未来を統べる翼と、優しいメイドの家   作:天野江

211 / 213
夢跡:星を継ぐ者たちの独白

 

 

 

 

 

 深層意識の最奥を埋め尽くしていた虹色の光の奔流。その目も眩むような情報の渦の中心から、室笠セイカの気配がふっと雲散霧消するように消え去った。

 

 彼女の意識が、肉体の存在する現実世界──ソラノミの自室へと完全に引き戻された証であった。

 

 急激に静寂を取り戻し始める精神と概念の境界領域。

 先ほどまでセイカと対峙していた空間には、なおも微細な高次元粒子の残響が揺らめいている。その光芒の中心に、自由の面影を背負った青年──キラ・ヤマトは静かに佇んでいた。

 

 キラは、セイカの意識が消え去った虚空を見つめたまま、深い思索に沈むようにそっと胸に手を当てた。

 

 

「……行ってしまったね。彼女は、僕たちの言葉や、手渡したあの感覚を……どう受け取っただろうか」

 

 

 その声は穏やかでありながらも、かすかな懸念と祈りが混じり合っていた。

 未知の力、あまりにも過剰な空間把握の感覚。それを突然手に入れた者が辿る過酷な運命を、彼は誰よりも深く知っていたからに他ならない。

 

 そのキラの問いかけに応じるように、一歩静かに歩み出たのは、白色のパイロットスーツを纏い、深遠な瞳をした男──アムロ・レイであった。

 アムロは胸の前で重々しく腕を組み、セイカの残像が消えた虚空を鋭い視線で見つめたまま、低く落ち着いた声で静かに口を開く。

 

 

「……理解しようが理解しまいが、あそこまで感覚が共振してしまった以上、もう以前の彼女に戻ることはできないさ。……あれは、逃れようのない『呪い』のようなものだからな」

 

「呪い……かい、アムロ?」

 

 

 キラが少しだけ哀しげに眉をひそめて問い返す。

 アムロは静かに頷き、その視線をさらに遠くへと巡らせた。

 

 

「ああ。全方位の空間をそのまま肌で知覚する感覚、敵の予兆や殺意を直接捉える空間認識……それは戦場において絶対的な優位をもたらす圧倒的な力だ。だが同時に、それは『見たくもない危難』や『目背けたい敵意』までをも過敏に脳裏へ流し込んでしまう諸刃の剣でもある。彼女が新しい『目』を手に入れたということは、これから先の戦いで背負わなければならない精神の重みが、何倍にも跳ね上がったということだ」

 

 

 アムロの言葉は冷徹であったが、そこには同じ「先駆者」として領域を踏み越えてしまった者に対する、切なくも深い同情が宿っていた。

 アムロの視線は、セイカの深層意識の中に強く刻み込まれていた宇宙戦艦『ソラノミ』の概念的質量へと向けられていた。

 艦体に整然と配置された全方位索敵センサー網、主砲である高出力プラズマキャノン、そして側面から無数に展開する多層誘導ミサイルコンテナ。敵に一切の反撃の機会すら与えず、一瞬にして広域の脅威を霧散させる圧倒的な火力体系。

 

 

「……あいつの戦い方は、第三者や外の世界の者から見れば、酷く独善的で傲慢に映るだろうな。対話や交渉の余地すら残さず、圧倒的な手数の火力ですべてをねじ伏せ、存在ごと無に還してしまう……」

 

 

 アムロの声には、かつて幾多の凄惨な戦場で圧倒的な兵器と火力の応酬を目の当たりにし、その渦中で引き金を引き続けてきた者ならではの、重々しい痛切さが混じっていた。

 

 

「……だがな、キラ。あいつのあの異常なまでの火力の網の根底にあるのは、決して破壊衝動でもなければ、敵に対する憎悪でもない。あいつが求めているのは、単に目の前の敵を叩き潰して戦果を上げることなどではなく……ただ、己の隣にいる大切な者たちを絶対に傷つけさせないという、一執拗な防衛の意思だ」

 

「うん……そうだね」

 

 

 キラもまた、深くうなずきながら柔らかく目を細めた。

 セイカの深層意識と触れ合った際、彼女の思考の根底に渦巻いていた「守るための論理」を、キラもまた肌で感じ取っていた。

 

 

「どれほど過酷で容赦のない全砲火を振るおうとも、彼女の選択の根底にあるのは、家族を深く愛する一人の女性としての強さであり、切実な慈愛なんだ。想いだけでも、力だけでも、人は大切なものを守り抜くことはできない……彼女はその二つの両極を、己の強靭なエゴと覚悟によって完璧に繋ぎ止めているんだと思う」

 

「……あぁ。想いと力の双方を背負い、その重圧に潰されることなく銃口を構え続ける。……それが、あいつの選んだ過酷な『効率』というわけだ」

 

