未来を統べる翼と、優しいメイドの家   作:天野江

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地上で一番不自然で、世界で一番正しい親子

 

 

 

 1年生の教室。休み時間のチャイムが鳴り響くと同時に、編入初日の室笠ケイの席は、まるで新種の観測対象を見つけたかのような勢いのクラスメイトたちによって、何重もの人垣に囲まれました。

 

 

「ねえケイちゃん、今の数学の解法、先生より分かりやすかったよ! 一体どこから来たの?」

 

「さっき2年生のフロアでアカネ先輩を『お母さん』って呼んでたって聞いたけど、本当に親子なの!? 親戚じゃなくて?」

 

 

 矢継ぎ早に飛んでくる質問の嵐。しかし、ケイは一切動じることなく、背筋を真っ直ぐに伸ばして、囲んでいる一人ひとりの顔を冷静に見つめ返しました。

 

 

「……順番に回答します。まず、私は正規の手続きを経て編入しました。そして、聞き間違いではありません。室笠アカネさんは私のお母さんです。そして――」

 

 

 ケイはそこで一度言葉を切り、教室の入り口を真っ直ぐに指差しました。そこには、心配そうに中の様子を伺っていた天野江セイカが立っていました。

 

 

「――あそこにいる天野江セイカさんが、私のお父さんです」

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「ええええええええええーーっ!!?」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教室中に、耳を劈くような絶叫が響き渡りました。クラスメイトたちは、指差されたセイカとケイの顔を何度も交互に見比べ、パニック状態で頭を抱えます。

 

 

「ちょ、ちょっと待って! 意味がわからないよ! セイカちゃんもアカネ先輩も女の子でしょ!? 二人の娘って、どういう……魔法!? 錬金術!?」

 

「それにセイカちゃん、同じ1年生だよ!? お父さんって……え、本気で言ってるの!?」

 

 

 喧騒の中、ケイは至極当然といった様子で席を立ち、迎えに来たセイカの元へ歩み寄りました。

 

 

「困惑する理由が不明です。セイカさんは私を『家族』として定義し、その身を挺して守ると決めてくれた。その強さと優しさは、私にとって紛れもなく『お父さん』のそれです。お父さんとお母さんがいて、私がいる。そこに血縁などという低次な情報は必要ありません」

 

「……あはは。……ケイ、みんなを驚かせすぎだよ」

 

 

 セイカは顔を真っ赤にしながらも、ケイの頭を愛おしそうに撫でました。その、まるで本当の親子のような……いえ、それ以上に深い慈愛に満ちた空気感に、圧倒されていたクラスメイトたちも次第に毒気を抜かれていきます。

 

 

「……なんか、すごい。理屈は全然わからないけど、今のセイカちゃん、めちゃくちゃ『パパ』の顔してる……」

 

「アカネ先輩がお母さんで、セイカちゃんがお父さん……。最強すぎるでしょ、その家庭……」

 

 

 呆然と見送るクラスメイトたちを背に、ケイは誇らしげに胸を張りました。

 

 

「さあ、お父さん。お母さんがソラノミで、栄養バランスを完璧に構築した夕食を作ってくれると言っていました。速やかに帰宅しましょう」

 

「……うん。帰ろう、ケイ」

 

 

 驚天動地の編入初日。クラスメイトたちの常識を軽やかに塗り替えながら、親子二人は連れ立って、空の上にある温かな我が家へと向かうのでした。

 

 

__________

 

 

 

 

 

 

 

 

 2年生の教室。放課後のチャイムが鳴り終わるのとほぼ同時に、アカネのデスクの周りには数人のクラスメイトが息を切らして駆け寄ってきました。

 

 

「ちょっとアカネ! さっき1年生のフロアですごいこと聞いたんだけど!」

 

「編入してきたケイちゃん、アカネのこと『お母さん』って呼んでたって……それどころか、天野江さんのことを『お父さん』って呼んでるって、もう学校中が大騒ぎよ!」

 

 

