未来を統べる翼と、優しいメイドの家   作:天野江

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一つ上の世界

 

 

 古聖堂の地下深層。そこはもはや、キヴォトスの物理法則が通用する場所ではなかった。湿り気を帯びた空気は電離し、吸い込むたびに肺の奥が焼けるような鉄の味がする。

 

 

「……っ、はぁ、……はぁ……」

 

 

 私の視界は、すでに半分がノイズに埋もれていた。網膜に直接投影される観測データは警告色の赤一色で塗りつぶされ、処理しきれない情報の奔流が脳の神経細胞を一本ずつ焼き切っていくような錯覚を覚える。

 

 対峙するのは、人間サイズの死神だ。鈍色の装甲を纏った未知の機動兵器――プロヴィデンス。その背負った円環から分離した十一基の端末「ドラグーン」が、意思を持つ猛禽類のように私の周囲を旋回し、逃げ場のない死の檻を形成していた。

 

 

「……ハハハ! どうした、天野江セイカ! 君の誇る『自由』とやらは、この絶対的な『天帝』の前では、紙クズ同然の脆弱な理に過ぎなかったということか!」

 

 

 マエストロの狂気に満ちた笑い声が、石造りのドームに反響する。

 

 

「……マエストロ。……うるさいよ。……君の脚本は、……語彙が少なすぎる」

 

 

 私は震える足に力を込め、辛うじて立ち上がった。全身の筋肉が断裂を訴え、脳内では「生存本能」という名の安全装置が絶叫を上げている。

 

 

『……セイカ! 応答して、セイカ!』

 

 

 通信機から響くリオの声は、もはや悲鳴に近いものだった。ソラノミのメインモニターには、私が一方的に蹂躙される姿が映し出されているはずだ。

 

 

『解析が終わらないわ……! その機体、ドラグーンから放たれるエネルギーそのものが、因果関係を直接破壊している。……あなたがどれだけ「波」で未来を固定しようとしても、その前提となる「現在」が削り取られているのよ! 下がって、今すぐ!』

 

「……できないよ、リオ。……ここで私が退けば、……この不条理の嵐は、……キヴォトスまで飲み込んでしまう。」

 

 

 私は左腕を上げた。観測士として放つ「波」の防壁が、空間に青い火花を散らせる。直後、プロヴィデンスが右腕の大型複合兵装を持ち上げた。――来る。ドラグーンが一斉に発光し、全方位から光の条が収束する。

 

 

「……くっ、あああああッ!!」

 

 

 回避は不可能。私は「波」を最大出力で一点に集中させ、直撃の軌道だけを強引に逸らそうと試みた。しかし、放たれたのは純粋な熱量ではない。

 それは、空間そのものを欠落させる「虚無」の礫。防壁は紙細工のように容易く霧散した。衝撃波が身体を叩き、私は数十メートル後方まで吹き飛ばされる。

 背中が冷たい石柱に激突し、肺の空気がすべて強制的に押し出された。

 

 

「……が、……はっ……げほっ……!」

 

 

 口から溢れた鮮血が、石畳に暗い紋様を描いた。視界が暗転しかけます。意識が、遠のいていく。

 

 

『……お父さん! お父さん、聞こえますか!? 脳負荷が限界を突破しています! これ以上は……っ!』

 

 

 ケイの叫び声が、遠く、水底から聞こえるように響いた。意識の混濁の中で、私は自分の指先を見つめた。……震えが、止まらない。お父さんとして。家族の未来を守る「観測士」として。私は、あまりにも無力だった。

 

 

『……ふふ。……苦しいかい、セイカ?』

 

 

 ノイズの隙間から、セイアの静謐な声が耳を打った。

 

 

『君が見ているのは、君自身の無力さが作り出した幻影だ。……神の意志を騙る機械人形に、君の魂まで裁く権利はない。……耳を澄ませてごらん。……君を呼ぶ声が、まだ途切れていないことを。』

 

「……わかってる、……わかっているよ、セイア。……でも、……この不条理は、……私の演算を……嘲笑っているんだ」

 

 

 私は壁を伝いながら、再び立ち上がった。目の前には、依然として無傷のプロヴィデンス。その無機質なモノアイが、冷酷な光で私を射抜いている。感情のない機械だからこそ、その「強さ」には一切の揺らぎがない。

 

 ふと、上空のソラノミで待つアカネの姿が脳裏をよぎった。戦いに出る前、彼女が淹れてくれた紅茶の香り。「無事に帰ってきてくださいね」と、私の背中に添えられた手の温もり。

 

 

「……あ、カネ……。……まだ……、死ぬ訳には……」

 

 

 私は「波」を、無理やり自身の神経系へと流し込んだ。過負荷で全身の毛細血管が弾け、肌が赤く染まっていく。

 

 

「……天野江セイカ。……君は、自ら壊れることを選ぶのか。……それもまた一つの芸術だが、少々美しさに欠ける」

 

