未来を統べる翼と、優しいメイドの家   作:天野江

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ロマンと戦術のオフィスアワー

 

 

 

 カタカタカタ、と。私の指先がキーボードの上で刻む一定のタイピングだけが、このシャーレのオフィスに響いている。

 常人には目眩を覚えるレベルの濁流のようなデータ。各学園からの雑多で非効率な予算申請書。それらを私の頭脳というフィルターに通し、整然としたグリッドへと並べ替えていく。

 

 

「――はい、これで全てのデータ処理は完了です」

 

 

 最後のキーを静かに押し込み、作業用ゴーグルを外す。デスクの上には、完璧に分類され、承認プロセスごとに電子フォルダへ格納された書類の山。先生が数日頭を抱えていたタスクなど、私の高度な演算能力の前には、わずか一時間足らずの作業に過ぎない。

 

 

「私の計算に狂いはありません。これで今日のシャーレの事務効率は、理論上最高値に達しましたよ、先生」

 

 

 ふふ、と喉を鳴らし、隣のデスクで呆然としている先生を観測する。

 勘違いしないでほしい。私の先生に対する視線は、あくまで「信頼できる共同作業者」、あるいは「興味深い観測対象」としてのものだ。キヴォトスの多くの生徒が抱くような、甘い感傷や特別な熱など、私のシステムには一切存在しない。私にとって、そういった巨大な感情を向けるべき最上位は、この世界にただ一人しかいないのだから。

 

 

"あ、ありがとう、セイカ……。本当に助かったよ。仕事が早すぎて、次の予定まで完全に時間が余っちゃったね"

 

「ええ。予期せぬ『空白の時間』の発生ですね。……ですが、無駄に時間を消費するのも非効率です。次のタスク、あるいは――」

 

 

 私が言葉を続けようとしたその時、先生の視線が、私のデスクの傍らに静かに置いた、独特な造形の大型ライフルへと吸い寄せられた。

 無駄を極限まで削ぎ落とした白銀の幾何学的なフレーム。そして、その中央にある、明らかに「分離・結合」を前提とした強固なドッキングシーケンス。

 

 キヴォトスの数々の銃を見てきたはずの先生の目が、一瞬で、まるで宝物を見つけた少年のようにキラキラと輝きだすのを、私は見逃さなかった。

 

 

"……ねえ、セイカ。その銃、もしかして……真ん中から2つに分かれたり、逆に合体してもの凄い威力の光線が出たりする……!?"

 

「おや。よく分かりましたね、先生」

 

 

 少し意外だった。けれど、私の技術の真髄に気づいたその眼光に対して、私はどこか誇らしげに口元を緩めていた。

 

 

「ええ、これは『メテオバスターライフル』。出力や戦況に応じて2挺にセパレート運用が可能な、私の最高傑作の一つです。……そんなに身を乗り出して、どうしたのですか?」

 

"いや、だって……男の子でこれにワクワクしない人はいないよ! 分割と合体、しかも超高火力なんてロマンの塊じゃないか……! 男のロマンの権化だよ!"

 

 

 理屈抜きに、その圧倒的な機能美とギミックに大興奮している先生。その「男の子心」に満ちたピュアな反応に、私はふふ、と満足げに鼻を鳴らす。

 

 

「当然です。機能美とロマンの両立は、技術者として基本中の基本ですよ。もっとも、最大出力で同期させた際の反動は、計算上このオフィスの壁を何枚も消し飛ばしますが」

 

"それは絶対にここで撃っちゃダメなやつだね……!"

 

 

 先生は少年のように目を輝かせ、私のライフルのメカニズムについて、さらに深く観察しながら尋ねてくる。

 

 

"この中央のジョイント部分はどうなっているんだい? 分割した状態でも、それぞれのエネルギー源は独立して機能するのかな?"

 

「ええ。単基での運用時も、内蔵された小型のコンデンサが最適に同調します。しかし、真の価値はやはり結合時にあります。2本の砲身が物理的、および電子的にリンクすることで、エネルギーの収束率は単体の3倍以上に跳ね上がる」

 

"素晴らしいな……。パーツが噛み合う瞬間の金属音まで計算されていそうだ"

 

「ふふ、よく分かっているではありませんか、先生。その通り、結合時のクリック感にも1ミクロン単位の調整を施しています。私の技術をそこまで純粋に評価していただけるなら、データ処理の手伝いをした甲斐もあったというものです」

 

"しかし、本当に美しいな。キヴォトスの既存の学園の技術――ミレニアムの最先端のエンジニアリングとも、トリニティやゲヘナの伝統的な構造とも違う。まるで、全く異なる物理法則や設計思想の元で作られているようだ"

 

 

