それでも俺は、戦車道が好きだ   作:トマトマトン

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第10話 少し不器用な少女と午後

 

 

――ある日の午後。

 

 

大会を終え、戦車道の稽古もない、久しぶりの穏やかな日。

 

 

西住家の庭。

 

柔らかい陽射しが、庭全体を包み込んでいた。

 

手入行き届いた芝は淡く光り、踏みしめるたびに乾いた音が小さく響く。

風は穏やかで、どこか土と草の匂いを含んでいる。

 

その中で――

 

「待てって、みほ!」

 

「やだ! 捕まえられるもんなら捕まえてみてよ!」

 

弾む声とともに、軽やかな足音が庭を駆け抜ける。

 

先頭を走るのはみほ。

 

その後ろを勇気が追い、さらに少し距離を置いて、まほが静かに動いている。

 

「無理に速度を上げるな、足を取られるぞ」

 

まほの落ち着いた声。

 

だがその足取りは軽く、無駄なく距離を詰めていた。

 

「分かってるって!」

 

振り返りもせずに返すみほ。

 

その動きには余裕があり、どこか楽しんでいる様子が見える。

 

(……ほんと元気だな)

 

勇気は軽く息を吐く。

 

「ほら、そっち行ったぞ!」

 

「任せて!」

 

みほが勢いよく方向を変え、勇気もそれに合わせて走る向きを変えた。

 

三人の動きは、ぶつかりそうでぶつからない。

 

どこか息が合っているようで――

でも、それを気にしている様子はない。

 

ただの鬼ごっこ。

それだけのはずなのに、三人ともどこか楽しそうに動いていた。

 

(……まあ、いっか)

 

勇気は深く考えることもなく、そのまま走り続ける。

 

 

 

 

 

 

――しばらくして。

 

 

「今度は俺が鬼な」

 

「えー!? さっきもやったじゃん!」

 

「……気のせいだろ」

 

「絶対気のせいじゃない!」

 

「じゃあ証拠出してみろよ」

 

「うっ……!」

 

「ほらな」

 

「ぐぬぬ……!」

 

みほは悔しそうにしながらも、その表情はどこか楽しげだ。

 

(ほんと、分かりやすいな)

 

勇気は小さく笑った。

 

「……ほどほどにしておけ」

 

まほが小さく息をつきながら言う。

 

そんな他愛のないやり取りが、庭の中に穏やかに流れていた。

 

 

 

 

 

 

――その少し離れた場所。

 

 

日傘を差した少女が一人、三人の様子を見ていた。

 

整えられた銀髪。

上品な服装。

白い靴には、汚れ一つない。

 

その場の空気とは、どこか異質だった。

 

(……騒がしいわね)

 

内心でそう呟いた。

 

だが――視線は外れない。

 

走る三人。

笑う声。

ぶつかりそうで、ぶつからない距離感。

 

(……なんなのよ、あれ)

 

ただ遊んでいるだけ。

 

それなのに――妙に気になる。

 

 

そのとき。

 

「……あれ?」

 

みほが足を止めた。

 

「どうした?」

 

勇気が振り返る。

 

「誰かいる」

 

指さす先。

 

「あ」

 

視線が合う。

少女は一瞬だけ目を逸らす。

 

だがすぐに、少しだけむっとしたように見返した。

 

「こんにちは!」

 

みほが迷いなく駆け寄る。

 

「……こんにちは」

 

少女が少しだけぶっきらぼうに返す。

 

「見てたの?」

 

「……べ、別に見てたわけじゃないから」

 

ほんのわずかに言い淀む。

 

「だったら一緒に遊ぼうよ!」

 

「……遠慮しておくわ」

 

顔を少し逸らす。

 

だが、みほは引かない。

 

「えー、いいじゃん! 一緒にやったほうが楽しいよ?」

 

「見てたわけじゃないって言ったでしょ!」

 

思わず言い返す。

 

「いいからいいから、一回だけやろうよ!」

 

そう言って、みほは少女の手をぐいっと引いた。

 

「ちょ、ちょっと……!」

 

バランスを崩しかける。

 

「ほら、行こ!」

 

「よくないわよ!」

 

慌てて言い返すが、足がついていってしまう。

 

引っ張られたまま、少しだけ頬を膨らませる。

 

「ちょっと、離しなさいってば……!」

 

ぶつぶつ文句を言いながらも――

強く振りほどこうとはしない。

 

「ほら、あっち。今ちょうど鬼ごっこしてたの!」

 

「だから、やるなんて言ってないでしょ!」

 

言い返しながらも、足はしっかり動いている。

 

そこへ――

 

「まあまあ」

 

勇気が軽く割って入る。

 

「そんな固いこと言うなって。鬼ごっこだぞ?」

 

「……鬼ごっこなんて、子供みたい」

 

少女は少しむっとした顔で言う。

 

「おう、実際子供だしな」

 

あっさり返す。

 

「……なによ、それ」

 

少しだけ不満そうに口を尖らせた。

 

「それとも、走るの苦手か?」

 

ニヤッとする。

 

「……っ! 違うわよ!」

 

反射的に返す。

 

「じゃあ問題ないな」

 

「だから決まってないってば!」

 

思わず声を強くした。

 

だが――

少しの沈黙。

 

少女の視線が、ほんのわずかに揺れる。

 

みほがじっと見ている。

勇気も、どこか楽しそうに待っている。

 

逃げ場がない。

 

「……ちょっとだけよ」

 

