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今回の話は"日常回"です。
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――ある日の午後。
大会を終え、戦車道の稽古もない、久しぶりの穏やかな日。
西住家の庭。
柔らかい陽射しが、庭全体を包み込んでいた。
手入行き届いた芝は淡く光り、踏みしめるたびに乾いた音が小さく響く。
風は穏やかで、どこか土と草の匂いを含んでいる。
その中で――
「待てって、みほ!」
「やだ! 捕まえられるもんなら捕まえてみてよ!」
弾む声とともに、軽やかな足音が庭を駆け抜ける。
先頭を走るのはみほ。
その後ろを勇気が追い、さらに少し距離を置いて、まほが静かに動いている。
「無理に速度を上げるな、足を取られるぞ」
まほの落ち着いた声。
だがその足取りは軽く、無駄なく距離を詰めていた。
「分かってるって!」
振り返りもせずに返すみほ。
その動きには余裕があり、どこか楽しんでいる様子が見える。
(……ほんと元気だな)
勇気は軽く息を吐く。
「ほら、そっち行ったぞ!」
「任せて!」
みほが勢いよく方向を変え、勇気もそれに合わせて走る向きを変えた。
三人の動きは、ぶつかりそうでぶつからない。
どこか息が合っているようで――
でも、それを気にしている様子はない。
ただの鬼ごっこ。
それだけのはずなのに、三人ともどこか楽しそうに動いていた。
(……まあ、いっか)
勇気は深く考えることもなく、そのまま走り続ける。
――しばらくして。
「今度は俺が鬼な」
「えー!? さっきもやったじゃん!」
「……気のせいだろ」
「絶対気のせいじゃない!」
「じゃあ証拠出してみろよ」
「うっ……!」
「ほらな」
「ぐぬぬ……!」
みほは悔しそうにしながらも、その表情はどこか楽しげだ。
(ほんと、分かりやすいな)
勇気は小さく笑った。
「……ほどほどにしておけ」
まほが小さく息をつきながら言う。
そんな他愛のないやり取りが、庭の中に穏やかに流れていた。
――その少し離れた場所。
日傘を差した少女が一人、三人の様子を見ていた。
整えられた銀髪。
上品な服装。
白い靴には、汚れ一つない。
その場の空気とは、どこか異質だった。
(……騒がしいわね)
内心でそう呟いた。
だが――視線は外れない。
走る三人。
笑う声。
ぶつかりそうで、ぶつからない距離感。
(……なんなのよ、あれ)
ただ遊んでいるだけ。
それなのに――妙に気になる。
そのとき。
「……あれ?」
みほが足を止めた。
「どうした?」
勇気が振り返る。
「誰かいる」
指さす先。
「あ」
視線が合う。
少女は一瞬だけ目を逸らす。
だがすぐに、少しだけむっとしたように見返した。
「こんにちは!」
みほが迷いなく駆け寄る。
「……こんにちは」
少女が少しだけぶっきらぼうに返す。
「見てたの?」
「……べ、別に見てたわけじゃないから」
ほんのわずかに言い淀む。
「だったら一緒に遊ぼうよ!」
「……遠慮しておくわ」
顔を少し逸らす。
だが、みほは引かない。
「えー、いいじゃん! 一緒にやったほうが楽しいよ?」
「見てたわけじゃないって言ったでしょ!」
思わず言い返す。
「いいからいいから、一回だけやろうよ!」
そう言って、みほは少女の手をぐいっと引いた。
「ちょ、ちょっと……!」
バランスを崩しかける。
「ほら、行こ!」
「よくないわよ!」
慌てて言い返すが、足がついていってしまう。
引っ張られたまま、少しだけ頬を膨らませる。
「ちょっと、離しなさいってば……!」
ぶつぶつ文句を言いながらも――
強く振りほどこうとはしない。
「ほら、あっち。今ちょうど鬼ごっこしてたの!」
「だから、やるなんて言ってないでしょ!」
言い返しながらも、足はしっかり動いている。
そこへ――
「まあまあ」
勇気が軽く割って入る。
「そんな固いこと言うなって。鬼ごっこだぞ?」
「……鬼ごっこなんて、子供みたい」
少女は少しむっとした顔で言う。
「おう、実際子供だしな」
あっさり返す。
「……なによ、それ」
少しだけ不満そうに口を尖らせた。
「それとも、走るの苦手か?」
ニヤッとする。
「……っ! 違うわよ!」
反射的に返す。
「じゃあ問題ないな」
「だから決まってないってば!」
思わず声を強くした。
だが――
少しの沈黙。
少女の視線が、ほんのわずかに揺れる。
みほがじっと見ている。
