未来を統べる翼と、優しいメイドの家   作:天野江

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真実の共有――あるいは、予言者が捧げる「共犯」の契り――

 

 

 

 トリニティ、ティーパーティー執務室。エデン条約を目前に控え、重苦しい沈黙が支配していたその場所に、全プロトコルを力技で突破した「声」が響き渡りました。

 

 

『――ナギサ、ミカ。聞こえるかい? 私だ、百合園セイアだ!』

 

「な、……っ!?」

「え……? セイア、ちゃん……?」

 

 

 紅茶のカップを落としそうになるナギサと、窓辺で虚空を見つめていたミカが、同時に通信機へ飛びつきました。ノイズの向こう側から聞こえるのは、間違いなく、死の淵にいたはずの友人の声でした。

 

 

『驚くのは後だ。今から、君たちが最も共有すべき「最悪の未来」を話す。……アリウスは、この条約の場で巡航ミサイルを放ち、私たちのすべてを焼き払うつもりだ』

 

 

 

__________

 

 

 

 セイアは淀みなく語りました。降り注ぐミサイル、崩壊する古聖堂、そして……ミカがアリウスをけしかけたことで始まった、この破滅の連鎖について。

 

 

「……セイアさん、何を言っているのですか? アリウスを……ミカさんが?」

 

 

 ナギサの声が震えます。信じていた親友が、自分たちの知らないところで破滅への引き金を引いていたという事実に。

 

 

「……あはは、やっぱりバレてたんだ。私、最悪だよね。……全部、私が壊しちゃったんだ」

 

 

 ミカの声には、深い自責が混じっていました。通信の向こうで、セイアが静かに、けれど力強く答えます。

 

 

『……ああ、そうだね。私は君たちを信じていなかった。だが、ここにいる「お節介な友人」――ケイに叱られてね。隠し事は優しさではなく、残酷な線引きだと。……だから、私はもう一人で背負うのをやめることにした。ミカ、君が始めたこの惨劇を、私と一緒に、最も美しい形で「添削」してくれないか?』

 

 

 

 

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 補習授業部、活動室

 

 試験勉強の重苦しい空気の中に、突如としてノイズが走り、ホログラムウィンドウが強制的に展開されます。

 

 

『――聞こえるかな、補習授業部の諸君。……君たちに話がある』

 

「ひゃ、ひゃわっ!? 通信機が勝手に……!? こ、この声、まさかセイア様……!?」

 

 

 驚きでペンを落とすヒフミ。隣でハナコがと目を細め、アズサが瞬時に銃を構え、コハルが「不純なハッキング!? 死刑よ、死刑!」と顔を赤くする中、セイアの声はどこまでも静謐に響きました。

 

 

『驚かせてすまない。だが、時間がなくてね。……今、私は君たちが信じている「日常」のすぐ裏側にある、真っ赤に焼けた不条理を観測している。エデン条約……その裏で、すべてを無に帰そうとする「虚無」が動き出しているんだ』

 

「……虚無。アリウスのことか」

 

 

 アズサが低く、簡潔な声で問いかけます。セイアは一瞬の沈黙の後、優しく肯定しました。

 

 

『そうだね、白洲アズサ。君が最もよく知る、あの凍てついた憎悪だ。……だが、安心してほしい。私は今、最高に「お節介な家族」と一緒にいる。君たちがこのトリニティで、ただ笑い合える明日を守るために、空の上から不条理をすべて撃ち抜く準備をしている者がいるんだ』

 

「お節介な、……家族……?」

 

 

 首を傾げるヒフミに、セイアは隣にいるケイやアカネ、そしてセイカの顔を思い浮かべながらふふっ、と短く笑いました。

 

 

『ああ。……自称「お父さん」という、誰よりも頼もしい観測士だよ。……ヒフミ、君は君たちの信じる「普通の青春」を貫き通してほしい。空から降る絶望は、私たちがすべて撃ち落としてみせよう。君たちはただ、試験を突破し、友人と手を繋いで、あの日見た青空をもう一度見上げる……それだけでいい』

 

