそく、身を乗り出してセイアとキサキにソラノミの魅力を語り始めた。
「セイアさん、キサキさん! ソラノミって、本当にすごいんですよ! 観測室から見る星空もすごく綺麗だし、レナさんは優しいし、アカネさんのお茶はすごく美味しいし……!」
「ふふ、アロナは本当にこの場所が好きなのだね」
セイアが嬉しそうにお茶を口に含む。
「……補足します。当艦のデータ処理能力および観測精度は、キヴォトス全域と比較しても極めて高水準です。学びと発見に満ちた空間です」
プラナが落ち着いた声でデータを添える。
「うむ。二人とも、この部室の良さを実によく分かっておるのう」
キサキもお菓子を口に運びながら、嬉しそうに目を細めた。
天真爛漫で空間をパッと明るくするアロナの存在。
静かで理知的で、確かな安心感をもたらすプラナの存在。
対照的な二人でありながら、並んで座っている姿は、まるで昔からそこにいたかのように自然で、美しく調和していた。
テーブルから少し離れた場所で、セイアが静かにセイカへと歩み寄り、肩を並べた。
「……面白いね、セイカ。ソラノミには、また新しい『光』が増えたようだ」
セイカは手元の端末から目を離し、セイアを見つめた。
「……光、ですか?」
「そうさ」
セイアは優しく目を細め、楽しそうに会話する四人の姿を見つめた。
「君がただ一人で未来を計算し、観測するだけの存在から……誰かと一緒に今を選び、未来を作る存在へ変わったからこそ。その温もりに引き寄せられて、ここに集まってきた光なのかもしれないね」
セイカは言葉に迷い、自らの胸に手を当てた。
自分が変わったから、集まってきた光。……計算式では導き出せない、けれど確かに胸の奥を温かくする事実。
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お茶会が一段落した頃、アロナがふと思い立ったように、少しだけ不安そうに首を傾げてセイカを見つめた。
「あの……セイカさん」
「何でしょうか、アロナ」
「あのね……私たち、先生がいない日でもこうやってソラノミに来て、服も作ってもらって、皆とお話ししてますけど……。私とプラナちゃんも……空見観測研究部の『仲間』になれてますか?」
静かな問いかけ。
かつてのセイカであれば、「皆様は先生のシッテムの箱の管理AIであり、当部活の正式な部員登録プロセスを経ていません」と、事実のみを区別して答えていたかもしれない。
けれど、今のセイカは違っていた。
セイカはアロナとプラナの瞳をまっすぐに見つめ、微かに……本当に微かに口角を上げて答えた。
「……はい。もう、そうなのだと思います」
正式な部員としての書類や手続きなど関係ない。
同じ星空を見上げ、同じお茶を飲み、同じ時間を共有している。それだけで、二人はすでにソラノミの研究部にとって欠かせない、大切な仲間なのだと。
その言葉を聞いて、セイアが嬉しそうに目を細め、アロナへと手を差し伸べた。
「ならば、改めてよろしく。アロナ」
キサキも満足そうに頷き、プラナへと視線を送った。
「うむ。よろしく頼むぞ、プラナ」
「はいっ! よろしくお願いします、セイアさん、キサキさん!」
アロナが最高の笑顔で手を握り返す。
「……はい。よろしくお願いいたします」
プラナも静かに、けれど力強く頷いたのだった。
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夕暮れが終わり、ソラノミの周囲を深い漆黒の星海が包み込んでいく。
観測室では、アロナがセイアに「未来を知らないで過ごすコツ」を熱心に質問し、セイアが面白そうにそれに答えている。
隣ではプラナがキサキに「山海経の歴史的データと建築様式」について真面目に質問し、キサキが誇らしげに語って聞かせていた。
それぞれが違う形で、新しい繋がりを紡ぎ始めている。
セイカはその光景を、少し離れた位置から静かに見守っていた。
そこへ、セイアがゆっくりと歩み寄ってきて、並んで星空を見上げた。
「……ふふ。君はまた、自分でも気づかないうちに……温かな居場所を増やしているね、セイカ」
セイカは首を傾げた。
「……私が、居場所を増やしている……でしょうか? 私はただ、必要なセキュリティゲートを構築し、アクセスを許可しただけに過ぎませんが」
セイアは楽しそうにクスクスと笑った。
「そうやって無自覚なところが、君の最も素晴らしいところだよ」
その会話を横で聞いていたアカネが、トレイを抱えて隣に立ち、愛おしそうに微笑んだ。
「ふふっ。本当に、セイカさんは頼もしいお父さんであり、私の素敵な旦那様ですから」
「……アカネまで」
セイカが困惑したように目を瞬かせると、部室全体から温かな笑い声が溢れ出した。
宇宙戦艦ソラノミの静寂な観測室の中に。
アロナの元気な声、プラナの落ち着いた声、セイアの楽しそうな笑い声、そしてキサキの誇らしげな声が、優しく響き渡り続ける。
それは、未来をただ観測するだけでは決して手に入らなかった、どこまでも温かく、輝かしい「今」という時間の響きであった。