小さく、しぶしぶといった調子で言う。

 

「やった!」

 

みほの顔がぱっと明るくなる。

 

「べ、別に気まぐれだから」

 

少しだけそっぽを向きながら、ぽつりと付け足す。

 

(分かりやす)

 

勇気は内心で小さく笑った。

 

 

 

 

 

 

――鬼ごっこ再開。

 

 

「じゃあ俺が鬼な!」

 

「また!?」

 

「いいから逃げろって」

 

「ずるいー!」

 

みほが文句を言いながらも走り出す。

 

「……始まったな」

 

まほが小さく呟き、静かに動き出す。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

 

少女も慌てて後を追いかける。

 

最初はぎこちない。

 

だが――

 

(……あれ)

 

足が、自然に動く。

風を切る感覚。

地面を蹴るリズム。

 

(……なにこれ)

 

少し驚く。

 

一歩、また一歩と踏み出すたびに、動きが馴染んでいく。

さっきまでのぎこちなさが、少しずつ消えていく。

 

気づけば、前を走る背中との距離が気になっていた。

 

「あなたたち速すぎるでしょ!」

 

思わず声が漏れる。

 

その背後から――足音が迫る。

 

「お、速いじゃん」

 

余裕のある声。

 

振り返る間もなく、すぐ後ろに気配がある。

勇気が距離を詰めてきていた。

 

「あんたも……なんでそんな速いのよ……!」

 

驚きながらも、全力で逃げる。

 

――そのとき。

 

「こっちこっち!」

 

横から、みほの声。

 

気づけば、すぐ隣にみほが並んでいた。

軽い足取りのまま、ぐいっと腕を引かれる。

 

「一緒に行こ!」

 

「ちょ、引っ張らないで……!」

 

体勢が崩れかける。

 

だが、みほは気にした様子もなく、そのまま速度を上げる。

 

引っ張られる形で、足がもつれる。

踏み出した一歩が、芝にわずかに取られる。

 

 

――次の瞬間。

 

「きゃっ!?」

 

足元が滑る。

バランスを崩し、そのまま地面へ。

土が跳ねる。

 

「……っ」

 

(最悪……!)

 

顔をしかめる。

 

 

そのとき。

 

「大丈夫か」

 

静かな声。

差し出された手。

まほだった。

 

無駄のない動き。

自然にそこにある手。

 

「……平気です」

 

少しだけ間を置いて、そう答える。

 

言いながらも――

差し出された手を取る。

 

引き上げられる。

 

その瞬間。

 

(……この人……)

 

迷いのない動き。

 

無駄のない立ち振る舞い。

 

(……かっこいい……)

 

ふと、そんな感想が浮かぶ。

 

自分でも少し意外だった。

胸の奥に、小さな感情が残る。

 

 

そのすぐ後――

 

バタバタと芝を踏む音が近づいてくる。

 

「大丈夫か?」

 

少し遅れて、勇気が駆け寄ってきた。

 

「ほら、立てるか?」

 

勇気がしゃがみ込む。

 

「泥だらけだな」

 

「誰のせいよ!」

 

「みほだな」

 

「ちょっと!?」

 

みほが慌てる。

 

「違うよ!? わざとじゃないよ!?」

 

「……あんたのせいでもあるでしょ」

 

少しむっとしたまま、勇気のほうを睨む。

 

「え、俺?」

 

思わず間の抜けた声を出す。

 

慌てる様子に――

 

「……ふふっ」

 

少女は思わず笑う。

 

「ほら」

 

勇気が軽く手を差し出す。

 

「もう一回やるだろ?」

 

当たり前みたいに言う。

 

一瞬だけ、その手を見る。

ほんのわずかに間を置いて――軽く握り返す。

 

「……やるに決まってるでしょ! さっきみたいにはいかないんだから!」

 

少しムキになる。

 

「お、いいね」

 

勇気が笑う。

 

そのとき、ほんの一瞬。

 

「……ありがと」

 

小さな声。

顔がわずかに赤くなる。

 

だがすぐに――

 

「……今の、忘れて」

 

視線を逸らす。

 

(……ここは黙っとくか)

 

勇気は軽く笑う。

 

 

 

 

 

 

――夕方。

 

 

遊び終わり。

空はゆっくりと色を変え、長い影が伸びている。

 

「楽しかったね!」

 

みほが満面の笑みで言う。

 

「……べ、別に普通よ」

 

少しだけ拗ねたように言う。

 

だが――

 

「……まあ、ちょっとは楽しかったけど」

 

小さく付け足す。

 

「また遊ぼうよ!」

 

「遊ばないわよ!」

 

即答。

 

それでも――

 

「……でも、その……」

 

少しだけ言いよどむ。

 

「暇だったら、また来てあげてもいいわ」

 

そっぽを向きながら言う。

 

「素直じゃねぇなぁ」

 

勇気が笑う。

 

「うるさい!」

 

即反応。

 

 

そして――

 

「じゃあまたな」

 

「またね!」

 

「……また会おう」

 

三人がそれぞれ少女に声をかけ、軽く手を振る。

 

「……ええ」

 

少女が小さく頷く。

 

三人が去っていく。

その背中を少女はしばらく見つめていた。

 

(……ほんと、変な人たち)

 

そう思いながら――

 

(……でも)

 

ほんの少しだけ、口元が緩む。

 

(……また、遊んでもいいかも)

 

日傘を持ち直す。

歩き出す。

 

その足取りは――

来た時より、ほんの少しだけ軽かった。

 

 

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