 ライフルから視線を上げ、私を真っ直ぐに見つめる先生。その言葉は、私にとってこの上ない賛辞として脳内に記録された。

 

 

「ふふ、さすがは先生、鋭い観測ですね。これは私の技術の結晶です。既存の枠組みに囚われているようでは、真の最適化など不可能ですから。物質の波長を直接調律し、エネルギーへと変換する。そのプロセスのすべてが、この一挺に凝縮されているのです」

 

"物質の波長を直接……。私には理論のすべては理解できないけれど、この銃が発する『気配』のようなもので、それがどれだけ規格外のシロモノなのかは分かるよ。これだけのものを一人で設計し、組み上げるなんて、セイカは本当に天才だね"

 

 

 お世辞や誇張は一切含まれていない、一人の人間が成し遂げた業績に対する深い敬意。それを肌で感じ、私はほんの少しだけ顎を上げ、誇らしげな笑みを浮かべてみせた。普段の冷静な私らしくもない、無邪気な優越感だったかもしれない。

 

 

"でも、これだけの火力を持つ武器を扱うのは、相当な負担がかかるんじゃないかい? 反動やエネルギーの逆流とか、そういう危険性は?"

 

「問題ありません。先ほども言ったように、このライフルは私の生体波動と完全に同期しています。つまり、私以外の人間がトリガーを引いても、ただの重い金属の塊ですが、私の手が触れている限り、それは私の肉体の一部、神経の延長線として機能するのです。反動の相殺も、脳波による演算でリアルタイムに行われます」

 

"なるほど……。まさにセイカ専用の、セイカのためだけの武器なんだね。本当にすごいな"

 

 

 何度も頷き、ライフルの細部を見つめ続ける先生。玩具を手に入れた子供そのものの姿を、私は心地よく見守っていた。

 

 

__________

 

 

 

 私と先生のそんなやり取りを、オフィスのソファーの横でじっと聞き流していたもう一人の当番――砂狼シロコが、足音もなくすっとデスクに近づいてくるのを察知した。

 

 愛車のロードバイクのメンテナンスをしていた彼女の手には、使い古された工具が握られている。だが、彼女の青い瞳が釘付けになっていたのは、先生が興奮しているライフルではなかった。

 

 私の背後。そこで、音もなく、一定の軌道を美しく維持しながら浮遊している、白と青の兵装モジュール。

 

 

「……ん。そっちの、浮いてるやつ」

 

 

 シロコが静かに指をさす。

 

 

「どうやって動いてるの? 推進剤の匂いもしない。ワイヤーもない」

 

「私の脳波と同期し、空間の磁場を直接制御しています。『フィンファンネル』。天野江セイカの基本兵装ですよ、砂狼シロコ」

 

 

 シロコはしばらくそのファンネルを凝視していたが、ふと、デスクの端にある重い金属製のペーパーウェイトに視線を向けた。

 

 

「……あれ、動かせる?」

 

「容易いことです」

 

 

 私は表情一つ変えず、ただ視線を僅かに動かした。

 背後のフィンファンネルの一基を、一切の駆動音を立てずに滑るように移動させる。ミリ単位の正確さでペーパーウェイトを磁場に固定し、ふわりと宙へ持ち上げると、シロコの目の前へと静かに移動させてみせた。

 

 

「……!」

 

 

 シロコの瞳が驚きで微かに広がる。彼女の脳内で、今の一連の挙動からある一つの「戦術的最適解」が超高速でシミュレートされていくのが分かった。やはり彼女は実践の人間だ。

 

 

「……ん。そのファンネル、防御にも使える?」

 

「ええ、当然です。空間の磁場を歪めることで、局所的な防壁を展開することが可能です。口径の大きい巡航ミサイルクラスの直撃であっても、計算上は3基の同調で完全に無効化できます」

 

「……完璧。攻撃だけじゃなくて、盾にもなる。アビドスの砂嵐の中で、敵の急襲を防ぎながら、メテオバスターライフルで一網打尽にできる」

 

"2つに分かれる『メテオバスターライフル』。外した状態の左右の銃、それと、背後の浮いてる『フィンファンネル』……。ってことは、同時に複数の敵をロックオンして、一斉射撃できる?"

