未来を統べる翼と、優しいメイドの家   作:天野江

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深淵の審判

 

 

 

 ミサイル群を紙一重で撃墜した代償は、あまりにも重いものだった。

 背後で激しい火花を散らしていた「メテオストライカー」が、断末魔のような金属音を立てて完全に沈黙する。

 

 

「……メテオストライカー、全機能停止。……お父さん、推力が消失しました。慣性飛行に移行します」

 

 

 ケイの報告を聞きながら、私は迷わず肩のロックを解除した。ガコン、と重苦しい音を立ててパージされた鋼鉄の翼が、ブリッジの床に転がる。……試作品だと分かっていて無茶をした。その報いは、今の私を襲う凄まじい倦怠感として現れていた。

 

 

「……ふふっ。……分かっていたことだけどね。……でも、座して死を待つのは、私の最適解じゃない」

 

 

 私の網膜に投影された「波」の残滓は、依然として古聖堂の地下を真っ赤に染め上げていた。不条理の反応。ミサイルは単なる呼び水だ。地下に眠る「何か」が、今まさに目を覚まそうとしている。

 

 

「……セイカさん。無茶を承知の決断だったのでしょうけれど」

 

 

 背後から響いたのは、凛とした、けれど限りなく慈愛に満ちたアカネの声だ。彼女はふらつく私の体を正面から抱きとめ、その温もりで私の凍てついた思考を解きほぐした。

 

 

「……アカネ。……ごめんね。……でも、君たちの愛が、まだ胸の奥で燃えているんだ。……だから、まだ動けるよ」

 

「あまり、無茶しないでください。……ケイ、ソラノミの演算リソースをすべてセイカさんの思考補助に回しなさい」

 

「……状況は把握しているわ、セイカ」

 

 

 ソラノミのサブコンソールから声を上げたのはリオだった。彼女は冷徹なまでの正確さで、ホログラムパネルに複雑な数式を展開していく。

 

 

「古聖堂の地下にあるのは、旧時代の遺物……不条理の集積体よ。ソラノミの高度からでは、干渉の減衰率が高すぎる。……直接、その根源を上書きするしかないわ。計算式は私が構築した。……できるわね?」

 

「……ええ、リオ。……完璧な計算式だ。……助かるよ。……私が下層へ降りて、直接『添削』してくる」

 

 

 さらに、隣のシートに座るセイアが、静かに目を閉じたまま、鈴のような声で言葉を重ねた。

 

「……ふふ。セイカ、聞こえるかい? ……私が見た夢の中でも、君はいつもそうして、一人で闇の深淵へ歩み寄ろうとしていた」

 

「……セイア。……大丈夫。……君の見た夢を、私が最高の結果に書き換えてみせるから」

 

「……地下の暗闇は深いけれど、君を繋ぎ止める二人の『愛』という楔がある限り、君がその深淵に呑まれることはない。

……頼むよ、セイカ。……私たちが望む、明日という名の夢に書き換えてきてくれ」

 

 

 アカネが私の装備を整え、最後に深く抱きしめてくれた。一人で戦っていた頃の私なら、この重圧に押し潰されていただろう。

 

 ……でも、今の私には、守るべき家族が、私を信じてくれる仲間がいる。それだけは、何者にも邪魔させない。

 

 

「……観測、開始。……リオの計算を基軸に、セイアの見た夢を現実に。……古聖堂の地下に眠る不条理……。お父さんとして、家族の未来を遮るものは……ここで全て、斬り伏せます」

 

 

 私は、ソラノミのハッチから地上へと降下した。古聖堂の冷たい石畳を抜け、地下深くへ。暗闇を裂くのは、三人の絆が生み出した、透き通るような青い光。

 

 

「……見えた。……そこだ。……天野江セイカ、目標を駆逐する!」

 

 

 私の指先から放たれた「波」が、不気味に蠢く不条理の核を貫き、因果を塗り替えていく。不条理に満ちた世界でも、この甘い温もりがある限り、私たちは何度でも立ち上がれる。天野江セイカは一歩も退くことなく、その深淵を自らの光で照らし出した。

 

 

__________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 古聖堂の地下深層。

 湿った石造りの壁が「波」の残滓で青白く明滅する中、その男は悠然と、不気味なほど静かに佇んでいた。

 

 

「……マエストロ。……やはり、君がこの舞台の主役を気取っていたんだね」

 

 

 私は網膜に投影されるノイズの源――芸術家を見据えた。マエストロは戦う素振りも見せず、ただ感嘆したようにその長い指を動かしている。

 

 

「ああ……。素晴らしい。実に素晴らしいよ、天野江セイカ。……メテオストライカーを脱ぎ捨て、剥き出しの意志で深淵へ降り立つその姿。それこそが、私が求めていた『究極の自由』への第一歩だ」

 

「……悪いけど、君の美学に付き合うつもりはないよ。……君がここで何を表現しようとしていようと、それが私の家族の未来を曇らせるなら……私はそれを『間違い』として処理するだけだ」

 

 

 私が一歩踏み出したその時、耳元の通信機からリオの声が響いた。

 

 

『……セイカ、止まりなさい。……マエストロ、そこで何をしているの。……その地下反応は、あなたの望む「芸術」の範疇を超えているはずよ』

 

「……リオ。……分かっている。……こいつ、戦う気がないんだ」

 

 

 マエストロは、私の「波」が古聖堂の核を書き換えようとしているのを見ても、ただ満足げに頷くだけだった。

 

 

「戦う? ……よしてくれたまえ。私はただ、君がこの『天帝』をどう添削するのか、特等席で見届けたいだけなのだよ」

 

「『天帝』……? あなたは何を……」

 

 

 マエストロが指を鳴らした瞬間、地下の不条理が急速に凝縮し、一つの禍々しい「形」を成した。不気味な静寂を破って現れたのは、鈍い灰色の装甲を纏った、人間サイズの未知の機動兵器。背負った巨大な円形バックパック、そしてそこから突き出した無数の突起が、まるで死神の光輪のように怪しく輝いている。

 

 

「……っ、これは……。……ロボット……いや、人型の兵器……?」

 

『……お父さん、危険です。……対象から、物理法則を著しく歪める高濃度の不条理エネルギーを検知。……これまでのキヴォトスの技術体系には存在しない、極めて特異な設計思想を感じます』

 

 

 ケイの警告が、かつてないほどの重みを持って響いた。その未知の兵器――プロヴィデンスは、無機質なカメラアイを冷酷な光で明滅させ、私を射抜く。

 

 

「……ふふっ。……なるほど、これが君の用意した『添削課題』というわけか。……いいでしょう。……名前も知らない未知の神罰だろうと、世界の未来を遮るものは……ここで全て、斬り伏せます」

 

 

 通信の向こうで、アカネが息を呑む音が聞こえた。でも、私は怯まない。リオの数式、セイアの導き、ケイの温もり、そしてアカネの愛。すべてを「波」に乗せて、私はその審判を下さんとする機械へと、真っ向から踏み込んだ。

 プロヴィデンスの背後のドラグーンが分離し、意思を持っているかのように独立して宙を舞う。次の瞬間、全方位から不条理の光条が襲いかかった。

 

 

「……ケイ、同調! ……私の視界を、君の演算と同期させて!」

 

『……了解、お父さん! ……多次元予測展開。……来ます!』

 

 

 逃げ場のない光の檻が、私の周囲を埋め尽くしていく。一本一本の光が、現実を削り取る不条理の刃となって迫り――。

 

 

 

 

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