それでも俺は、戦車道が好きだ   作:トマトマトン

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第11話 届かぬ一手

 

 

――あの午後から、数日後

 

 

大会を終え、そして束の間の休息を過ごしたあと――

再び日常は、静かに動き出していた。

 

西住家の庭。

 

その中央で——三人は、いつも通り向き合っていた。

 

以前と違い——

空気は、確実に変わっていた。

 

「前進、間隔を詰めすぎるな」

 

勇気の声が、静かに飛ぶ。

 

「了解」

 

「うん!」

 

三人が同時に動く。

 

踏み込み、間合い、止め。

足運びは揃い、視線のズレもない。

呼吸すら、どこか噛み合っている。

 

「右、圧をかける」

 

「了解」

 

「任せて」

 

みほの声は、ほんの少し前に出ている。

 

とはいえ、勢い任せではない。

位置取りは正確で、無理に踏み込みすぎることもない。

 

「前出すぎるな」

 

「分かってるって」

 

軽く返す。

 

それでも——きっちりとラインは守っている。

 

(……ちゃんと見えてるな)

 

勇気は内心で思う。

 

勢いだけじゃない。

状況を見て、判断して、抑えている。

 

(……上げてきてる)

 

まほは元々安定している。

それは変わらない。

 

一方で、みほも——

確実に精度を上げてきていた。

 

(俺も——)

 

そう思った、その時。

 

「そこまで」

 

しほの声が、静かに響く。

 

三人の動きが止まる。

 

張り詰めていた空気が、わずかに緩む。

呼吸を整える音だけが、庭に残る。 

 

「今日は実戦を行う」

 

短い通達。 

 

(……また実戦か) 

 

勇気は内心で思う。

 

大会の前も、そして大会の後も。

三人は、前大会と同じ条件で実戦を繰り返してきた。

 

連携の確認。

役割のすり合わせ。

 

とはいえ——

 

(相手は、上位門下生じゃない)

 

(……あの一戦以降、当たってるのは別の門下生ばかりだ)

 

あくまで基礎を固めるための相手。

 

“通用する前提”の中での実戦だった。

 

 

「今回も三対三」 

 

しほが続ける。

 

「前大会と同じ形式で行う」

 

(……条件も同じ、いつも通りだな)

 

意識が、静かに切り替わる。

 

そして——

 

「ただし——相手は上位門下生よ」

 

その一言で、空気が変わる。

風の流れすら、止まったような錯覚。 

 

一拍。

 

「勇気——今回も、隊長を務めなさい」

 

静かな追加の指示。

 

「……はい」

 

短く応じる。

 

(……やっぱり、そう来るか)

 

内心で受け止める。

 

(この形で、見るってことだな)

 

最初の実戦。

あの時は——一対一だった。

 

はっきりと差を見せつけられた相手。

 

(それ以来、当たっていない)

 

(しかも——三対三は初めてか)

 

条件は大会と同じ。

だが相手は、明らかに格上。

 

「……前にやった時は、負けちゃったけどさ」

 

みほが、少しだけ楽しそうに口を開く。

 

わずかに間を置いて、

 

「今回は——ちょっと違うかも」

 

軽く視線を向ける。

 

その先には、勇気。

 

「三人だしね!」

 

確かめるような言い方。

 

「当然だ」

 

まほが短く返す。

その声音に、迷いはない。

 

「うん!」 

 

みほは大きく頷く。

 

「ちゃんと噛み合えば、いけると思う」

 

軽さはある。

だが——浮つきはない。

 

ただの楽観ではない、手応えを前提にした言葉。

 

 

 

 

 

 

――演習場

 

 

起伏のある地形。

土嚢と浅い壕が、視界をわずかに区切る。

開けているようでいて、判断を狂わせる要素は多い。

 

その向こうに——三両。

 

無駄のない配置。

揺れのない間合い。

 

(……やっぱ違うな)

 

大会の相手とも、これまでの三対三とも違う。

 

