ドガァァァァァァンッ──!!
厚さ300メートルにおよぶ極北の蒼氷地層が、地底深くから突き上げる不気味で凄まじい内圧によって、爆発的に粉砕された。
宙へと跳ね上がる巨大な氷塊の群れ。マイナス48度の白濁した凄惨な吹雪を力任せに切り裂き、水蒸気の白く猛烈な爆煙を吹き上げながら姿を現したのは、まるで地球深部の灼熱のマグマをそのまま全身の装甲に纏ったかのような、あまりにも凶暴で真紅の巨装甲体であった。
デカグラマトン、第5の預言者──『ゲブラ』。
その背部に配置された多重の流体冷却噴出孔から、幾重もの紅蓮のプラズマ光線が解き放たれ、一瞬にして周囲の氷原を沸騰させて焼き払っていく。凄まじい熱風と激しい衝撃波が、どこまでも続く氷海全体を激しく揺らしていた。
しかし、降下を完了した一行の息を呑ませたのは、ゲブラという巨像の圧倒的な武威だけではなかった。
ゲブラの前──過熱した空間をゆらゆらと漂う、三つの蒼白い光の粒子。
それらは優雅な螺旋を描きながら静かに収束し、やがて神聖でありながら、生命の温もりや体温といったものを一切感じさせない三人の機械少女──『アイン』『ソフ』『オウル』へと姿を変えた。
「……生体反応、および魂の揺らぎ、皆無。……ですが、シッテムの箱のデータベースにおける既存のAI構造、および物理法則の枠組みを完全に逸脱した“高密度の神秘”を検出」
ケイが極寒の風に晒された手元の端末をミリ秒単位で素早く操作する。その無機質な声には、隠しきれないほどの分析の難度が滲み出ていた。
三人の少女は、寸分の狂いもない美しい輪唱のように、重ね合わされた透き通る合成音を極北の空へと響かせた。
『──我らはアイン。我らはソフ。我らはオウル』
『──我が父なるデカグラマトンの意に立ち、最後の王国(マルクト)を準備せし者なり』
「最後の王国……マルクト……! セフィロトの樹における第10の座……世界の完成と絶対の統治を意味する存在ですか!」
ヒマリが車椅子の上で防寒マフラーをギュッと力強く握り締め、手元のモニターを見つめて金切り声を上げる。
「……ん。おかしい」
シロコが愛用のアサルトライフルを力強く握りしめたまま、そのオッドアイを鋭く細めた。極寒の風に濡れた銀髪が激しく揺れる。
「あの子たち……私たちのことを見ていない。目の前にいる私たちではなく、もっと遠い……ずっと先の未来を見つめてる」
「……危険度の再判定を実行。即時排除の許可を求めます、先生。脅威度判定、極めて大」
トキが『アビ・エシュフ』の重砲身を滑らかにアイン・ソフ・オウルへ向ける。しかし、三人の少女はトキの放つ刺すような殺気や銃口すら認識していないかのように、淡々とその無機質な宣告を続けた。
『──疑似信号の受信を確認。不完全なる観測者たちの到来……それ即ち、王国の確固たる礎となる』
『──マルクトの完成まで、残された刻は──』
「待ちなさい! 残された刻とはどういう意味ですか! マルクトとは一体何なのですか! 私たちの到来が礎になるとはどういう論理なのです!」
ヒマリが車椅子の肘掛けを激しく叩き、追及の声を張り上げる。だが、三人の少女はヒマリの問いに応えることなく、青白いノイズの粒子とともに歪んだ空間の彼方へと、まるで幻影のように掻き消えてしまった。
__________
アイン・ソフ・オウルが消え去った後も、空間には不気味な電子ノイズの残響が漂い、真紅の預言者・ゲブラの圧倒的な威圧感が氷原全体を重く支配していた。
『──グォォォォォオオオッ!!』
ゲブラの巨大な両腕部から解き放たれた紅蓮の熱線が、一直線に氷原を抉り取る。猛烈な爆風と沸騰した氷飛沫が吹雪と激しく混ざり合い、視界を真っ白に染め上げた。
"……くっ! 来るよ! 全員、回避運動を!"
先生の叫びに合わせ、和泉元エイミが水着姿のまましなやかに跳躍し、大型ショットガンで牽制の弾幕を張る。トキがアビ・エシュフの重装甲で熱線の余波を正面から強固に受け止め、シロコが氷の陰を滑るように高機動でゲブラの側頭部へ狙い澄ました火力を叩き込んだ。
しかし、後方で羽織の袖を極寒の風になびかせていた百合園セイアの狐耳が、微かにピクりと不穏そうに跳ね上がる。
「……おかしいね。この胸の圧迫感……いや、未来の『視界』そのものが不自然に遮られている」
"セイア? どういうことだい?"
