上空の風が装甲を掠める音が静かに響く中、明星ヒマリは車椅子の上で指を組み、ホログラムに浮かび上がるデータ構造図を見つめていた。
「……さて。あなた、そしてみんな。これまで私たちが遭遇・確認してきたデカグラマトンの『預言者』について、ここで一度体系的に整理しておきましょう」
ヒマリが端末を操作すると、ヘブライ文字の刻まれた十の円環と、それらを繋ぐ直線で構成された神秘的な図形──『生命の樹(セフィロト)』が空中に投影された。
「デカグラマトンが従える預言者たち……その名称と特性は、古代の神秘思想における生命の樹の『セフィラ』と完全に一対一で対応しています。そして、現在私たちが把握しているのは、そのほんの一部に過ぎません」
ヒマリは琥珀色の瞳を鋭く光らせ、車椅子の背もたれに深く寄りかかった。
「理論上……生命の樹に十のセフィラが存在する以上、デカグラマトンが生み出す預言者もまた、全部で十体存在するはずです。つまり、私たちがまだ確認していない残り九体の預言者が、キヴォトスのどこかに潜んでいる可能性が極めて高い……ということです」
"残り九体……"
先生が呟くと、車椅子の傍らに立つ空見観測研究部の部長、室笠セイカが落ち着いた声音で応じた。
「生命の樹という体系に沿って敵が存在している……という仮説ですね。分かりました。今後の観測および調査において、この十体の枠組みを重要な前提として共有しましょう」
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自動ドアが滑らかに開き、エイミが解析区画へと戻ってきた。そのすぐ後ろには、静かな足取りでシロコが従っている。
「……ただいま。カイザーのキャンプから、データの入ったメモリ、回収してきた」
エイミは金属製の小柄な記憶媒体をホログラムコンソールの上に置いた。
「……ん。カイザーの残党が必死に隠そうとしていたデータ。アビドス砂漠で何か大きな発掘調査を行っていたみたい」
"助かったよ、エイミ、シロコ"
先生が二人を労い、ヒマリが即座に記憶媒体をシミュレータへと接続した。
「ふふっ、ミレニアムのセキュリティ技術から見ればカイザーの暗号など童話の絵本も同然です。さっそく解析を開始しましょう……おや?」
高速で流れるコードの中から、一つの特定の座標とファイル群が浮き彫りになる。
「……『アビドス砂漠・第三発掘区画』。カイザーが秘密裏に巨額の資金と重機を投じていた採掘ログですね」
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ヒマリが復元した映像データが、中央のメインモニターに再生された。
画面に映し出されたのは、不毛な砂嵐が吹き荒れるアビドス砂漠の地下深く。カイザー重工の大型掘削機や重装甲兵たちが、古代の建造物を力ずくで掘り起こしている光景だった。
──ズズズズズ……!
突如、カメラの映像が激しく揺れ始める。砂利が跳ね、地下空洞の天井から巨石が崩れ落ちた。
「……! なんだ……!?」
カイザーの作業員の悲鳴が音声を拾う。
次の瞬間、地表を覆う膨大な砂が巨大な渦を巻き、そこから“それ”が躍り出た。
太陽の光を照り返す異様な金属外骨格。地を這い、天を仰ぐ巨大な太古の蛇──ビナー。
「……巨大な蛇……!?」
アロナが先生の傍らで目を見開く。
「……カイザーはこの存在を制御し、兵器として利用しようとしていたようです。ですが……」
プラナが冷静に映像の結末を分析する。
画面の中で、ビナーの放った光線がカイザーの重装甲部隊を崩壊させていた。カイザーの制御プログラムは一瞬で焼き切れ、無慈悲な破壊の嵐が映像を埋め尽くす。
やがてカメラは砂に埋もり、ノイズと共に映像は途切れた。
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「……なるほど。カイザーの身の程知らずな実験の全貌が見えましたね」
ヒマリが映像を一時停止させ、ビナーの金属フレームの細部を拡大表示する。
「この自律型アーキテクチャ……そして内部から発せられる特徴的な思考論理波。間違いありません。この巨大な蛇もまた、デカグラマトンの『預言者』の一体です」
ヒマリは先ほど提示した『生命の樹』のホログラムを呼び出し、図形の上から三番目の円環を指し示した。
「照合完了。対応する領域は、理解や知恵を司る第三のセフィラ──『ビナー』」
「第三の預言者……ビナー」
セイカがその名を口にする。
「ええ。これで私の仮説は証明されました。デカグラマトンの預言者は単なる都市伝説でも都市の偶発的なエラーでもなく、生命の樹の体系に従って実際にキヴォトス各地に配置されているのです」
セイカは手元の観測端末を操作し、自らの能力《空見の波》を通じて、映像に残されたビナーの波形データを全宙域の観測網と同期させた。
紫色の瞳を静かに細め、未来の可能性の広がりを探るセイカ。
……しかし、彼女の表情に微かな違和感が走る。
「……妙ですね」
"どうかした? セイカ?"
