未来を統べる翼と、優しいメイドの家   作:天野江

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王道の応援

 

 

 

「うわぁ……やっぱりいつ来ても、この部室は独特の密度がありますね」

 

 

 ゲーム開発部の部室に足を踏み入れたアカネが、感心したように室内を見回した。

 相変わらず床に散らばるゲームのパッケージ、配線が絡み合ったゲーム機、そして半分崩れかけたスナック菓子の山。宇宙戦艦の完璧に整えられた静謐な環境とは対照的な、圧倒的な「生活感」がそこにはあった。

 

 

「……ん。空気が濃いですね。地上の演算ノイズも、心地よく肌に刺さります」

 

 

 セイカは部室の低い天井に頭をぶつけないよう、少しだけ背を屈めながら中に入る。普段は衣服の中に隠されている大きな青い翼も、この狭い空間ではさらに慎重に仕舞い込んでおかなければ、周囲のゲームラックをなぎ倒してしまいそうだった。

 

 

「ただいま戻りました、皆さん。ソラノミのメインプロセッサとの同期リンク、完了しています」

 

 

 ケイが使い慣れた部室の椅子にすとんと腰掛け、自身の端末を開く。

 モモイ、ミドリ、アリス、ユズの四人が「待ってました!」とばかりに歓声を上げて駆け寄ってくるが――セイカは、部屋の奥のソファに、本来ここにいるはずのない「異物」が二つ、堂々と鎮座していることに気がついた。

 

 

「てめぇら、遅えんだよ! 首を長くして待ってたっつーの!」

 

 

 ドカッとソファに深く腰掛け、不機嫌そうに足を組んでスカジャンを揺らしているのは、C&Cのリーダーであるネルだった。

 

 

「あら、リーダー。どうしてあなたがゲーム開発部の部室に?」

 

 

 アカネが少しだけ目を瞬かせながら問いかける。ネルはフンと鼻を鳴らし、親指でモモイたちを指差した。

 

 

「あ? このチビ共がよ、大祭の応援プログラムがどうのって、部屋の隅で半ベソかきながら頭抱えてたんだよ。挙句の果てに『ネル先輩、このコードのバグを物理的に殴って消してください!』とかわけ分かんねえこと言いやがるから、面倒見てやってんだよ!」

 

「ネル先輩は、アリスたちのピンチに駆けつけてくれた正義の味方なのです!」

 

 

 アリスがネルの横でパチパチと拍手をする。ネルは「うるせえチビ!」と照れ隠しに怒鳴っているが、どうやら口では文句を言いつつも、後輩たちのピンチを放っておけずに付き合ってあげていたらしい。

 

 

「――おや、宇宙の迷子さんたちがようやくご到着ですね、セイカ」

 

 

 ネルの座るソファのすぐ隣、最新型の全自動車椅子に乗り、優雅に紅茶のカップを傾けている少女――ミレニアムが誇る超天才病弱美少女、ヒマリが楽しげに目を細めた。

 

 

「……ふふっ。ヒマリ、相変わらず口が回りますね。……元気そうで、何よりです」

 

「ヒマリさん、こんにちは。相変わらずお元気そうで安心いたしました。……ところで、どうしてあなたがここに?」

 

 

 アカネがヒマリに声をかける。ヒマリはふっと儚げな微笑みを浮かべ、長い髪を指先で弄んだ。

 

 

「理由は極めてシンプル。ただ『面白そうだったから』です。地上のあらゆる演算を網羅する私が、これから始まる大祭の裏で、宇宙の観測士たちと地上のゲーム開発部がどんな面白い化学反応を起こすのか……特等席で見物させてもらおうと思いましてね。それに、友達の顔を久々に見るのには、これ以上ない口実でしょう?」

 

「面白半分でC&Cの回線をハッキングして、勝手についてきやがっただけだろ、この引きこもり天才!」

 

 

 ネルが噛み付くが、ヒマリは「人聞きが悪いですね。私はただの、知的好奇心と友愛に忠実な美少女ですよ」と涼しい顔で受け流している。

 

 

「……ところで、モモイ、ミドリ。……具体的な応援のテーマは、もう決まっているのですか?」

 

 

セイカは散らばる仕様書の山を見つめながら、静かに問いかけた。

 

 

「……地上最大のエネルギー質量イベントである晄輪大祭において、人々を効率的に『応援』するためには、まず全体のベクトルを定義する必要があります。……ただ盛り上げるだけでは、演算の最適解とは言えませんから」