“待っている”のではなく——“見ている配置”。

 

「始めるわよ」

 

しほの声。

 

 

 

 

 

 

■模擬戦開始 

 

 

エンジン音が響く。

地面が震える。

三両が同時に動き出す。

 

(まずは配置——)

 

「左右展開、そのまま圧かける」

 

「了解」

 

「うん!」

 

三両が扇状に広がる。

中央を空け、左右から圧をかける形。

 

ここまでは——今まで通り。

 

次の瞬間——

 

(……来る)

 

相手の一両が、わずかに前へ出る。

それに呼応するように、残り二両が角度を変える。

 

こちらの展開に対して——最適化される動き。

 

「……速い!」

 

みほが小さく呟く。

 

(違う)

 

勇気の中で、認識が切り替わる。

 

“読まれている”

 

「まほ、左抑えろ」

 

「了解」

 

「みほ、牽制——」

 

 

その瞬間—— 

 

ドンッ!!

衝撃。

 

「……っ! 被弾、私だ!」

 

まほの声。 

 

一両、被弾。

白旗が上がる。

 

(早い……!)

 

完全にタイミングを取られている。

 

「……すまない、離脱する——あとは任せた」

 

煙が広がる。

視界がわずかに濁る。

 

「……仕掛けるタイミング、ズレてたかも」

 

みほが短く言う。 

 

(違う)

 

「全部、見られてる……」

 

勇気が思わず漏れる。

 

配置。動き。間合い。

すべて——一手先で処理されている。

 

「右回り込む!」

 

履帯を強く踏み込む。

土を弾きながら旋回。

 

だが——

すでに相手は角度を変えている

 

ドンッ!!

再度衝撃。

 

「っ……こっちもやられちゃった!」 

 

みほの声。

 

二両目、被弾。

白旗が上がる。

 

残るは——一両。

 

「勇気、任せる」 

 

まほの声。 

 

「……やるしかねぇな」 

 

前を見る。 

 

(正面は無理)

 

しかし——

それでも踏み込むしかない。

 

地形を使う。

壕の縁、丘の影。

 

だが——

 

ドンッ!!

 

 

 

 

 

 

――終了

 

 

静寂。

 

エンジンが止まり、振動が消える。

 

(……完敗だな)

 

勇気は静かに息を吐く。

 

「……やっぱ強いね」

 

みほがぽつりと呟く。

 

「今までの三対三と、全然違う」

 

その一言が——すべてだった。

 

「当然だ。上位だ、読みの精度が違う」

 

まほが言う。 

 

現実。

 

だが——

 

(それだけじゃねぇ)

 

(やっぱあと一手……足りない)

 

 

 

 

 

 

――その後(同日・再戦)  

 

 

「もう一度やるわ」

 

しほの一言。

 

空気が、再び張り詰める。 

 

「同じ三対三。今度は——内容を見る」

 

(……もう一回か)

 

みほが小さく息を吐く。

 

「次は、さっきみたいにはならない」

 

少しだけ、負けず嫌いな声。

 

まほは静かに頷く。

 

 

 

 

 

 

■再戦開始

 

 

(同じじゃダメだ)

 

「中央は捨てる。左右で揺さぶる」

 

「了解」

 

「うん!」

 

動く。

 

三両が同時に動く——が、今度はズラす。

 

踏み込みのタイミングを意図的に外す。

わずかに“間”をずらす。

 

「……来る」

 

相手が反応する。

 

(さっきより遅い)

 

わずかなズレ。

 

「みほ、少し引け」

 

「……分かった!」

 

みほが半歩引く。

 

射線をずらし、空間を作る。

 

「まほ、合わせろ」

 

「了解」

 

その空いたラインへ、まほが滑り込む。

 

一瞬——

三人の呼吸が、重なる。

 

「——今だ」

 

ドンッ!!

