未来を統べる翼と、優しいメイドの家   作:天野江

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蒼天の調律、白銀の証明

 

 

 

 宇宙戦艦「ソラノミ」の最深部に位置する大型格納庫。

 普段はどこまでも高い天井に吸い込まれるような静寂が支配するその空間に、今は無機質な火花と、幾重にも重なる重低音の駆動音が鳴り響いていた。

 

 ハンガーの中央。数条の強固な固定アームによって吊り下げられているのは、かつてキヴォトスの上空で絶望の鉄の雨を撥ね退けた、巨大な重武装追加モジュール――「メテオストライカー」。

 その白と水色の美しい装甲は、試作型ルミナス・コアの臨界突破による凄まじい熱量に灼かれ、今も生々しい融解の痕跡を残している。エデン条約を巡る大決戦の果て、ソラノミの床に激しい金属音を立てて転がっていた巨躯は、どうにかこうにかここまで回収された。しかし、内部の主要回線は一本残らず焼き切れ、システムは完全に沈黙したままである。役目を果たして燃え尽きた、鋼鉄の骸。それが今のこの機体の正確な評価だった。

 

 その巨大な機体の前に組まれたキャットウォークの上で、天野江セイカは精密ドライバーを片手に、作業用ゴーグルの奥の紫の瞳を鋭く光らせていた。華奢な彼女の身体に対して、目の前に鎮座する鉄の塊はあまりにも巨大だ。しかし、その歪んだ装甲の一枚、ボルトの一本に至るまで、彼女の視線は一切の妥協を許さずに注がれていた。

 

 

「……メテオストライカー、第3ブロックの冷却パイプの交換、完了しました。……治すまでに時間がかかってしまいましたね」

 

 

 セイカは額の汗を手の甲で拭い、自身のすぐ傍に浮遊している六基の「フィンファンネル」へと視線を向けた。いつも彼女の周囲を舞い、手足のように連動するその固有兵装は、今はハンガーのデータリンク・ラックに整然と収まり、再建中のメテオストライカーと太い有線ケーブルで接続されている。

 

 かつての戦いで、天を埋め尽くすほどのミサイル群を一点の狂いもなく撃ち抜いたのは、セイカ自身のメテオバスターライフルによる精密狙撃とフィンファンネル、メテオストライカーがもたらす圧倒的な出力・機動性の融合があったからこそだ。その時の限界負荷データ――機体が文字通り悲鳴を上げ、崩壊へと向かっていった瞬間の記録が、今、背後の大型モニターに膨大な数のグラフとして明滅している。それは技術者としての敗北の記録であり、同時に、次なる一歩を踏み出すための唯一の道標でもあった。

 

 

「お父さん、『青輝石』の元素結合、および純度加工が完了しました。誤差は0.003%以内……完璧に設計図通りの『調律』が行われていますよ」

 

 

 キャットウォークの下、幾つものモニターが怪しく光るコンソールを叩いていたケイが、普段通りの冷徹なトーンで報告を上げた。淡々とした声。けれど、ノートPCの陰に隠れるようにしながらも、絶対の信頼を寄せる「お父さん」という響きが、張り詰めた格納庫の空気をわずかに和らげる。ケイがその青く光る瞳の海で演算し、導き出した数値に間違いはない。

 

 

「ありがとう、ケイ。……これで、最後の空白が埋まりますね」

 

 

 セイカは工具を置き、手元に用意されていた厳重な密閉ケースに手をかけた。多重のロックが静かに解除され、プシューという減圧音と共にハッチが開く。

 そこには、精製を終えたばかりの完成品『ルミナス・コア』が鎮座していた。

 

 かつての、あの試作体の暴力的な光とは全く異なる。先生のポケットから譲り受けた『青輝石』を最後のピースとして組み込まれた本物のコアは、まるで深海の底で静かに呼吸する星のように、どこまでも澄んだ、極限まで安定した緑の輝きを放っていた。キヴォトスの神秘を物理的に定着させる唯一の媒体を得て、論理と物理法則の先にあった「完璧な空白」は、いま確かに満たされたのだ。

