ズドドドドドォォォォン──―ッ!!!
宇宙戦艦ソラノミの艦底から放たれた極大の艦砲射撃が、極北の地にそびえ立つ灼熱の火山採掘施設の中枢へと一直線に突き刺さった。
爆煙とプラズマの閃光が幾重にも巻き起こり、施設を覆う高磁場バリアが大きく歪む。艦橋のメインコンソールでは、ケイの細い指先が目にも留まらぬ速さで端末を叩き、ヒマリが卓越した演算能力で敵の防衛制御系へとハッキングを仕掛けていた。
「過熱制御プロトコル、侵入完了です! 自動迎撃ラインの稼働率、三十七パーセントまで低下! 今です!」
「……よし、行くよ!」
シロコが愛用のライフルを握り直し、隣に並ぶアカネ、トキ、エイミ、そしてレナと共に突入態勢を取る。その傍らでは、十二基のフィンファンネルを背後に浮遊させたセイカが、鋭いニュータイプの感応波を火山地帯全体へと張り巡らせていた。
──だが、その直後。
過酷な爆風と赤黒いマグマの熱気が渦巻く火口の深層から、歪んだ幾何学的な高次元波動が噴出。ソラノミの艦橋を含めた空間全体に、キィンと不快な金属音が響き渡った。
「……警告。敵性高次元応答……単体構造物ではなく、複数存在の干渉を検知」
ケイの声に緊張が走る。ホログラム画面にノイズが走り、光の残像の中から「三人」の少女の幻影が重なるようにして姿を現した。
『……ふふ。やっぱり来たんだ、シャーレの先生。……それに、異物であるあなたも』
静かに、しかしどこか見定めるような警戒心を帯びた声で口を開いたのは、アインだった。
『あなたという存在は、デカグラマトンの美しい演算において、最大級のイレギュラー。……いえ、排除すべき「毒」そのものね』
『えー、本当にここまで来ちゃうわけ?』
続いて、ソフが呆れたように肩をすくめ、軽い調子で皮肉を混ぜる。
『せっかくケテルちゃんやゲブラちゃんが時間を稼いでくれたのにさ。そこまでしてお姉様の邪魔をしたいなんて、ホント嫌になっちゃうよ。少しは空気読んだらどう?』
『無駄な足掻きを……。あなたたちが何をしようと、崩壊のカウントダウンは止まらないというのに』
冷淡で尊大なオウルの声が、艦内に冷たく響き渡る。
『まあいいわ。排除すべき毒が自ら火の海へと飛び込んできたのなら、ここで消し去るまで。……第二の預言者コクマー。地脈の励起を開始しなさい。この地を、すべてを飲み込む灼熱の墓標とするのよ』
__________
アインたちの宣告が終わると同時に、火口の深層から恐ろしい地鳴りが響き渡った。
ドゴゴゴゴゴ……ッ!!
地表を構成する岩盤が崩壊し、ドロドロと沸き立つマグマの海の中から、極大の幾何学構造体が浮上してくる。巨大な球体と多角形の結晶が複雑に組み合わさったその姿こそ、デカグラマトンが誇る『知性』の象徴──第二の預言者、コクマーであった。
「……ッ、火口の熱源反応、極大に上昇! 地脈のマグマが強制的に励起されています!」
ケイのアナウンスが響く。
「……ん。まずい……!」
シロコが火口を見下ろし、眉をひそめる。
「……この規模の噴火が起きたら、採掘施設だけじゃなくて、ソラノミも、外にいる私達も全部溶岩に飲み込まれる……!」
「ひゃ、ひゃああっ!? な、何なのよこの熱気……! 嫌な気配までどんどん強くなってるじゃない……っ! うぅ……こ、こんなの絶対に普通じゃないし……! シャーッ!!」
突入部隊として降り立ったレナが、立ち昇るマグマの熱気と異様な波動に青ざめながらも、しっかりと銃を構えて後方を警戒する。
「……セイカ、主砲およびメテオストライカーの最大展開による迎撃を推奨します。コクマーの防衛エネルギー量は、ゲブラの比ではありません」
「……待ちなさい、トキ」
セイカはメテオバスターライフルを構えたまま、制止の声を掛けた。
その瞳は静かに澄み渡り、研ぎ澄まされた感覚の網が、目の前で地熱を爆発させようとしているコクマーの内部構造へと滑り込んでいく。
「(……違います。この圧力……この威容……何かが引っかかる)」
コクマーが放つ絶大なエネルギーと地鳴り。それは確かにキヴォトス全域を恐怖に陥れるに足る脅威であった。だが、セイカのニュータイプ能力が捕らえた空間の歪みは、どこか「本気を出し切っていない」不自然な余白を告げていた。
__________
──キィィィィン!