先生が尋ねると、セイカは表示された確率変動グラフを全員に見せた。
「通常、あらゆる存在や事象の未来には無数の分岐が存在します。ですが……この『ビナー』という存在の周囲だけ、未来の可能性が異様なほど一つの方向へと『固定』されています」
ヒマリが車椅子の上で身を乗り出した。
「『概念の固定化』……ですか。私がデカグラマトンの論理プロトコルを『理解し、定式化する』のに対し、あなたは『未来に存在する可能性のゆがみ』としてそれを観測したのですね」
「はい。デカグラマトンが何を意図しているにせよ、この『固定』は世界にとって正常な状態ではありません」
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「……ふふ、私からも少し言葉を挟ませてもらおうか」
それまで静かに話を聞いていたセイアが、静かな佇まいで前へと歩み出た。
「私もまた、その映像から発せられる気配を感じ取ってみたのだがね……セイカの言う『可能性の固定』とはまた異なる、より不吉な手触り覚えたよ」
「セイアさん……何か視えたのですか?」
アカネが心配そうに尋ねる。
「予見者としての私の感触を言わせてもらうなら……そこに『固定された未来』があるというよりは、『そこにあるはずの未来そのものが、はじめから閉じられている』ように感じるのだよ」
セイカが未来の分岐の「歪みと固定」を観測したのに対し、セイアは未来の領域そのものの「閉塞」を感じ取っていた。
同じ「未来を見る力」を持つ二人が、それぞれの異なる角度からビナーという異物の異常性を浮き彫りにしていく。
「……生命の樹に、神の預言者、そして砂漠に潜む巨大な蛇……」
レナが深々と溜め息をついた。
「……あまりにも出来すぎた、しかも不吉なモチーフの組み合わせじゃない……。古代の神話や伝承じゃ、砂漠の蛇は世界の終わりとか混沌を象徴することが多いんだから。……べ、別に怖がってるわけじゃないわよ! ただ、こういうのは警戒するに越したことないってだけ!」
「ふふっ、レナ。科学とオカルトは紙一重と言いますが、今回の敵は随分とロマンチストなオカルティストのようですね?」
ヒマリがおちゃめに微笑む。
「笑い事じゃないわよ、ヒマリ先輩! ……実際にこうして映像で暴れてるんだから、もうおとぎ話とか都市伝説なんて言ってられないじゃない! この『ビナー』って存在……厄災を起こす前に、警戒を強めないと……。……な、何よ! 怖がってるわけじゃないからね!」
腕を組み、扇子でトントンと自身の肩を叩いていたキサキが、静かな、しかし重みのある声を響かせた。
「……なるほどな」
全員の視線がキサキへと集まる。
「ヒマリが生命の樹という『構造』を提示し、セイカとセイアが未来の『異常』を指摘した。そしてレナがその背景にある『不吉な意味合い』を補足したわけだ」
キサキは鋭い眼光でモニターのビナーを見据えた。
「これは単に『砂漠に巨大で強力な怪物が一体潜んでいる』という単純な話ではない。デカグラマトンという知性体は、キヴォトスという世界そのものを己の『生命の樹』という体系で侵食し、配置を完了させようとしている……。その大局的な企みの一環と捉えるべきだな」
「さすがキサキ、物事の本質を見抜く眼力は健在ですね」
ヒマリが頷く。
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「そしてもう一つ、教訓とすべき点があります」
ヒマリはカイザー部隊が全滅する瞬間の映像を指し示した。
「カイザーは、デカグラマトンやビナーの『構造』を何一つ理解しないまま、目先の力だけを利用しようとして返り討ちに遭いました。神を自称するAIの威光を、人間の浅知恵で御せるはずがありません」
「……カイザーの技術力では、デカグラマトンの制御プロトコルにすら届かなかったということですね」
ケイが感嘆符を使わない淡々とした調子で付け加える。
「ええ。だからこそ、私たちは奴らと同じ過ちを犯してはなりません。力でねじ伏せる前に、まず私たちが現地で直接観測し、構造を理解する必要があるのです」
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先生はホログラムに表示されたアビドス砂漠の地図を見つめ、決断を下した。
"……遠隔のデータ解析だけじゃ、ビナーの真の狙いや現在の状態までは掴みきれないね。よし、アビドス砂漠・第三発掘区画へ現地調査に向かおう"
先生の言葉を受け、各人の役割が迅速に整理されていく。
「……ん。アビドスの砂漠なら任せて」
シロコが静かに頷く。
「……私も、現地の生のデータをしっかり拾ってくる」
エイミが装備のチェックを始めた。
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すべての準備が整い、ソラノミの巨大なスラスターが蒼いプラズマの光を放った。
「ソラノミ、全機関正常稼働。進路、アビドス砂漠・第三発掘区画へ固定しました」
アカネの柔らかなアナウンスが艦内に響き渡る。
「気にしないでください、先生。すでにソラノミの防衛プロトコルは稼働していますが……デカグラマトンの脅威を本格的に解読・排除するためなら、いくらでも協力します」
セイカが艦長席から前方の雲海を見据え、落ち着いた声で宣言した。
「ふふっ。全知の私と、空見観測研究部、そしてシッテムの箱……これほどの陣容が揃って解き明かせない謎など存在しませんよ!」
ヒマリが車椅子の上で自信満々に笑みを浮かべる。
上空を切り裂き、巨艦『ソラノミ』は黄金の砂漠を目指して航行を開始した。
目指すは、第三の預言者・ビナーが眠る絶対の死地。
異なる視点で世界を捉える者たちの新たな戦いが、いま幕を開ける──。