 

 この本物のコアを、あえて大破したメテオストライカーに装填する。

 それは単に、かつての相棒である機体を元通りに直すためだけではない。

 

 キサキを蝕む、DNAレベルで強固に結合したドス黒い悪意――あの「毒」を消し去るには、ルミナス・コアの圧倒的な純粋エネルギーを医療ユニットに接続し、彼女の生体波動に完全同期させる必要がある。しかし、一歩間違えれば、そのエネルギーは彼女の細い神経系を救うどころか、魂ごと焼き尽くす破壊の火と化す。失敗は許されない。キサキの生命維持限界が数ヶ月、あるいは数年残されているとはいえ、遅れればそれだけ後遺症の危険は増す。

 

 だからこそ、かつて試作品の暴走によって機体そのものを焼き切ったほどの凄まじい負荷データを持つメテオストライカーをテストベッドにし、この本物のコアが本当に安全に、完璧に駆動をコントロールできるかを確認しなければならない。観測士として、技術者としての、絶対に妥協できない『最終実証テスト』が、これから始まるのだ。

 

 

「これより、ルミナス・コアをメテオストライカーのメイン・炉心へ装填。……実証テストを開始します。……ケイ、ファンネル経由での生体波動シミュレート、および出力波形の監視をお願い」

 

「了解しました。……全システムのバックアップを開始します。波形の反転干渉ログ、いつでも受信可能です」

 

 

 セイカは細く繊細な指先で、しかし迷いのない手付きで、コアをメテオストライカーの剥き出しになった心臓部へと滑り込ませた。

 カチリ、と重厚なロック音がハンガーに響き渡り、装甲のハッチが閉じる。

 

 

「……いきますよ」

 

 

 セイカがキャットウォークの簡易コンソールにあるメインレバーをゆっくりと、しかし確実に押し上げた。

 

 その瞬間、世界が息を呑んだ。

 

 かつての試作コア起動時のように、鼓膜を震わせるような爆音も、周囲の空気を焦がす激しい火花も、一切発生しなかった。

 大破していたメテオストライカーの巨躯が、まるで長い冬の眠りから覚めるように、静かに、どこまでも優しく緑の光の脈動に包まれていく。焼き切れていた細微な回路の隅々にまで、極限まで調律された純粋なエネルギーが、一本のブレもなく滑らかに行き渡っていくのが、モニターの数値としてリアルタイムに現れた。

 

 

「……っ、これは……」

 

 

 画面を見つめるケイの赤い瞳が、驚きに微かに揺れる。その天才的な演算能力をもってしても、これほどまでに「静かな再起動」は予想の範疇を超えていた。

 

 

「出力波形、完全にフラットです。かつての戦闘データを再現した最大疑似負荷をかけていますが……ノイズ、および暴走の兆候は一切見られません。エネルギーは完全に機体のコントロール下にあります」

 

「ふふ……。完璧、ですね」

 

 

 セイカはゆっくりとゴーグルを外し、静かに、けれど力強く脈動を続けるメテオストライカーの雄姿を見上げた。

 かつて自分を焼き切ったフレームの中で、今度は一滴の無駄な熱も発さず、完璧な調和を保っている本物の太陽。この安定した救済の光の波長であれば、キサキの細胞の深層に根を張るあの呪いのごとき毒素だけを、彼女の肉体を傷つけることなく確実に「添削」できる。

 

 

「実証テスト、大成功です。……これで、キサキさんを救うための回路が、本当に繋がりました」

 

 

 セイカは愛用のファンネルの平滑な装甲を愛おしそうにそっと撫で、リビングで待つ少女の元へ、今度こそ本物の「救い」を届けるために歩みを進めようとした。

 

 

__________

 

 

 