「セイア様……。……はい! 私たち、絶対にあきらめません! 私たちの日常は、私たちが決めますから!」

 

 

 ヒフミの力強い返事を聞き届け、セイアは通信を切断する直前、ポツリと呟きました。

 

 

『……ハナコ。君のその「仮面」の下に隠した知性も、ほどほどにしておきたまえ。……あのお父さんに、すべてを見透かされて恥をかく前にね』

 

「あらあら……。それは少し、楽しみですね。私を裸にするのがお上手な『お父さん』ですか?」

 

 

 ハナコがいつものように際どい冗談で返すと、隣でコハルが「な、ななな何を言ってるのよこの変態! 死刑! 無条件で死刑!!」と絶叫し、アズサが「……ハナコ、今は冗談を言っている状況ではない。警戒を怠るな」と短く嗜めました。

 

 通信が切れた後の活動室。

 ヒフミは窓の外を見上げました。まだ何も見えない蒼い空の向こうに、自分たちを守るために翼を広げている「誰か」の気配を感じ取ったかのように、彼女は静かに、けれど固く微笑みました。

 

 

「……セイアちゃん。……あなたは、自分一人で背負うのをやめて、今度は素敵なお仲間を見つけたのですね」

 

 

 ハナコは友人であるセイアが孤独を脱したことを察し、心からの祝福を瞳に宿しました。

 

 

「……さあ、皆さん。勉強に戻りましょう。空の上があんなに賑やかなら、私たちが心配する必要なんて、これっぽっちもありませんから」

 

 

 

__________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 通信が切れた瞬間、ソラノミの地下工廠に、重厚な核エンジンの始動音が響き渡りました。

 

 

 

 

 ソラノミの緊急発進デッキ。気圧が下がり、赤い警告灯が彼女の横顔を照らす中、セイカは一人、ハッチの淵に立っていました。

 

 背負っているのは、水色と黒の巨躯――対因果律・高機動迎撃ユニット『メテオストライカー』。巨大な兵装が、彼女の細身ながらもしなやかな身体を、強固なクランプで包み込んでいきます。

 

 

「……接続確認。……ケイ、メテオストライカーのコア、預けるよ」

 

「了解です、お父さん! ルミナス・コア、直結。……お父さんの意志、すべて出力に変換します!」

 

 

 娘であるケイの演算が走り、セイカの背後でユニットが咆哮を上げます。左右に展開したアームが空を掴み、彼女の紫色の瞳が、コアの輝きと共鳴して静かに発火しました。

 

 

「……アカネ。……条約が始まる前に、絶望の芽はすべて摘み取っておく。……それが、最も『合理的』な解決だから」

 

 

 背後で見守るアカネへ、セイカはわずかに視線を投げました。女性同士でありながら「お父さん」として家族を支える彼女の瞳には、愛する妻への、ひどく甘やかで重い独占欲が滲みます。

 

 

「……アカネ。……帰ったら、膝枕してもらえるかな。……君の温もりがないと、私は演算を完了できないや」

 

「……ふふ。ええ、もちろんです。最高の紅茶を用意して待っていますね、あなた」

 

 

 セイカは満足そうに小さく頷くと、トリガーを握り込みました。

 

 

「……見えた。……そこだ。……セイア、君の視た地獄は、私がこの背中で押し潰す。……家族の未来を遮るものは……ここで全て、斬り伏せます」

 

 

 彼女は迷いなく、夜の虚空へとその身を投げ出しました。

 

 

「……主武装、展開。……エリナケウス、全門開放。……メテオストライカー、天野江セイカ……因果の添削を、開始する」

 

 

 

 

ドォォォォン!!

 

 

 

 

 静止軌道を切り裂く蒼い衝撃波。

 大気圏の摩擦熱を水色の装甲で弾き飛ばし、巨大な「鋼の翼」を羽ばたかせた彼女は、一筋の彗星となってアリウスの闇を焼き払いに行きます。

 

 空を裂き、絶望を消し去るその背中は、誰よりも気高く、誰よりも情熱的な「お父さん」の姿でした。

 

 

 

 






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