勇気も、どこか楽しそうに待っている。
逃げ場がない。
「……ちょっとだけよ」
小さく、しぶしぶといった調子で言う。
「やった!」
みほの顔がぱっと明るくなる。
「べ、別に気まぐれだから」
少しだけそっぽを向きながら、ぽつりと付け足す。
(分かりやす)
勇気は内心で小さく笑った。
――鬼ごっこ再開。
「じゃあ俺が鬼な!」
「また!?」
「いいから逃げろって」
「ずるいー!」
みほが文句を言いながらも走り出す。
「……始まったな」
まほが小さく呟き、静かに動き出す。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
少女も慌てて後を追いかける。
最初はぎこちない。
だが――
(……あれ)
足が、自然に動く。
風を切る感覚。
地面を蹴るリズム。
(……なにこれ)
少し驚く。
一歩、また一歩と踏み出すたびに、動きが馴染んでいく。
さっきまでのぎこちなさが、少しずつ消えていく。
気づけば、前を走る背中との距離が気になっていた。
「あなたたち速すぎるでしょ!」
思わず声が漏れる。
その背後から――足音が迫る。
「お、速いじゃん」
余裕のある声。
振り返る間もなく、すぐ後ろに気配がある。
勇気が距離を詰めてきていた。
「あんたも……なんでそんな速いのよ……!」
驚きながらも、全力で逃げる。
――そのとき。
「こっちこっち!」
横から、みほの声。
気づけば、すぐ隣にみほが並んでいた。
軽い足取りのまま、ぐいっと腕を引かれる。
「一緒に行こ!」
「ちょ、引っ張らないで……!」
体勢が崩れかける。
だが、みほは気にした様子もなく、そのまま速度を上げる。
引っ張られる形で、足がもつれる。
踏み出した一歩が、芝にわずかに取られる。
――次の瞬間。
「きゃっ!?」
足元が滑る。
バランスを崩し、そのまま地面へ。
土が跳ねる。
「……っ」
(最悪……!)
顔をしかめる。
そのとき。
「大丈夫か」
静かな声。
差し出された手。
まほだった。
無駄のない動き。
自然にそこにある手。
「……平気です」
少しだけ間を置いて、そう答える。
言いながらも――
差し出された手を取る。
引き上げられる。
その瞬間。
(……この人……)
迷いのない動き。
無駄のない立ち振る舞い。
(……かっこいい……)
ふと、そんな感想が浮かぶ。
自分でも少し意外だった。
胸の奥に、小さな感情が残る。
そのすぐ後――
バタバタと芝を踏む音が近づいてくる。
「大丈夫か?」
少し遅れて、勇気が駆け寄ってきた。
「ほら、立てるか?」
勇気がしゃがみ込む。
「泥だらけだな」
「誰のせいよ!」
「みほだな」
「ちょっと!?」
みほが慌てる。
「違うよ!? わざとじゃないよ!?」
「……あんたのせいでもあるでしょ」
少しむっとしたまま、勇気のほうを睨む。
「え、俺?」
思わず間の抜けた声を出す。
慌てる様子に――
「……ふふっ」
少女は思わず笑う。
「ほら」
勇気が軽く手を差し出す。
「もう一回やるだろ?」
当たり前みたいに言う。
一瞬だけ、その手を見る。
ほんのわずかに間を置いて――軽く握り返す。
「……やるに決まってるでしょ! さっきみたいにはいかないんだから!」
少しムキになる。
「お、いいね」
勇気が笑う。
そのとき、ほんの一瞬。
「……ありがと」
小さな声。
顔がわずかに赤くなる。
だがすぐに――
「……今の、忘れて」
視線を逸らす。
(……ここは黙っとくか)
勇気は軽く笑う。
――夕方。
遊び終わり。
空はゆっくりと色を変え、長い影が伸びている。
「楽しかったね!」
みほが満面の笑みで言う。
「……べ、別に普通よ」
少しだけ拗ねたように言う。
だが――
「……まあ、ちょっとは楽しかったけど」
小さく付け足す。
「また遊ぼうよ!」
「遊ばないわよ!」
即答。
それでも――
「……でも、その……」
少しだけ言いよどむ。
「暇だったら、また来てあげてもいいわ」
そっぽを向きながら言う。
「素直じゃねぇなぁ」
勇気が笑う。
「うるさい!」
即反応。
そして――
「じゃあまたな」
「またね!」
「……また会おう」
三人がそれぞれ少女に声をかけ、軽く手を振る。
「……ええ」
少女が小さく頷く。
三人が去っていく。
その背中を少女はしばらく見つめていた。
(……ほんと、変な人たち)
そう思いながら――
(……でも)
ほんの少しだけ、口元が緩む。
(……また、遊んでもいいかも)
日傘を持ち直す。
歩き出す。
その足取りは――
来た時より、ほんの少しだけ軽かった。