未来を統べる翼と、優しいメイドの家   作:天野江

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空より舞い降りる解

 

 

 

 キヴォトスの上空を流れる雲の海。一見すれば永遠の平穏を象徴しているかのように見えるけれど、私の瞳はその裏側に潜むわずかな「震え」を逃さなかった。

 地上の喧騒の中に、その異変に気づける者は誰もいない。平和を疑わない市民も、調印式を目前に控えた各校の要人も。……でも、高高度を巡航するこのソラノミのブリッジから虚空を監視する私だけは、その不吉な鼓動を感じ取っていた。

 

 無機質な計器の動作音だけが響く静寂の中、私は一度、深く瞼を閉じてからゆっくりと目を開く。紫の視界の端に、すでに数秒後に訪れるであろう「不条理」の予兆が、確定した未来として映り込んでいた。

 

 

「……来ます」

 

 

 私の一言が、凪いでいた空気を鋭く切り裂く。

 オペレーター席に座るケイの指先が、流れるような動作でコンソールを叩いた。次の瞬間、メインモニターには幾百もの真っ赤な輝点が躍り出た。

 

 

「巡航ミサイル……複数確認。いえ、これは数による蹂躙――飽和攻撃です」

 

 

 ケイの報告はどこまでも冷徹だった。モニターに表示される予測着弾地点は、これから調印式が行われる予定の古き学び舎。何千もの生徒たちが集い、新しい明日を祝おうとしている場所。

 無機質な警告音が室内に鳴り響く中、傍らに立つアカネは動じなかった。彼女は一瞬だけ窓の外の虚空を睨み、すぐにいつもの、春風のように柔らかい笑みを私に向けた。

 

 

「ふふっ……やっぱり来ましたね。私たちの平穏を邪魔する無粋な客人が」

 

「迎撃に移行します」

 

 

 私は短く告げて、席を立った。迷いなんてない。

 私は、ただの華奢な女の子。……でも、この場所において私は「お父さん」。家族を守り、安らぎを保証し、襲い来る不条理をその身一つで撥ね退ける者。その自覚が、私の背中に鋼の強さを宿らせる。

 

 

「セイカさん、紅茶を淹れて待っていますね」

 

 

 アカネの言葉に小さく頷いて、私は戦場へと足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

__________

 

 

 

 ハッチが開放されると、凍てつく風が猛然となだれ込んできた。空気の薄い、死の世界。でも、そこは私にとっての独壇場。白と水色の衣装を翻し、私はその身を虚空へと投げ出した。

 背後で重厚な音を立てて展開したのは、巨大な質量を持つ機械の翼――メテオストライカー。

 重力という物理法則を笑い飛ばしながら、私は蒼い空へと逆さまに「落ちて」いく。

 

 眼下では、雲を突き破ったミサイルの群れが、地上の命を刈り取るために一直線の死の軌跡を描いていた。それは文明の悪意が形を成したような、醜悪な鉄の雨。その絶望的な進路を遮るように、私は立ちはだかった。

 

 

「……フィンファンネル、全基展開」

 

 

 私の意志に応じ、翼から解き放たれた六基の兵装が、意思を持つ星の瞬きのように周囲を舞い始める。

 

 

「……問題ありません。すべて、ここで添削します」

 

 

 それは自分への誓い。そうあるべきだという「解」の提示。

 

 直後、空は光に埋め尽くされた。ファンネルから放たれた高出力のビームが、迫りくるミサイルを一点の狂いもなく次々と撃ち抜いていく。鼓膜を震わせる爆炎。連続する閃光。空は、昼間よりも明るく、残酷なまでの輝きに包まれた。

 でも、敵の悪意はそれを上回っていた。爆炎を裂いて現れたのは、視界を埋め尽くすほどの第二波。計算上の迎撃限界を優に超え、回避という選択肢さえも塗り潰す、物量による絶望の壁。

 

 それでも、私の心は微動だにしない。

 

 

「展開」

 

 

 私の言葉に従い、ファンネルが私の周囲に幾何学的な円を描いた。瞬時に形成された光の防壁は、あらゆる爆圧を跳ね返す絶対的な盾。ミサイルが次々と激突し、目の前が真っ赤な炎に染まる。凄まじい振動が体を揺らし、警告アラートが視界を焦がすけれど……その壁の向こうへは、火の粉一つ通さない。私の背後にあるのは、家族と友人が待つ「明日」なのだから。

 

 その瞬間、私のヘイローが重く、深く鳴り響いた。

 

 

 

 

ガコン

 

 

 

 

 世界から色が失われ、すべての音が遠のいていく。時間が引き延ばされ、一秒が永遠に近い密度へと変わる感覚。停滞する世界の中で、私の思考速度だけが幾千倍にも加速していた。

 無数の未来の分岐が、神経を焼くような速度で脳内を駆け巡る。膨大な絶望の海の中から、私はただ一つの、勝利へと繋がる正解の糸を指先で手繰り寄せた。

 

 

「……ここです」

 

 

 再配置されたファンネルの銃身が、未来の着弾軌道と完全に一致する。

 コンマ数秒の誤差も許されない、神の領域の狙撃。

 

 

「フルバースト」

 

 

 放たれた六条の光は、空に残ったすべての悪意を、一瞬で、根こそぎ焼き払った。

 雲を突き抜け、闇を裂き、最後の一片のミサイルまでを光の粒子へと変える。後に残ったのは、本来の静けさを取り戻した、どこまでも高く澄み渡る蒼い空だけだった。

 