 クラスメイトたちの混乱をよそに、アカネは一切の手際を乱すことなく、机の上の資料をミリ単位の狂いもなく鞄に収めました。そして、いつもの穏やかで完璧な微笑みを浮かべ、ゆっくりと顔を上げました。

 

 

「あら、もうそんなに噂が広まってしまったのですか。ふふ、ケイも素直な子ですから。隠すようなことでもありませんし、構わないのですけれど」

 

「構わないって……! 本当に、二人が親なの!?セイカちゃんだって同じ学校に通う女の子じゃない! 一体どういうことなの?」

 

 

 友人の詰め寄るような問いに、アカネはそっと指先を頬に当て、慈しむように目を細めました。

 

 

「ええ、私たちの娘です。血の繋がりといった不確定な要素よりも、私たちが彼女を家族として選び、共にソラノミで暮らしているという『事実』の方が、何よりも強固な証明になると思いませんか?」

 

「証明って……。でも、セイカちゃんが『お父さん』でアカネが『お母さん』なんて……」

 

「ええ。あの方は、いざという時には命を懸けて家族を守る、誰よりも気高く頼もしい『お父さん』です。そして私は、そんなお父さんを支え、家庭という宇宙を完璧に整える『お母さん』。……ふふ、最高の役割分担だと思いません?」

 

 

 あまりにも堂々とした、そして幸福に満ちたアカネの言葉に、クラスメイトたちは言葉を失いました。常識では計れない、けれどそこには確かに、誰も介入できない完成された愛の形があったからです。

 

 

「……なんか、アカネがそう言うと、それが正解なんだって思えてくるから不思議だわ」

 

「そう。それが正しい観測結果です」

 

 

 アカネは満足げに頷くと、鞄を肩にかけました。

 

 

「さて。今日は大切な娘の編入初日ですから。主賓とお父さんがお腹を空かせて待っています。これ以上、家族の団欒を遅らせるわけにはいきません」

 

「あ、また夕飯作り? 頑張ってね、お母さん……!」

 

「ええ。今夜は特別に、お父さんの好きなメニューと、ケイへのご褒美を用意するつもりです」

 

 

 驚きに目を見開く友人たちに軽やかに手を振り、アカネは教室を後にしました。廊下を歩く彼女の背中は、地上の誰よりも凛としていて、そして空の上で待つ家族への愛に溢れていました。

 

 

 

__________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 校門付近や廊下では、下校を急ぐ生徒たちが足を止め、信じられないものを見るような視線をある「親子」に注いでいました。

 

 

「……ねえ、あれ。さっき言ってたやつ……」

「本当だ……。1年生のセイカと、編入生のケイちゃん。それに2年生の室笠先輩まで合流してる……」

 

 

 注目の的となっている三人は、周囲の喧騒など全く耳に入っていない様子で、ごく自然に歩調を合わせていました。

 

 

「お父さん、お母さん。今日の私の学業遂行能力は、全課程において最高評価を維持しました」

 

「……うん。ケイ、すごかったって……クラスのみんなも言ってたよ。……頑張ったね」

 

「ふふ、さすがは私たちの娘ですね。ケイ、今日はお祝いにあなたの好きなメニューを多めに用意していますよ。……もちろん、お父さんの分も、ね?」

 

 

 アカネがセイカの腕にそっと手を添え、ケイがその反対側でセイカの裾を握る。その光景は、誰がどう見ても「完成された家族」そのものでした。

 

 

「……ねえ、見た? 今、室笠先輩が天野江さんのこと『お父さん』って呼んで微笑んでなかった?」

 

「呼んでた。しかもセイカ、顔を真っ赤にしながらも、すごくパパっぽい優しい顔でケイちゃんの頭撫でてた……」

 

 

 物陰からその様子を見ていたクラスメイトたちは、頬を染めたり、呆然としたりしながら小声で語り合います。

 

 

「女子高生にお父さんとお母さんがいて、その娘が同級生……。字面にすると意味不明なのに、あの三人を見てると『これ以上の正解はない』って気分になるのは何でだろう」

 

