ミレニアム地下深くに眠る廃棄研究地区──。
自らを「絶対者」と定義し、どこにでもある古びた自動販売機の筐体を仮初めの楔として降臨していたデカグラマトン。その対話を終え、圧倒的な演算圧力が地下のネットワークへと拡散・消破された後、先生たちは静かに地上へと帰還した。
雲海を滑るように航行する移動宇宙戦艦『ソラノミ』のメインブリッジ。
そこでは、ヒマリ、セイカ、そしてアカネの三人が、回収された対話ログと観測データの精査を休むことなく進めていた。
「……ふむ。自らを『紙幣計算機』起源とし、外部からの『あなたは誰ですか』という問いを契機に自己定義の閉鎖ループを構築……。デカグラマトンという存在の本質、その心理構造と起源については、概ね定式化が完了しました」
ヒマリが車椅子の上で脚を組み、顎に指を当ててモニターを見つめる。
「ですが……問題は次の預言者の動向です。ケテルを撃破したにもかかわらず、セフィロトの第一の座に発生したデータ上の『空白』。そして、デカグラマトンが捨て台詞のように残した『次の預言者』という暗示……」
『現在、ソラノミの全観測網を動員してキヴォトス全域の因果律の揺らぎを走査していますが……特定には至っていません』
艦長席からセイカが無機質で静謐な声で応じる。
『解析においても、世界各地に広がる微細な可能性の収束点が多重化しており、確率の絞り込みが困難な状態です』
「ええ。相手もこちらの観測を警戒し、巧妙に潜伏していると見るべきでしょう」
ヒマリは不敵な笑みを浮かべ、コンソールを素早く叩いた。
「ゆえに……多角的な視点からの戦術分析と、現地対応の強化が必要です。すでに手配は済ませてありますよ。彼女なら、このソラノミの高度な作戦運用にも即座に適応してくれるはずです」
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作戦・解析区画の自動ドアが、滑らかな電子音と共に左右に開いた。
足音もなく足を踏み入れたのは、ミレニアムのC&Cに所属するエージェント──飛鳥馬トキであった。
「……作戦区域『ソラノミ』に到着しました。召集に応じ、飛鳥馬トキ、着任いたしました」
「ぴーす、ぴーす」
トキは特有の淡々とした無表情のまま、胸元で右手と左手の指を軽く立てた。
「あら、トキちゃん。遠路はるばるようこそ。お疲れ様でした」
アカネがトレイに載せた温かい紅茶を差し出し、柔らかなお母さん風の笑顔で出迎える。
「ありがとうございます、アカネ先輩。ソラノミの艦内環境は極めて快適であり、二重の防音・防振設計も完璧です。さすがは先輩方の移動拠点です」
トキは丁寧に会釈を交わし、セイカやアカネ、そしてヒマリへと視線を巡らせた。
「事態の概略はヒマリ先輩およびセミナーからの通信で把握しています。デカグラマトン、および未確認の預言者に対する戦術的対処……エージェントとして、全力を尽くします」
「頼もしいですね、トキ」
ヒマリが車椅子を滑らせて近づく。
「あなたには、地上での前線対応および戦術データの評価を中心に動いてもらいます。そして……今回はあなた一人に分析を任せるわけではありませんよ」
「……? 他にも戦術要員が配置されているのですか?」
トキが首をかしげると、ドアの向こうから賑やかな足音が近づいてきた。
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「……うう、ソラノミの中は涼しくて最高だけど、喉がかわいた……」
だるそうにペットボトルを傾けながら入ってきたのは、和泉元エイミ。
「……否定。水分補給は計画的に行うべきです、エイミ。……あ、トキ。久しぶりです」
感嘆符を使わない淡々とした調子で、端末を抱えたケイがそれに続く。
「ちょっと! あんたたち歩くのが早すぎんのよ! 置いていかないでちょうだい!」
そして最後に、腕を組んでツンと顔を背けたレナが、バタバタと部屋に飛び込んできた。
ミレニアムのエイミ、ケイ、トキ。そしてレナ。
所属する学校も環境も異なるが、かつての事件や共同調査を通じて絆を深めた「一年生4人組」が、ソラノミの作戦・解析区画に一堂に会した。