 

「おや、精度の高い推論ですね。その通り。全ての火線を完全に同調させ、全方位の敵を一瞬で殲滅する――『フルバースト』が、私の最大出力です」

 

「……完璧な面制圧」

 

 

 シロコが一歩、私に近づく。その目は、完全に本気の戦術家のそれだった。

 

 

「それだけの火力と空間制御能力があれば、どんなに砂漠で囲まれても、どんなに重い防壁があっても、一瞬で戦況をひっくり返せる。……お願い、アビドスに来て。自転車の後ろ、なんなら私の席を譲ってもいい。今すぐ連れていきたい」

 

「ふふ、申し訳ありませんがお断りします。私のこの全力は、ソラノミの、私を待ってくれている『アカネ』と家族を守るためだけに構築されたものですから」

 

 

 私は自身の裾をすっと引き、シロコから一歩距離を取って、一切の迷いなく告げた。私の火力のすべては、あのはるか高き場所のためにあるのだ。

 

 

「セイカ、あなたの戦術データ、もっと見せてほしい。もしアビドスに来るのが無理なら、合同演習だけでもいい。私、あなたと戦ってみたい。……あるいは、一緒に戦いたい」

 

「おや、随分と好戦的ですね、シロコ。ですが、私は意味のない戦闘を好みません。私の技術も、私の火力も、すべては目的のためにのみ存在します」

 

「目的……? アビドスを守ることは、私にとって最大の目的。あなたにとっての目的は、さっき言っていた『アカネ』?」

 

「ええ、その通りです」

 

 

 私は躊躇なく、そしてこの上なく誇らしげに答えた。

 

 

「私のすべての演算、すべての最適化、そしてこの命さえも、彼女と、彼女と共に築く『家族』のために捧げられています。ソラノミという宇宙戦艦の過酷な環境の中で、彼女がどれほど完璧に我が家を維持してくれているか……。あなたには想像もつかないでしょう」

 

「……ん。宇宙戦艦。よく分からないけれど、凄い場所なんだね」

 

「凄まじい場所ですよ。あらゆる不確定要素が排除され、私の波長が最も深く安らぐ場所。ですから、私が外の世界の戦いに身を投じる理由は、家族や友人の平穏を脅かす因子を排除する時だけです」

 

 

 私の言葉にある一片の迷いも揺らぎもないことを察したのだろう。シロコは静かに息を吐き、納得したように頷いた。

 

 

「……そっか。強い絆。アビドスのみんなと同じ。だから、無理には誘わない。でも、もしその『アカネ』が困った時は、アビドスを頼って。私たち、いつでも助けに行く」

 

「ふふ、その言葉、記憶しておきましょう。野生の勘に頼るあなたたちのことですから、不測の事態には意外な生存戦略を見せるかもしれませんしね」

 

 

 私はシロコに向けて微かに微笑んだ。異なる『家』を持つ者同士の、静かな敬意の交換だった。

 

 

「それはそうと、その『フルバースト』、いつか一度見てみたい。もしよければ、今度アビドスの防衛戦に手を貸して。お礼に、美味しいスポーツドリンクをあげる」

 

「気が向いたら、ですね。ただ、私の火力を発揮する戦場は、私自身が観測し、必要と判断した場所に限られます」

 

「ん、分かった。覚えておく。それじゃあ、私はこれで。みんなが待ってるから。先生、セイカ、バイバイ」

 

 

 シロコは愛車と共に、自分の帰るべき場所へ向かって迷いのない足取りで去っていった。ドタバタとした賑やかさはなくとも、彼女の背中には、アビドスという確固たる『家』への強い愛着が滲んでいた。

 

 その背中を見送りながら、私は自身の胸元にそっと手を当て、心の中で深く深く頷く。

 

 

「(ええ、家が一番です。彼女のあの足取り、独自の絆は悪くありません。……ですが)」

 

 

 私の思考は、キヴォトスの喧騒を飛び越え、一気にあの遥か高き、私たちの絶対の領域――宇宙戦艦「ソラノミ」へとジャンプする。

 

 

「(どんなに工夫を凝らそうと、アカネの、あの行き届いた完璧な慈愛の波長には、世界中のどこを探しても遠く及びませんよ。……私も早く帰ることにしましょう。彼女が淹れてくれる、あの完璧に調律された最高のアールグレイが、恋しくてたまりません)」

 

 

 外の世界で、先生にどれだけロマンを絶賛されようとも。シロコにどれだけその圧倒的な戦術火力を求められようとも。私の心の中の最上位が揺らぐことは、ただの一瞬たりともない。むしろ、外の世界の「家」を見たことで、自分を待ってくれている人の偉大さと愛の深さが、より一層鮮明に、愛おしく胸に押し寄せていた。

 

 

「予定の時刻ですね。先生、私の今日の任務はこれにてすべて完了です。あなたのオフィスに生じる無駄、またいつでも最適化しに来てあげます。では」

 

"うん、本当に助かったよ。気をつけて帰ってね、セイカ"

 

 

 先生への挨拶をドライに、しかし適切に済ませると、私は一刻も早く我が家へと至る帰路についた。

 

 

__________

 

 

 

 

 

 