 

 

 その丁寧で理知的な、しかし女の子らしい柔らかさを孕んだセイカの言葉に、モモイがパッと顔を輝かせて胸を張った。

 

 

「ふふん、よくぞ聞いてくれました、セイカ! 今回のゲーム開発部が届ける応援のテーマ、それはズバリ――【王道熱血・電子の歌姫と往く! 限界突破の大運動会大作戦】だよ!」

 

「……ちょっとお姉ちゃん、勝手に変なサブタイトルを付け足さないでよ。……でも、基本のコンセプトは合ってるかな。今回はアリスをメインボーカルにして、私たちのゲーム音楽をチアポップ調にアレンジした応援歌を流す予定なの」

 

 

 ミドリが困ったように苦笑しつつも、手元のタブレットで衣装や演出 of ラフ案をセイカたちに見せる。画面には、ポンポンを持って元気いっぱいに跳ねるチアガール姿のアリスのドット絵が映し出されていた。

 

 

「アリスはバッファーです! 歌と踊りのコンボで、競技に出るミレニアムのみんなの攻撃力と移動速度を200パーセントに引き上げるのです!」

 

「ほう、電子の歌姫ねぇ。チビのデカい声なら、グラウンドの端まで余裕で届きそうじゃねえか。悪かねえテーマだ」

 

 

 ネルがソファの背もたれに腕を引っかけながら、不敵な笑みを浮かべて頷く。

 

 

「おや、いかにもゲーム開発部らしい、レトロで愛らしいテーマですね。……ですが、ミレニアムの至宝たる私から見れば、そのシステムにはまだ『美しさ』が足りないと言わざるを得ません。……ねえ、セイカ?」

 

 

 ヒマリが車椅子の上で優雅に紅茶を啜りながら、親友であるセイカに悪戯っぽい視線を送った。セイカはフフっ、と小さく笑って、ヒマリの言葉を引き継ぐ。

 

 

「……ええ。ヒマリの言う通りですね。……アリスの声量だけに頼ると、スタジアムの広域なノイズにパルスが相殺されてしまいます。……そこで、ソラノミのメインプロセッサを経由して、広域同調ログを構築しましょう。スタジアム全体の音響システムとアリスの歌声を完全同期させるんです」

 

「肯定。お父さんの提案する同期システムの実装を推奨します。……これなら、ゲーム開発部の応援パルスを、エラーを排出することなく全競技場へ一斉送信できます」

 

 

 ケイが素早くキーボードを叩き、ソラノミの演算リソースを使って、地上のスタジアムの立体音響マップをホログラムで部室の中央に展開した。これにより、プログラムの処理効率は劇的に跳ね上がる。

 

 

「うおぉっ!? 何これ、私たちが何日も悩んでたバグや出力エラーが、一瞬で消えていく!? ありがとーーっ、セイカ、ケイ!」

 

「本当だ……これなら、ミレニアムの広大な敷地全体に、私たちの音楽を完璧に届けられるね。すごく心強いよ……!」

 

 

 モモイとミドリが歓声を上げ、アリスも「ソラノミの演算能力は最強の強化パーツです!」と拳を突き上げる。

 ソファでその様子を見ていたネルも、「へっ、お膳立てが済んでんなら、あとはアタシらがそこまで迷わず突っ走るだけだな!」と頼もしそうにニィと笑った。

 

 

「まぁ……! それは本当に素敵ですね。……ですが、いくら頼もしいシステムが組めたとはいえ、これから具体的な作業の割り振りを決めなければなりません。……まずは、冷たいお茶と、エネルギー補給のための甘いお茶菓子を召し上がってからにしましょうか」

 

 

 アカネは首元のスカーフの乱れをそっと直しながら、持参したバスケットから手際よく特製の焼き菓子を並べ始める。その完璧な「お母さん」であり「友達」としての気遣いに、モモイたちは 「やったーー!」と一斉に群がった。

 

 セイカたちの持ち込んだ宇宙の演算能力と、地上のゲーム開発部が掲げた「王道熱血」のテーマ。

 最高の晄輪大祭を創り上げるために、宇宙の家族とミレニアムの心強い仲間たちの熱気は、さらに一つへとまとまっていくのだった。

 

 

「……ふふっ。皆さん、落ち着いてください……ね?」

 

 

 

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