DJフェス当選してた!!!
山海経高級中学校。
東洋の情緒と近代的な活気が奇妙な調和を保つこの街の夕暮れは、朱色と黄金色が混ざり合い、まるで巨大な龍が天空を泳いでいるかのような錯覚を抱かせる。
路地裏に漂う八角と辣油の熱気、そしてルミの豪快なもてなしを背に、私たち室笠家と友人一行は、街の中枢である「玄龍門」の塔を望む、静かな高台の大通りへと差し掛かっていた。
「お父さん。周囲300メートル以内における玄龍門構成員の密度が、通常の1.5倍に増加。さらに、塔の頂上付近から特定周波数の『孤独信号』を検知しました。……あ、いえ、これは私の情緒シミュレーターが算出した主観的推論です。訂正し、再定義します」
ケイが端末を操作しながら、空高くそびえ立つ朱塗りの塔を見上げた。その隣では、トキが周囲の「不純物」を排除するかのように、鋭い視線を巡らせている。
「ターゲット、多数。現在、広場の北西角に配置された狙撃ポイントを三箇所特定。……さらに、あそこの茂みと屋根瓦の影。呼吸を殺した伏兵を計六名確認。ピースピース。友人として、これら全ての『引き金』が引かれないよう、最大限の注意を払うことを提案します。……万が一の際は、私がデコイになります」
「……トキちゃんの言う通りですね。せっかくの休日、不躾なノイズは似合いません」
アカネが私の隣で、まるでお出かけの際に忘れ物がないか確認するような気軽さで、ホルスターの感触を確かめた。
人影のまばらな高台の東屋に、一人で佇む小柄な少女の姿があった。
豪奢な衣装を纏いながらも、その背中はどこか頼りなく、山海経という巨大な龍を一人で抑え込んでいるような、そんな危うい気品を漂わせている。
「……玄龍門の門主、竜華キサキですね」
私は、手に持っていた飲みかけの茶杯をそっと置いた。
「セイア。貴女の予知では、ここからどう動くのが『幸福な結末』に繋がりますか?」
セイアは目を細めて沈む夕日を眺めた。
「ふふ、予知はあくまで可能性の断片に過ぎないよ、セイカ。……ただ、今の彼女に必要なのは、重々しい外交辞令でも、究極のレシピでもない。……もっと、身近で、論理を超えた『余白』ではないかな」
「……なるほど。ケイ、トキ。作戦を変更します。キサキ門主を『攻略』するのではなく、彼女に『休日』を共有します」
私たちが東屋へと続く石段を一歩踏み出した瞬間。
凪いでいた周囲の空気が、凍りつくような殺気に満たされた。
「――止まれ。それ以上は、妾の『不快』の圏内じゃ」
キサキは振り返ることなく、静かに、けれど有無を言わさぬ威厳を持って告げた。同時に、周囲の影から数名の玄龍門構成員が音もなく姿を現す。彼女たちは武器を公然と構えることこそしなかったが、確実に私たちの退路を断ち、いつでも実力行使に移れる完璧な配置に付いた。
「……何奴じゃ。物見遊山の観光客にしては、随分と腕の立つ護衛を連れておるようだが。妾に何か用か?」
キサキがゆっくりと振り返った。その瞳は冷徹な「統治者」のそれであり、私たちの目的を値踏みするように鋭く細められている。その小さな身体から放たれる威圧感は、山海経の全権を握る者としての自負そのものだった。
「失礼。私たちはただの、お出かけ中の家族です。……少し歩き疲れたので、ここの景色を分けていただけないかと思いまして、門主様」
「家族、だと? ……ふん、ふざけた回答をする。ミレニアムの『セミナー』の関係者か、あるいはトリニティの回し者か。……其方らの素性は、既に把握しておるのだぞ」
張り詰めた緊張感。しかし、その空気を物理的に押し広げるように、ケイが淡々と、けれど無機質ではない言葉を紡いだ。
「キサキ門主。データの照合によれば、其方は現在、門主としての論理演算にリソースを全振りし、一人の生徒としての『維持コスト』が限界を下回っています。……具体的には、非常に血糖値が低く、効率的な思考が阻害されていると推測されます」
「な、何を不遜な……!」
「同意。其方の護衛たちも含め、この場には『温かみ』が圧倒的に不足しています。ピースピース。山海経の門主といえど、腹が減っては龍を御すことも叶わない。……これは、先ほどルミさんから託された、論理を超えたワンショットです」
トキが、周囲の伏兵たちが身構えるのも構わず、ホカホカと湯気を立てる蒸籠をキサキの前に差し出した。白く柔らかな蒸気が、キサキの鼻先をかすめる。
「……ルミ、だと?」
その名を聞いた瞬間、キサキの冷徹な仮面に、ほんの一筋の亀裂が入った。彼女の瞳が揺れ、差し出された肉まんと、トキの無表情な顔を交互に見つめる。
「……あやつ、妾がここにいることを知っておったのか。……くっ、余計な世話を。……其方ら、武器を収めよ。この者たちが毒を盛るような真似はせぬ。この匂いが、あやつの『意地』を証明しておるわ」
キサキが短く命じると、周囲の護衛たちが静かに影へと消えていった。しかし、彼女自身はまだ警戒を解いたわけではない。扇子を広げ、口元を隠しながら私たちを鋭く睨み据える。
「……勘違いするでないぞ。妾が許したのは、あくまでこの『無礼な差し入れ』を受け取ることだけじゃ。其方らと馴れ合うつもりなど、毛頭ない」
「あら、そんなに固くならずとも。お茶の準備もできていますよ。……キサキさん、どうぞ。山海経の茶葉も素晴らしいですが、たまにはミレニアム流のブレンドもお口に合うかと」
アカネが、まるで最初からそこに茶室があったかのような自然な手つきで、キサキの前に茶杯を置いた。その完璧な「給仕」の所作に、キサキは眉を寄せながらも、抗いがたい香りを前に、渋々と、しかしゆっくりとその場に腰を下ろした。
「……ふん。一度だけじゃぞ。……妾の時間を奪った対価、その味で支払ってもらう」
キサキはまだ、私たちを認めていない。
けれど、差し出された肉まんを小さく、おずおずと一口かじったキサキの瞳に、ほんの少しだけ、夕日のような温かさが宿ったのを、私は見逃さなかった。
「……熱いのう。……相変わらず、あやつの料理は」
キサキは二口目を口に運んだ。
完全に心を開いたわけではない。けれど、山海経の重圧からほんの一瞬だけ、彼女の意識が「食」という安らぎに向いた。その事実だけで、今回の目的は半分以上達成されたと言える。ケイはキサキの隣に静かに座り、自分も小さな菓子を口に運んだ。トキは少し離れた場所で、周囲の警戒を続けている。アカネはただ、穏やかな笑みを浮かべてお茶を注ぎ足した。
夕闇が街を包み込み、塔の明かりが一つ、また一つと灯り始める。
山海経の頂点に立つ少女は、まだ壁を崩してはいないが、その肩の力は先ほどよりもずっと抜けていた。
「……其方。……変わった者たちじゃ。妾にこれほど『無遠慮』に接する者が、ルミ以外にいるとはな」
「私たちはただ、この景色と、温かいものを共有したかっただけですよ、門主様」
私がそう告げると、キサキは鼻を鳴らしたが、その扇子の向こう側で、ほんのりと頬が赤らんでいるように見えたのは、きっと夕日の名残だろう。
論理では割り切れない、けれど、この上なく正しい「休日」の余白。
私たちは、キサキが肉まんを食べ終えるまで、その静かな時間を守り続けることにしました。