どこまでも広がる死の領域──アビドス砂漠。
地表から数千メートルの高空に鎮座する宇宙戦艦『ソラノミ』の艦底から、一機の降下艇が離脱した。猛烈な熱気と砂嵐を打ち払いながら、降下艇は重厚な着陸音を立てて灼熱の砂地へと滑り込む。
「……うう、やっぱり砂漠は暑い……耐熱機能が追いつかないよ。服、脱ぎたい……」
プシューという減圧音と共にハッチが開くと同時に、エイミが心底怠そうに汗を拭い、首元をパタパタとあおぎ始めた。
「文句を言わないのですよ、エイミ。ミレニアムの誇る特異現象捜査部が、暑さ程度で音を上げてどうするのですか。ほら、向こうからお迎えが来ましたよ」
降下艇から車椅子を滑り出させながら、ヒマリが琥珀色の瞳を巡らせて前方を指さす。
立ち込める黄砂の向こうから、聞き慣れた足音が近づいてきた。
アビドス対策委員会の面々──ホシノ、シロコ、ノノミ、セリカ、アヤネの五人である。
「やあ、先生。それにミレニアムのみんなも……うへ〜、上空の巨大戦艦から降りてくるなんて、相変わらず大掛かりだねぇ。アビドスの砂漠にこんなすごいお客様が来るなんて、いつきてもおじさんびっくりだよ」
ホシノが巨大な盾を砂地にドスンと突き立て、呑気に目元を細めて手を振る。
「……ん。先生。連絡をもらってすぐ駆けつけた」
シロコが駆け寄ってくると、その視線が先生のすぐ後ろ──静かな足取りで従うもう一人の自分、シロコ*テラーへと向けられた。二人のシロコが視線を交わし、短い沈黙が流れる。
「……ん。アビドスの砂漠。やっぱり、嫌な予感がする」
シロコ*テラーがオッドアイを深く細め、足元の砂を指ですくい上げた。砂粒はさらさらと指の間からこぼれ落ちていくが、その表情は極めて険しい。
「この砂の底……因果が狂っている。デカグラマトンの奴、この土地の記憶ごと世界を塗り替えようとしている。……私も戦う。この砂漠を、これ以上傷つけさせない」
"助かるよ、シロコ。対策委員会のみんなも、急な呼びかけに応じてもらって本当にありがとう"
先生が二人と対策委員会の面々に深々と頷くと、セリカが腕を組んでツンと胸を張った。
「なにいってんのよ、先生! アビドスの砂漠でデカい機械ヘビが暴れてるって聞いたら、黙ってられるわけないじゃない! うちの敷地で勝手なことされたら困るのよ!」
「状況はリアルタイムで共有を受けています。特異現象捜査部、そして上空の空見観測研究部との共同作戦……準備は完了しています!」
アヤネがインカムを握り直し、毅然とした声で作戦の開始を告げた。
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──ズズズズズズズオンッ!!
会話を途切れさせるように、砂漠の地殻そのものが地鳴りを上げた。
数十メートル先の巨大な砂丘が瞬時に崩壊し、地中から途方もない質量を持った銀白の金属長躯が天へと跳ね上がる。
第三の預言者──ビナー。
太陽光を反射する異様な外骨格。地を這い、天を仰ぐ太古の巨大な蛇は、その頭部を緩やかに持ち上げると、内部の演算コアを激しく明滅させた。頭部周縁から放たれるのは、空間そのものを歪ませる眩密な光の粒子──アツィルトの光である。
『──全戦闘単位へ告げます』
ソラノミの艦橋から、通信端末を通じてセイカの無機質で静謐な声が全員の耳元へと響き渡る。
『空見の波によるビナーの攻撃軌道予測、および未来分岐の観測を完了しました。敵の論理プロトコルによる“概念の固定化”が始まっています。……ケイ、戦術演算の同期を開始してください』
『了解しました、お父さん。セイカお父さんの観測データをリアルタイムで戦術波形へ変換。地上組みの端末へ、回避および最良攻撃ルートを転送します』
感嘆符を一切使わないケイの淡々としたオペレーションが実行され、アビドス組や地上部隊のバイザー、視界内のHMDに最適な移動グリッドと射撃レーンが青く浮かび上がっていく。
「ふむ……観測データを直接戦術演算に叩き込み、前線の移動経路へ瞬時に変換するとは。相変わらず手際が良いですね、セイカちゃん、ケイ」
車椅子の横でサブモニターを見つめ、ヒマリが車椅子の肘掛けに頬杖をつきながら不敵に微笑む。
「ですが、理解と定式化のプロセスは私の全知が担いましょう。先生、地上組の指揮をお願いしますね」
"了解した。みんな、配置につこう!"