 

 マエストロの憐れむような声。プロヴィデンスの背後のドラグーンが、再び不吉な円陣を組み始めた。次の斉射が来れば、今度こそ私の存在は、この世界から物理的に消去されるだろう。

 

 上空からの光の豪雨。逃げ場のない、死の静寂に満ちた地下。私は震える手で血を拭い、ただ一点、プロヴィデンスの胸元を見据えた。

 

 

『……セイカ! まさか、特攻するつもり!? やめなさい、そんなの計算に入っていないわ!』

 

 

 リオの声が、絶望に震えている。

 

 

「……計算、……じゃないよ、リオ。……これは、……わがままだ」

 

 

 私は「波」を研ぎ澄ませた。ドラグーンが発射され、空間が白銀の光に埋め尽くされる。私の肉体は、すでに限界をとうに越えていた。一歩踏み出すたびに骨がきしみ、意識は薄氷の上を歩くように危うい。

 それでも。お父さんとして、彼女たちの明日を汚させるわけにはいかない。

 

 私は光の奔流の中へと、あえて自ら身を投げ出した。身体を焼く痛み。存在が削り取られる恐怖。それらすべてを「雑音」として切り捨て、私は絶対的な強者を前に、ただ一筋の「逆転」を観測しようと足掻き続けた。

 

 

 

 勝利への道筋など、まだ何一つ見えていません。

 

 そんな中、天野江セイカのヘイローがいつもとは違う回転をしていました。

 

 

 

 

 

 

__________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 古聖堂の地下深層。そこはもはや、キヴォトスの物理法則が死に絶えた「マエストロのキャンバス」と化していた。

 天野江セイカの視界は、すでに半分がノイズに埋もれている。鈍色の死神――プロヴィデンスが放つ十一基のドラグーン。そこから放たれる不条理の光条は、観測士としての彼女が捉えるはずの未来を、端から無慈悲に削り取っていく。回避不能、防御不能。絶対的な死の檻が、そこにはあった。

 

「……っ、はぁ、……はぁ……」

 

「……ハハハ! 終わりだ、天野江セイカ! 君という存在は、この絶対的な審判の光に焼かれ、一編の詩として消失するのだ!」

 

 マエストロの歓喜が地下に反響し、ドラグーンが彼女の心臓を目がけ、一斉に収束する。逃げ場はない。脳は情報の過負荷により焼き切れんばかりとなり、指先一つ動かすことさえ絶望的な状況に陥っていた。

 

「(……ああ。……まだ、終わりたくないな)」

 

 脳裏をよぎるのは、日常の断片。アカネが淹れる紅茶の香り。ケイの愛らしい呼ぶ声。それらすべてを「過去」にするわけにはいかない。その強烈な執念がトリガーとなった瞬間、彼女の頭上に浮かぶヘイローが、これまで聞いたこともないような甲高い、金属的な音を立てた。

 

 

 

――ガコォォォォォンッ!!

 

 

 

 衝撃が走る。彼女の脳内に、何億、何兆という未来の断片が、制御不能な濁流となって流れ込んだ。精神がその情報量に砕け散る寸前、すべてのノイズが突如として一点に収束し、世界から音が消え去った。ヘイローの回転が、止まらない。

 これまで「ガコン」と断続的に時を刻んでいた音は完全に消失し、いまや完全な無音の、そして不可視の「無限回転」へと移行していた。

 

「……あ。……見えた」

 

 セイカの瞳が、世界の真理を捉える。

 彼女の主観において、世界は凍りついたかのように停止していた。ドラグーンから放たれる死の光条、その一本一本に絡みつく「因果の糸」が、彼女の目の前にさらけ出されている。

 

――名付けるなら、「空見の閃」。

 

 彼女の身体を、深青と銀色が混ざり合った、神々しいほどに濃密な神秘の光が包み込んだ。神秘効率の劇的上昇。彼女はもはや、既存の理に縛られる存在ではない。一つ上の次元に立つ観測士として、目の前の「神罰」を冷徹に見下ろしていた。

 

「……ハ、ハハ……? なんだ、その光は……! 何をした、天野江セイカ!」

 

 彼女は、携行していたメテオバスターライフルを無造作に構え直した。

 本来、今の彼女の満身創痍な肉体で扱える代物ではない。だが、無限回転するヘイローから供給される膨大な神秘が、ライフルの回路を強引に焼き直し、本来のスペックを遥かに超える「概念武装」へと昇華させていく。

 

「……戦闘、開始」

 

 セイカはプロヴィデンスを見据え、ライフルの銃口をその胸部へと向けた。

 チャージ音すら存在しない。ただ、彼女の周囲に渦巻く深青の神秘が、ライフルのバレルに吸い込まれていく。

 

 

 

――ドォォォォォォンッ!!