セイカの脳裏に、強烈なヴィジョンが走った。
感応波を通じて、目の前に立ち塞がるコクマーの思考ロジックの断片が、幾何学的な光の演算グラフとなってセイカの視野にオーバーラップする。
『──指令:シャーレの先生および排除対象「セイカ」の抹殺。地脈エネルギーの全開励起を実行──』
『──制約:採掘施設内の高純度加工済み資源、および「祭壇」第3次構成パーツの保全率99.8%以上を維持せよ──』
「(……なるほど。そういうことですか)」
セイカの唇が微かに掠れる。
コクマーはアインたちの命令に従い、火山を全暴走させて先生やソラノミ一行を抹殺しようとしていた。だが、同時にデカグラマトンの忠実な預言者として、この施設で絶えず精製・積載されている「祭壇の構成パーツ」を損傷させないよう、破壊の範囲と熱の拡散方向をミリ単位で超精密に制御していたのだ。
「先生を排除するための全火力行使」と、「資源の絶対保護」。
相反する二つの高プライオリティ命令に挟まれた結果、コクマーは自らの威力を極限まで発揮できず、防御膜の特定のラインを過剰に薄く展開せざるを得なくなっていた。
「……セイカさん? 何か見えましたか?」
隣で銃を構えていたアカネが、夫の表情の変化を目ざとく察知して尋ねる。
「ええ、アカネ。……敵は自らの知性と忠実さゆえに、自縄自縛に陥っています」
__________
『……そういうことね』
ソラノミのメインホログラムから、調月リオの冷静で断定的な声が響く。
『私の手元にある解析データと、そちらのソラノミが捉えたコクマーの熱源放射プロファイルを照合したわ。……コクマーの演算回路は、膨大な備蓄資源を保護するために全体の三割以上の出力フィールドを「相殺」に回しているわね』
リオの手元でホログラムデータが更新され、コクマーの周囲に張り巡らされた複雑なバリアフィールドの立体図が浮き彫りになる。
『先生を排除する命令を実行しながら、資源の保全を優先する……。二つの命題を同時に満たそうとするあまり、敵の絶対防御膜には構造上の『計算の余白』が生じているわ。……ヒマリ、座標の割り出しは完了したかしら?』
「ふふん、私を誰だと思っているのですか、リオ! 全知の美少女ハッカーたる私にかかれば、コクマーの計算の歪みなど一目瞭然です!」
ヒマリが車椅子の上で自信満々に微笑み、ピンポイントの照準データをセイカの網膜へとダイレクトに転送する。
「コクマーのバリア北東三度、過熱制御フィールドの交差点! そこだけが、資源保護のために過剰に薄くなっています!」
「感謝します、リオ、ヒマリ。……シロコ、ケイ、火力の集中準備を」
「……ん。了解、お父さん!」
「肯定。全ファンネルのエネルギー収束をアシストします、お父さん!」
「た、確かにあの部分だけ、嫌な波動が途切れてるよ……! セイカさん、今なら狙えるよっ!」
レナも直感的に敵の弱点の歪みを感じ取り、必死に援護の声を上げる。
セイカはメテオバスターライフルを両手でしっかりと保持し、背後に展開する十二基のフィンファンネルを円状に配置させた。蒼いメガ粒子がファンネルの先端から溢れ出し、バスターライフルの砲身へと吸い込まれていく。
対するコクマーは、自身の計算の隙を突かれたことを察知し、極大の熱線フィールドをセイカに向けて収束させようとする。
『──警告。計算上のエラーを検知。排除行動を最優先に……──』
「遅い……!」
セイカの瞳に、限界突破した覚醒の光が宿る。
「……自分たちの都合で世界を歪め、家族の日常を脅かす敵に……折れる道理はありません!」
精神の昂ぶりとともに、ライフルの出力メーターが限界値を突破し、青白く眩い光芒が火口全体を照らし出した。
「……墜ちろ!!」
ズドッ……バババァァァァン──―ッ!!!
