未来を統べる翼と、優しいメイドの家   作:天野江

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ちょっと短くなっちった


星海の残響

 

 

 

 ワイルドハント芸術学院の敷地奥深く、生い茂る木々の影に隠れるようにして佇む、第4寮の一角。

 そこではいつも通りの、いや、いつも以上に奇妙な熱量を孕んだ芸術的かつ神秘的な空気が渦巻いていた。

 

 

 ──あの宇宙戦艦ソラノミのラウンジで、トリニティの百合園セイアと山海経の竜華キサキという他校の二大巨頭による政治的アプローチ――あるいは国家規模の圧力――を受け、半ばヤケクソ気味に部員追加申請書に名前を書き込んでからのことである。

 

 地上の学校へと戻ってきたレナを待っていたのは、予想通り、いや、予想を遥かに超えた大騒動の現実だった。

 

 

「ひぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃッッッッッッ!!!!」

 

 

 部室の静寂を切り裂いたのは、レナの、地鳴りのようなシャーシャーという威嚇の叫び声だった。

 

 彼女の目の前にあるテーブルの上には、今朝、ワイルドハント芸術学院の上層部から彼女の端末へと直接叩きつけられた、驚天動地の特例承認の通知書が、冷酷な光を放ちながら明滅している。

 

 

「ちょっと、先輩たち! さっきから三人揃って自分の世界に浸って、スケッチブックを眺めてフンスフンス言ってる場合じゃないわよ! これ、見てよ! トリニティ総合学園のティーパーティーと、山海経高級中学校の玄竜門の二大巨頭から、同時にうちの生徒会宛てに『共同要請書』っていう名の、国家規模の政治的脅迫状が届いたのよ!?」

 

 

 レナが机をバン、 と激しく叩くと、その鋭いツッコミの波動に驚いて、エリの特徴的なとんがり帽子がぴょこんと上に跳ねた。

 

 

「内容を要約したら『衣斐レナを今すぐ宇宙戦艦ソラノミの空見観測研究部に特例兼部させろ。さもなくば今後の外交・交易ルートの関税および通信プロトコルに、相応の調整を当てる』って……! あの人たち、本当にソラノミで言ってた通りの脅迫状をうちの学校に送りつけてきたのよ!? おかげでうちの上層部は泡を吹いて大パニックになって、秒速で学校の規則がメキメキと書き換えられて、私の『特例兼部』が強制承認されちゃったじゃない!」

 

「にゅふふふ……! 恐喝文書とは、また随分とアグレッシブな招待状ですね!」

 

 

 エリは机の上に広げていた無数の怪しげな資料やノートを誇らしげに揺らしながら、黒いマントを翻すような仕草で立ち上がり、芝居がかった調子で声を張り上げた。そのテンションはすでに完全にブレーキを失っている。

 

 

「ですがレナちゃん、これぞまさに『星海のゆりかご』へと続く、運命の魔導書の頁が開かれた証拠なんですよ! 他校の超大物たちを同時に動かして、規則を捻じ曲げるなんて、これ以上のオカルトがどこにあるというのですか!」

 

「意味がわからないわよ、エリ先輩! 私はこのワイルドハントの、このオカ研が一番大好きなの! あっちの兼部はあくまであの機能美を観察するための、専属デザイナーとしての不可抗力というか、まぁ、その、成り行きというか……とにかく! これじゃまるで、私が他校の超大物の圧力を後ろ盾にして、ワイルドハントの規律を無視して二股かけてる最悪な裏切り者みたいに見えるじゃない! 先輩たちにそんな風に思われたらどうしようって、私、昨日から一睡もできてないのよ!?」

 

 

 顔を真っ赤にして、まるで縄張りを荒らされた猫のようにシャーシャーと威嚇しながら必死に弁明するレナ。

 オカ研を、大好きな先輩たちを心から愛しているからこそ、この国家規模の超法規的圧力によって部室の絆が壊れてしまうのではないかと、彼女は本気で焦り、健かに思い悩んでいたのだ。

 

 

「あはは……レナちゃんったら、相変わらず生真面目だねぇ。そんなに真っ赤になってシャーシャー言っちゃって。私たちが、レナちゃんを裏切り者だなんて思うわけないじゃない。ねぇ、ツムギちゃん?」

 

 

 最年長であるカノエは、部室の隅にある古びた布製ソファにだらしなく身体を沈め、気だるげに「イヒヒ……」と不気味な笑い声を漏らしている。その長い指先は、開け放たれた窓辺にどこからともなく集まってきた黒いカラスたちの羽を、まるで愛猫を撫でるかのように愛おしそうに転がしていた。

 

 

「ええ。物語というものは、案外思いがけないところで幕が上がるものですから」

 

 

 副会長のツムギは、愛用のギターケースを膝の上に大切そうに抱え、静かに、けれどどこか遠い目付きで弦を爪弾いた。ポロン、と繊細でどこか哀愁を帯びた音が部室の埃っぽい空気を震わせる。