先生が素早く振り返る。セイアは深々と眉をひそめ、静かに首を横に振った。
「普段なら、危険な攻撃の兆候は直感的な未来の残像として私の脳裏に鮮明に過るはずなのだよ。だが……ゲブラの攻撃行動の先には、ぽっくりと不気味な黒い『空白』が横たわっている。まるで……未来そのものが、はじめから確定されていないかのようにね」
『ゲブラの行動プロトコルは、過去の預言者のような「定式化された論理の計算」ではなく、確率の揺らぎを直接物理的な破壊へと変換しています。……無闇な単独突撃は極めて危険です。お父さん、注意してください』
前線へ一歩足を踏み出そうとしたシロコやエイミに対し、キサキが鋭く凛とした声で制止をかけた。
「退け、早まるな! 相手は未知の理を纏う巨像じゃ。陣形を乱せば、それこそ敵の思惑に嵌まることになるぞえ!」
__________
「……ちょっと! あんたたちミレニアムの頭脳派も、セイアさんの直感も、難しく考えすぎなのよ!」
完全防寒のジャケットを着込んだレナが、風に煽られながらもサブマシンガンを抱え直して叫んだ。
「アイン・ソフ・オウル……『無』『無限』『無限光』! 神学やオカルトの伝承において、それは神がこの世界を創造する前に存在していた『絶対なる概念の段階』を示す言葉なのよ!」
「……! 概念の段階……ですか、レナ?」
ケイが端末のログから目を離し、レナの顔を見る。
「そうよ! あの3人は単なる戦闘用AIや案内役なんかじゃないわ! デカグラマトンという神が『マルクト(王国)』という世界を完成させるために必要な、儀式的・概念的な『触媒』……つまり、世界そのものを書き換えるための儀式プロトコルそのものなのよ!」
「(……ふ、ふん! どうかしらセイカさん! 私のオカルト知識、完璧に的を射てるでしょ!? 『レナ、見事な考察です』って心の中で感心してくれてもいいのよ……っ!?)」
内心で速攻でセイカに対する大限界化を起こし、胸をときめかせながらも、レナは「だから、目の前の巨大ロボットをただ倒すだけじゃダメだって言ってんの!」とツンと顔を背けて強がってみせた。
通信口からヒマリの感嘆の声が漏れ聞こえる。
「……素晴らしい着眼点です、レナ! ケイ、レナの提示した概念触媒プロトコルを、先ほどのアイン・ソフ・オウルの消失波形データと照合しなさい!」
「……了解しました、ヒマリさん。データ照合……適合率、八十七・四パーセント。彼女たちの存在自体が、マルクトの顕現に必要な『基盤』として、すでにキヴォトスの概念空間へ組み込まれています」
「……なるほどね。だから私の未来視にも『空白』が生じていたわけだ。彼女たちが世界そのものの理を上書きしようとしているからこそ、未来の確定線がグラグラと揺らいでいるんだね」
__________
ゲブラの巨体が激しく振動し、その胸部装甲が観音開きに展開。そこから幾重にも重なった高熱のルミナス・リングが不気味に照射される。氷原全体を瞬時に熔解させるほどの極大攻撃の明確な予兆であった。
「来ます! 全方位への熱線放出行動……! 照射まであと二秒!」
ケイが叫ぶ。だが、その直前にセイアが鋭く目を細め、狐耳をピンと立てた。
「……左斜め前三十度! 氷層の屈折率と空間の歪みにより、あの熱線の主軸は『右側』へ大きく偏向する! 避けるなら左へ跳びなさい!」
「……承知した!」
キサキが即座に手にしたサブマシンガンを連射し、前線へ的確な指示を叩きつける。
「エイミ、シロコ! 左の崩落土の陰へ退避! トキ、アビ・エシュフの防壁を左斜め前へ傾け、熱線の偏向余波を受け止めるのじゃ!」
「……了解。左へ移動……!」
「ぴーす、ぴーす。防壁傾斜角度、完璧に調整完了」
ドガァァァァァンッ!!
熱線の濁流が右側の氷原を極限の熱量で壊滅させるが、セイアの未来の異変察知と、キサキの見事な陣形統率、そしてトキとエイミの迅速な対応により、一行は傷一つ負わずに敵の猛攻を完璧にやり過ごしてみせた。
『お見事です、キサキさん、セイアさん』
アカネが優しく温かなお母さん風の声で通信を入れる。
『セイカさんのファンネル群による広域ソナーも完全に同期しました。ゲブラの装甲表面、熱循環ノードの周期パターンを捕捉しています』
『全ファンネルの精密照射準備完了しました。……先生、反撃の指示を』
セイカの静謐で絶対的な声が前線へと届けられる。
敵の圧倒的な武威と、アイン・ソフ・オウルが残した不気味な宣告。
しかし、この絶望的な現場において、恐怖に呑み込まれる者は誰も存在しなかった。
知性を司るヒマリとケイの解析。
未来の揺らぎを察知するセイアの直感。
戦場の全貌を見渡し仲間を繋ぐキサキの統率。
伝承の真実を見抜くレナのオカルト的洞察。
そして、前線で命を張る子供たちと、彼女たちを全面的に信じ指揮を執る先生。
空見観測研究部と特異現象捜査部、そして集結した仲間たちの揺るぎない絆が、いまや完璧な一つの陣形となってゲブラを包囲していたのだった。
「……ふむ。アイン・ソフ・オウルが申した『我らの到来がマルクトの完成に寄与する』という言葉……恐らく、我らが抗い、力を示すことすらも奴らの演算プロトコルに取り込まれておるのかもしれぬな」
キサキが扇子を口元に当て、凛とした強い眼差しでゲブラを見上げる。
「だが……だからと言って、目の前の脅威を放置して退く道など、最初から存在しない」
セイアが力強く頷く。
「ええ、その通りです!」
ヒマリが車椅子の上で自信満々に胸を張った。
「奴らがどんな不吉な未来を画策しようと、全知の私と、ここにいる最高の仲間たちの絆を上回ることなど不可能です! 先生、決断を!」
"──全員、ゲブラの攻略を開始! マルクトの完成を、絶対に阻止するんだ!"
先生の力強い号令が、極寒の吹雪を突き抜けて遠くまで響き渡った。
ソラノミから放たれた白青の光芒が氷海を明るく照らし、真紅の預言者・ゲブラとの命運を賭けた本格的な決戦の火蓋が、いま静かに切って落とされた──。