未来を統べる翼と、優しいメイドの家   作:天野江

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幕間I
不完全な器と、家族の体温


 

 

 

「……さて。ケイ、準備はいいですか? いよいよ君の『器』を、この物理世界に再定義します」

 

 

 私はルミナス・コア・プロトタイプを接続したホログラム・モニターを展開し、設計図を最終確認した。画面に映るのは、かつて「侍女」と呼ばれていた頃の彼女のシルエット。だが、その細部は私の手で大幅に書き換えてある。

 

 窓の外には、ソラノミの向こう側に広がる永遠のような星の海。静寂に包まれたラボの中で、冷却ファンの回る音だけが、命の器を紡ぐ鼓動のように響いていた。

 

 

『……お父さん。この関節構造……私の記録にある標準的な人型義体とは異なります。……各部が独立したパーツのように強調され、どこか……『人形』のような意匠を感じますが』

 

 

 コアの明滅に合わせて響く合成音声。それはかつての冷徹な命令受領の音ではなく、純粋な好奇心を含んだ、家族としての問いかけだった。私は手元のティーカップを置き、モニター上の拡大図を指し示す。

 

 

「ええ。正直に言えば、今の私の手元にある素材では、人間の滑らかな肌を完全に再現するには限界がありましたから。ですが、それを逆手に取って、各関節が完全に独立した可動域を持つ特殊なジョイント構造を採用したんです。一見すれば節々が浮いた繊細な人形のようですが、あらゆる方向からの衝撃を逃がし、かつ精密な動作を可能にする、極めて合理的な設計ですよ」

 

 

 私はキーボードを叩き、内部構造のシミュレーションを走らせる。かつての彼女を縛っていた「兵器としての効率」ではない。「この家で生きていくための柔軟性」を最優先した結果が、その独特の、どこか物悲しくも美しい人形の形だった。

 

 

「ふふ、とっても可愛いですよ、ケイ。少しミステリアスで……でも、私たちの家族として歩くには、これくらい特別な姿がぴったりです」

 

 

 アカネが温かなお茶の香りを纏いながら、私の横から画面を覗き込む。彼女の瞳には、これから生まれる新しい「娘」への慈しみがあふれていた。

 

 

『……お母さん。……ありがとうございます。……この関節の遊びがあれば、お母さんに教わる予定の、複雑なティーカップのハンドリングも……最適解で実行できそうです』

 

「……否定はしません。……さあ、出力を開始します。……君がその足でソラノミの床を踏みしめるまで、あと数分です」

 

 

 私がエンターキーを叩くと、ラボの奥に設置された大型の精密出力機が、重厚な駆動音を上げ始めた。

 

 

__________

 

 

 

 

 出力機の中では、高密度のバイオメタルとセラミック樹脂が、ミリ単位の精度で積層されていく。骨格が組み上がり、人工筋肉が這い、そして最後に、あの独特のジョイントを持つ白い肌が彼女を形作っていく。

 

 その間、私は何度もアカネと顔を見合わせた。言葉はなくとも、胸の内にあるのは同じ祈りだ。

「もう二度と、彼女を独りにはしない」

「この器が、彼女にとって温かな檻ではなく、自由な翼になりますように」

 

 出力終了を告げる電子音が静かに響き、ハッチから蒸気が逃げていく。そこには、まだ魂の宿らない、美しい人形のような身体が横たわっていた。

 

 私は深呼吸をして、デスクで淡く光り続けているコアをそっと手に取る。

 

 

「……ケイ、行きますよ。ここが、君の新しい心臓です」

 

 

 私は彼女の胸部にある、精巧に作られたハッチを開けた。その奥には、コアを受け入れるための、金色の端子が無数に並んだソケットが口を開けている。

 私は震える手で、コアをゆっくりと、けれど確実にソケットへと差し込んだ。

 

 カチリ。

 

 硬質な音がラボに響く。

 その瞬間、彼女の全身のジョイントが、まるで目覚めの産声を上げるように微かに駆動音を鳴らした。胸元のハッチを閉じると、そこから漏れる光が、彼女の白い肌を内側から淡く照らす。

 

 

__________

 

 

 

 

 

 数十分後。

 

 そこには、淡い光を帯びた、小さな少女が立っていた。

 かつての面影を残した白色の髪。そして、限られた素材の中で私のこだわりを詰め込んだ、独特の継ぎ目を持つ繊細な手足。

 

 彼女は、自分が物理的な質量を持っていることを確かめるように、自分の掌をゆっくりと握り、開き、そして一歩、覚束ない足取りで前に進んだ。

 

 床を叩く、硬質な、けれど確かな足音。

 

 

「……動作確認、完了。……重力、温度、空気の抵抗。……すべて、演算ではなく『感覚』として受理しました」

 

 

 ケイは、その真新しい人形のような指先で、私の白衣の裾をそっと掴んだ。少しだけ冷たい、けれど確かな彼女の感触が、布地を通して私の腕に伝わってくる。

 

 

「……お父さん。……私を、作ってくれてありがとうございます」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、私の視界がわずかに滲んだ。計算式では決して導き出せない、胸の奥を締め付けるようなこの感情。

 

 彼女はそれから、隣で涙を堪えるように微笑んでいるアカネの方を向いて、少しだけ首を傾げた。

 

 

「……お母さん。……約束の、お茶を。……今度はデータではなく、この喉越しで……味わってみたいです」

 

「ええ、もちろんです! とっておきの茶葉を用意しておきましたから。……おかえりなさい、ケイ」

 

 

 アカネが彼女の小さな体を、壊れ物を扱うように、けれど力強く抱きしめる。

 鋼鉄の檻を抜け出し、不完全ながらも愛おしい身体を手に入れた彼女。

 その関節の一つ一つに、私たちが込めた愛情を宿して。

 

 ソラノミの窓から差し込む朝日は、彼女の白い髪と、人形のような関節を優しく照らしていた。

 新しい家族としての生活は、今、ようやく本当の「手触り」を持って始まったのだ。

 

 

「……さあ、ケイ。キッチンへ行きましょう。君の最初の一口を、一番美味しい温度で用意しますから」

 

「了解しました、お父さん。……期待値は、すでに最大です」

 

 

 私たちは手を取り合い、まだ少しぎこちない足音と共に、温かなリビングへと向かった。そこには、三人分のティーカップが、朝日を反射してキラキラと輝いていた。

 

 

 




ケイのイメージは原作+球体関節です
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