 

 

「その答えに至るまでのお話を、少し聞いてみませんか? レナちゃん。あなたがトリニティと山海経のトップに囲まれ、あのソラノミのテーブルに正式な座席を記述することになったその経緯。あの方の纏う機能美、探求、それにあの一家を包む温かな重奏。それをあなたのデザインという頁に刻み込むことは、オカ研の探求を裏切ることにはなりません。むしろ、あっちの副部長さんからレナ経由でお裾分けしていただいたスープのレシピ、とっても美味しかったですよ。冷たい風の中に混ざる暖炉のような温かさが、この古びた部室の新しい基音になってくれています」

 

「ツ、ツムギ先輩……。でも、学校のルールを捻じ曲げてまで他校の部活に籍を置くなんて、普通なら絶対に問題になるし、ワイルドハントの誇りが……」

 

「甘いですよレナちゃん! 科学の論理や地上の規則なんて、あの空から舞い降りる解の前では、ただの『解かれるべき数式』に過ぎないんですよ!」

 

 

 エリがふたたびレナの前に一歩踏み出し、大げさに両手を広げて胸を張った。敬語の響きの中に、純然たるオカルトロマンの炎が燃え盛っている。

 

 

「いいですか、レナちゃん! 私たちオカルト研究会は、未知なる神秘と世界の刺激を追い求める芸術的求道者です! あなたがソラノミの『空見観測研究部』に正式な座席をもぎ取ったということは、私たちの『霊的観測フィールドワーク』の拠点が、地上を離れて宇宙空間にまで拡張されたも同然なんですよ! 私はこういうのを待っていたんですよ! セイカ部長の神々しい素顔を間近で見て脳内爆発を起こすのも、キサキさんやセイアさんという地上最高峰のツートップに挟まれてレナちゃんがシャーシャー威嚇するのも、すべてが我がオカ研にとって至高のデザインソース、絶対に解き明かすべきオカルトです!」

 

「だから何で私が向こうで爆発したり威嚇したりすることが前提になってるのよ!? 私は大真面目にデザインの話を……!?」

 

「イヒヒ……だってレナちゃん、あっちのラウンジにいる時、壊れた機械みたいに何度も頷いて、顔を真っ赤にしてフンスフンスしてたって、同行した先生から聞いたよぉ。あっちに行っても、セイカちゃんに甘やかされて、翻弄されている姿が目に浮かぶよぉ。困ったことがあったら、いつでも私たちの『呪い』で助けてあげるから、大手を振って行ってきなさいなぁ」

 

 

 カノエの語尾を伸ばした不穏な、けれどどこまでも身内に甘く優しい言葉に、レナは毒気を抜かれたように呆然とした。端末を握る手の力が、少しずつ緩んでいく。

 

 

「先輩たち……。本当に、怒ってないの……? 私が他校の部活にも名前を載せること……」

 

「怒るはずがないでしょう! むしろ大歓迎ですよ!」

 

 

 エリが太鼓判を押すようにレナの背中をバシッと叩いた。

 

 

「私たちはレナちゃんがやりたいことなら、何だって120%の愛で全肯定して送り出します! さあ、スケッチブックを持って、その鋭いツッコミの刃をソラノミへ突き立ててきなさい! そして、あっちの賑やかな家族のノイズを、あなたの最高傑作というキャンバスに塗り潰して見せるのです!」

 

「……っ、もう、わかったわよ! 先輩たちがそこまで言うなら、私はワイルドハントのオカ研代表として、あっちの戦艦の『愛の包囲網』をこれでもかってくらいデザインに昇華してやるんだから! 覚悟しなさいよね、セイカさん……!」

 

 

 レナが涙目でスケッチブックをぎゅっと胸に抱きしめ、壊れた機械のようにフンスと鼻息を荒くして、嬉しさと気恥ずかしさを隠すように決意を新たにする。

 その様子を、ツムギは「なるほど、これが今回の新しい頁の幕開けなのですね」と物語の紡ぎ手のような笑みを浮かべて穏やかに微笑みながら見つめ、カノエは「イヒヒ……面白くなってきたねぇ。お土産話、楽しみだなぁ」と、窓辺のカラスたちを満足げに夕空へと羽ばたかせた。

 

 気がつけば、年季の入った部室の窓から差し込む光は、鮮やかな夕暮れの琥珀色へと染まり変わっていた。

 他校からの国家規模の圧力によってもたらされた不条理な嵐。しかし、それがこの部室に運んできたのは政治的な摩擦などではなく、大好きな後輩の新しい挑戦と輝ける居場所を、心から祝福し、引いてはどこまでも温かく全肯定して送り出す、オカルト研究会の真実の絆だった。

 

 

 




最終編のプロットはできてるけど完成まで時間かかりそうなのでイベントやら日常回やらを挟んでお茶を濁します。
とりあえず次は晄輪大祭だよ
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