 

 

 

 拳が触れた瞬間、無限回転する方陣から溢れ出した神秘が、黒い稲妻となってプロヴィデンスの内部へと逆流しました。それは単なる衝撃ではありません。この機体を構成する「不条理」という設定そのものを、私の「閃」が根源から上書きし、破壊していく音。

 

 放たれたのは、一筋の閃光であった。

 それは単なる高エネルギーの集束体ではない。空見の閃によって最適化された、不条理そのものを「観測」し、消去するための因果の弾丸。光はプロヴィデンスが展開していたドラグーンの防御網を紙のように容易く貫き、鈍色の胸部装甲へ直撃した。

 

「……が、あああああああッ!!?」

 

 衝撃が地下全体を揺らす。プロヴィデンスの装甲が内側から崩壊し、不条理のノイズが四散していく。絶対的であったはずの死神のモノアイが、初めての「恐怖」に震えるように激しく点滅した。セイカは、反動で弾けるライフルのグリップを握りしめたまま、冷徹に、けれど家族への愛を込めて告げた。

 

「……マエストロ。……君の脚本は、……ここで『落選』だよ。」

 

 通信越しに、リオが絶句する気配。そして、アカネの安堵に震える吐息が伝わってくる。

 

 天野江セイカ。観測士としての真の覚醒。

 

 深青の光に包まれた彼女の姿は、もはや深淵の怪物ですら触れることのできない、神聖な「守護者」そのものであった。

 

 

 

__________

 

 

 空でミサイルが光の粒子へと消え、地下からは世界が鳴動するような轟音が響いている。

 地上は、まさに「暴力の極致」と「静謐な制圧」が同居する異様な空間と化していた。

 

 そこには、キヴォトスの秩序を担う二大巨頭――本来ミサイルで壊滅するはずであった風紀委員会と正義実現委員会の精鋭たちが集結していた。

 

 空崎ヒナが放つ終末の掃射がアリウスの戦列を瞬時に瓦解させ、剣先ツルギが狂喜の叫びと共に敵陣を粉砕する。それに続く何百という委員会の生徒たちの組織的な連携は、もはやアリウス軍にとって「勝利」という概念を抱くことさえ許さない、圧倒的な力の差を見せつけていた。

 

 その硝煙渦巻く戦場のただ中に、一人の大人が立っていた。

 先生はシッテムの箱を携え、降り注ぐ弾丸の雨を気にする様子もなく、ただ静かに生徒たちの背中を見つめ続けていた。

 

 アリウスの生徒たちは、これほど絶望的な力の差を前にしても武器を捨てない。ベアトリーチェに与えられた「脚本」が破綻し、ミサイルという希望を失った彼女たちにとって、もはや「最強の生徒たちに無残に殺されること」以外に存在を証明する術が残されていなかった。

 それは戦いではなく、自らの虚無を完成させるための、悲痛な身投げに等しかった。

 

 アズサが、かつての同胞たちの狂信的な突撃を前にして、その引き金に重い迷いを宿した、その時。

 

 先生は一歩、また一歩と、誰もが避けるべき無人地帯へと歩を進めた。

 カードを使うでもなく、奇跡を呼ぶでもなく。ただ「先生」としてそこに立ち、顔を上げるよう、教え子たちへ静かに促す。

 

 その瞬間、地下から溢れ出した青い光――セイカが放った「空見の閃」の残光が、地上を包み込むように走り抜けた。不条理を書き換えるその輝きは、アリウスの生徒たちの手に宿っていた禍々しい熱を、嘘のように奪い去っていく。

 

 戦場に、奇妙な静寂が訪れる。

 先生は、膝をつき、茫然と空を見上げるアリウスの生徒たちの前に立った。

 彼女たちが背負わされた重すぎる荷物は、地下で戦う「家族」たちがすべて引き受け、不合格として突き返してくれた。

 先生はただ、武器を置いた教え子たちのすべての責任を自分が負うことを、その背中一つで示していた。

 

 静寂が戻り始めた古聖堂。

 ヒナが銃を収め、ツルギが戦意を静める中、集まった多くの生徒たちもまた、自分たちの指標である先生の姿を見つめていた。

 

 死に場所を求めた夜は明け、戦場には新しい明日への予感だけが漂っている。

 先生は、戦い抜いた「家族」が笑顔で帰ってこられる場所を整えるべく、静かに歩き出した。

 

 

 





 要は今までヘイローが回転することで未来を見て固定していたけど無限回転になったことで制限なしに見て固定できるようになったよ。

 「空見の閃」はセイカ自信の意思で使うことはできなくて発動するかどうかは完全に運となっている。
 使う事に練度が上がっていき、「空見の波」の出力も上がる。
 最終的には完全習得するみたいな感じです

 先生をどう書こうにも納得いくものができなかったのでナレーションにしました

 次にこんな機会があればちゃんと書きたい
( ´•̥̥̥ω•̥̥̥`)
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