 

 アムロはそう呟くと、静かに息を吐いた。

 

 

 

 

__________

 

 

 

 

 

「……フン」

 

 

 アムロは鼻で小さく鳴らし、その唇の端に自嘲めいた、どこか切ない笑みを浮かべた。

 

 

「自らを『お父さん』と定義し、家族の絶対的な大黒柱として振る舞いながら、その実、妻であるアカネや、娘であるケイやシロコたちの平穏な日常を守りたいと切望する……徹底して個人的で、純粋な『エゴ』だ。世界の平和だの、人類の革新だの、世界の秩序の再構築だのといった大義名分よりも、ただ目の前にある我が家の温かな朝食と笑い声を何よりも優先する……」

 

 

 アムロは遠い目をして、かつて自らが駆け抜けた星々の海と、そこに散っていった無数の魂に思いを馳せる。

 

 

「……俺たちのいたあの残酷な世界にも、あんな風になりふり構わず、泥臭く己の家族と日常だけを死守しようとする存在がいたなら……俺たちの辿った結末も、もう少しマシなものになっていたのかもしれないな」

 

「アムロ……」

 

「ニュータイプという概念も、コーディネイターという遺伝子上の定義も、彼女の存在の本質を説明するものじゃない。彼女は誰かに与えられた思想や、世界の与えた称号に従って戦っているんじゃないんだ。ただ一人の意志ある女性が、愛する家族を守りたいという己のエゴと純粋な愛のために、神の領域に等しい巨大なシステムと能力を手に入れ、その座に座った……ただそれだけのことさ」

 

 

 アムロの言葉は、セイカという一人の存在に対する最大の敬意でもあった。

 世界や大義のために戦わされるのではなく、己の選んだ小さな温もりのために力を振るう。それこそが、過酷な戦火を生きた二人が最後まで渇望し続けた「真の意志のあり方」だったからである。

 

 

「……ふふ。『神の領域を盗んだ』かい? 言い得て妙だね、アムロ」

 

 

 キラが少しだけ眩しそうに目を細め、溢れる虹色の光を慈しむように見つめた。

 

 

「でも、彼女なら……『その先』の可能性へ進めるかもしれない。あの移動宇宙戦艦『ソラノミ』と、そして彼女が何よりも愛する家族と共にね」

 

「……甘いな、キラ。圧倒的な力を手に入れた者は、最後には自分自身のその手で、永久に引き金を吹き引き続けなければならなくなる。誰も立ち入れない高みで、たった一人で敵を消し続けなければならない……その孤独と絶望は、生半可な覚悟で耐えられるものじゃない」

 

 

 アムロは厳しく現実を指摘する。

 能力の拡張がもたらす孤立、圧倒的な力が呼び寄せる新たな理不尽。その恐ろしい螺旋を誰よりも理解しているからこそ、彼は安易な希望を口にはしない。

 

 しかし、その厳しい言葉の裏側で、アムロの瞳の奥には静かだが力強い熱が宿っていた。

 

 

「……だが、家族のために、己の手で宇宙の理不尽な重力を撃ち抜こうっていうんだ。それくらいの『無理』を通せる未来が、ひとつくらい存在していたって……バチは当たらないだろう」

 

「そうだね。僕たちにできるのは、彼女が自分自身の足で選び、歩んでいく道を見守ることだけだ」

 

 

 キラは静かに微笑み、セイカが現実世界で解き放つであろう新たな光の予兆を感じ取っていた。

 

 

 

 

__________

 

 

 

 

 

 二人の魂の会話が終わりに近づくにつれ、境界の領域を充たしていた虹色の光の奔流が、爆発的な輝きを増していった。

 赤、青、緑、黄金──あまたの色彩が渦を巻き、二人の姿を緩やかに包み込んでいく。

 

 

「……ま、精々あがいてもらうさ。自らの意志で、最後までな」

 

 

 アムロの低く力強い声が、光の彼方へと遠ざかっていく。

 

 

「……さよなら、セイカ。君が選ぶ自由と覚悟が、いつまでも家族を照らす温かな光であり続けますように」

 

 

 キラの穏やかな祈りの言葉が、精神の海の最奥に優しく響き渡った。

 

 やがて光の奔流はひとつに収束し、眩い閃光とともに完全に弾けて消え去った。

 ふたりの魂の残響は、新しい世界の可能性として、セイカという強き女性の器へとすべて託され、深層領域には静寂だけが残された。

 

 あとに残されたのは、セイカがこれから立ち向かう極北の冷たさと、彼女の内に静かに、そして確実に息づき始めた新たな「目」と「意志」──。

 そして、星を継ぐ者たちの祈りを背に受けながら、家族と共に明日を切り開くための、果てしない戦いの予感だけであった。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。