未来を統べる翼と、優しいメイドの家   作:天野江

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最後の一片を求めて

 

 

 

『えっ? お掃除って……アカネ? ちょっと待って、なんか嫌な予感がするんだけど――』

 

「ふふっ、どうぞそのままでお待ちください。すぐに綺麗にして差し上げますから」

 

 

 カチリ、と笑顔のまま通話を切った私は、いつものように涼しげな顔で端末をポケットに収めました。

 

「皆さん、進路変更です。山海経へ向かいましょう。……先生がどんなに逃げ回ろうと、私たちのルートからは逃がしませんよ?」

 

「……了解しました。山海経中央特区までの最短強襲ルートを再計算します。……トラブルが多いエリアですが、問題ありません。すべて排除します」

 

 

 ケイが淡々と、しかしどこか嬉しげに武器の出力を確認すると、トキもまた静かに後に続きます。

 

 

「先生の確保を最優先事項に設定。……行きましょう」

 

 

__________

 

 

 

 

 その頃、山海経の中央特区、とある老舗茶館の奥座敷。

 突如切られた通話の画面を見つめ、私は冷や汗を流していた。机の周囲には、現在進行形で山海経の均衡を保つために奔走している、玄武商会と玄龍門の面々が揃っている。

 

 

「……フッ。私の目が、裏切り者の匂いを嗅ぎつけたようだ……と言いたいところだが、先生、どうやら『何者か』に追われているようだな? 命まで取ろうというわけじゃないだろうが」

 

 

 腕を組み、トレンチコートを翻しながらキザに言い放ったのは、玄龍門の執行部長・近衛ミナだった。

 鋭い眼光を放ち、ハードボイルドな大人の雰囲気を醸し出そうとしている。

 

 

「ミナ、また映画の真似をしてカッコつけるのはそれくらいにしなよ。ほら、先生もそんなに青い顔をしてないで、私の特製チャーハンを食べなよ。何事も、身体が資本なんだから!」

 

 

 大きな中華鍋を片手に、快活な笑みを浮かべて現れたのは、玄武商会の会長・朱城ルミ。

 テーブルに置かれた出来立ての料理からは、暴力的なまでに美味しそうな湯気が立ち上っています。

 

 

「『未だ来たらざるを恐れるなかれ、ただ今あるものに全力を尽くせ』、高名な武闘家の格言です。ルミ会長の言う通り、まずは食事を摂るのが最善の判断かと」

 

 

 ルミの隣でクールに頷いたのは、玄武商会本店のマネージャー・鹿山レイジョ。

 カンフーの格言を引用しながらも、実務家としての冷静な視線で私の動揺を見つめている。

 

 

"あはは……みんなありがとう。でも本当に、ちょっとシャレにならない突破力を持った子たちが、ここに向かってて……"

 

 私がそこまで言いかけた、その時。

 

 

 ――ドォン!!!

 

 

 茶館の、重厚な装飾が施された正面大扉が、上品な爆音と共に見事に吹き飛んでいった。

 もうもうと立ち込める硝煙の向こうから、コツン、コツンと、場違いなほど優雅な足音が近づいてくる。

 

 

「失礼いたします。C&Cの室笠アカネ、ただいまお部屋のお掃除に参りました。……ふふっ、お騒がせして申し訳ありません、先生」

 

 

 煙の中から現れたのは、一切の煤すら浴びていない、給仕服姿のアカネだった。その背後には、得物を構えたケイとトキ、放置された扉の残骸を遠い目で見てため息を吐くセイアが控えていた。

 

 

「なっ……! 硝煙の向こうから現れる、完璧なスタイルのメイド……! まるで1980年代の香港ノワール映画のオープニング……いや、むしろ往年の名作の――!」

 

 

 ミナは即座に銃を構えつつも、そのあまりにもハードボイルドで完璧な突入シチュエーションに、内心「めちゃくちゃカッコいい……!」と激しく大興奮している様子だった。

 

 

「ちょっとミナ、感心してる場合じゃないでしょ。……って、あら? 誰かと思えばアカネちゃんじゃない!  変わらず派手な挨拶をするねぇ。ミレニアムの仕事で山海経に来てたの?」

 

 

 ルミは吹き飛んだ大扉を見ても動じることなく、楽しそうにぽんと手を叩いていた。

 おそらく以前、どこかで会ったことがあるのだろう。

 

 

「ふふっ、お久しぶりです、ルミさん。相変わらず美味しそうなお料理の香りで、すぐに場所が分かりました。……本日はC&Cの任務ではなく、私たちの友人のためのプライベートな『お買い物』で参りました」

 

 

 アカネはそう言って、ルミに対しては一礼を返している。その様子を見ていたレイジョは、冷徹な目でアカネたちの身構えを値踏みします。

 

 

「『剛を以て柔を制す、しかし真の強者は礼を失わず』。C&Cの評判は聞き及んでいましたが、これほどの武の気配を隠し持っているとは。ルミ会長の知人とはいえ、この茶館の損害賠償を含め、少々お話を伺わねばなりませんね」

 

 

 レイジョがカンフーマニアとしての血を微かにたぎらせ、マネージャーとして実務的な牽制を入れると、アカネの横からセイアが静かに一歩前へと出ました。

 

 

