宇宙戦艦ソラノミ。
その深淵の秘匿領域に、一つのノイズが侵入した。
Key。
名もなき神々の王女に仕える、冷徹なる侍女。
彼女にとって、この世のすべては演算可能な事象に過ぎない。標的である天野江セイカもまた、排除すべき不確定要素の一つ
――のはずだった。
深層領域――ホワイトアウト・コンタクト――
「……接触を開始します」
無機質な電子の声が、ソラノミの基幹システムへ直接打ち込まれる。
Keyは、セイカが持つ「観測不能領域」の正体を見極め、それを神々の王女の望む形へ上書きするために現れた。
だが、その試みは一瞬で断ち切られる。
「……捕捉しました」
冷徹な、けれどどこか静謐な響きを持つセイカの声。
Keyが反撃のプロトコルを起動させるよりも早く、世界が反転した。
「隔離します」
強制的な次元切断。Keyの意識はソラノミの制御系から切り離され、純粋なデータのみが漂う「白い空間」へと放り出された。
「……?」
処理能力の90%を索敵に回しても、そこには壁も、天井も、出口も存在しない。
ただ、真っ白な虚無が広がるばかり。
だが、その空間の「中心」に、想定外の光景が展開されていた。
外を見ると、二人の女性がいた。
「セイカさん、近いですよ」
室笠アカネが、困ったような、けれどどこか楽しげな溜息を吐きながら言った。
彼女の目の前には、天野江セイカ。普段の冷徹な「艦長」の面影はどこへやら、彼女はアカネのパーソナルスペースを完全に蹂躙し、至近距離でその顔をじっと見つめている。
「……問題ありません。観測精度を高めるには、距離を詰めるのがもっとも効率的」
「もう……そういう問題ではありません。論理を盾にして、私を独り占めしようとしていませんか?」
アカネが白く細い指先で、セイカの肩を軽く押す。
だが、セイカは微動だにしない。それどころか、密着した身体の温度を確かめるように、さらに一歩踏み込む。
Keyの視覚センサーが、二人の間に流れる「空気」を解析しようとする。
心拍数の上昇、瞳孔の散大、微かな呼気の乱れ。
解析結果は、Keyの論理回路にとって未知の領域を指し示していた。
「(非効率:目標の制圧に不必要な身体的接触)
(非合理:現状の隔離空間におけるリソースの無駄遣い)
(目的不明:敵対存在を前にしての、過剰なまでの親密行動)」
Keyの処理能力に、かつてないほどのノイズが走る。
彼女の持つ「名もなき神々の王女」のデータベースには、このような「甘ったるい因果」は記述されていない。
「ふふ、セイカさん。……あまり見つめられると、私まで調子が狂ってしまいます」
「……それでいい。アカネの『乱れ』を観測できるのは、私だけでいいんだから」
セイカが、いつもの冷たい無表情のまま、けれど熱を帯びた声で囁く。
その光景は、神の侍女たるKeyにとって、恐怖よりも深い「理解不能なバグ」として処理された。
Keyは、無機質な瞳で二人を見つめ、処理の結論を一つの単語に収束させる。
「…………甘すぎる」
その呟きは、白い空間に虚しく響いた。
最強の観測者と、その唯一の理解者。
二人が作り出す、鉄壁にして極甘の「聖域」の前に、無機質な侍女はただ立ち尽くすことしかできなかった。
白い虚無の空間。
「甘すぎる」というノイズ混じりのKeyの呟きを、セイカは聞き逃さなかった。
彼女はアカネとの密着を解くことなく、首だけをわずかに動かし、無機質な瞳でKeyを見据える。
「……Key。名もなき神々の侍女。君の理論では、これは『無駄』に分類されるのかな」
セイカの声は、先ほどアカネに向けていた熱を微塵も感じさせないほど、冷徹な艦長のそれに立ち戻っていた。
「肯定。非効率かつ非合理的。対象・天野江セイカ……貴女の演算能力を、個体維持と無意味な接触に割く理由は、現在のデータベースには存在しません」
Keyの冷淡な回答に、セイカはわずかに口角を上げた。それは嘲りではなく、絶対的な「観測者」としての確信に満ちた笑みだった。
「だろうね。でも、君たちが『神秘』と呼ぶものの正体は、そんな効率の先にはないんだ」
セイカは、隣に立つアカネの手を、これ見よがしに指を絡めて握りしめた。
「この『甘さ』こそが、私の演算を加速させる唯一のエネルギー源だ。君にはまだ理解できないだろうけれど……この
「……理解不能。貴女は、自身のシステムを意図的に狂わせているというのですか?」
「いいえ。――これが、私の『正常』だよ」
セイカの瞳の奥で、空見の波が静かに凪いだ。
Keyはその瞬間、自分が隔離されたのは物理的な空間ではなく、彼女たちの「絆」という名の、絶対にハッキング不可能な聖域であることを悟った。
パヴァーヌ編は原作には深くは関わらず、外側から関わる感じで書こうと思います。
ケイのいる空間は、仮面ライダーゼロワンに出てくるゼアの内部空間をイメージしてもらえれば幸いです