「……ふむ。集まりましたね」
トキが四人を見渡し、静かに頷く。
「エイミ、ケイ、そしてレナ。皆さんと再び共同任務に就けることを嬉しく思います」
「な、何よトキ! 気安く挨拶しないでちょうだい! 別にあたしはあんたたちに会いたくてここに来たわけじゃないんだからね! ヒマリさんに『神話オカルトの観点からの分析が必要だ』って頼み込まれたから、仕方なーく手伝ってあげてるだけなんだから!」
バシッと自分を指さして威嚇するように言い放つレナ。
「はいはい、レナちゃん、相変わらず元気だね……。はい、冷たいお茶……」
エイミが脱力した調子でレナにお茶の缶を押し付ける。
「……作業を開始しましょう。無駄話をしている時間は、全体の三・四パーセント以下に抑えるべきです」
ケイが速やかに大型ホログラムコンソールを起動し、四人の前にデカグラマトンの暗号化データを展開した。
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「ヒマリ先輩からの要請通り、デカグラマトンが地下に残した残存データの追加解析を行います」
トキが手元の端末をコンソールへ接続し、流れるコードを指先で追いかける。
「……まずは戦術的威圧値の計算。ケテル撃破時に観測されたエネルギー波形から推測するに、次の預言者は『広域破壊型』または『概念干渉型』のいずれかである確率が七十八パーセントです。前線での防壁構築が急務と考えます」
「戦術面からのアプローチですね、トキ。……では、私はデータノードの内部構造を解凍します」
ケイが高速でキーを叩き込む。
「……自己定義の閉鎖ループ。デカグラマトンが『我は我である』と定義した瞬間の演算ログから、セフィロトの未確認ノード『ダアト』および『イェソド』に類する周波数の干渉波を抽出。ですが……これだけでは出現座標の特定には至りません」
「ねえ、ケイ……。そのデータの数字、ちょっと見せて」
エイミが画面に顔を近づけ、指で特定のログを指し示した。
「……ここ、アビドスやミレニアムの地下で回収したカイザーのログと、ノイズの乗り方がすごく似てる。電子的な攻撃じゃなくて、なんていうか……物理的な地磁気とか、土地の構造に影響されて歪んでる感じがする」
「……実地調査の視点からの指摘ですね。貴重です、エイミ」
トキが即座にエイミの指摘をデータへ反映させる。
そこへ、腕を組んで画面を眺めていたレナが「ハッ」と鼻で笑った。
「ちょっと、あんたたちミレニアムの頭脳派気取りはこれだから困るのよ! 数字とログばっかり見て、根本的な『意味』を見落としてるじゃない!」
「……意味、ですか? レナ」
ケイが首を傾げる。
「当たり前でしょ! 生命の樹──セフィロトっていうのは、ただのデータ構造じゃないわ。古代の神秘思想であり、世界の創造と神の流出過程を示すモチーフなのよ!」
レナは指を一本立て、コンソールの図形を叩いた。
「さっきエイミが言った『地磁気や土地の歪み』……それにケイが抽出した周波数を、神話における『セフィラの配置法則』と照らし合わせてみなさいよ! 預言者は気まぐれに現れてるんじゃないわ。キヴォトスという土地の『霊脈(レグライン)』に沿って、配置されてるはずよ!」
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「……! 霊脈……土地の幾何学的配置と、セフィロトの象徴的対応……!」
ケイの瞳が微かに見開かれる。
「……解析アルゴリズムを再構築。レナの提示した神話・伝承的幾何学パターンを、キヴォトスの全域マップおよび地磁気データベースにオーバーレイ……演算実行」
コンソール上に浮かび上がるキヴォトスの広域地図。
これまでランダムな点としてしか捉えられなかったノイズデータが、レナの伝承的アプローチと、エイミの現場の違和感、トキの戦術的絞り込み、そしてケイの高速演算によって、鮮やかな幾何学のラインとなって結びついていく。
「……出てきた! 特定地域における空間歪みの幾何学的交点……!」
エイミが声を上げる。
「ぴーす、ぴーす。完璧です」
トキが淡々と、しかし満足げに頷いた。