「……すまないね、玄武商会の皆さん。彼女たちの『熱量』は、時に道理も壁も置き去りにしてしまうんだ。請求書は私、百合園セイア宛に送ってくれ。……先生、君に会いに来たのは、他でもない。君のその上着のポケットの中にある……まだ君自身も気づいていない『輝き』を、譲り受けに来たんだよ」

 

 

 セイアの、すべてを見透かすような黄金の瞳が、私の胸元へと向けられている。

 

 

「え……私のポケット……?」

 

 

 慌てて自分のポケットをまさぐると、そこからは先日シャーレのデスクを整理した時に紛れ込んだ、見覚えのある『青輝石の欠片』が出てきた。いつも書類仕事や募集の時に散々見かけているものなので、特にこれといった珍しさも、貴重なものだという実感もない。

 

 

「これ……ただの青輝石の欠片だよ? 別に珍しいものじゃないと思うんだけど……」

 

「……ターゲットである『最後の一片』の存在を確認しました。……お父さん、待っていてください。今、私はこれをお母さんと一緒に持ち帰ります」

 

 

 ケイの健気な呟きと、アカネの底知れない笑顔。そして、それぞれ異なるベクトルで身構える山海経の面々。狭い茶館の座敷で、私のポケットを巡る、新たな『交渉(お掃除)』の幕が上がろうとしていた。

 

 

__________

 

 

 

 

 

 

「ええっと……つまり、どういうこと? 別に私はこれを隠し持っていたわけじゃないし、もし必要なら、そんなに怖い顔をしなくても普通にあげるよ……?」

 

 

 私が困惑しながら青輝石の欠片を差し出すと、アカネはふっと表情を和らげ、けれどその手はしっかりと自身の銃をホールドしたまま、一歩こちらへ歩み寄ってきた。

 

 

「ふふっ、ありがとうございます、先生。あなたのその無自覚な優しさにはいつも救われます。……ですが、これはただの石の譲渡ではないのです。私たちは今、非常に非論理的で、ですが絶対に負けられない『命の算術』を行っている最中でして」

 

「命の算術……?」

 

 

 私が首を傾げると、隣でずっと静観していたセイアが、長い耳を微かに揺らしながら言葉を補足するように口を開いた。

 

 

「今の山海経の均衡を辛うじて保っている門主――キサキの容態は、君も知っているだろう。……彼女の体内の毒素を完全に中和し、その命を繋ぎ止めるための機材。それを起動させるための永久機関『ルミナス・コア』。その最終調律に必要な触媒こそが、君の持つその奇跡の欠片なんだよ」

 

「――ッ! 門主様の……!?」

 

 

 その言葉に、それまで映画のシチュエーションに目を輝かせていたミナの表情が、一瞬で玄龍門の執行部長としての鋭いものへと変貌していた。

 

 

「おい、ミレニアムのメイド、それは本当か? 門主の命が、先生の持つその小さな石ころで治るというのか……!」

 

「はい。現在、私のお父さん……観測士であるセイカが、ソラノミの管制室でキサキさんの生体数値を懸命に管理しています」

 

 

 ケイが淡々と、しかし強い意志の宿った瞳でミナを見据えながらそう告げると、レイジョも実務家としての顔つきで深く考え込むように顎に手を当てていた。

 

 

「『一歩退けば深淵、一歩進めば光明』……。なるほど、ただのミレニアムの不法侵入かと思えば、我が山海経のトップの命を救うための、命懸けの強行軍というわけですか」

 

「なーんだ、そういうことなら、最初からそう言ってよ!」

 

 

 場の張り詰めた空気を切り裂くように、ルミが快活に笑いながら、私の手からひょいと青輝石の欠片を摘み上げた。そしてそれを、迷うことなくアカネの手のひらの上へとポン、と載せ、渡したのである。

 

 

「ルミ、会長……!?」

 

 

 ミナが驚いて声を上げますが、ルミはただ優しく、けれど玄武商会のトップとしての絶対的な器量を感じさせる笑顔で、アカネたちの顔を見つめていた。

 

 

「ウチの門主サマを助けてくれるっていうなら、ウチとしては大歓迎だよ。先生のポケットの中にあったものが、誰かの命を救う最高のスパイスになるなら、出し惜しみする理由なんてどこにもないでしょ?」

 

「……ルミさん、感謝いたします」

 

 

 アカネは深く、深く一礼し、受け取った欠片を大事にポケットへと仕舞った。

 

 

「よし! ならば話は決まりだ。玄龍門としても、門主の命を救う大義のための行動を阻む理由は一切ない。……フッ、むしろこの近衛ミナ、その『希望を繋ぐラストラン』の護衛として、一肌脱がせてもらおう。映画のクライマックスには、頼れるバディが必要だからな……!」

 

 

 ミナが嬉しそうに銃をガシャリと構え直すと、レイジョも「やれやれ」と肩をすくめながら微笑んでいる。

 

 

「仕方がありませんね。ルミ会長と執行部長がそう言うのなら、私もともに向かいましょう。もちろん、茶館の修理費はセイアさんに請求させていただくということで」

 

 

 山海経の心強い協力を得て、アカネたちの瞳に一層の熱量が灯る。

 

 

「皆さん、ありがとうございます。……さあ、先生。あなたも一緒に来てくださいね? 私たちの帰りを待つ、人のところへ――」

 

 

 アカネに手首を優しく、けれど絶対に離さない強さで握られ、私は山海経の面々と共に、セイカとキサキの待つソラノミへと向かって走り出した。

 

 

 

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