直撃。

 

一両、撃破判定。

白旗が上がる。

 

(通った……! いける——)

 

初めて崩れる。

 

「いけるよ……!」

 

みほの声が、少しだけ強くなる。

 

「そのまま押す!」

 

三両で距離を維持しながら前進。

圧を逃がさず、包み込む形。

 

しかし——

 

「……っ、来る!」

 

崩れたはずの陣形が一瞬で組み直される。

 

(立て直しが早い……!)

 

「間を空けるな、そのまま圧維持!」

 

「了解」

 

「うん!」

 

距離を詰めすぎず、維持。

 

ドンッ!!

砲撃がかすめる。

 

(今度は——避けてる)

 

さっきとは違う。

完全には崩されない。

 

「右、回り込む!」

 

「任せて!」

 

みほが加速。

側面を取る軌道。

 

ドンッ!!

 

「っ……!」

 

「今の……!」 

 

惜しい。

わずかにズレる。

 

(あと少し……!)

 

「焦るな、形を崩すな!」

 

「分かってる!」

 

みほの声。

 

だが——

 

ドンッ!!

相手の砲撃。

 

「……っ!」

 

命中。

 

「当たった……私だ!」

 

みほの声。

 

「下がれ!」

 

「……まだ動ける!」

 

すぐには落ちない。

 

しかし——

 

ドンッ!!

再度砲撃。

 

「っ……やられちゃった……!」

 

みほの声。

 

一両、被弾。

白旗が上がる。

 

(ここまでは持った……!)

 

確実に、形にはなっている。

 

「カバーに入る」

 

まほの声。

 

位置を取り直し——前へ。

 

ドンッ!!

弾が掠める。

 

(まだ——やれる)

 

二両で、押し返す。

 

「勇気、タイミング合わせる」

 

「了解」

 

一瞬。

呼吸を揃える。

 

「——今だ」

 

ドンッ!! 

 

「……外した」

 

わずかなズレ。

 

(詰めきれない……!)

 

その瞬間——

 

ドンッ!!

相手の砲撃。

 

「……っ、捉えられた」

 

二両目、被弾。

白旗が上がる。

 

「……あとは任せた。」

 

まほの声。

 

(くっ……!)

 

残るは同様——勇気のみ。

 

(……まだだ)

 

単独。

地形を見る。

丘の影。壕の縁。角度。

 

(……あと一手、届かない)

 

相手が、先に動く。

 

ドンッ!!

被弾。

 

 

 

 

 

 

――再戦終了

 

 

(……届かなかった)

 

勇気は小さく息を吐く。

 

「……さっきよりは、戦えたけど」

 

みほがぽつりと呟く。

 

一拍。

 

「でも——まだ足りないね」

 

悔しそうに言う。

 

「やはり詰めの精度が違う」

 

まほが静かに言う。

 

短い言葉。

だが、それがすべてだった。

 

勇気は何も言わない。

 

(……通じた部分もあった)

 

それなのに——

 

(勝てない)

 

その差だけが、はっきりと残っていた。

 

しばらくの静寂のあと——

 

「……甘いわね」

 

しほの声が、静かに落ちる。

 

三人が顔を上げる。

 

「最初と比べれば、明確に進歩している」

 

淡々とした評価。

 

とはいえ——

 

「それだけよ」

 

空気が張る。

 

「崩し方も、連携も形にはなってきている」

 

一拍。

 

「だが——詰めが甘い」

 

その一言で、すべてが締まる。

 

「上位は、崩されても立て直す」

 

「そして、その“次”で必ず仕留めにくる」

 

視線が、三人に向けられる。

 

「あなたたちは、そこで止まっている」

 

逃げ場のない現実。

 

「今のままでは——届かない」

 

断言。

 

それでも——

 

「勝ちたいなら、その先を読みなさい」

 

短く言い切る。

 

「次は、大会に出てもらうわ」

 

三人の視線が上がる。

 

「形式は前大会と同じ、三対三。ただし——今回は全国よ。試合数も増えると思いなさい」

 

空気が、わずかに張る。

 

「小学生から中学生まで、各地の上位が集まる大会よ。前大会とは、質が違うと思いなさい」

 