「たぶん、愛の出力が強すぎるんだよ……。見てよ、あの室笠先輩の、お父さんを立てる完璧な妻のムーブ。セイカもなんだか二人を背負ってる風格があるっていうか」

 

「……なんかさ、あの三人の周りだけ、空気が違うよね。地上の常識が通用しないっていうか、もっと高いところにある別の世界を共有してる感じ」

 

 

 三人が校門を抜け、夕闇の向こう側へと消えていく。その背中は、どんなに不思議な関係性であっても、決して揺らぐことのない絶対的な絆で結ばれていました。

 

 

「……いいなぁ、あの家族。なんか、見てるこっちまで幸せな気分になっちゃった」

 

「わかる。……よし、私たちも帰ろ。明日はケイちゃんに、お父さんのどこが一番好きか聞いてみようよ」

 

 

 そんな友人たちの囁きも、もはや彼女たちには届きません。地上の喧騒を後に、三人はただひたすらに、空の上に浮かぶ自分たちだけの温かな我が家――ソラノミへと、幸せな足取りで帰路に就くのでした。

 

 

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 ミレニアムサイエンススクール、生徒会室。端末のホログラムウィンドウが乱舞する中、セミナーの会計、早瀬ユウカは頭を抱えて机に突っ伏していました。

 

 

「……もう、意味がわからない。計算が合わないなんてレベルじゃないわよ、これ……」

 

 

 ユウカが指し示したウィンドウには、今日編入してきた「室笠ケイ」の学籍データと、それに関連して提出された保護者連絡先の変更届が映し出されていました。

 

 

「保護者:室笠アカネ。……そして、もう一人の保護者:天野江セイカ。……ねえノア、これ受理しろっていうの? 1年生が1年生の父親になるなんて、ミレニアムのどの演算モデルを通してもエラーしか出ないわよ!」

 

 

 隣で端末を優雅に操作していた生塩ノアは、困り果てたユウカの姿を楽しみながら、ペンを口元に当てて微笑みました。

 

 

「ふふ、そうですね。でもユウカちゃん、本人が提出した動機書を読みましたか? 『論理的な血縁よりも、観測による存在の確定を優先する』……だそうですよ。記述者はケイちゃん。そして、その裏付けとしてアカネさんが『家庭内における最適化は完了している』と、完璧な添削済みの書類を添えてきました」

 

「あの二人……!」

 

 

 ユウカはガバッと顔を上げ、別のウィンドウを開きました。そこには、廊下でケイの頭を優しく撫でる、どこからどう見ても「若いパパ」そのものの顔をしたセイカの隠し撮り……いえ、記録写真が。

 

 

「見てよこれ! セイカのこの、責任感に満ち溢れた、でもちょっと照れてる顔! 完全に『パパ』の自覚があるじゃない! 周りの生徒たちも『新しい家族の形だ……』とか言って感動し始めちゃってるし、もう収拾がつかないわ!」

 

「あら、素敵じゃないですか。ミレニアムには多様性が必要ですし。……あ、ユウカちゃん。先ほどケイちゃんからチャットが届きましたよ。『お父さんの夕食の栄養バランスについて、セミナーの知見を借りたい』だそうです」

 

「……っ、そんなの、私たちが計算するまでもなくあのアカネが完璧にやってるでしょ!?」

 

 

 ユウカは再び叫びながら、今度はこめかみを押さえました。

 

 

「もういいわ……受理するわよ。受理すればいいんでしょ! ただし、セイカがパパ活……じゃなくて、パパ業のしすぎで成績を落としたり、アカネが校内清掃と称して家庭の不条理を排除し始めたら、即座に私が出向いて説教してやるんだから!」

 

「ふふ、それは楽しみですね。……あ、ユウカちゃん。そんなに怖い顔をしていると、ケイちゃんに『教育的指導が必要な未確定要素』として分析されてしまいますよ?」

 

「……もう、ノアは楽しそうでいいわね!」

 

 

ミレニアム最強の計算能力を誇る会計も、この「室笠家」という解のない数式を前に、降参するしかない放課後でした。

 

 

 

 

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