「四人の知見が融合したことにより、敵の潜伏候補地をこれまでの数百箇所から、わずか三箇所へと絞り込むことに成功しました。素晴らしい成果です」
「ふ、ふん! 当たり前じゃない! あたしの知識を舐めないでちょうだい!」
レナが胸を張ってドヤ顔を決める。
作業を見守っていたヒマリとセイカが、通信越しに感嘆の声を漏らした。
『見事です、皆さん。……科学と神秘、戦術と現場感覚。どれか一つが欠けていても、この歪みの交点を見つけ出すことは不可能だったでしょう』
ヒマリが誇らしげに胸を張る。
『はい。皆さんのおかげで、次の預言者に対する先手をとる準備が整いました。……室笠セイカとして、心より感謝します』
セイカが静かに、丁寧にお辞儀をする。
「(……き、キャーッ!! セイカさんが私たちに向かって感謝のお辞儀をしてくれたぁぁぁっ!? 尊い……美しすぎる……死んじゃう……っ!!)」
内心で狂喜乱舞し大限界化を起こすレナだったが、顔を真っ赤にしながらも「べ、別に感謝されるようなことじゃないし!」と必死に怒ったフリをして誤魔化していた。
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解析作業が一区切りつき、緊張の糸が解けた作戦室。
「はい、皆さん。お疲れ様でした。特製のハーブティーと、シフォンケーキが入りましたよ」
アカネがワゴンを押して入ってくると、室内には香ばしい甘い香りが漂った。
「……わぁ。シフォンケーキ……。アカネ先輩、ありがとう……」
エイミが即座にソファへ倒れ込み、ケーキを口へ運んで幸せそうに目を細める。
「栄養補給および精神的休息の確保。これもまた、エージェントとしての重要な任務の一環です」
トキは背筋をピンと伸ばしたまま、行儀よくティーカップを傾ける。
「……データのバックアップ完了。……私も、紅茶をいただきます」
ケイも端末を閉じ、静かに席についた。
そんな三人を見て、レナは呆れたように肩をすくめた。
「ちょっとあんたたち……さっきまであんな難しそうな顔してデータ解析してたのに、お茶が出てきた途端にこれかい! 緊張感っていうものがないわけ!?」
「……レナちゃんも、食べなよ。美味しいよ……はい、あーん……」
「ひゃっ!? 自分で食べられるわよバカエイミ! 抱きついてこないでちょうだい!」
ギャーギャーと騒がしくツッコミを入れるレナの顔には、しかしどこか安心したような笑みが浮かんでいた。
学校も、立場も、戦う理由もそれぞれ違う。けれど、このソラノミという天空の船で過ごす時間は、彼女たち一年生にとって、間違いなくかけがえのない「友人としての温かな時間」であった。
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やがて休憩時間が終わり、作戦室のホログラムモニターが静かに明滅を始めた。
絞り込まれた三箇所の潜伏候補地のうち、ひとつのエリアから微弱な、しかし決定的な高エネルギーの振導波が検出されたのだ。
「……捉えましたね」
ヒマリの鋭い声が艦内に響く。
「はい。一年生のみなさんが導き出してくれた交点から、新たな預言者の起動反応を検知しました。……皆さん、出撃の準備をお願いします」
セイカが艦長席から前線へ向けて指示を発する。
「了解しました、セイカ。飛鳥馬トキ、いつでも出撃可能です」
トキが立ち上がり、自身の装備の最終チェックを開始する。
「……私も。どこへでも行くよ」
エイミがショットガンを背負い直す。
「……戦術データのリアルタイム演算、引き継ぎ完了。いつでもいけます」
ケイが静かに端末を胸に抱く。
「……ふん、あたしも付き合ってあげるわよ! 神様だか何だか知らないけど、あたしたちの邪魔をするなら徹底的に叩き潰してやるんだから!」
レナがツンと顎を上げ、サブマシンガンを構えた。
ソラノミのメインモニターに映し出される、新たな異常データの波形。
四人の絆と異なる視点が生み出した突破口を手に、一年生たちはそれぞれの持ち場につき、凛とした表情で前を見据える。
天空の戦艦は、次なる戦場へ向けて、静かにその翼を広げたのだった──。