静かに告げる。

 

「なお、隊長は定めない」

 

その一言で、三人の表情がわずかに変わる。

 

(……車長は、このまま俺か)

 

「誰を前に立てるかは、あなたたちで決めなさい」

 

淡々とした口調。

だが——突き放すような冷たさはない。

 

「三対三は、連携だけでは足りない。誰が軸になるかで、戦い方そのものが変わる」

 

わずかな間。

 

「それも含めて、判断しなさい」

 

逃げ場のない指示。

 

同時に——

三人に委ねられた、次の段階だった。

 

その言葉に——

みほが、ほんのわずかに表情を引き締めた。

 

「……あの大会だよね」

 

小さく呟く。

 

「以前、出場している」

 

まほも、短く頷く。

 

「二年前だ」

 

淡々とした口調で続ける。

 

「決勝で敗退した。……去年は、都合が合わず出場していない」

 

それだけ。

だが——その一言に、わずかな間が生まれる。

 

(……二年前)

 

勇気は内心で反芻する。

 

(今とは、違うはずだ)

 

それでもなお、

 

頂点に届かなかった事実は、変わらない。

 

「今回は——それ以上を求めるわ」

 

しほの声。

 

逃げ場のない、指示。

 

 

 

 

 

 

――帰り道

 

 

夕焼けの中、三人は並んで歩いていた。

 

しばらく、足音だけが続く。

 

「……さっきのさ」

 

みほが、ぽつりと口を開く。

 

「撃破まではいけてたよね」

 

「……ああ」

 

勇気が短く返す。

 

「でも——そのあとが続かない」

 

まほが静かに言う。

 

(……どうすればいい)

 

崩すことはできた。

通じる部分もあった。

 

(それでも——勝てない)

 

あと一手。

その“あと一手”が、分からない。

 

 

――ふと、頭をよぎる。

 

(……あの動きを、組み込めれば)

 

西住流の形の中に、ほんのわずかに差し込むような感覚。

流れを崩さず、相手の読みを外す一手。

 

(……でも、まだ甘い)

 

再現はできる。

 

ただ——実戦の中で使うには、精度が足りない。

一つズレれば、連携そのものが崩れる。

 

(今は、まだ出せねぇか)

 

わずかに視線を落とす。

意識を、目の前に戻す。

 

「……一回は、ちゃんと崩せたのになぁ」

 

みほが小さく呟く。

 

「だが——それだけだ」

 

まほの声は冷静だ。

 

「上位は、その一手で終わらせない」

 

(読みの、その先……?)

 

思考が巡る。

だが、答えは出ない。

 

ふと——しほの言葉がよぎる。

 

「……全国、か」

 

勇気が低く呟く。

 

「うん」

 

みほが頷く。

 

「前に出た時もさ、最後でギリ押し切られちゃった」

 

悔しそうに言う。

 

「当時は、今ほどの精度ではなかった」

 

まほが静かに付け加える。

 

「それでも——届かなかった」

 

(……あのレベルが、相手になる)

 

みほとまほですら、届かなかった場所。

 

(でも——さすがに西住流の上位門下生ほどじゃないはずだ)

 

今日、目の前で見せつけられた“読み”。

 

あの精度。あの速さ。

 

(あれと同じとは、考えにくい)

 

だが——

 

(今のままじゃ、どのみち足りねぇ)

 

現実が、静かに重くのしかかる。

 

しかし、重い空気を振り払うように——

 

「……でも、やるしかないよね!」

 

みほが口元を上げる。

 

「三人ならさ——次は、ちゃんといける気がする」

 

少し軽く、でも前を向いた声。

 

その言葉に、わずかに空気が軽くなる。

 

「ああ、そうだな」

 

まほが返す。

 

(……やるしかねぇか)

 

西住流の形は崩さない。

 

その中に——あの一手を馴染ませる。

ズレを、一つずつ潰していくしかない。

 

その視線は、すでに——

次を見据えていた。

 

 

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