 キヴォトスの大地を離れ、遥か上空――宇宙戦艦「ソラノミ」へと帰還する。

 無機質な鋼鉄のハッチを通り、冷徹な艦内を進んで、いつもの見慣れた居住区のドアを開ける。カチャリ、と静かな音が響いた瞬間、私の網膜を、そして鼻腔を、完璧な光景が満たした。

 

 

「――おかえりなさい、セイカさん。お疲れ様でした。ちょうど、お茶が入りましたよ」

 

 

 そこには、非の打ち所のない、美しく整えられたエプロンドレスを翻し、世界で一番大好きな微笑みを浮かべて佇む、アカネの姿。

 鋼鉄の宇宙戦艦のただ中であるというのに、私たちの居住空間は完璧な湿度と温度に保たれ、塵一つ落ちていない。テーブルの上からは、完璧な抽出時間で淹れられたアールグレイの、高貴な香りが立ち上っている。

 

 

「……ただいま戻りました、アカネ」

 

 

 私の口元から、今日一番の満面の笑みが溢れ出す。

 

 

「お父さん、おかえりなさい」

 

 

 部屋の奥から、足音も静かに歩み寄ってきたのはケイだった。

 かつての冷徹なシステムツールとしての無機質さは影を潜め、その表情には静かな、しかし確かな温もりが宿っている。彼女は私を見上げると、少しだけ胸を張って、淡々としつつもどこか誇らしげなトーンで告げた。

 

 

「本日の定期清掃任務は、お母さんの指導のもと、すべて完璧に完了しています。塵の残存率はゼロパーセント……いえ、私の観測上、完全に皆無です。お父さんの帰還スケジュールにも、一秒の狂いもなく同期できました」

 

「ええ、完璧です。さすがは私とアカネの子ですね。私の演算に狂いはありません」

 

 

 私が優しく頭に手を置くと、ケイは小さく目を細め、拒むことなくその温もりを受け入れた。

 

 

「……当然の帰結です。私もソラノミの一員ですから、この程度の管理・調律は基本業務に過ぎません。お父さんも、シャーレでの外勤、お疲れ様でした。お父さん、お母さん、お茶の準備ですが、こちらも最適温度への保持が維持されています。速やかな摂取を推奨します」

 

 

 机の上のティーポットを静かに見つめながら、そう言葉を添えるケイ。その無機質な言葉の端々に、私たちと過ごすこの時間を少しでも完璧にしたいという、彼女なりの健気な意志が宿っているのを、私のシステムは愛おしく検出する。

 

 

「どうぞ、セイカさん。今日の疲れを、これで癒してくださいね」

 

 

 アカネが隣に座り、世界で一番優しい微笑みを向けてくれる。私はその温かいカップを両手で包み込み、ゆっくりと一口、口に含んだ。

 

 

「(ああ……やはり、これです)」

 

 

 口内に広がる洗練された渋みとベルガモットの華やかな香り。それは、外の世界で触れたどの観測データよりも、文字通り次元が違う温かさを持っていた。何より、この紅茶には、アカネの行き届いた環境管理の波長と、私に対する深い慈愛がこれ以上ないほど濃密に同期している。

 

 

「美味しいですよ、アカネ。やはり、あなたの淹れるお茶が、世界で最も合理的で、そして最も私を癒してくれます」

 

「そう言っていただけると、淹れた甲斐があります。外の世界がどれほど広くとも、あなたの帰る場所は、いつでもここですからね」

 

「お母さんの淹れるアールグレイの抽出温度とタイミングは、私のデータベース上でも常に最高値として記録されています。……ですからお父さん、外の世界で他のお茶に浮気をしてはいけませんよ?」

 

 

 少しだけ理屈っぽく、けれど確実に家族としての甘えを滲ませるケイの言葉に、私とアカネは顔を見合わせて、同時にふっと微笑んだ。

 

 

「ええ。私のすべての技術も、私の全力も、すべてはこの完璧な空間と、あなたたちを守るためだけに存在します。私の計算に、狂いはありません」

 

 

 私は満面の笑みを浮かべ、大好きな家族と共に、至高の時間を満喫する。外の世界でどれほど強大な火力を誇ろうとも、私の本質は、この小さな、しかし完璧に調律された我が家の中で、愛する人たちと共に生きる一人の幸福な少女に過ぎない。

 

 宇宙戦艦「ソラノミ」の最深部、完璧な愛で満たされた空間で、私の生体波動は、これ以上ないほどの幸福な平穏へと、美しく、深く、調律されていった。

 

 

 




『メテオバスターライフル』はウィングゼロの『ツインバスターライフル』をイメージしてるよ
そしてこれと『フィンファンネル』を使ってフルバーストするセイカちゃん……
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