放たれた一筋の極大照射ビームが、コクマーが展開していた「計算の余白」──極限まで薄くなっていたバリアの結節点を完璧に貫通した。
青白い閃光は、コクマーの巨大な中枢核をストレートに破壊。内部から生じたエネルギーの崩壊現象により、コクマーの巨躯が激しく激震し、暴走しかけていた火山の地熱励起プロセスが強制的に遮断・停止していく。
__________
火口を包んでいたドロドロとした赤光が退き、マグマの海が急速に冷却されて黒い冷却岩へと変わっていく。
姿勢を崩し、膝を突くようにして機能停止の途につくコクマーの表面から、電子的なノイズ音が漏れ聞こえた。
『……。……コクマーの意図を確認。……資源の防衛を優先した結果、先生の殺害に失敗。……演算のプライオリティ設定に……致命的な……矛盾……』
感情を交えず、淡々と自身の敗因をログに記録しながら、第二の預言者コクマーは完全に光を失い、冷えた岩盤の上へと沈み込んでいった。
『あーあ。コクマーちゃんまでやられちゃったか』
ソフが呆れたように息を吐き、頭の後ろで手を組む。
『やっぱり、資源を守りながら先生を倒すなんて二兎を追う作戦は無理があったんじゃない? だから言ったのにさ』
『……黙りなさい、ソフ。コクマーの判断はデカグラマトンの規律に従ったものよ』
アインが冷たくソフを制し、不気味なほど落ち着いた視線をセイカと先生に向ける。
『……いいでしょう。この採掘施設とコクマーを失ったことは認めます。ですが……あなたたちがどれほど足掻こうと、すでに「祭壇」の根幹は氷海の最深部へと組み込まれました』
『ふん、惨めな勝利に酔いしれるが良いわ』
オウルが冷酷な嘲笑を浮かべ、空間の歪みの中へと姿を消し始める。
『ここで幾らオートマタを破壊しようと、お姉様……マルクトの顕現はすでに不可逆の段階に入っている。……無駄な時間を稼げたと喜ぶといいわ』
アインもまた、姿が薄れゆく中で、最後に先生へと冷たく言い放った。
『先生。……次の聖域で、死を与えましょう』
__________
三位一体の通信が完全に遮断され、火山地帯に吹き荒れていた異常な熱風と地鳴りが、嘘のように静まり返った。
「ふぅ……あ、助かったぁ……! 一時はどうなるかと思ったよぉ……!」
レナが胸に手を当てて深く安堵の息を漏らす。
「……ふぅ。あっつかったぁ……!」
エイミが散弾銃を背中に担ぎ直し、ジッパーをパタパタと仰ぎながら大きく息を吐き出す。
「これで戦闘は終わり? ねぇ、早くソラノミのエアコンが効いたお部屋に戻ろうよ〜。汗でべたべたになっちゃった……」
「……はい、エイミ、レナ。お疲れ様でした。艦内の温度管理システムは正常に稼働していますよ」
ケイが端末を操作しながら優しく応じる。
しかし、周囲の安全が確認されたにもかかわらず、セイカ、アカネ、そして先生の表情は晴れることがなかった。
「……「次の聖域」、ですか」
アカネが静かにセイカの隣に寄り添い、黒く冷え固まった火口の底を見つめる。
「ええ。コクマーを破り、採掘施設を制圧したにもかかわらず……敵にはまるで焦りの色がありませんでした」
セイカはメテオバスターライフルをラックへと戻し、愛する家族──アカネ、シロコ、ケイ、そして共闘した仲間たちの顔を順番に見つめた。そして、艦上から通信で見守るセイア、キサキ、そしてリオへと視線の照準を合わせる。
『……ふむ。アインたちの言葉、ハラハラさせるね。……彼女たちが言う「次の聖域」とは、恐らく氷海深度六千メートルの最深部……祭壇が完全体として立ち上がる場所のことだろう』
セイアが静かに未来の暗雲を告げる。
『うむ。油断は禁物じゃな。コクマーを退けたとはいえ、デカグラマトンの本命たるマルクトの顕現プロセスは、すでに最終局面に入っておる。……セイカ、準備を怠るなよ』
キサキが扇子をパチリと閉じ、険しい表情で頷く。
「判っています。……敵がどのような絶望を用意していようとも、私はこの家族を、そしてこの日常を守り抜くだけです」
セイカは固い決意を胸に、宇宙戦艦ソラノミの艦上へと翻った。
火山の戦いは終わった。しかし、三位一体が言い残した不穏な予告は、これから向かうべき「氷海最深部・深度6000メートル」の暗闇を象徴するように、一行の心に深く根を降ろしていたのだった。