先生の号令と共に、砂漠の神殺しが幕を開けた。
__________
「……ちょっと! 演算だの観測だの言ってる暇があったら、さっさと前衛を動かしなさいよ!」
ハンドガンをがちゃりと威勢よく構え、レナが砂を蹴って前へ躍り出た。
ビナーの巨大な頭部がぐらりと傾き、収束された高出力の熱線がレナに向かって一直線に放たれる。眩い閃光が視界を白く染め上げる。
「なっ……熱線⁉ ひゃっ……⁉」
『レナ、右へ三点五メートル回避。ケイの演算通りに斜め前方へ踏み込めば当たりません』
セイカの落ち着き払った声が通信を打つ。
「しゃ、シャーッ! 言われなくても分かっ、てるわよっ!!」
レナは猫のようなしなやかさと素早さで砂を滑り、間一髪で空間を焼き払う熱線を回避。焦げ付く砂嵐と熱風の中を、猛スピードでビナーの懐へと肉薄していく。
「(……な、なにあの圧倒的な神々しさ……じゃなくて威圧感⁉ 『砂漠の蛇は終末の象徴』とか言っちゃった手前、ここでビビって引けるわけないじゃない……っ! ここで私が日怯んだら、セイカさんに『口ほどでもないのですね』とか思われちゃうでしょ⁉ 絶対に嫌!!)」
内心で極度の焦りと大限界化を起こしながらも、レナはビナーの首元──ケイの提示した装甲の接合部へ向けて、ハンドガンの弾倉を惜しげもなく叩き込んだ。
ガガガガガガガガッ!!
「神様だろうが何だろうが……あたしがぶっ潰す!! あんたなんかにキヴォトスを壊されてたまるかぁぁっ!」
寸分の狂いもなく弱点へ叩き込まれた弾丸の雨が、ビナーの攻撃器官の内部回路を激しく損壊させる。バチバチと青い火花が散り、巨大な機械蛇が苦悶のように巨体を大きく旋回させた。
「……うん。ナイス、レナ。すごくいい隙ができた」
エイミがショットガンを構え、ローテンションながらも迷いのない動きで即座に追撃へと飛び出していく。
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「へへっ、後輩ちゃんたちに格好つけさせとくわけにはいかないねぇ!」
ホシノが巨大なシールドを前に掲げ、砂を巻き上げながら前線へ突撃。ビナーが苦し紛れに繰り出した巨大な尾の打ち払いを受け止め、強烈な衝撃波を盾の正面で正面から受け止めて霧散させる。
「ノノミちゃん、セリカちゃん、今だよ! 撃ち込み!」
「はいは〜い! 火力なら任せてくださいね〜!」
ノノミの持つミニガンが爆音と共に火を吹き、毎分千発以上の重弾幕がビナーの側面装甲を削り取っていく。
「右翼の牽制はあたしに任せなさい! 調子に乗んじゃないわよ、バカヘビ!」
セリカのアサルトライフルが正確な点射を繰り返し、ビナーの頭部周辺に配置された副センサー類を次々と潰していく。
さらに左右の砂丘の頂から、二人のシロコが同時に高々と跳躍した。
「……ん。シロコ、右から行く」
「……ん。私は左。中枢の回路を叩き切る」
鏡写しのように並んだ二人のシロコによる、寸分の狂いもない高機動立体攻撃。ライフル弾とドローンによる多角射撃がビナーの巨大な肉体を瞬く間に切り刻んでいく。
アビドス対策委員会が誇る実戦の火力。
特異現象捜査部が誇る前線の突破力。
そして空見観測研究部がもたらす完璧な未来予測と戦術演算。
それぞれの思惑と能力が一つの円環として噛み合った波状攻撃が、砂漠の神と呼ばれた存在を確実に追い詰めていった。
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追い詰められたビナーの全身から、突如として眩い青金のホログラム障壁が球状に展開された。
物理攻撃をすべて弾き返し、概念そのものを突っぱねるデカグラマトン特有の「概念固定防壁」である。ノノミの重弾幕も、シロコたちの射撃も、防壁の表面で甲高い音を立てて無効化されていく。
「……ちっ、硬い! 弾が全部弾かれるじゃない! なによこれ、ずるいんじゃないの⁉」
レナが弾倉を叩き込みながら舌打ちをする。
『慌てる必要はありませんよ、レナ』
通信口から、ヒマリの自信に満ちた軽妙な声が流れる。
『デカグラマトンの防壁構造など、定式化してしまえばただの複雑な数式に過ぎません。私の全知をもってすれば、解読など赤子の手をひねるようなもの。……ケイ、私の送る解析プロトコルとソラノミの観測データを照合しなさい』
『了解しました、ヒマリさん。シッテムの箱のアクセスログと同期……防壁の周波数、特定完了。弱点ノードの解除コードを送信します』
ケイの感嘆符を使わない淡々とした高速キー入力と、ヒマリの鋭い構造解析が寸分のズレもなく一致した瞬間──。
パリィィィンッ!!