 完璧なまでのフラットな波形。かつてメテオストライカーを物理的に焼き切ったほどの最大疑似負荷をかけているにもかかわらず、本物のルミナス・コアは一切のノイズを出さず、静かに緑の光を湛え続けている。

 

 その完璧なロジックの証明を前にして、しかしセイカはすぐにリビングへ引き返そうとはしなかった。手にしていた精密ドライバーを工具一式へ静かに戻し、再び作業用ゴーグルの位置を直すようにして目元に当てがう。

 

 

「……お父さん? 治療ユニットへのコアの組み替え、およびキサキ門主の元への移動準備に移らないのですか?」

 

 

 コンソールの前で待機していたケイが、意外そうに小さな首を傾げた。データ上はすべてが「グリーン」。今すぐにでもキサキの元へ向かえるだけの完璧な成果が、目の前の画面に表示されている。アカネやトキ、セイアたちがシャーレから繋いだバトンが、今まさに最高の結果として結実したのだ。なぜ、手を止め、再び作業に戻ろうとするのか。ケイの純粋なロジックには、その意図が瞬時には掴めなかった。

 

 

「……いいえ、ケイ。まだです。すぐにはいきません」

 

 

 セイカの声は、どこまでも冷静で、観測士としての徹頭徹尾たる冷徹さを帯びていた。その視線は、モニターの緑色の文字を通り抜け、さらにその奥にある「可能性の闇」を見つめているようだった。

 

 

「シミュレーション上の最大負荷をクリアした、ただそれだけです。……私たちがこれから行おうとしているのは、数万の生徒を背負う一人の少女の、DNAレベルで結合した悪意の『添削』。コンマ数秒の出力の揺らぎ、あるいはメテオストライカーの経年劣化による微小な抵抗値のズレが、彼女の命を左右する致命的なノイズに化けるかもしれない」

 

 

 セイカは静かに脈動するメテオストライカーの巨躯を、愛おしさと厳しさが同居した眼差しで見据えた。

 

 

「試作品の時のデータは、いわば限界まで追い詰められた機体の『悲鳴』の記録です。その悲鳴と、今この本物のコアが奏でている『旋律』を、あらゆる周波数、あらゆる出力パターンで突き合わせ、完全にシンクロさせなければなりません。……ここからが、本当の『データ採取』です」

 

 

 一発の成功に賭けるのは技術ではない。それはただの賭博であり、観測士のすることではない。100%の生存率、100%の成功という絶対的な確証を物理的に削り出すことこそが、天野江セイカという人間の生き様だった。

 

 

「了解しました、お父さん。……最適解への妥協なき追求、それが観測士としての、あるいは技術者としてのあなたの判断なのですね」

 

 

 ケイの瞳に、瞬時に膨大な演算処理の光が宿る。お父さんがそう言うのであれば、それがこの世界で最も正しい真実となる。ケイに迷いはなかった。

 

 

「これより、稼動実証テスト・第2フェーズへ移行。メテオストライカーの全関節部、および推進スラスターへの疑似パルス供給を開始。試作コア使用時のログから抽出した、あのエデン条約調印式上空での『飽和攻撃迎撃時』の挙動を、100%の精度で再現します。……データを取ります」

 

 

 格納庫の大型モニターのグラフが、一瞬にしてさらに複雑な幾何学的模様へと変貌していく。ガガガ、と固定アームが微かに震え、メテオストライカーの巨躯が、見えない仮想の敵を相手にその真の力を引き出していく。

 

 一発勝負の奇跡を信じてリビングへ走るのではない。手元にあるすべての材料と、先生から託された青輝石という『奇跡』。それらを完璧な『論理』という名の型に流し込み、人の命を確実に繋ぎ止めるための、気の遠くなるような観測が今、再び始まろうとしていた。ソラノミの底で、緑の光はどこまでも深く、静かに燃え盛っている。

 

 

 




ルミナス・コアはOOのGNドライヴをイメージしています
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