 

__________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブリッジに帰還した私を待っていたのは、安堵だけではなかった。

 アカネにケイ、リオとセイア。

 四人が待っていた。

 

 

「……信じがたいわね。私の演算では、今の飽和攻撃を被害ゼロで抑え込む確率は、限りなくゼロに等しかった」

 

 

 リオは冷徹な無表情のまま、背景に明滅する膨大なデータを背負って私を射貫いた。

 

 

「貴方の機体、メテオストライカー……そして、その異常なまでの未来予見能力。科学的な検証が必要よ。調印式が終われば、そのデータのすべてをミレニアムに提出してもらうわ。……それはキヴォトスの秩序を維持するための義務よ、セイカ」

 

「……データなら、後でケイに送らせる。……でも、リオ。貴方の計算には、一番大事な『変数』が抜けているわよ」

 

 

 私は汗をぬぐい、紫の瞳で彼女を見据えた。入れ替わるように、百合園セイアが深く、重い溜息を吐いた。

 

 

「……やれやれ。君という存在は、私の視る予知夢を砂嵐のように掻き乱してくれる。……先刻まで、私の瞳にはトリニティが紅蓮の炎に包まれる未来が視えていたというのに」

 

 

 セイアはどこか呆れたような、それでいて深い敬意の混じった視線を送ってきた。

 

 

「因果を捻じ曲げ、確定した破滅を拒絶する。……百合園セイアの名において断言しよう。君のその不合理な愛こそが、今のキヴォトスに残された唯一の希望だ」

 

「……大げさよ、セイア。私はただ、約束を守っただけ」

 

「ふふ、そうか」

 

 

__________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何事ですか、これは」

 

 

 アリウスの本拠地、影が蠢く聖堂の奥底で、ベアトリーチェの傲慢な声が震えた。

 彼女の手元にある儀式の触媒――地上の命を刈り取るための「脚本」が、不気味なノイズを立てて霧散し始めていたからだ。

 

 彼女は確信していた。

 アリウスの憎悪を注ぎ込んだ巡航ミサイル。計算し尽くされた飽和攻撃。それらがエデン条約の会場を焼き払い、キヴォトスに永遠の夜を連れてくるはずだった。

 

 

「報告を! アリウスの軍勢はどうしたのです!? ミサイルは!? なぜ着弾の音が聞こえないのですか!」

 

 

 背後の闇から、無機質な通信機がノイズ混じりの音声を吐き出す。

 

 

『……全弾、消失。着弾まで残り数秒の地点で……正体不明の「蒼い閃光」により、一発残らず迎撃されました』

 

「……なんですって?」

 

 

 ベアトリーチェの顔から、余裕の笑みが剥がれ落ちる。

 

 

「そんなはずはありません! あれは数による蹂躙。防衛システムなど意味を成さない、絶対的な破壊の暴力のはずよ! それを……たった一校の、誰が防げると言うのですか!」

 

 

 彼女が慌ててモニターに映し出したのは、ソラノミが守護する上空の記録映像。

 そこには、重力を嘲笑い、光の翼を広げて舞うメテオストライカーの姿が映っていた。

 

 

「……機械……? 鉄の塊に、私の『神秘』が……負けたというのですか……?」

 

 

 画面の中のセイカは、フィンファンネルを自在に操り、ベアトリーチェが用意した「絶望」を、まるでお節介な文章を修正する赤ペンのように、無慈悲に、そして鮮やかに焼き払っていく。

 

 

「ふざけるな……。ふざけるなよ! 誰ですか……誰なんですか、この小娘は! 私の脚本に、こんなイレギュラーは存在しない!」

 

 

 ベアトリーチェは狂ったように机を叩き、白のドレスを震わせた。

 

 彼女にとって、生徒とは「利用すべき資源」であり、「物語の歯車」に過ぎない。その歯車の一つが、あろうことか作者である自分のペンを折り、物語そのものを書き換えてしまったのだ。

 

 

 

 さらに、追い打ちをかけるようにモニターにノイズが走る。

 セイカが放った最後の一撃――すべてのミサイルを貫いた光の余波が、通信回線を逆流してベアトリーチェの拠点にまで物理的な火花を散らせた。

 

 

「ああああああっ!」

 

 

 爆発するコンソール。暗転する視界。

 崩れ落ちる祭壇の中で、ベアトリーチェは見た。

 モニターが消える寸前、蒼い翼を翻して帰還するセイカの、冷徹で、けれど慈愛に満ちた「お父さん」の瞳を。

 

 

「……私の……私の完璧なエデンが……。あんな、名もなき生徒の『家族ごっこ』に、塗り潰されたというの……?」

 

 

 闇に沈む聖堂に、ベアトリーチェの屈辱に満ちた絶叫が響き渡る。

 

 「空見の波」でベアトリーチェがこの光景を見ることを理解したセイカが一言残す。

 

 

「――不合格。書き直しなさい」

 

 

 その圧倒的な「解」の前に、ベアトリーチェの野望は、夜明けの霧のように儚く消え去っていった。

 

 

 

 




ベアトリーチェの口調がわからん(´・_・`)

ミサイルの量が増えているにはセイカちゃんの活躍が見たいセイカちゃんファンのゲマトリアの仕業です。

いったい何ストロだろうな〜
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