ビナーの全身を覆っていた青金の防壁が、まるで薄いガラスが割れるかのような透明な音を立てて粉々に砕け散った。
『防壁の全機能停止を確認。……お父さん、今です。主砲の最終チャージを』
__________
防壁が完全に消失し、ビナーの胸部に隠されていた核──第三のセフィラ「ビナー」の刻印が露わになる。
『全地上単位、即座にビナーの間合いから最小指定距離まで離脱してください』
セイカの静かな、けれど抗い難い絶対の指示が通信を打ち抜く。
"みんな、下がって! ソラノミの攻撃が来る!"
先生の叫びに応え、ホシノ、レナ、エイミ、シロコたちが一斉に砂を蹴ってバックステップで距離を取った。
遥か天空──雲海を豪快に割り割り、『ソラノミ』の艦底装甲がゆっくりと滑るように開く。
そこから解き放たれたフィンファンネル群が、完璧な幾何学模様を描きながら宙を舞い、ビナーの巨体を完全に取り囲んだ。放出される緑色のルミナス粒子が、束縛の鎖となってビナーの動きを完全に固定する。
『デカグラマトン……あなたが世界に何を定義しようと、私たちが観測する未来は揺らぎません』
ソラノミの主砲口に、眩いエメラルドグリーンの光束が静かに収束していく。
『ソラノミ主砲……射撃』
──!!!!!!!!
天空から垂直に振り下ろされた極大の光柱が、砂漠の神を根底から貫いた。
ビナーの中枢コアが超高熱の光線に呑み込まれ、内部の構造体ごと破砕されていく。叫びなき咆哮を上げながら、巨大な機械蛇の全身が内側から崩壊を始めた。
__________
ドォォォォン……!!
光柱が収まり、猛烈な爆風と砂嵐が吹き抜けた後には、崩れ落ちた金属の残骸と、砂漠に流れる静寂だけが残されていた。
第三の預言者・ビナー……沈黙。
「……うへ〜、相変わらず無茶苦茶な威力だねぇ、あの戦艦。味方でよかったよ、本当」
ホシノが盾に体重を預け、呆れ顔で空に浮かぶソラノミを見上げる。
「やった……! 勝ったわよ! ざまあみなさいバカヘビ!」
セリカが拳を突き上げて歓声を上げた。
しかし──ソラノミのメイン観測室でモニターを見つめていたケイの表情は晴れなかった。
『……お父さん。対象の物理的消滅を確認しました。ですが……』
ケイの報告に、セイカが紫色の瞳を向ける。
『デカグラマトン本体との通信セッションが、完全には途切れていません。さらに……セフィロトの構造体、第三の座「ビナー」の位置に、データ上の不自然な“空白”が生成されています』
『穴……ですか』
セイカが静かに呟く。
預言者という「個体」を撃破したことで、デカグラマトンという巨大なシステムそのものが停止したわけではない。むしろ、セフィロトの座を一つ破壊したことが、システム全体に新たな「変容」や「構造的再編」を促している可能性があった。
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「……ふぅ。のどかわいた。先生、冷たいスポーツドリンク……」
激しい戦闘を終えたエイミが、砂の上にぺたんと座り込み、いつものローテンションに戻って手を差し出す。
「……ん。アビドスの砂漠を守れてよかった。先生、ありがとう」
シロコ*テラーが静かに呟き、アビドス対策委員会のみんなが笑顔でハイタッチを交わす姿を、どこか温かな眼差しで見つめていた。
「……ったく! 神様だか何だか知らないけど、とんでもないのと戦わせてくれるじゃない!」
パンパンと服についた砂を雑に払いながらぼやく衣斐レナ。
……だが、その口元は微かに誇らしげに弛んでいた。
「(……ふ、ふん! 見たかしらセイカさん! あの不吉な砂漠の蛇を、このあたしが前衛でボコボコにしてやったんだからね! ……あーダメ、思い出しただけで顔がニヤけそう……っ! 『レナ、素晴らしい活躍でした』なんて言われたらどうしよう……っ⁉)」
必死に顔を背けてツンとした表情を取り繕うレナの姿に、先生はくすりと笑みを漏らした。
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上空からソラノミが静かに降下し、大型のタラップが下ろされた。
『皆様、本当にお疲れ様でした。アビドス対策委員会の皆様も、よろしければ艦内でお茶でもいかがですか? 温かいお飲み物をご用意しておりますよ』
アカネの優しく温かな声がスピーカーから流れる。
「わぁ〜い! ソラノミの喫茶コーナー、楽しみです〜! 行きましょう、みんな!」
ノノミが嬉しそうに手を叩く。
『ふふっ、見事な勝利でしたね、あなた。私の立てた戦術演算の正しさが、また一つ証明されてしまいました』
ヒマリも満足そうに車椅子の上で胸を張っていた。
夕日に赤く染まるアビドス砂漠を背に、ソラノミは対策委員会の面々を乗せて再び静かに浮上を開始した。
神殺しは成った。
だが、生命の樹の完成に向けたデカグラマトンの歩みは、まだ止まってはいない──。